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 ……話は少し前に遡る。


 王弟含め、侵入者一行を牢屋まで『ご案内』したフィリップ達は、彼の執務室に戻ってきた。


(後はシェリィを待つだけか……)


 そうぼんやりと考えながら部屋に入ろうとすると、待機していた侍従が困惑顔で声を掛けてきた。


「殿下……」


「どうした」


「それが……ルストゥンブルグの皇太子様より親書が届いておりまして、殿下に至急ご開封いただくように、と。それと……」


 侍従はそこでちらりとフィリップの後ろにいたラウールに目を向けた。


「ブラン伯爵家より、『ブラン伯爵令息』への使者が参っております」


 見ると、少し離れたところに見慣れない顔の男が立っており、そわそわとこちらを窺っているようだった。

 思わずフィリップとラウールは目を見合わせた。


(こんな時に使者? 何があったんだ?)


(さぁ?? 実家には暫く帰ってないからな)


(とりあえず行って来い)


(さんきゅー助かるわ)


 視線での会話を受けて、ラウールは「暫し御前を失礼いたします」と慇懃に礼をして男の方に向かっていった。


 フィリップはそのまま執務室に入ると、机の上にあった、厳重に封蝋を施された封筒を手に取り、手早く開封した。


 封筒の中にはたった一枚しか紙が無く、フィリップは拍子抜けしたが、端的な文章を読み進めるにつれ、彼の表情は蒼白になっていった。


(最新の、魔導兵器……)


 内容は、ルストゥンブルグで開発された最新式の魔導兵器がエーリヒによってグラネージュに持ち込まれた可能性を示唆するものだった。


 不意にフィリップの脳裏に、数日ほど前に聞いた、エーリヒの滞在する部屋に仕掛けさせた記録用の魔道具の音声が蘇った。



 ……


『お前、“あれ”を用意しろ』


『“あれ”は計画に用いないことになったのでは?』


『状況が変わった。学術院視察より前に受け取れるように手配しろ』


『承知いたしました』


 ……



(———ッ!?)


 ぶわり、と冷たいものに背を舐められたのをフィリップは感じた。

 しかし一瞬後には、浅くなりかけた呼吸を、息を長く吐き出すことで整えて自分に言い聞かせた。


(……落ち着け。少なくとも王宮には『白魔女』が張った守護の結界があるから、そう易々とは持ち込めないはずだ。今日の視察では行きも帰りも厳重に監視がついているから、その間に仕掛けるのはほぼ不可能だ。人を使ったとしても、発動は皇家の人間しかできないと親書にはあったから、どのみち使用時にはエーリヒ自身の手元になければならないし、)


「っ、フィリップ!!」


 突然扉が開いてラウールが駆け込んできた。彼の顔もフィリップに負けず劣らず、紙のように白かった。


「何があった」


 フィリップが問うと、ラウールは荒い呼吸に構わず一息で告げた。


「『白魔女』の守護結界の効果が一週間前程から通常時の半分以下になっているらしい」


「何故報告が無かった!?」


 フィリップは目を見開き、ほとんど悲鳴のような声を上げた。


 ラウールは悔いの色を乗せた苦い顔をして答えた。


「跡目争いだよ。お前も知っての通り、現在の結界は数か月前から当代の『白魔女』と次代の『白魔女』がほぼ半々の割合で維持を受け持っている。だが、次代の指名を不服とした奴らが、彼女を拘束して結界の術式ごと乗っ取りを目論んだらしい。それが一週間前の出来事だそうだ。

 当代の方はここ最近ずっと体調不良を押して王妃様の方に掛かり切りで王宮に滞在していたから、気づくのが遅れたらしい」


「こんな時に何という馬鹿なことを……」


 フィリップは表情を歪めて頭を抱えた。


(タイミングが悪すぎる……!)


 次から次にやって来る面倒ごとにフィリップの口から思わず呻きが漏れる———が、あることに気が付いて全身の血が凍り付くのを感じた。


(結界の効果がここ一週間弱まっていたということは、王宮に危険物を持ち込んだとしても警報が作動しなかった可能性があるのか……? だとすれば)


「……ェリィ」


「え?」


「シェリィが危ない」


「……何だって?」


 フィリップは震える手で持っていた便箋をラウールに差し出した。


 ラウールはそれにざっと目を通すと、フィリップと同じ結論に至ったらしく、ひゅ、と鋭く息を吸い込んだ。


「おいフィリップ、これはマズいんじゃないのか……」


「あ……あ。直ぐに、学術院に、増援を出さなければ」


 心臓がずたずたになりそうな焦燥感と恐怖に、フィリップは息を詰めながら指示を出そうと扉の方を向いた。思考がぐるぐると回っていた。


(今すぐシェリィを助けに行きたい。だが今、私が王宮を離れるわけにはいかない。でも、やはり、私が、)



「失礼しますわよ!」



 バーーン!と淑やかとは間違っても言えない音を立てて突然扉が開け放たれた。


「……全く、なんて辛気臭い顔をなさっているんですの、お兄様」


 扉を開け放ったのはアニエスだった。


 フィリップは苛立ちを隠そうともせずにアニエスに言った。


「何の用だ、アニエス。私は今、お前に構っている暇はないんだが」


 アニエスはフィリップのとげとげしい科白が堪えた様子もなく、どこか得意げな笑みを浮かべた。


「あら、そんなこと仰って良いんですの? 私は朗報をお兄様方にお届けするために伺ったというのに」


「……朗報?」


 怪訝な顔でフィリップが聞き返すと、アニエスは笑みを深めた。


「こんな時でも息子たちに後始末を押し付けて性懲りもなく自分のところに甘えに来たお父様にお母様がついにキレ……いえ、お怒りになりましたの。『陛下が余りにも情けないからここからは私が指揮を執る』とのことですわ」


「は!? 母上が!? いや、だがご無理をさせるわけにはいかないだろう!?」


「でもあの分だと今日一日は意地でも指揮を執ろうとなさると思いますわよ。……まぁ、一応侍医の許可も取りましたし、側妃様もついてくださるそうなので少しくらいなら大丈夫かと」


「いや、しかしな」


「『白魔女』の守護結界の話はお母様から粗方聞いておりますの。お母様には許可を取っておきますから、早くお姉様のところへ行ってくださいまし。察するに、お姉様が危険に晒されていらっしゃるのでしょう?」


「私には、責任が」


「ごちゃごちゃうるさいですわよ。お兄様のことですからどうせお父様とお母様の代わりに自分がもっとちゃんとしないと、とか思っていらっしゃるのかもしれませんけれど……傲慢も大概になさってくださいな。貴方が少し抜けただけで崩れるほど、私達は弱くありませんの」


 アニエスは背後に控えていた自分の侍女に視線を流した。彼女はラウールの方に一瞬だけ目を向け、アニエスに応えるように、その可愛らしい顔に剛毅にも思える強い笑みを浮かべて見せた。それを見たラウールは驚いたように目を丸くした。


「それに、お兄様。お兄様は、まだ身分的には『第一王子』なんですのよ? 正式な王太子であればともかく、王妃(お母様)が『指揮を執る』と言ったならそれに従う身分ですのよ?」


「「あ」」


 フィリップとラウールの漏らした声が重なった。


「ああ……そうだったな……忘れてたけどこいつまだ『王太子に内定しただけ』だったな……」


 ラウールは遠い目をして宙を仰いだ。


 アニエスは手に持っていた例の扇子をビュンと音をさせてフィリップに向けた。


「ほら、さっさと準備なさってくださいな! 早くなさらないと爪先を踏み抜きますわよ!?」


「いやそれは本気でやめてくれ」


 アニエスの靴の踵には彼女愛用の扇子と同種の仕込みがしてある。踏み抜かれれば確実にとてもとても痛い思いをすることになるはずだ。


「じゃあ、行ってくる」


「ええ。———お姉様に傷一つでもついていたならば、お兄様も是非とも『エーリヒ皇子と楽しい面談会』に参加なさいませんこと?」


「考えておく」











「———という訳で、シェリィのところに来ることができたんだ」


「そう……でしたか」


 シェリアはフィリップが駆けつけることができた経緯を聞いて、ぎこちなく頷いた。


「あとは、シェリィも大体分かると思うが、私達が学術院に着いた時に丁度指輪の信号を受け取ってな。それを辿ってシェリィのところまで来た」


「……ちゃんと信号が送れていたようで良かったですわ。

 ところで、殿下」


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「何? シェリィ」


「……そろそろ、この体勢を止めていただけませんか」


「え、嫌」


「『嫌』!?」


 シェリアは真っ赤な顔で首をひねって後ろを見た。そして、涙目でキッとフィリップを睨んだ。


「いい加減、普通に座らせてください!!」



 フィリップは、学術院の廊下から王宮に帰るまで、さらに今二人がいる執務室のソファに座るまで、ずっとシェリアを抱きかかえていたのだ。そして、ソファに座ってからはシェリアは彼の足の間に座るような形で抱きしめられていた。


 これだけでも耐性のないシェリアには十分な打撃だったのだが、極めつけに、今まで見たことも聞いたことも無いようなフィリップの甘ったるい態度や声が彼女をひどく落ち着かない気分にさせていた。


(この数時間で殿下に一体何があったっていうのよーー!?)


 お腹に感じるフィリップの腕。夏に向けて先取りしたデザインのドレスの薄い生地からは、その温かさがじわりと染み入ってきて、自分の体温がその分上がっていくように思われた。


(色々ともう限界よ……)


 シェリアが救いを求めてフラフラと視線を彷徨わせると、控えていたラウールとばっちり目が合った。


(お願い、殿下を止めて!)


 視線だけで何とか訴えかけると、ラウールは心得たようにコクリと小さく頷いた。


(やったわ、伝わった!)


 シェリアは達成感によし!と小さく拳を握った。


 ラウールは小さく咳払いすると、微笑んでフィリップに提案した。


「殿下。やはりここはお二人でごゆっくりなさると良いかと。一応扉は開けておきますので、我々は外に出ていましょう」


 ラウールはそのまま扉近くにいた者達に目で合図をすると、「それでは我々はこれで」と実にイイ笑顔で部屋を出ていった。


(伝わってなかったーーっ!! もしかして確信犯!? 確信犯なの!?)


 混乱を極めるシェリアの耳に、背後からくすり、と小さな笑い声が届いた。振り返ると、フィリップはほんのり頬を染めて、ふにゃりとした照れ笑いを浮かべていた。


「その……。二人っきり、だな」


「……」


(ど、どうしよう……)


 シェリアはカチンと固まってその笑みを眺める他なかった。






※念のため。ここでの『確信犯』は、口語として、敢えて最近よく使われる意味で使っています。


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