18話 正義
想いのぶつけ合いに言葉など必要はない。
少なくとも、今この二人の間では。
二人は極限状態の中見つめ合い、距離を詰めるタイミングを直感のみで見定める。
呼吸、歩幅、視線、息の上がり方。
お互いに全てが見透かされている気がする。
鋭利に研ぎ済まれた集中力がそれ程までの威圧を放っている。
転生者の目の中には最早慢心、油断、享楽などと言う言葉は存在しない。
その目付きは間違いなく一人の勇者の様な目付きであった。
そしてその顔つきは何処か、前世で輝いていた頃を想起させる様な顔付きでもあった。
最初に飛び出したのは『罪を喰らう者』であった。
彼の内心には「これ以上『神の座を喰らう者』モードを長引かせるわけにはいかない」という考えが浮かんでいたのだ。
それ故に互いにタイミングを押し図る拮抗状態を無理矢理破る為に再度地面を蹴り上げ躍動した。
転生者は勿論その行動から一瞬たりとも目も離さずに躱す体勢を整える。
先程左腕を折られた時のように正面から受けてはひとたまりも無いと考えたのか『罪を喰らう者』が身体を地面から離した瞬間には身体の重心を右側に寄せて先程と同じく往なす様な体勢を取っていた。
────そう何度も同じ手で避けられると思うなよ。
転生者の目の良さを遥かに上回る『罪を喰らう者』の目が転生者の身体の縒れを見破れない訳がなかった。
『罪を喰らう者』は腰から短い短剣を取り出し間合いに入った瞬間に一瞬で切り替えその首を切ろうと思惑する。
しかし一瞬で腰から短剣を取り出した『罪を喰らう者』に対して転生者は決して焦る事はなかった。
それ程までに頭はクリアだったのだ。
────全てが、スローに見える。
転生者の目に映るものはゾーンに突入した事によって全てが見え過ぎていた。
例えば筋肉の細かい動き。
或いは相手の動きによって変動した空気の流れ。
或いは相手の眼球に映る自分の姿。
常人の視力では無理だろう。
しかし彼には『盗使』によって手に入れた『罪を喰らう者』の反射神経などが付与されている為常識などと言う言葉は彼には既に不釣り合いである。
身体の重心を動かすのと同時に転生者は痛みを我慢しつつ折れている筈の左腕を翳す準備をした。
そして『罪を喰らう者』の蹴りが不発に終わった瞬間転生者の横に立ち、その手に持った短剣をこれでもかと言う程の威力で転生者の首へ伸ばした。
しかしその刃は転生者の翳した折れている左腕によって塞がれた。
勢いよく皮膚を突き破り体内に侵入した銀色の刃は想像を絶する痛みを脳へ叩きつけるが転生者は冷静だった。
「所詮折れて使えない左腕なら……くれてやる……!!!」
転生者は左腕で生きてきた中で最も激しい痛みを何とか歯軋りをしながら堪え、右手を『罪を喰らう者』へ翳す。
『罪を喰らう者』はつかさず距離を取ろうとするが今この場においてはやはり転生者の魔力回路の展開の速さの方が一歩上手であり、転生者のスキルが『罪を喰らう者』を襲った。
「スキル発動『雷雲』」
転生者は先程の攻防で理解していた。
電撃は体内を通る。故に防御不可能の絶対攻撃であると。
しかしその電撃は突如として弾かれる形で消失した。
────は!?
転生者の顔にゾーン突入後、初めて焦りが垣間見える。
しかし一方『罪を喰らう者』の顔にも変化があった。
────成る程、神の御業ならば無効化も出来るか。
『罪を喰らう者』自身、その能力を使用したのは初めてでありその効力は本人すらも知り得ない未知数な所が多い。
その知り得ない未知数の部分に『罪を喰らう者』は偶然ながらも救われたのだった。
その隙を見逃さず『罪を喰らう者』はすぐさま体勢を反撃の形に移行する。
そして手を開き、指を地面に向け、手の甲を上にした状態で転生者の肋骨の部位にその手を翳す。
────コイツ、何を!?
転生者は慌てて身を衝撃に備えて硬ばらせるがそれは無意味であった。
電撃は確かに当たればダメージ不可避の攻撃である。
電撃は出せないが『罪を喰らう者』にそれと同類の防御不可避の攻撃を与える手段はある。
次の瞬間、手のひらを大きく肋骨部位に突き出し転生者の身体を吹き飛ばした。
転生者の身体は魔力回路により多少のダメージ軽減がされていたが魔力回路を張っていない思わぬ部位にダメージが渡った。
────グッ……!!!
転生者は吹き飛ばされた後、自身の胸を押さえながら今の攻撃で何が起きたのかを惟みた。
転生者の肋骨が若干砕けるなどのダメージもあるが何よりもデカいのは身体の内に走った衝撃であった。
衝撃は内臓を壊し、転生者の呼吸を一時的に止める程の破壊力であった。
『罪を喰らう者』が放った一撃は掌底打ちの究極型と言っても良いものでありダメージは外より内へ響き渡る。
あまりの痛みに悶絶しそうになりながらも転生者は立ち上がり心の中で呟く。
────死んでたまるか。
そうして衝撃により口から噴き出た血を雑に拭いながら再度『罪を喰らう者』を見つめ直し、反撃を試みる為に魔力回路を全身に巡らせる。
すると唐突に『罪を喰らう者』がそんな転生者を見て口を開いた。
「まだ立つか悪しき者よ」
その言葉からは若干の疲労が垣間見え、所々に息切れが混じっているがそれでも『罪を喰らう者』は言葉を続ける。
「悪しき者よ。向き合う時だ。自身の悪と。今ここで死ぬ事によってな」
「悪……?それは違うだろ」
「何?」
転生者の唐突な反論に『罪を喰らう者』は顔を訝しめ疑問の声を上げる。
転生者は『罪を喰らう者』が疑問の声を上げたすぐ後に自身の考えを語り始めた。
「戦いってのは正義のぶつかり合いだろ。勝った方が正義、負けた方が悪。これがこの世の摂理でしょ」
転生者は顔に若干の笑みを含みながら言葉を続けていく。
「これは僕の正義、そしてあんたの正義。どちらが『本物』になり得るかって言う戦いなんだよ。僕は人を殺したし……しかも殺した人には申し訳ないけどその時の記憶が曖昧だ。でもそれを背負って生きると俺は決めた。これが俺の正義だ。それを意地でも否定する。それがあんたの正義なんだ」
転生者は自身の考えを語りながらそっと右手を『罪を喰らう者』に翳し、スキル発動の準備を整える。
その行動を見て『罪を喰らう者』は行動を抑制する事はなくただじっと転生者の言葉の続きを待った。
「だから、紛い物の正義をぶつけ合うんだよ。本当の正義に成り上がらせる為に。それがこの戦いだ!」
言葉を言い合えた途端、転生者の翳した右手に一際巨大な魔力が纏いだす。
────虫がいいのはわかってる。でも力を貸してくれ。
それはかつてこの世界に絶望を振り撒いていた力。
その力はある一人の少年によって掻き消されたがその力は死後、その掻き消した少年の能力によって確かに受け継がれていた。
『天地開闢』
この言葉に尽きる世界そのものに干渉する力。
「スキル発動『盗使』。魔王の力よ、顕現せよ」