9話 Mode:Alternative
モードチェンジ『神の座を喰らう者』
それは、『罪を喰らう者』に取って正真正銘、命を削った奥の手。
身体の血液の流れを常人の何倍にも膨れ上がらせ半強制的に人智を超えた力を制限付きで得る事ができる。しかしデメリットは勿論の事、存在する。
使用後の身体硬直。
急激な血圧上昇に伴う痙攣、頭痛、吐き気の数々。
そして何より心臓へ多大な負荷をかける為明らかに寿命を縮める。
それすらも厭わずに『罪を喰らう者』はその力を解放した。
────野望を果たす為には、自身の命を尊んでいる暇はない。
『罪を喰らう者』の身体には急激な身体能力向上に伴い身体の至る所に赤い熱線のようなものが浮かび上がった。
熱線は『罪を喰らう者』の血液に反応して浮かび上がっているのではなく、魔力に反応しているものだ。
一つ一つ線が浮かび上がっては消え、そしてまた現れ不気味な淡い赤色の光を発しながら生物の様に皮膚の表面を泳いでいる。
熱線は魔力の流れをさらに早くする為に自ら魔力の通り道を作る事で現れる。故にその線は明らかに歪にして不気味、そして本人の力を象徴する様な紋様となっていた。
熱線からは湯気が上がり、体温も常人の何倍にも上がっていることを示していた。
────んだよあれ、やべえじゃん……
転生者が目の前の怪物をその眼光に照らし合わせると無意識に足を一歩引いていた。
明らかに先程とは違った違和感の様なものを感じる。
気を抜けば直ぐにでも首を折られそうな剥き出しの殺気。
その全てが転生者の本能へ「引け」と叫んでいた。
しかし、転生者はそんな中確かに笑っていた。
────あの、能力を奪えば……勝てる。
転生者にも感じ取れる歪な魔力の熱線は自身のスキル『盗使』を使えば簡単に取れるだろう。
そんな考えがよぎる事を辞めずに転生者の頭の中を走り続ける。
そして気付けば転生者は無意識のうちに『罪を喰らう者』へ右手を翳していた。
「第二取得スキル、破棄。取得を開始」
言葉を紡ぐ────
圧倒的な力を奪う為に、より自信が高みへ登る為に。
そして転生者はこの後の自身に酔いしれ、恍惚な表情を浮かべながら叫んだ。
「スキル発動！『盗使』！！！！！！」
再び、転生者と『罪を喰らう者』の身体を光が包み込む。
光は『罪を喰らう者』の身体にまとわりつきその魔力を奪おうと侵食を開始する。
しかし────
「無駄だ、雑種よ」
低く響く絶望を体現したかのような声が光の中に響く。
「この力には最早与えられたに過ぎない神の力では到底及ばない」
「ハッ！最初もそんな感じのセリフだったな！それで追い詰められたのはどっちだ！？」
『罪を喰らう者』の忠告など軽く蹴り飛ばし転生者は右手を翳し続ける。
「阿呆が」
その言葉と共に、突如辺りから光が消えた。
それは転生者の目からも────
「何で……」
転生者は思わず驚愕、そして疑念混じりの声を呟いた。
スキル『盗使』を使った筈なのに何故目の前の怪物の能力が奪えていないのか？
何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故────
これまでに一度も味わったことの無い異常事態に転生者は目を回らせる。顳顬から流れている汗がその焦りを見事に体現していた。
そんな転生者を見て『罪を喰らう者』は微笑むわけでも無く、ただただ転生者を見て失望混じりの溜息を吐いていた。
「このモードは神の力を一時的だが全て無効化する魔術を付与している。貴様の神から与えられた力ではこの力を奪う事など出来ないぞ」
淡々と事実を述べる『罪を喰らう者』に対して転生者は先程とは違った余裕が垣間見えた様な気がしていた。
先程までなら自身の能力を高説する事などしていなかった筈だろう。
しかし今は高説までとはいかないが先程とは違い口が流暢に動いている。
転生者はそんな『罪を喰らう者』を慢心しているとは見なかった。
寧ろ今の『罪を喰らう者』には勝ちを確実に捥ぎ取る為に集中を深め、制約のような形でその能力を語ったのでは無いかと感じ取っていた。
転生者は息を呑む。
ここからは先程とは次元が違うと。
ここから先は、死が常に自身の命に纏わりついてくるのだと。
刹那、常人を遥かに超えたスピードで転生者の目の前に膝が現れた。
先程奪った『罪を喰らう者』の身体能力向上が無ければこの時点で転生者は死んでいただろう。
辛うじてその膝を瞬発的に感知すると同時に腕を咄嗟に膝が繰り出される進路に遮る形で置いた。
そして、その抵抗すらも引っ括めて、『罪を喰らう者』は転生者を蹴り飛ばした。
────グッッッ……！！！
衝撃に対抗する体勢のまま蹴り飛ばされた転生者の身体は宙へ舞い、落下の衝撃共に少し離れた地面へ叩きつけられた。
繰り出された蹴りはやはり先程と威力が何十倍も膨れ上がっており、その力は容易に────
────直撃した左腕の骨、イカれたな。
右腕とは明らかに違う痛みを訴える左腕を苦笑混じりに転生者は見つめる。
────こりゃ、マジでまずいじゃん。
初めて、転生者の顔……否、目の奥から余裕の表情が消えた。
死と隣り合わせの戦い。
常に死の風が自身の肌を優しく撫で、鳥肌を立たせる。
そんな状況に堕とされた転生者は魔王との戦いですら感じなかった恐怖を初めて心の底から感じ取っていた。
────そういえば、こんな感情は前も感じてたっちゃあ感じてたな。
────初めて人を殺した時、前の世界でのあの事件の時……
最近ランニング10キロ、腕立て100回、上体起こし100回を始めました。
筋肉痛で死にそうです
