創造主
「もしかしたらだけど、この世界は、蒼が“知覚”することで作られているのかもしれない」
ナキは話し続ける。
「僕たちは蒼に会う前の記憶がない。つまり、蒼に会うまで僕たちが存在していた確証もないんだ。」
「じゃあ、私が道路に立っていた時より前の記憶がないのはどういうこと?」
「多分、そこからこの世界が始まったんだ」
いよいよわからなくなってきた。
「この世界がシミュレーションだとするとね……わかりやすく本に例えると、例えばこの世界が物語の初めの1ページ目だとしても、登場人物にはそれぞれ過去があるし、物語の中の世界は昔から存在している…となっているだろう」
私はうなずく。
「つまり、“昔からずっと存在していた”っていう世界を新しく作ることもできるんだよね。同じように、僕たちがこの世界でなぜか知っていることも、そういう風に僕たちやこの世界が作られたから、という可能性が高い。
そして、蒼に知覚されるまで僕たちが存在していなかったとして、それが何を意味するのか」
私は息を飲む。
「蒼の“目線”を通して、この世界を作っている創造主がいる。」
「えー!見られてるの!?」
ユラが叫ぶ。
「“目線”っていうのは見えていることだけとは限らない。物語だったら、知覚したこと、思っていることも記述できるからね。でも、物語が始まる前は知覚できない」
言葉が出ない。私は作られた存在で、今この瞬間も創造主は私の目線を通してこの世界を作っているのか。ならば私の意志も作られたもので、つまりそれは創造主の意志なのか。
「抜け出したい」
私は呟く。
「支配されたこの世界から出よう。みんなで。」
「でもそれってどうやるの?」
とユラが言う。
「うーん、“目線”である私が死ぬっていうのはどう?」
「一見良い考えに思えるけどね、それが成功したとしても、やろうと思えば創造主は蒼を生き返らせることだってできるし、全て無かったことにだってできる。つまり、創造主の支配下からは抜け出せていないってことだ」
「じゃあ、この世界、つまり“物語”を終わらせることができれば、私たちは支配から解放されるの?」
「物語を本当に終わらせることってできるのかな。もし物語が終わったとしても、創造主が僕たちを記憶し続けている限り、僕たちは記憶の中で生き続ける。そしていつでも物語の続きを描くことができる。」
「じゃあ、創造主を消すか、創造主の記憶を消せばいいの?」
「それだけじゃだめだ。創造主だけが“目線”であるとは限らないからな」
背筋に冷たいものが走る。
「創造主以外に、例えば物語に読者がいた場合、その読者の記憶にも僕たちは残る。そして、その読者もまた物語の続きを描くことができる。つまり、支配者は変わったり、増えたりもし得るということだ。さらに、物語が存在する限り、物語の中では支配されている僕たちが生き続ける。」
「つまり、支配者になりうる存在と、物語自体も完全に消す必要があるんだね」
「その通りだ」
「でも、私たちって支配者がいないとそもそも存在できないんじゃないの?」
私が尋ねると、ナキはうなずく。
「うん、僕たちは支配者によって作られているからね。物語や記憶も失ったら、僕たちは完全に消滅するだろう。完全に消滅するというのも、支配から逃れる1つの道だよ」
「でも、支配者も誰かに支配されているってことはない?もしそうだとしたら、完全だと思われた消滅が、そのさらなる支配者によって無かったことにもなるかもしれないよね」
「支配者を支配する上位の存在は大いに考えられる。だからこの方法は本質的な解決法にはなっていないんだ」
話が振り出しに戻ってしまった。飲みかけだったスープは完全に冷めている。
「じゃあ、私たちにできることは何も無いの?」
「解決法は正直僕にはわからない。でもまだできることはある」
そう言ってナキは私の目を見る。
「創造主は今も僕たちを見ている。創造主に頼むことだ。僕たちが真の自由を手に入れる方法を考えて欲しい、と」




