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初めての戦い

 暗い館の中を、当ても無く散策を続けて行く内に気がついたが、どうやらこの館は何者かによって作られた、虚構空間であった。


 すなわち誰かの魔力によって作られた、一時的にあらわれた幻術のようなものだ。それにしては細部まで、精緻に作り込まれていたが。


 だがいったい、誰がこんな精密で巨大な建物を作り出したのか。

 その目的と手段が共に不明であったが、もう一つ異変に気がつく。


「なあノルミート。この館、何かおかしくないか?」

「ここはノルが作った幽霊屋敷。便利なことに備蓄もあります。人が二人生活するには、充分すぎる快適物件」

「これをお前が? いったいどれだけの魔力があればこんなものを……」


 どうやらノルミートは、最初に抱いた印象のように、強力な魔術を使えるらしい。


 普通は一軒家程度が限界なはずの幻術魔法を、この子は大きな館を造り、それを何でもないふうにやってのけている。はっきり言って恐ろしい。


 だがそれにしても、俺は先程から館のどこかから、不思議な魔力を感じていた。


「ところでこの館って、猛獣とか置いていたりしないか?」

「? 猛獣なんていない。この館は、ノルと主様にしか見えないようにしてる。誰かが入っているはずもないし、魔物を置いた覚えはない」

「……けどノルミート、さっきから俺は、この扉の向こうからただならぬ魔力を感じている」


 かなり強い魔力の流れを、俺はさっきからうっとうしいほど感じていた。


 だがノルミートは首を傾げて、理解不能といった表情をしている。まさか俺の勘違いで、本当は何もないのか?


 だがそれは勘違いなどではなかったと、次の瞬間には分かった。


 それは地響きを起こすほどの、大きく力強い雄叫びであった。

 その瞬間には、さすがに俺もノルミートも肩を弾ませて驚いた。


「何か居るみたいだな……」

「魔物の存在に気づくなんて、さすがクラテス様」

「呑気なこと言ってないで、さっさと行くぞ」


 相変わらずマイペースなノルミートを置いて、俺は魔物がいる部屋へとお邪魔する。


 するとそこには、巨大な蛙型の魔物がいた。


「すごい大きさだな……」

「でもクラテス様ならやれる」

「どうだかな……あんな大型とは戦ったことがないから……って、ちょっと待て!」


 俺が大型の魔物に対して、慎重に分析を行おうとしていた時だ。

 突然ノルミートが、異常な速さで巨大蛙へと突撃を開始したのだ。


 その速さを見れば、もはや自分の出番などないのでは、と内心油断をしてしまった。

 だがその油断が、戦場では命取りとなるのだ。


 ノルミートが目に映らないほどの速さで、先制攻撃を仕掛けるが、あの巨大蛙はびくともしない。


 それどころか、魔術を放った反動で宙に投げ出されるノルミートに、巨大蛙も素早く反撃していた。


 その様子は、あの巨大な体格からは、想像することさえできない光景であった。


「ノルミート!!」


 思わぬピンチに、俺はノルミートが心配で、つい焦る。


 自らの命を顧みず、すぐさま巨大蛙に向かって走り出す。そして腰に差していた剣をすぐに抜き、巨大蛙の足下を切り払う。


 だが固い表面に弾かれ、即座に俺はよろめいてしまう。


 万事休すか?

 否。それほどの一大事には至らない。


 どうやら巨大蛙は鈍感らしく、衝撃の少ない攻撃には、反応を示さないようだ。

 だからこそ俺には、カウンターが飛んで来なかった。だが幸か不幸か、相手には豆粒ほどのダメージも入っていない。


 つまり反撃はされなかったが、この巨大な敵に対抗するすべがない、ということだ。


「どうすれば……」


 俺がいったん体勢を立て直す為にも、相手との距離を取った時の事であった。


 突然、体中から力が溢れてくる。何事かと思い、周囲を見渡せば、それはすぐに目についた。

 ノルミートが立ち上がり、俺に向かって何やら魔術を唱えてくれている。


「こんな糞でかい建物を造る魔力だ。さぞかし強いことだろうな!」


 体中を、魔力が駆け巡るような感覚を、俺は確かに感じ取る。

 ノルミートがうなずいて、俺は剣を構えた。


「この程度の魔力なら、問題なく使いこなせる。ここからが反撃の時間だ!」


 そう叫んでから、俺は魔力で絶好調となった足を使い、すぐに蛙へと詰める。

 そして奴の生意気な頭にめがけて、高く飛び上がり、渾身の突きを見舞った。今度は確かな手応えを感じた。


 それだけじゃあ、終われない。

 次に来る、ノルミートでさえ避けられなかった迎撃を、俺は難なく避けることに成功する。

 案外、真正面から見ると大したことの無い攻撃であった。


 そして高く宙へと舞い上がった身体を、刃先を高所から振り下ろす。魔力を伴った高速な刃に、さすがの巨大蛙もひとたまりもなかったようだ。


 体が真っ二つに裂けてしまい、同時に強い魔力と血しぶきが飛んでくる。

 その血しぶきが気持ち悪いので、俺はすぐに後方へと避ける。


「危なかったな」

「クラテスさま……クラテス様ー!!」

「おっと……大丈夫か、ノルミート」


 血しぶきが部屋中に飛び散り、巨大蛙による騒ぎも落ち着く。


 すると間髪入れずに、ノルミートが俺へと飛びついて来る。かなり離れていたはずが、いつの間にかすぐ近くに来ていた。


 追っ払おうかとも思ったが、今回ばかりはそうはいかなかった。


 どうやらノルミートは、怖かったらしい。すぐに俺へと抱きついて、声をあげて泣き出した。


 ノルミートに飛びつかれて尻餅を着いた俺は、ゆっくりとノルミートの頭を撫でた。

 気がついた時には、俺の手はノルミートの頭に向かって伸びていた。


 俺の胸辺りを強く掴んで、わんわんと泣き叫ぶノルミートは、今までの掴みどころのない、不思議な様子を一切見せなかった。


 今はただの子どもとして、俺に甘えるだけ甘えていた。だからこそ俺は、突き放すこともできずに、頭を撫でていたのだろう。


「怖かった……ノル、魔物と戦ったことなかったから……」

「そうか。でもノルミートのお陰で、俺は勝つことができたんだ」

「そんなことない。クラテス様がお強いから、クラテス様が勇敢だから、ノルは……ノルは生きられた」

「大げさだな。そんなことよりも、あんな無茶は二度とするな。今回は敵が弱かったからいいものの、強い奴と当たれば、俺だって対処できない」

「ごめん……なさい……」


 ノルミートは初の戦闘で、俺に格好いいとこを見せようとして、衝動で突撃したみたいだ。

 そんなことをしなくても、充分にノルミートを信用しているというのに。


 もちろん信用していることを素直に伝えれば、ノルミートもパッと笑って受け止めてくれた。


 本人も反省しているようなので、これ以上深く言及するようなことはしなかった。

 ただ今日は生きられただけで、充分であった。


「あの……クラテス様……」

「なんだ?」

「将来、ノルがおっきくなったら……ノルのお嫁さんになって!」

「お婿さん、だろ。まあいいけど」

「ほんとう……?」

「本当だ」


 これも一種の、子どもらしさなのだろう。

 こんなに幼い少女の冗談を、本気で拒むほど俺も辛辣ではない。ここは一つ嘘をついて、即答で受け入れるようにした。


 どうせ俺よりもいい男を見つけて、すぐに親元からは巣立って行くのだ。

 それまでは、夫婦ごっこに付き合ってやっても、構わないだろうと考えたのだ。


 だがノルミートは本気で喜んでいるらしく、表情に乏しかった先程までと比べて、今は満開の笑みを浮かべて喜んでいた。


 そんな眩しい笑顔を向けられれば、嘘を言ったことが、少しだけ後悔される。

 ここは素直に断っておくべきだったのだろうか。そんな疑問が、ふと頭によぎる程であった。


 それからノルミートは、今まで我慢していた欲求を解放するように、俺へと飛びついて甘え散らかした。


「クラテス様大好き! クラテス様は強くて、頼りがいがあって、あったかい。すごくカンファタボー。落ち着く」

「カン……何だそれ?」

「ノルも知らない言葉」

「あっそう」


 わけのわからない言葉は、いったん頭の隅に置いておこう。


 急に娘ができたようなめまぐるしさに、俺は先程から感じていた疲労感を、増幅させるはめになってしまった。


 とうとう耐えきれなくなった俺は、ノルミートを抱っこしたまま、寝室へと向かった。ノルミートを引きはがすことさえ、面倒に思われたからだ。


 数分もすれば、寝室は見つかった。

 道中で、いくつもの部屋を間違えて開けて来たが、どうやら寝室は他の部屋に比べて整えられており、とても清潔な印象を受けた。そんな光景に、俺は満足であった。


「ほら、ノルミート。そろそろ離れて……もう寝てるのか」


 どうやらノルミートも疲れていたらしく、すでに眠ってしまっていた。ノルミートを引きはがして、寝かしつけようと思っていたが、その必要はないらしい。


 ならば容赦なく、ノルミートをベッドの中に入れてから、俺ももう一つのベッドに寝転んだ。


 さすがに同じベッドで寝る必要はないだろう。

 子供とは言え、そこまでの世話をする必要性は、感じない。


 それから俺も、すぐに深い眠りについて、長い一日がようやく終わりを迎えた。

カンファタボー=comfortable=快適な

なんだかこの単語を使わないと気が済まなかったのです。

分かりにくかったら、すいません(笑)


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