閉ざされた世界
ふと目が覚める。長いこと眠ってしまったらしい。変わらず薄暗い倉庫の床で、ユラとナキは毛布にくるまって寝息を立てている。
音を立てないようにドアを開け、外に出てみる。眠る前と変わらぬ真っ黒な空。空に浮かぶもの、光るものは何も見当たらない。相変わらず風はなく、不気味なほど穏やかで空気も適温である。
私は部屋に戻ってパソコンをつけてみる。色々と弄ってみたが、単純なミニゲームがいくつかプレイできる以外には特に何もできることはなさそうだった。パソコンを消し、やることもないのでまた床に横になっていると、ユラも起きてきた。
「おはよう蒼」
「おはよう。ねえユラ、私たちどれくらい寝てたの?」
「わかんない」
「空は明るくならないの?」
「うん」
家の中を見たが、時間が確認できるようなものも無いようだった。
「そっか。ユラはいつからここにいるの?」
「覚えてないけど、ずっと前からかな」
私も自分がいつからここにいるのか覚えていない。ユラとはここで今まで一緒に暮らしてきたはず、という感覚のみを感じていて、ユラもそれを共有しているようだった。過去にどう暮らしていたのかはわからないし、なんで空は暗いのか、なんで倉庫があるのかもわからない。元々空は暗いもので、特に理由は無いのかもしれないけれど、記憶が無いからなのだろうか、世界の在り方全てに疑問を持ってしまう。そんなことを考えているとナキも起きてきた。
「おはよー」
「おはよう。ねえ、ナキ君はどこから来たの?」
「んー、覚えてない。」
どうやらナキも、ユラと友達だという感覚はあるが、自分はどこから何しに来たのかはわからないようだった。私は尋ねてみる。
「どこか行きたい所ないの?」
「ないよ、だって何も無いもん」
「そっか」
私は考える。この何も無い世界で、ここには私たち3人だけしかいないのに、なぜ私たちが生きていくための物は存在しているのだろうか。
「ねえ、ここから出たいと思わないの?」
ナキが聞いてくる。
「ここから出てどこに行くの?」
と私が尋ねた時、奥からユラがスープを3つ乗せたお盆を運んできた。
「この家から出て、どこまで歩いたって何もないよ。この“何も無い世界”自体から出るってこと?ナキ」
「そうだよ。蒼はこの世界、おかしいと思わない?」
そう言ってナキはユラからスープを受け取り、私も1つ頂く。
「何となくおかしい気はしてるけど……」
「例えば記憶。蒼はどこまではっきり覚えてる?」
「ユラとコンビニで会う前、道路に立ってた時までかな。それより前の記憶はない」
「僕は、2人に会うまでの記憶がない」
ナキが言うと、
「私は蒼とコンビニで会う前の記憶がない」
とユラも言う。
「じゃあなんで、2人はゲームのやり方やスープの作り方、世界のあり方なんてものを知ってるの?」
「多分、“知っている”ってことは本来、意味のないことなんだと思う。」
私はその言葉の意味がわからなかったが、ナキは話し続ける。
「恐らく、そこにコンビニがあること、街灯があること、家があることにはもともと理由なんてないんだよ。なんとなくそこにあるものだったのかもしれないし。シミュレーション仮説って知ってる?」
私はううん、と首を横に振る。
「この世界は誰かが作ったバーチャル空間のシミュレーションかもしれないって説なんだけどね。別に全てのシミュレーションを誰かが意図的に作っているとは限らないと思うんだ。機械的にあらゆるパターンの世界をシミュレーションしているとして、この世界もその中の1つだとしたら、僕たちの世界でそこにコンビニがあること、スープの作り方を知っていることは単なる偶然ということになる」
なるほど、と私は思う。
「でもね、そこに理由を作ることは簡単だと思うんだよね。僕たちがなぜか世界のあり方を知っているみたいに、なぜそこにコンビニがあるのか、ということに適当な意味とか歴史とかがあればいいだけなんだから。
そして、僕とユラは蒼に会うまでの記憶がない。」
ナキはスープをすすりながら話を続ける。
「賭けようか、この世界が単なる偶然の産物ではないことに」




