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「馬鹿じゃありませんの」


 先程の第三庭園でのシェリアとの会話の一部始終を話し終えて開口一番に言われた辛辣な言葉にフィリップは「ぐっ」と呻いた。


「い、いや、しかしだな」


「しかし、なんですのこのヘタレ」


「ヘタレっ!?」


「ああ違いますわね……ヘタレではなく朴念仁ですわね」


 フィリップに向けて強烈な言葉を浴びせてのけた相手は、()()()()()()()()()()()()()()金茶色の髪をふわりと背中に払った。


 今にも消えてしまいそうに儚げで美しい少女である。それはフィリップも認める。だがしかし。


(コレが『妖精姫』だと……? なにかの間違いだろう!?)


 ———『妖精姫』。

 それがフィリップの目の前で薔薇の模様のあしらわれたソファに腰掛ける少女の社交界での通称である。彼女はこの部屋の主でもある。

 フィリップより4つ下のこの少女は、その儚げで可憐な容姿と優雅な立ち振る舞い、()()()()()()()()()()()()で貴公子たちの心を鷲掴みしている。……らしい。


 しかし一国の王子、それも王太子に内定している者にこの仕打ち。


(絶対おかしいだろう!? 社交界の令息たちの目は節穴か!?)


 そんなことをフィリップが考えていると、『妖精姫』はその萌黄色の瞳をカッと見開いた。


「それで、()()()? いきなり男爵令嬢の話をお姉様に振って! シェリアお姉様を不意打ちで膝抱っこしておきながら口説くことも贈り物をすることもなく! ボーっとしていたせいでお姉様にご心配をおかけして! 挙句気を遣わせてお姉様は辞去なさったと! そういうことですのね!?」


「あ、ああ……恐らくだが」


 フィリップが『妖精姫』———第一王女アニエスの勢いにたじたじになりつつも頷くと、アニエスは手に持った扇子で小ぶりなローテーブル越しにびしりとフィリップの肩を打った。


「痛っ……!?」


「我が兄ながら何という体たらく!! 普段は優秀な王子のくせに女性も(ろく)に口説けないなんて!! それだけではなくシェリアお姉様に気を遣わせるなんて何様ですの!?」


「ちょっと待てその扇子絶対何か入れてるだろう!? かなり痛かったんだが!?」


 アニエスはフンと鼻で笑うとにっこりと可憐な笑みを浮かべた。


「特注いたしました鉄芯入りの逸品でございますの」


「武器の間違いだろう!?」


「ちなみに靴の踵にも仕込んでおりますわよ?」


「お前何を目指してるんだ……」


「素敵なお姫様?」


 フィリップは『どこがだ!?』と言いかけたが、口に出せば二撃目をお見舞いされることは明白なので直前でこらえた。


「———話を戻しますわ。まずお兄様、今回の男爵令嬢の件で、具体的に何が駄目だったか、お分かりですか?」


 気が削がれたのか先程よりはやや落ち着いた様子でアニエスはフィリップに問いかけた。


「……自覚はあまりないのだが、周囲の人間に恋人同士と誤解されるような振る舞いをしてしまった、とかか?」


「半分正解ですわね」


「?」


 フィリップの疑問が顔に出ていたのだろう、眉を寄せたアニエスは嫌そうに溜息を吐くと答えを述べた。


「今回の件に関しては、お兄様はよく気を付けてらしたと思いますわ。

 話をなさるときは必ず相応の身分の令息たちや高位の使用人をその場に同伴させて決して令嬢と二人きりになるようなことはなさらなかったし、初対面の時に迷子になっていた男爵令嬢を大広間の近くまでエスコートなさった以外では身体的な接触もなさっていらっしゃらないでしょう?」


「ああ。だからそれ以外で何かしてしまったのだろうと思ったのだが」


 今日妹に話をしに来たのはそもそも男爵令嬢の件でフィリップは具体的に何を間違えたのか、そしてシェリアをつなぎ留めておくためにはどうすればよいか、アドバイスを聞くためだった。……第三庭園での出来事については、アニエスの方から訊ねてきたのだ。


「お兄様の男爵令嬢に対する態度や行動は()()()間違ってはいませんでした。けれど、あの男爵令嬢、お兄様に色目を遣っていましたのよ。それもかなり分かりやすく」


「は? 色目?」


(全く気付かなかった……。しかし、アニエスが言うのならそうなんだろう)


 王女として多くの令嬢たちと関わる機会があるアニエスは、女性たちの表情や仕草から考えを読み取ることに長けている。


「だからお兄様は鈍いと申し上げているのです。あのあざとい上目遣いやさりげなく胸を強調する仕草なんてあからさますぎてお兄様以外の令息たちは皆気づいておりましたわよ」


「あー……そういえばラウールもそんなこと言ってたな」


 ———あの男爵令嬢の本性を見抜けなかったし? ああ、因みにお前以外にサロンに出入りしている子息はみんな気づいてたぞ。


(どうして私は女性のことだとこんなに鈍いのだろうか……)


 しゅんとしたフィリップを見てアニエスは表情を緩めた。


「お兄様以外、城下の子供でも気づくようなちゃちな色仕掛けでしたけれど、お兄様がまっっったくお気づきにならず、会わないようにするといった対応もなさらなかったせいで、愚かなあの男爵令嬢とその両親は隙があると思って調子に乗ったのです」


 後はご存じの通りですわ、とアニエスは呆れを隠せない———隠そうともしない目でフィリップを見やった。




(まぁ、お兄様のことですからこうして『間違えた』以上、同じ過ちをなさるようなことはないでしょうけど)


 そもそもフィリップが輪をかけて鈍くなったのには、元々の鈍さもあるが、フィリップの優秀過ぎる側近達にも原因がある。


 ラウールや現在フィリップの側近として働く令息たちは幼い頃から優秀な者たちで、フィリップとシェリアの仲を全面的に応援している者たちばかりだったため、ほぼ完璧にフィリップの寵愛目的で近づく女性たちを排除してきた。

 また、その包囲網に漏れた数人ほどの令嬢も、無自覚なフィリップの惚気にあてられ、撃沈していったそうだ。



 因みにその数人の令嬢の一人は、後に死んだ魚の目をしてこう語ったという。


『フィリップ王子? ……ああ、そういえば愚かにもお近づきになろうとしたことがありましたわね。

 正妃は無理でも側妃はいけるかもとお茶会で売り込もうとしたんですのよ。そうしたら殿下は私の話は一応聞いてくださいました。ええ、一応ね。でもいつの間にかシェリア様は天使だとかシェリア様は可愛いとかシェリア様とこんなことがあってやっぱり可愛すぎるとかいう話になりましたのよ……。惚気はある種の凶器なのだと悟りましたわ……側妃になろうものならあれを頻繁に聞かされる羽目になると思うと……。

 もうあれはこりごりですの……』



 そういうわけで社交界ではフィリップにアプローチを掛けるのは5本の指に入るほど愚かしく無駄な行為として認識されるようになり、フィリップが思春期を迎える頃にはフィリップに色目を遣おうという女性は社交界には国内外問わずいなくなっていた。


 そのせいでフィリップは女性から恋愛的なアプローチを受けたことがほぼなく、『男女はみだりに親しくしない』『婚約者でない女性と二人きりにならない』といったマナー本に載っているようなこと以外はさっぱりだ。つまり、知識はあるが、それに付随する経験が異様に少ないのだ。


 しかし遂にフィリップが立太子されるという段となって側近たちはようやく気づいたのだ。


『あれ……王子、恋愛センス壊滅的じゃね? 経験値低いのって俺たちが頑張りすぎたせいもあるんじゃね? ……王太子がこれってマズくね?』


 と。


 そういうことがあり、同様に危機感を抱いていた国王夫妻の後押しもあり、ラウール達側近はちょうどいい具合にフィリップに近づいてきた男爵令嬢をわざと泳がせて、フィリップに痛い目を見てもらうことにしたのだ。……もちろんフォローはしていたが。


 アニエスがそのことを知ったのは噂を流し始めた男爵一家が社交界中の笑いものになろうとしている頃だった。友人の貴族令嬢から『アニエス様はあの愚かな男爵一家のことはご存じですの?』と聞かれて初めて発覚した。


(でもシェリアお姉様にはとんだとばっちりですわ!!)


 思い出したら腹が立ってきたので、アニエスは用意されていた紅茶のカップを口に運び、苛立ちごと飲み干した。





アニエスさんはおこ。

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