One year later
特殊ユニークモンスターであるインフィニットドラゴン。
奴は生態面では、通常のドラゴンとさして違いが見られないのだが、能力値の話になるとその強さは別格だ。王宮の騎士だって苦戦を強いられる。
ドラゴンハンターと自称するイキリ集団など、ひとたまりもなく燃やし尽くされるはずだ。
「ノル、結界を俺に付与してくれ」
「すでにやってる」
現在、俺とノルミートは王宮からのクエストによって、例のインフィニットドラゴンと交戦中だ。
これまでは順調にモンスター狩りをしていた俺たち二人だが、流石のインフィニットドラゴンには苦戦させられる。
「奴の足を潰してバランスを奪う。ノルも攻撃魔法で加勢してくれ」
「わかった。でもノルのマナは底を尽きそう」
「だったらさっさと片付けるぞ!」
ノルの魔力がなくなってしまえば、一対一の持久戦ということになる。持久戦となれば、もはや俺など腐った肉同然だ。
なんとしてでもノルのマナ切れまでには、勝負をつけなければならない。
その想いがドラゴンに伝わったのか、俺の渾身の一撃は奴の足下へと直撃した。
すると予測通りに奴の足は紅蓮に包まれ、直後に爆破した。刃に爆裂の魔法陣を、仕込んでいたからだ。
「今だ!」
「……今解き放つ四つの光、来れ奇跡の生命。ウンディーネ様のお導きがあらんことを。フィーシ・ゾイ・スプラッシュ!!」
四大精霊の加護によって生まれた、ノルの強烈な攻撃型魔法は、ドラゴンの傷口へと滑り込むように撃ち込まれた。
これには流石のドラゴンも耐えきれなかったようで、巨大な身体を地面に向けて転落させた。
そして大きな地響きと共に、ドラゴンの翼からは生命の力が失せ、無事に俺たちの勝ちが確定した。
「……なんとかなったな」
「ノル、疲れた」
「俺もだ。だから抱っこは無しだ」
「報酬。ノルは無給で働いている」
「仕方ない、とでも言うと思ったか?」
「問答無用。デルフォイ様、抱っこ」
言動に反してはいたが、俺はため息をついてからノルを抱き上げた。
無給と言われてしまえば、こちらも文句のつけようがないのだ。そのことにノルは気がついているのか、ここ数日は似たような口実で、いつも抱っこを迫られた。
無論、ノルもまだまだ子供なので、それくらいのことはお易い御用であったが。
クエストを終えた俺とノルが王都へ戻ると、門の辺りには人々の群れが形成されており、その身なりはかなりバラついていた。
その群れを見つけた俺はうんざりしつつも、避けることもなく街の東門を潜った。
相変わらず街の風景はみすぼらしく、ノルと一緒にギルドでの仕事を始めた一年前と、大した変化を見る事ができなかった。
むしろ国の財政状況は悪化しており、王城付近には一年前では見受けられなかった殺傷などの事件も、頻繁に見られるようになった。
そんな財政難の状況下にも関わらず、東門付近では今日もお出迎えをする人たちで賑わっていた。
何が目的なのかよく分からないが、数ヶ月前から、俺とノルがクエストから戻るたびに、門の辺りで待ち伏せをする人たちが現れ始めたのだ。
彼らは俺が戻ると真っ先に「おかえり勇者様!」と言って、調子よく俺の帰りを出迎えた。
正直彼らに慕われる理由は分からないが、実害はないので放っておいている。
そんな彼らが、今日も勝手に待ち伏せをして、俺の帰りを待っていたようだ。
「おかえり! 今日もお疲れ様!」
「英雄様のお帰りだぞ! 道を開けろ!」
「インフィニットドラゴンをやっつけた英雄様だ!」
なぜか俺の称号は、「勇者」から「英雄」に昇格していたが、会話をする気はないので、何も言わずにその場を立ち去ろうとした。
だが彼らはいっこうに俺から離れようとせずに、永遠と俺とノルの後ろをついてくる。いつもなら後を追って来ることもないのだが……もしかすると特殊ユニークモンスターを倒したことに関係しているのかもしれない。
ノルは俺に背負われたまま、彼らの姿を呆然と眺めているみたいだ。
時折、ノルは彼らの正体に興味を示し、俺に立ち止まるように命じたが、もちろん考える余地もなく無視をした。
すると微かにノルの機嫌が悪くなったような気がした。
そうこうしている内に、俺たちは彼ら出待ち集団を伴ったまま、ギルド本部へと到着してしまう。
仕方がないので、俺はそのまま彼らを放置して、ギルドのカウンターへとクエスト報告をしに行く。
だがうっとうしい事に、彼らはギルドの内部までついて来て、そのクエスト結果を盗み聞きしようとしていた。
「クエスト成功、確かに確認しました。こちらが報酬の、金貨100枚と、特別招待状と、英雄の称号でございます」
「金と招待状だけをもら……」
『英雄様の称号だって!』
『ついにここまで来たか……俺、感動で泣きそう』
俺とギルドの受付嬢の会話を勝手に聞いて、出待ち集団は勝手に感動していた。
本当に勝手な奴らだと、内心では悪態をつきつつも、やはり無視を決め込んだ。
「あのー……後ろの方々もああ言っておられますので、ここは一つ、ありがたく称号を受け取ってみてはどうでしょうか? 何かと便利ですよ、英雄の称号は」
「ったく……あいつらは無関係なんです。放っておいてください」
「そう言わずに。仲間は大切にしてくださいよ?」
「はあ……まったく……仕方ない。受け取るとしよう」
『やったああああ!』
いや、なんでお前たちが喜ぶ。
そんな疑問は喉の辺りで呑み込んで、俺は素直に英雄の証である、金の腕輪を貰った。
これがあると様々な店で割引が有効になり、英雄特権として買い物が楽になる。
俺としてはそんな割引は一切使う気がない(財政難で苦しむ人たちから、物価を引いてもらうなど申し訳ない)のだが、後ろの出待ち集団が俺に好奇の視線を向けて、なぜか自分たちのことのように喜んでいたので、仕方なく受け取った。
すると期待通りとでも言うつもりか、彼らからは歓声が巻き起こっていた。
「行くぞ、ノル。あんな奴らは放っておいて、今からお世辞で仕立て上げられた、汚いケーキの上のダンスパーティーに参加しに行くぞ」
「りょうかい。そこでノルはデルフォイ様と踊る」
「踊るわけがないだろ。ただの調査だ」
「……分かってた……デルフォイ様はそういうお方」
ノルが何かを理解したと口にする隣で、俺はノルの意志が一切分からなかった。
なぜ少しだけ残念そうに口を尖らせているのだろうか。まあどうでもいいが。
とりあえず俺はこれから王城に忍び込む。
そしてダンスパーティーの来客として、王女アロの情報を探るつもりなのだ。