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2021/01/23

誤字報告ありがとうございます! 該当箇所を修正させていただきました!




『———そういう訳で、エーリヒに手を貸した皇后とその実家は、そちらの王弟のクーデター未遂に関わり同盟を危うくした罪と、勝手に()()()()を国外に持ち出した罪とで無事投獄することができたよ。協力、感謝するよ』


 学術院での一件から一週間後、フィリップは執務室で通信の魔道具と向かい合っていた。相手は、ルストゥンブルグの皇太子だ。

 彼とは今回の事件についての情報交換をしているのだが、先程までフィリップがグラネージュ側での出来事などを報告していたので、今度はルストゥンブルグ側でのことも聞いていたのだった。


『フィリップも知っていると思うけど、皇后はエーリヒにとことん甘いからね。むしろあいつが()()なった元凶でもあるかも』


「……お前にとっても実の母親だろう」


 皇太子は『ははっ』と心底可笑しそうに笑うと、先程より平坦な声で言った。


『皇后にとって、俺は“可愛くない息子”だからね』


「そうか……」


 フィリップは溜息にも似た声を漏らしたが、予想に反して穏やかな返事が返ってきた。


『そうだよ。———そう情けない顔するなよ。君が気にすることじゃない。それに、これで異母弟(おとうと)に皇太子の座を穏便に譲ることができる』


 俺は病弱だからな、という呟きに、フィリップは小さく息を吐いた。

 フィリップが皇太子と直接会ったのは一、二回ほどしかないが、彼とは手紙や通信の魔道具でやり取りする仲だ。今回の件で結果的に彼の弟と母を破滅させ、彼自身も皇太子の座から退くことになるのは、魔導兵器の件が無くとも、王弟とエーリヒが手を組んで事を起こそうとした時点から決まっていたが、それでもやはり皇太子と付き合いがある者として気になるところだったのだ。

 だから、決して明るいとは言えないがどこかスッキリとしたような声の調子にフィリップは密かに安堵していた。




『そんなことより、やっと君は婚約者殿に想いの丈を伝えられたそうじゃないか』


 自分の思考に沈みそうになったフィリップは、灰色がかった空気を振り払うような口調の皇太子の科白にパカリと目を見開いた。


「何で知ってるんだ!?」


『昨日そっちから戻ってきた、うちの使節団の副使から。いやー、長かったね』


「はっ!?」


『君たちのことも気になるところだったから、父上に頼んで様子を見るように勅書を出してもらったんだ。父上はノリノリで最高級の紙で勅書書いてたし、副使には『いい(ネタ)を持って帰るので最高級ワインを用意してください!』って、イイ顔であっさりと了承されたよ。彼は実にいい“友人”だ』


 何故そうなる!?とフィリップは頭を抱えた。頭が痛い。


(彼の“友人”は皆こうなのか!? そんな『ちょっとお遣いに行ってきます』みたいなノリで勅書を受けとるのか!? 皇帝陛下まで参加とかルストゥンブルグ皇室はどうなってるんだ!?)


『周辺国の王族や高位貴族たちは皆、君たち二人がお互い大好きなくせして周りくどいことやってるのを馬に蹴られないように(生)温かい目で見守っていたから、やっと収まるところに収まってくれて俺もとても安心したよ』


「待て今おかしな一文字が入ってた気がするんだが」


『気のせいだよ?』


 魔道具越しに小さく笑う声。フィリップは半目で魔道具に嵌まった魔石を見た。


 時計の長針が一回りほどした後、フィリップは眉間を揉みながら口を開いた。


「……まあいい」


『あれ、いいの?』


「いいんだ! ……それよりも、私は一つ気になることがあってな」


『何かな?』


 スッ、とフィリップは目を鋭くさせた。


「例の『国家機密』が流出したと判明したのは、本当に学術院視察の直前だったのか?」


『……そうだよ。本当にギリギリだったから、親書を小型の魔法陣でそちらに急いで転送することになった』


「そうか。研究所から持ち出されてからひと月も経っていたというのに、おかしなこともあるものだな?」


『…………ほんとにね。

 ところでそれ、どうやって知ったのか、俺も興味があるなぁ』


「さてな」


 ひりついた沈黙は、皇太子の咳払いで破られた。


『残念だけど……ここまでにしておこうか。こちらとしても、君とはあまり揉めたくはないからね』


「それには同意する。———ではな」


『うん、また』




 通信を切ると、フィリップは座っている椅子の背もたれに身体を預けた。


(彼と話すと神経が削られるな……。いろんな意味で)


 どっと迫ってきた疲労感に、フィリップが軟体動物よろしくだらけていると、叩扉の音がした。誰なのかはすぐに分かったので、フィリップは「入れ」と投げやりに声を掛けた。


「殿下、失礼いたしま———って、うっわ何ぐにゃぐにゃしてるんだよ。日向の蛞蝓でももう少し骨があるぞ」


「お前一言余計だ」


(ん? 蛞蝓って骨があったか?)


 フィリップがそんな生産性があるか怪しい思考を巡らせていると、ラウールは「まぁお疲れ」と執務机に紅茶のカップを置いた。


「皇太子と話すといっつもそんな感じになるよな、お前。確かにあの人抜け目ない感じだけど、そこまで警戒する相手なのか? 俺は話したことないけど」


 伸びをして背もたれから起き上がってきたフィリップは、カップに手を滑らせながら答えた。


「ああ。何というか、彼は……叔父上に少し、似ているんだ。五分話しただけで昼食のメニューから機密事項まで、あらゆる情報が抜き取られる感じが」


「あー、なるほど。ところで、さ。元王弟の処分だけど」


「……」


 捕らえられた王弟は、大した抵抗もなくあっさりと自供した。国王に自分の思いをぶつけたことで、空気が抜けてしまったようだ。

 彼は死罪になってもおかしくは無かったのだが、それにストップをかけたのはなんと国王だった。寝覚めが悪い、などと呟いていたことから、異母弟に対する過去の自分の行いに、何か思うところがあったのかもしれない。尤も、王妃にこってりと叱られたせいという線が濃厚だが。

 結局、王弟は子を成せないようにされた後、国内で最も厳しいとされる修道院に送られることとなった。


「まぁ、あれだ。処分が下るなら、十中八九お前が指示を出すことになっていただろうから、俺としてはそんなことにならなくてホッとしてるよ」


(私もそう思う)


 フィリップは心の中で小さく呟いた。そして、熱い紅茶を一口含んだ。


「……これでとりあえず今回の件の後始末は全てだな」


「そうだな。ペリン男爵も、爵位剥奪と辺境での労働で済んだし」


「ほぼ令嬢の功績だけどな」


「確かに」


 協力していた外務大臣一派も、余罪も合わせて厳しい処分を受けることになっているが、ララの活躍により、ペリン男爵一家は処刑されることは無いと決まった。フィリップとしても一時は友人として議論し合った相手なので、彼女が『仕事』を完璧にやり遂げてくれて心底安堵したのだった。




 コトリ、と小さな音を立ててフィリップが飲み終わったカップを置いた時、ラウールが懐から小さな瓶を取り出した。


「それは……」


「お前、これからランバート侯爵令嬢とデートだろ?」


「で、デー、トとかそんな大層なものではないけど、な」


「おーおー顔真っ赤」


「うるさい。で、それはもしや」


 ラウールはパチリと指を鳴らした。


「当たり~。『舐めれば人の心の中が分かるようになる!?白魔女印の飴玉パート2』」


「……何をやってるんだ『白魔女』は。しかも何でパート2」


「進化したから。遊び心って、大事だよなー」


「……」


 フィリップの目が死んだ魚のそれになっているのに気づいて、ラウールはわざとらしく咳払いをした。


「で! 『コレ』、要るか?」


「要らない」


 フィリップはふざけた調子もなく即答した。ここまでためらいなく断言するとは思っていなかったのか、ラウールは目をぱちくりと瞬かせた。


「少し前の私なら、多少は迷っただろうな。シェリィの心の声が聞けるから。でも、シェリィの内面に勝手に踏み込むのはやはりよくない」


 フィリップは真っ直ぐな瞳で言った。


「それ以前に、今の私達はそんなものに頼らずともお互いを知るすべを知っている。どんなに(つたな)くても、傷つくことがあっても、それでも自分の言葉で、仕草で、行動で、想いを伝え合えるから」


 だから、それは必要ない。


「……ごちそうさん」


 ラウールは苦笑して小瓶を懐へと仕舞った。


「じゃー、そろそろ時間だし、ランバート侯爵令嬢のところに向かうとしますか」


「ああ」




*     *     *




「……」


「……」


 シェリアは今、困惑していた。


 目の前にあるのは、ひと月ほど前まで、自分に敵意をあらわして突っかかってきたはずの少女の後頭部だ。そして何故か、彼女の隣にはアニエスがそっぽを向いて立っていた。


「……あの」


 シェリアが恐る恐る声を掛けると、彼女———ララは深い礼をしたまま、強張った声で言った。


「今まで、ランバート侯爵令嬢に対して数々の無礼を働きましたこと、お詫び申し上げます」


「え?」


「勝手な思い込みで、貴女様にはご迷惑をお掛け致しました。本当に……申し訳ありませんでした……っ!」


 シェリアが唖然としていると、アニエスが口を開いた。


「お姉様がこの子をお許しになる必要はありませんわ。彼女は本来、お姉様から許しを得られなくても仕方ない立場の者なのですから」


 その言葉に、頭を下げたままのララの肩がびくりと震えた。その震えに、茫然としていたシェリアはハッとした。


「か、顔をお上げなさいな」


 ララは再び肩を震わせると、ゆっくりと身体を起こした。伏せた目には、涙の膜が張っていた。


 シェリアは言葉を探すようにしながらララに語りかけた。


「……確かに、私は貴女に謂れのないことで責められた時、傷つきましたわ。それにあの時の殿下には、貴女と距離を置くようにお伝えしてもちゃんと取り合ってもらえなかったですし」


 その言葉に、ララは顔を伏せ、アニエスは瞳孔が開いた目をして『やっぱりお兄様にはもう一度制裁を……』などとブツブツと何やら呟いた。


「でも私、いつまでも同じことで悩んでいられるほど暇でもなければ、そんなことで悲劇のヒロインぶれるような性格でもありませんの」


 ですから、もう怒ったり恨んだりはしていませんのよ。


 そうシェリアが言うと、ララは大きく目を見開いた。


「……許すとは、まだ言えませんけどね」


「……! ッ、はい!」


 ララは顔をくしゃりとさせると、再び礼をした。今度の礼は謝罪のためではなく、敬意を表すためのもので、貴族になってまだ半年ほどとは思えぬ、品の良い礼だった。


「……私は、もう行くわね」


「ええ。お任せくださいませ、お姉様。ほら、貴女も」


「は、はい。お時間を下さりありがとうございました」


「では、失礼しますわ」


 待たせていた侍女を連れて廊下を歩き出して、ふとシェリアが背後に目を遣ると、アニエスとララが何やら言葉を交わしているのが見えた。


(あの二人、反りが合わないだろうと思っていたのだけれど……意外な組み合わせだわ)


 シェリアは先程、アニエスに呼び止められ、彼女の背後に居心地悪そうに、しかし何やら決意したような顔をしたララが立っていた時のことを思い出していた。


 少し前まで、ララはシェリアに敵意をむき出しであったし、アニエスはそんなララのことを疎ましく思っていたはずなのだが……。


(人の心って、分からないものね)


 そう思いながらも、シェリアの唇は笑みの形を作っていた。




*     *     *




 シェリアが待ち合わせの東屋に着くと、そこには既にフィリップが居た。


「え、殿下!?」


 シェリアは急いで彼に駆け寄った。


「遅れて申し訳ありません!」


「いや、私も今来たんだ。掛けてくれ」


「はい!」


 シェリアがフィリップの向かいに腰掛けようとすると、フィリップは「そっちじゃない」と言った。


「え、ではどこ———にっ!?」


 横から伸ばされたフィリップの腕が、シェリアの身体を軽々と持ち上げ、彼の膝へと彼女を下ろしていた。


 ぎぎぎ……と錆びついた音がしそうな仕草でシェリアの顔がフィリップに向けられた。勿論、その顔は林檎よりも赤かった。


 いつの間にか、東屋には二人以外の人影は無くなっていた。


「で、殿下」


「違うでしょ、シェリィ」


「……フィ、ル」


「うん」


 横抱きの姿勢なので、フィリップはシェリアの顔をはっきりと捉えられる。穴が開くほどじっと見つめられて、シェリアの顔は湯気が出そうだった。


 火照った彼女の頬に、フィリップは指を這わせた。そして、


「……ああ、かわいいなぁ」


 ふにゃり、と笑んだ。


 それは、蜂蜜とクリームを混ぜ合わせてもまだ足りないほどの甘さを含んでいて、『蕩けるような笑み』とはこういうものを言うのだと思われるような表情で、ここ最近、彼がシェリアを見つめるたびによく見せるようになった表情でもあった。


「あの、は、恥ずかしい! から、あまり見ないで欲しい、な」


「うん? 嫌かな?」


「嫌、ではないけど……」


「なら、もっと見せて? 私は、シェリィの可愛い顔が見たいんだ。……いつも可愛いけど」


 シェリアはついに顔を覆ってしまった。学術院でシェリアが危機に晒されて以来、フィリップはことあるごとにシェリアを愛でようとするのだ。嫌ではない、が、如何せん耐性が無いので、すぐに限界が訪れてしまう。


 いつもなら、フィリップはそのまま恥ずかしがるシェリアを愛でるだけなのだが、今日は違った。


「シェリィ、触れてもいいか?」


「え……もう十分触れている、と思うけど……」


 フィリップの問いにシェリアは思わず顔を覆っていた手を外して怪訝な顔をした。———が、すぐにそれを後悔することとなった。


「キスしたい。しても、いい?」


「!? ななな何言ってるのっ!? そんな急に!!」


「……もっと、シェリィと色々なことがしたいんだ」


 そう言ってフィリップは僅かに視線をシェリアから外した。

 それが照れからなのはシェリアにも分かっていたが、なんとなくムッとして、気が付くと言葉がこぼれていた。


「い、いいわよ。キス、しても」


 つっけんどんな口調になってしまったのを少し後悔してシェリアは恐る恐るフィリップの顔を窺った。


 ……フィリップは、過去最大級に蕩けるような、嬉しそうな笑顔だった。しかしそこに一滴ほど、色香、のようなものが滴っていたので、シェリアは何かマズいことをしてしまったような気がして、そろそろと彼の膝上を後ずさった。



 やっぱりナシで!と言おうとした口からこぼれた吐息は、目の前に迫ってきたフィリップの唇に飲み込まれた。マシュマロよりも柔らかな感触。火傷するような熱さではないはずだが、フィリップの体温に、シェリア自身の唇の温度が浸食されていく。


 フィリップは一度唇をちゅ、と音をさせて離すと、角度を変えて再び唇を重ねてきた。今度は唇を柔く彼の唇で食まれ、軽く吸われた。


「~~~っ、ぅ」


 甘い痺れが、シェリアの背筋を駆け上がる。


 いつの間にかシェリアのうなじに回っていた手が、するりと髪の間に入ってきたところで、フィリップが何故かびくりとして唇を離した。


「ふぃ、る?」


 はぁ~、とフィリップは溜息を吐いた。そして、自分に呆れているような、ばつの悪そうな顔をした。


「……自分で言いだしておいてなんだが、今日はここまでにしておく」


「え……」


 フィリップは目尻を赤らめて流し目をシェリアに寄越した。


()()()()は、結婚後に取っておくよ」


 シェリアは数秒ほどぽかんとしていたが、意味を悟って再び顔を覆った。






「そういえば」


 フィリップの声に、シェリアは顔を上げた。


「なに?」


 フィリップはするりとシェリアの左手を取った。そして、薬指だけを選び出した。


「そういえば、ちゃんと言っていなかったと思って」


 フィリップの金緑の瞳が、シェリアの海の色の瞳を捕まえた。






「シェリィ、私と結婚してください」








 ———東屋を後にする二人の左手の薬指には、揃いの指輪が嵌まっていた。







ここまで読んでいただきありがとうございました。

感想やブクマ、評価ポイントといった形でいただく、皆様の応援があってこそ、本編完結に至ることができました。

初の連載作品ということで色々と慣れないことも多く、私自身の多忙さもあり、皆様にはご迷惑をお掛けすることも多々ありました。しかしそれでもここまで作品を書いて、完結まで至ることができたのは、偏に皆様のおかげです。

重ね重ねではありますが、本当にありがとうございました。

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