空には龍が飛んでいた。
急カーブの猛スピード。曲がりきれない道を曲がろうとしていた。
結末は分かっていた。
ライブの帰り、俺は高速道路を走っていた。早く地元に戻って心と体を癒すつもりだった。
後部座席いっぱいに詰め込まれた楽器や機材を乗せて、軽自動車を走らせていた。
「今日も指で数えるほどの人数しかいなかったな」
そう言って俺は奥歯を噛み締める。
音楽活動をしていく中で、業界に目をつけられて音楽の世界へと旅立てる人間はわずかでしかない。そのわずかな希望にかけて今日頑張ってきたが、もう6年の月日が経とうとしていた。
パートの掛け持ちをしつつ、帰ったら新曲の製作。寝るのも惜しんでやってきた。出来上がった曲は路上ライブで披露したり、インターネットを駆使して配信してきた。
しかし…
『なにこの曲?』
『耳障りだ』
『気持ち悪い。不愉快になる』
そんな声しか聞こえない。
それでも自分のしてきたことは間違いじゃなかったんだと思いたくて、涙を呑んで、もう一度、もう一度と足掻き続けてきた。
だけどそれが原因だったのかもしれない。
疲労困憊の中、運転しているとふと眠気に襲われた。
脳は既に停止、でも身体だけはアクセルを踏み続けるという状態に陥っていた。『ここはまっすぐな道だ。少々眠っても……』夜も遅く、前後ろには車は通っていなかった。接触事故だけは避けられる。
もう一度言おう。
脳は既に停止していた。
思考が鈍り、一瞬気が遠くなった瞬間だった。
自分の視界に入ってきたのは減速しなければ通過できない急カーブだった。ハッとした俺は慌ててハンドルを切る。その間に自分が踏み続けていたアクセルの時速を確認する。
『時速160キロ』
全身から汗が吹き出る。でも身体はとても冷たく、背筋にスーッと冷たい汗が流れていく。それでも懸命にハンドルを切り、曲がろうとした。ガードレールに勢いよく打ち付けられる軽自動車。持ちこたえてくれと祈っていた。
でも、ダメだった。
横Gがかかった軽自動車が横へ横転しようとしていた。今にでもガードレールより向こうへと飛び出しそうになっていた。
最悪。
今自分がいる場所は高速道路のましてや「橋の上」
ふわっと、無重力になる瞬間を感じる。気がついた時にはガードレールから俺の軽自動車は身を乗り出していた。
深い深い闇へと飲み込まれて、落ちていく。中古の古い車だったこともあり、シートベルトが壊れ、自分はフロントガラスに向かって突っ込んだ。
パリン!と割れ、全身に激痛が走る。
(ああ………死んだな…………)
そう思った。
結局、親には何の恩返しもできないまま死んでいくんだと思うと胸がしめつけられそうになった。あと、思い残したことと言えば………
音楽をもっとやりたかったな………。
それからどれくらい眠っていただろうか。
最初に感じたのは涼しい風に温かな太陽。
そうか、これが天国って言うものなのだろう。そう感じていた。地面はコンクリートのような冷たさはなく、ふわふわした感覚。少しくすぐったいほどのチクチクした感じ。
「………あれ?」
薄らと目を開け、あたりを見渡す。そこに広がっていたのは広大な草原だった。
おかしい。
自分は先ほどまで高速道路を軽自動車で走っていたのだ。そこで事故をしたと言うことはきっと高速道路の真下であって、もしくは病院にいるはずだ。
それなのにどうして自分はここに居るのだろうか?
頭が混乱する中で、突如大きな風が吹き荒れる。台風だとしてもこんな晴れた日に吹き荒れない。
頭上を眺めると目には映らないものが飛んでいた。
青い鱗に覆われて、鋭く尖った爪や歯、鋭い目つきに羽。おとぎ話や異世界ファンタジーでならみたことはあるが、ドラゴンが上空を飛んでいたのだ。自分に目向きもせず、ドラゴンは山の向こうまで飛んでいって消えて行った。
「ドラゴンだよな………」
信じられない。夢なら冷めてほしい。いや、夢から冷めたら俺はきっと身体がボロボロになっているだろうから夢を見てたい気持ちもない訳では無い。
とりあえず、ほおつねってみるがじんわりと痛みが来る。信じられないがこれは信じるしか他にはないみたいだ。
『豊川ひろむ、25歳 フリーターならびに売れないミュージシャン』
本日をもって、日本をおさらばし、異世界転生を果たしました。
「…………どうしたものか」
この大草原の中で座り込んだ俺はひとまずボディチェックを行う。手、足、そして首などをゆっくり動かしてみる。あの高さから落ちたのだ、どこかが傷んでるに違いないと思っていたが、骨折もおろか、目立った外傷もなく無傷だった。そして、体の確認をした際にズボンのポケットにスマホがあることに気が付き、開いてみる。なんとなく分かってはいたが、スマホの電波はなく「圏外」という文字。ではここがどこなのかはさっぱりだ。
ひとまず無事であることにほっとしたあと次のことが頭に浮かぶ。
「そう言えば、俺の車は?」
事故が起きるまで乗っていた軽自動車。あれには機材以外にも大事なギターなどが置いてあった。転生したのは自分だけってことはあまり考えたくなかった。ぐるっと周囲を見渡すと、10m先、自分の背後に見覚えのある軽自動車が見えた。
俺は急いで車の元へと歩み寄る。
軽自動車の窓は全て割れ、タイヤは見事にへちゃげてた。所々に大きな凹みがある事から落ちた時の凄まじさを物語っている。 この状況でよく無傷で生き延びたものだ。
俺はドアを開け、中を確認する。予想はしていたが車内はごちゃごちゃに散乱していた。1個1個車内から出していき、確認作業を行う。アンプやエフェクターはダメになっていたが、幸いにもキーボードやギター、作詞作曲のための必要なパソコンは少し液晶が割れているものの、動いてくれた。壊れてしまったものがあったとは言えど、大事な物だけでも無事であったことにほっとする。音楽の道へ進みたいと決めたあの日からコツコツとバイトに明け暮れ、ようやく手に入れた楽器達だ。
俺はギターを手にし、一弦一弦音を確かめる。
心地よい風の中で弾いた音はどこまでも響き渡る。音に問題がないことを確認できた所で遠くから声が聞こえた。
「おい!お前さん!そんな所で何してる!?」
「へ?」
よく見ると、そこには白い布で覆いかぶさった荷台に2匹の馬を引っ張らせているスキンヘッドの見た目、中年のおっさんがいた。日本にいる人達よりもガタイはよく、盾を持たせたら立派なタンクとして役割を果たしてくれそうな雰囲気がある。
日本ではない異国語を喋っているみたいだったが、不思議な事に俺はその言葉を理解する事が出来た。
「こんな所にいたら、盗賊かモンスターに襲われるぞ?どした?荷車でも壊れたのか?」
「いや、俺もどうしてここにいるのか、さっぱり分からなくて」
「どうゆう事だ?んまぁ、ここで話してたら日が暮れっちまう。幸い、俺の荷台には余裕がある。必要な荷物だけ乗せろ。乗ってから話は聞こう」
「あっ、はい」
急げよと言われ、俺は急いで荷物を彼の荷台の後ろにのせていく。荷台の中は液体の入った瓶、果物、野菜。比較的食べ物が多く乗っていた。
「こんなものでいいのか?」
「はい、大丈夫です」
「んじゃ、出発するぞ」
「ちなみになんですけど、どこに向かってんですか?」
「どこにってアルティーナ国だが……。知らないのか?」
「すみません、この辺の地形あんまり分からなくて」
というより、この世界のこと自体知らないんだけど。