ユニークモンスター
「こいつが依頼されたモンスターか……なかなかでかいな」
「勝てない?」
「勝てるさ。ノル、攻撃力強化魔法を頼む」
「了解だーん」
突如現れた、大型のカニのようなユニークモンスターに、俺はノルの攻撃力強化魔法の効果を受けて、戦闘を開始した。
クエスト用紙に書いてあった概要よりも、遥かに大きい。
だがノルよりは、弱いだろうと高を括る俺は、奴に向かって走り出した。もっとも、手を抜く気はないが。
「ノル、回復魔法の準備を頼む」
「分かった。無茶はしないで」
「安心しろ。ただ相手を見極めるだけだ」
ノルが案ずるように、モンスターの攻撃を自分から受けに行くほど、俺も命知らずではない。
予想外の攻撃を避けきれなかった場合の、回復魔法だ。それに奴の見た目から、連続攻撃を仕掛けてきてもおかしくない。
慎重になるに超したことはないのだ。
「はあっ!」
振り下ろしによる斬り付けで、奴の外骨格に剣を振り払う。
ノルの魔法の効果もあり、瓦礫が崩れるような音とともに、骨格には亀裂が走った。
やはりノルの魔法は、装備破壊のような力も付与されているみたいだ。硬い外骨格を持つ敵にも、長剣一つで戦える。
「効果ありだな。このまま押し切る。ノル、俺の合図で局所攻撃型魔法を撃ってくれ。属性はなんでもいい。狙う位置はわかってるな!」
「了解。できればモンスターの動きを鈍くしてほしい」
「分かった。足に剣を差し込んでやる」
ノルとの連携を取り、後は実行に移すのみだ。
俺は再び奴との距離を詰めて、もう一度高く飛び上がってから、さっきと同じ箇所に剣を叩き込む。斬るというよりは、叩くだ。
そうやって骨格を叩き割り、弱点を作る。
ノルの魔法によって強化された剣は、無事に硬い骨格を破壊する。
だがその直後に、魔物から重たいパンチが飛んでくるも、俺は余裕を残して回避に成功する。
その避けざまに硬い甲骨の腕を斬り付け、魔物の腕に浅めではあったが傷を与えた。
それから着地するや否や、奴の足に剣を差し込んだ。同時にノルの強化魔法の効果は切れ、俺はすぐさま撤退した。
「今だ! 頼んだぞ、ノル」
「了解……今解き放つ四つの光、来れ終焉の業火。サラマンダー様のお導きがあらんことを。スコーチングブレイク!!」
ノルのかけ声と共に、ノルが作り出した魔法陣からは、激しい炎が吹き出した。
それは曲を描きながら、大型モンスターの弱点へと、吸い付けられるように流れた。
結果、モンスターは大爆風と共に、硬い骨格だけを残して息絶えた。
さっきまで活発に活動をしていた大型モンスターが、今では動くことをやめてしまっている。
体内から煙を放つモンスターを眺めながら、俺とノルは無言のまま立ち尽くした。
まるで初めてのクエスト成功を、神にへの祈りで祝福するように。
ただ骨格だけを残して燃え盛るモンスターを、ノルはなにやら同情するような視線を向けていた。
いったいノルは、どんなことを考えてモンスターを眺めているのだろうか。
モンスターの魂の安寧か。それとも食べるためには、どんな処理が必要なのか。
おそらく前者であろうが、何を考えているにせよ、クエストは成功だ。ノルは少なからず喜んでいるはずだ。
「どうだった、初めてのクエストは?」
「デルフォイ様、ノルは新聞というものが欲しい」
だがノルの答えは、予想を遥かに逸脱したものであった。
新聞という話題が、この状況で思い出されること自体が、俺には不思議でたまらない。
「新聞だと? ダメだ。ノルには早すぎる」
「でもノルは、社会について学ばなければならない」
「社会を学ぶ、ね。ご立派なことだ」
俺は言葉を濁して、答えを曖昧にした。
正直なところ、ノルに新聞を与えるかどうかは、内心では迷っていた。
現代社会の悲惨な現状を、ノルに教えたくないというのは、前からある考えだ。
だが今ノルが言ったように、社会について知りたいというノルの気持ちを、俺としては尊重したい。
ノルには悲惨で不条理な現実を知ってほしくない。
だがそれと同じくらい、ノルにはいろんなことを学んで、いろんなことを知ってほしいと思っている。
そんなジレンマ染みた葛藤をしながらも、俺はもう一度ノルの顔を、確かめるようにして見つめた。
「ノルは……この世界を見てみたい!」
俺の視線に気がついたノルは、一言だけ決意を述べて、こちらを真面目な表情で見つめ返していた。
その瞬間、俺はハッとさせられた。
この子は今、未知に対する好奇心で、胸を一杯にしているのだ。
そんな子供から、希望と期待に満ちた美しい世界を、いったい誰が奪うことができようか。
「決めた。俺は新聞をと……」
「お話中のところ申し訳ありません。少しだけあなた方に、お話しておきたい事があります」
ノルとの約束を結ぼうとした時のことだ。
突然の横やりに、俺は少しだけ気分を悪くする。ノルはキョトンとしており、いきなりの来訪者に疑惑の視線を向けていた。
声をかけて来たのは、若い男の騎士だ。
鉄の装備を身につけており、若くしてリーダーとなった期待の新人、といったところであろう。
おそらく俺と同い年くらいで、大学院で剣術の修行もしていたのだろうと、面構えを見るとなんとなく分かる。
大学院に通わずして成り上がった騎士の、気取った雰囲気がこの男からは感じられないのだ。
だが俺は、ノルとの会話を中断させられた事に、些か腹を立てていた。生憎だが、騎士は嫌いなのだ。
「なんだ?」
「あなた方の腕の良さを見届けました。ぜひ一つ、我々に頼まれてやってくれませんか?」
「断る」
「報酬は弾みます」
「金には興味ない」
「そうですね。この時代、金なんてものは頼りになりません。ですから王宮からは、パーティーの招待状を渡してでも、強者を連れて来いとの命令を受けております。この条件でどうでしょうか?」
男の提案に、俺は数秒の間考え込んだ。
パーティーの招待状。もちろんパーティー自体には興味ないが、もしかするとこれをきっかけに、あの糞女王に報復をできるかもしれない。
「分かった。引き受けよう」
「ありがとうございます。ではあなた方には、専属の冒険者として、騎士直属のクエストを引き受けてもらいます。報酬はもちろん、社会保険等も充実しております。どうかこの国の平和に、貢献していただくことを願います」
「そうだな。これで充分か? 俺はあまり知らない奴と行動したくないんだ」
「分かりました。それでは私はこれくらいで。詳しい話は、明日にでも騎士団本部の、マルフォイ・タイゼンスまでお願いします」
それから騎士タイゼンスは、律儀にお礼をして去って行った。人手不足から魔物を狩る人材を募集していたのだろう。
だがこれで安定した収入が得られるなら、俺にとっては得しかない。素直にここは喜んでおこう。
そんなことよりも今は、ノルとの約束が最重要だ。
さっきから、ずっと置いてきぼりにされていたノルに視線を向けると、なんだか怯えているように見える。
どうやらノルは、騎士タイゼンスのことを良く思っていないらしい。
「安心しろ。危険な奴ではなさそうだ。あの立ち振る舞いは、多分騎士という職業に誇りを持ってのものだと思う。堂々としていて、誇らしげだった」
「……? 騎士タイゼンスは、自分の仕事を誇りに思っている?」
「ああそうだ。そしてああいった人間は、この時代にしては珍しいが、きっとまともな人間なんだ」
騎士タイゼンスに、俺は密かな期待を寄せつつ、ノルの手を引いた。
面倒な相談を持ちかけられる事もなく、無事に王都へと帰れるのだ。なるべく早く用事を済ませて、今日はすぐに休みたかった。
だがノルはその場から動こうとしなかった。
「デルフォイ様、抱っこ」
「はいはい……お疲れなんだな」
「ノルは眠い」
「分かったよお嬢様。街に戻ったら新聞を買ってやる」
「ほんとー! わーい新聞ー」
なんだ元気じゃないか、というツッコミは抑え込み、俺はすぐに街へと戻ることにした。
その道中で、自分がもし騎士に入っていたら、と俺は想像してみた。
もし騎士に入っていたら、今よりも充実した人生を遅れていたのだろうか。
そんな身も蓋もない考えをする俺の背中からは、かなり疲れていたらしいノルの小さな寝息が聞こえた。