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 第三庭園での散策の翌日。


 シェリアが朝の支度をしていると、侍女が手紙を持ってきた。


「王宮から?」


「はい。ラウール様からだそうです」


「ブラン伯爵令息から?」


「可能な限り早く目を通していただければ、と手紙を届けた使者は申しておりました」


「! わかったわ。こちらへ」


 シェリアが急いで手紙を開封する。

 目を通し終わると、シェリアはそばに控えていた侍女に訊ねた。


「今日は午後からは何も予定はなかったわよね?」


「はい、左様にございます」


 侍女は慇懃に答えた。


「そう。なら———」


 シェリアが出したいくつかの指示に、侍女は目を瞬かせながら「かしこまりました」と了承した。




*     *     *




「———全く、お前が風邪だなんて何年ぶりだ? 普段健康そのもので殺しても死ななそうなのに」


「……うるさい」


 どこか呆れたような、主に対するものとは思えぬラウールの言葉に、フィリップはもごもごとベッドの中から応えた。


 昨日シェリアやアニエスに『様子がおかしい』と言われてはいたが、まさか本当に体調を崩すとはフィリップも思ってもみなかった。


 朝、いつもの時間にフィリップを起こそうとした侍従がノックしてもフィリップの返事がないことを不審に思って寝室に突入すると、顔を真っ赤にしたフィリップがベッドに沈み込んでいたため、慌てて侍医を呼び診察させると風邪と診断された。


『ここのところ政務などで特にお忙しかったですからなぁ』と好々爺然とした侍医は苦笑したが、フィリップが十数年ぶりに風邪を引いたことを知った側近や、フィリップ付きの者達は皆揃って『十中八九シェリア様とのことが一番の原因だろう』と思ったのはフィリップの与り知らぬことだが。


「そう言うなって。お前が病気で体調を崩すなんてここ十年無かったんだぞ? 皆びっくりしてるんだよ。なぁ、お前らもそう思うだろ?」


 ラウールの最後の言葉はいずこかに潜む『影』に向けられたものだ。ラウールが言い終わると同時にどこからともなく気配だけが現れた。


「———ええ。といいますか、先代の後を継いで私がお仕えし始めたのがかれこれ5年程前のことですから、私は殿下が病気になられるのは初めて拝見しますね」


「ほらー」


 ラウールはケラケラ笑いながら膨れっ面のフィリップの額にのせられていた濡れタオルを換えると、フィリップの顔を見て、美形とはいえ大の男だからそんな顔されても可愛くも何ともないな、と一層可笑しそうに笑った。


「まぁ何にせよ、今日一日は休めよ。お前、確かに最近働きすぎなとこあったから、この際しっかり休養をとっとけ」


「……いや、そうもいかない。昨日大臣達と話し合った件について再度資料に目を通す必要があるし領地から街道建設などの公共事業についての計画案が送られてきているからその裁可も———」


「ちょっ、まてこら話聞け」


 熱のせいでどこか虚ろな瞳をしたフィリップがこなすべき仕事を真顔で列挙するのを止めたラウールは背中に冷や汗を浮かべた。


「計画案は昨日の夜に送られてきたばかりだから、領地からの使者を休ませることも考えると返書を持たせて送り返すのにはまだ少し余裕がある。昨日の資料の確認もそんな状態じゃ」


「ラウール」


 低い声。


「次期王太子たる私が簡単に休むわけにはいかない。……資料を持ってこい。()()()


 ラウールは眉を寄せ、何か言いたげだったが、一礼して「かしこまりました。すぐにお持ちします」と応じた。








 フィリップの寝室を出ると、ラウールは小さく「くそ」と毒づくと、額に手をやり、そのままぐしゃりと髪を乱した。


 立太子式前、しかも来月には他国の使者が公式に来訪することになっているという現在、フィリップが弱っているところを見せるのはまずい。

 しかし、だからといって精神的要因からかもしれない風邪とはいえ病気である今、フィリップには休んでもらわねば、体調が悪化してしまい、政務だって一層滞る可能性もある。


 何より、幼馴染としては親友が無理しようとしているのが気に食わない。


(少しでいい、何とか休ませないと……。でもどうする? どうすればフィリップは休んでくれる?)


 フィリップの寝室の扉に背中を預けて腕組みする。ぼんやりと考え込んでいると、ふっと脳裏に長いハニーブロンドが浮かんだ。


(———あ)


 名案を思い付いた、とラウールは先ほどとは打って変わって笑顔でその場を立ち去った。








 フィリップが寝室のベッドの上で持ってこさせた資料を熱でややぼんやりながら確認していると、ノックの音がして、女官が声を掛けてきた。


「殿下、失礼いたします。ランバート侯爵令嬢がお見えです」


「……は?」


 いつもの6割ぐらいしか働かないフィリップの頭であっても理解できる、予想外の知らせだった。


(え? シェリィが? 今日は会う予定は無かった……はずだよな、うん。何か急用だろうか?)


 ぐるぐると考えていると、扉の外から女官が再び声を掛けた。


「殿下、ランバート侯爵令嬢がお見えですが、如何されますか」


(ああ……そうだ、シェリィを通すように言わなければ)


「通せ」


「……こちらに、このまま、ですか?」


「? ああ」


(何を当たり前のことを訊いているんだ?)


 いつものフィリップだったら、婚約者(シェリア)であっても(いや、()()()()()というべきか)自分の寝室に掃除の侍女以外の女性を入れることは無かっただろう。そして、多少無理をしてでも応接間で会ったはずだ。


 しかし、久々の風邪で弱っていたフィリップはそんな思考に至ることはなく、シェリアをそのまま寝室に通すように指示を出してしまった。


 ———もっとも、今回は応接間に通そうとしても優秀な部下たちが無理させまいとあの手この手で寝室に通そうとしただろうが。



 指示を受けた女官はすぐにシェリアを連れてきた。


「失礼いたします、殿下。体調を崩されたと聞きました。事前の知らせなく押しかけてしまい、申し訳ございません。無礼は重々承知しておりますが、お見舞いをさせていただければと」


 いつものように美しい礼を披露したシェリアは、今日は艶やかな髪を下ろし、編み込んだ髪型をしており、少し透けるような素材のミントグリーンのドレスと相まって、やや幼げないでたちだ。しかし、その美しさは常と変わるものではない。


(———ああ、今日もシェリィは奇麗で可愛いなぁ)


 フィリップはそうぼんやりと『思った』はずなのだが。


「……かわいい」


「……え」


 その場にいたシェリアも女官も思わず硬直するような一言が()()()()()()()()()()()()()()()





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