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森の中の孤独な精霊

 さて、勢いよく王宮を飛び出したわけだが、もちろん行く当てなどない。


 先程の事件を考慮して、重要指名手配者に指定されているだろうという事は、容易に推測できる。なので王都に留まることは、まずできないだろうと考えられる。


 となると目的地は、自ずと田舎方面へと絞られるわけだが──


 この周辺でアクセス面と住みやすさ、そして少なくとも憲兵の手が届きにくい場所となると、西の地方ということになる。


 だが西側には田舎が多い事から、王都の西門は、すぐに閉められてしまう。

 王女の結婚式で時間を浪費したせいで、西門の閉門時間にはギリギリとなるであろう。


「全速力で走れば間に合うが……」


 そう呟いて、すぐに西門へ走り出そうとした時のことであった。

 ふと道端に、膝を抱えて座る、兄妹と見られるみすぼらしい子供が居た。


 そんな子供を、俺は最初は見て見ぬフリをしたが、直後には走っていたはずの足が止まり、片手には財布が取り出されていた。

 そして財布から二人分の夕食代、金硬貨二枚を取り出し、それを二人のみすぼらしい子供に渡し、すぐに立ち去った。


 金ならまだ腐るほどある。

 だったら金のない奴にそれを恵んでいる方が、こちらにもご利益があるだろう。

 そんな俺の考えも知らずに、兄妹は驚いて目を丸くしていた。そして俺の背中に向かって、何かを言っていた。


 そんな無邪気な声を、今は聞いている暇などない。

 俺は一刻も早く、この都市から逃げ出さなければならないのだ。


 俺は振り返らずに、ただひたすら西門を目指して走った。

 走って走って走り続けて、俺はようやく西門まで辿り着くことができた。


 そして門を走り抜けた直後、俺の背後で門が閉まる音がして、無事に王都からの逃亡に成功した。


 安心するのもつかの間、俺はすぐに山奥を目指して歩き始めた。


 人生で初めての歩き旅だ。

 これまでも何度か旅に出て、冒険をしたことは何度もあった。


 だが今回のように、夜遅い時間帯に一人で田舎を目指して歩くなど、初めての経験であった。


 しかも帰る場所はない。

 正直、田舎へ行ったとしても、そこから無事に生活できるかも定かではなかった。


 間違いなく人生で最も最悪の瞬間だ。

 まさかこんな不幸の道を歩く羽目になるとは。

 一ヶ月前までの俺には、予測することすらできなかっただろうなと、呑気にそんなことを考えていた。


 心細い。だが今は腰に収められた銀の刀と、己の実力を信じるしかない。

 それだけを頼りにして、俺は黙ったまま宵闇に染まる平原を歩き続けた。


 しばらく歩いて行く内に、暗闇に目が慣れ、周囲の地形も段々とくっきりと見えるようになってきた。

 どうやら西平原は比較的安全らしく、魔物の姿が一切見られない。


 そんな景色に目をくれながらも、俺の頭を支配したのは、先程のウエディングでの記憶であった。


 幼馴染みで、昔から顔見知りだったというのにも関わらず、糞ったれ王女のアロは俺を見捨てた。


 今はそんな怒りが俺の体を支配しており、頭では「いつか絶対に責任を取らせてやる」とばかり考えていた。

 もっとも、そんな思考は気分が悪く、早く切り離したかったが。


 そんな時のことだ。先程の記憶と闘っていた俺は、ふと目前に深い森が広がっている事に気が付く。


 夜の森は、視界が悪く危険が多い。

 できれば避けて通りたい道ではあったが、それが出来ない事に俺は気が付いた。


 もちろん周り道をすれば、避けようには避けられる。

 だが俺の目の前に広がる森は、さっきからずっと不自然な光を放っており、その光の原因を突き止めたいという好奇心には、夜の恐怖でさえ勝てないようだ。


 俺は何のためらいもなく、光源のほうへ向かい、木陰から様子を覗った。


 するとそこには、一人の小さな少女が倒れており、どうやらその子から光が放たれていたらしい。


 黒いコートの下に白のシルクシャツを着ており、腰までかかるコートに少しだけ隠された灰色のチェックのスカートは、太ももの辺りまでかかっていた。


 どうやら少女の正体は精霊らしく、光の正体は彼女の周りを飛び交う、マナだったらしい。

 だが警戒心は解いてはいけない。

 俺は腰に刺した剣の棹に手をかけ、恐る恐る近づいた。


 すると俺の存在に気付いたらしい少女は、ゆっくりとその装飾品のような眉毛を動かし、俺をじっと見つめていた。

 お目覚めの時間らしい。目を擦りながらも、視線はこちらに張り付いており、俺は動きを制される。


 そしてふらっと起きたかと思えば、ニッコリと無邪気に笑って、俺の方へと歩いてくる。

 だがその行動の一つも、罠という可能性は捨てきれない。


 そんな彼女をいつでも斬りつけられるように、俺は依然として抜刀の準備をしつつ、後ずさりで距離を取った。


 だがそんな俺の姿勢に気付いたのか、彼女は悲し気に眉を吊り下げて、それから立ち止まって、また俺を見つめた。


 心配でもするような、不安と期待が混じったような、そんな悩まし気な視線であった。

 そんな少女を、俺は敵としてじっくり観察した。


 こちらを見つめる精霊の少女は、パッと見たところ150cmくらいの幼い少女であった。

 艶のある黒く長い髪が印象的で、童顔だが非常に整った顔つきをしている。

 そんな一般的に言えば美しい顔が、こちらをあたかも顔見知りのように見るので、俺は戸惑った。


 見たところ装備はしていない。

 だが魔力は未知数だ。油断は許されない。


「誰だ、お前」

「勇者様の……英雄の力を感じる……」

「何を言っているんだ……おま……」


 少女がいきなりわけのわからないことを言いだしたので、俺は更に困惑した。

 困惑するばかりに、思わず剣にかけていた拳の力を、わずかながら緩めてしまったのが、俺の犯した失敗であった。


 精霊の少女はそんなわずかな隙を狙って、俺へと刹那の内に詰め寄っていた。

 しまったと、俺が後悔をしたときには、彼女はすでに攻撃圏内まで近寄っていた。


 そしてその少女が素早く飛びついて、俺の首に腕を回した時には、もうすでに反撃を出来るような状態ではなかった。


 瞬時に死期を悟る。

 だが悟ったはずの死は、一向にやって来なかった。


 替わりと言ってはあれだが、俺の口許には、少女の生暖かい感触が走っていた。

 マナが大量に流れており、死期よりも警戒すべき危うさを感じながら、俺は離れようとした。


 だが彼女は離れようとはせずに、抱き着いたまま、俺のマナを口から奪い取っていた。


 そのまま俺は、彼女を受け止められないまま、地面に倒れてしまった。

 幼い少女に押し倒された俺は、そのまま身動きが取れずに、彼女のされるがままになってしまった。

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