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前回のあらすじを簡単にご紹介。
国王の執務室に王弟が黒マント達と共に侵入してきた。そして彼は自身が側妃の息子であるがゆえに王位を継げないこととそれに対する兄である国王の無神経さなどへの苛立ちなどが募り、自分の恋人を国王に『消された』ことがきっかけで限界になり今回の凶行に至ったのだと語り、国王を殺害しようとしたが、その時フィリップ達によって黒マント達共々拘束されたのだった。
2020/06/08 フィリップ視点を追加しました! 中途半端な投稿をお見せすることになってしまい、申し訳ありませんでした。
ぞろぞろと入ってきたフィリップの部下たちの中から、呑気にも聞こえるような声がした。
「あー、どうもお久しぶりです王弟殿下。ラウールです」
同僚をかき分けるようにして進み出てきたラウールはほろ苦く笑いながらひらひらと手を振った。そしてそのまま王弟たちがいる方へ歩いてきた。
「……ラウールか」
「ええ、どーも。あ、最初に言っときますけど、自害できないようにしてあるんで、舌噛もうとか思う必要ないですよ」
それを聞いて王弟はふっと力を抜いた。
「そう、か。……君、魔法使いだったのか」
「ええ、まぁ」
歩を止めて屈み込んだラウールは老侍従長に巻き付いた蔦を解きながら王弟には目もくれずに答えた。
王弟は暫く、侵入者達を連行する為に部下たちに指示を出していくフィリップと侍従長の拘束を解いているラウールの間に目を彷徨わせていたが、やがてフッと小さく息を漏らして皮肉気に笑った。
「『ブラン伯爵令息』、君なら私の気持ちが分かるんじゃないのかな?」
ラウールはぴたりと手を止め、ゆっくりと王弟の方を向いた。
「……どういう意味ですか」
王弟は口元の笑みを深めた。
「言葉通りの意味だよ。『あの』ブラン伯爵家の長男である君ならば、側妃の息子で第二王子であるがゆえに兄の陰に隠れて生き、選択肢すら与えられずに歩むしかなかった私の気持ちが分かるのではないかな」
ラウールは黙って視線を侍従長に戻すと手早く拘束を解き、彼を丁度そばに来た騎士に託した。
視線を王弟に戻したラウールの顔は微笑んでいたが、その内心を伺うことは全くできそうもなかった。
「王弟殿下。今この瞬間、貴方が王になったとします。貴方は王になってどんな国づくりをして何を成したいですか」
虚を突かれて王弟は目を瞬かせた。彼は戸惑って眉を寄せながらも答えるために口を開いた。
「そうだね……まずは、」
そこまで口に出した王弟は黙りこくった。何度も口に出そうと試みるが、結局何も口に出すことはなかった。しまいに彼はうろたえ、愕然とした顔で、どこかすがるようにラウールを見た。
「……俺が思うに、それが、貴方が王になれなかった最大の理由です。為政者としての実力はあっても、貴方には理想がない。野望がない。———この国をどう造っていきたいかという、ね。つまりは、生まれがどうとか以前の問題でしょう」
ラウールはゆっくりと立ち上がった。王弟は呆然とそれを見ていた。
「確かに俺は自分の性別やバカげた理由で生まれた『当主は女性のみ』だなんて慣習も腹立たしく思っていたし、時には恨んだことだってある。フィリップのことだって、初めて会ったときは、王位が真っ先に転がり込んでくるのが正直羨ましくて仕方なかったですよ」
ラウールは一度言葉を切って続けた。
「で、そんな風にうじうじしてたらフィリップに言われたんですよ。『お前は、何がしたくて当主になりたがっているんだ』って。……さっきの貴方と同じで、俺はそれに答えることができなかった」
ラウールは肩越しにちらりと国王と話しているフィリップを見てかすかに笑った。
「結局のところ、俺はただ、周りの子息達と同じように家を継ぐことができないことを『恥』だと思ったり、何だか自分が蔑ろにされているような気分を味わっていただけだったんだと気づきました。
でも、貴方のように『何故自分は』なんて悲壮感に浸るだけなんてことはしませんでした。……反抗まみれだったけどそれでも両親に自分の思いをぶつけていた。
王弟殿下、貴方は一度でもそんな感情を誰かに———陛下に伝えようとしたことはありますか。人間、心の中で何考えてるかなんて言葉や行動に出さないと案外分からないものなんですよ。つまりはあんたの心の中だけの恨み言なんて陛下にとっては知ったこっちゃねーって話です。
先程の質問ですが、答えは『分からない』ですよ。分からないですよ―――何も伝えなかった、伝えようとすらしなかった人の気持ちなんて」
(ま、陛下は陛下で無神経が過ぎるけどな。……そんなだからフィリップに『父上』って呼ばれなくなるんですよ)
ラウールは国王を横目で見て小さく鼻を鳴らすと騎士たちに向き直った。
(こればっかは、フィリップにはさせたくないからな)
「———連れていけ」
鎖で拘束された王弟は蒼白な顔のまま騎士達に担がれて執務室を後にさせられていった。
「陛下、御無事ですか」
フィリップは執務室に入ると国王にそう訊ねた。
国王は紙のような顔色のまま頷いた。
「……っ、ああ」
「それは何よりです。侵入者達は既に拘束済みです。すぐに全員牢に連行いたしますので暫しお待ちください」
「……」
国王は鎖を巻かれた王弟をちらり、ちらりと何度も見やった。フィリップもつられてそちらを見やった。
ラウールが侍従長の身体に巻き付いた蔦を取ってやってやりながら王弟と何やら話していた。そして、きつく縛り上げられていたせいで少しふらついている侍従長を近くの騎士に託したようだった。そして何の話をしたのか、ラウールと話していた王弟の顔はみるみるうちに青ざめていった。
二人の会話は、フィリップ達のところまでは届いてこない。普通なら十分聞こえる範囲内だから、ラウールが魔法でどうにかしているのだろう。
王弟を連行するのは、ラウールの役目となっていた。彼の仕事が増えるだけなのに、これだけは自分がやるとラウールが強硬に意見を曲げなかったのだ。フィリップはその理由に大いに心当たりがあった。
(……そんなに気を遣わなくてもいいのにな)
フィリップは視線を戻して国王に告げた。
「陛下、後は以前お伝えした手筈通りに行いたいのですが、御裁可を頂けますか」
「……ああ」
「では、そのように。……元王弟と彼と共に侵入したルストゥンブルグの宮廷魔術師達、そして彼らに手を貸していた外務大臣達も拘束いたします。現在、視察中の使節団正使についても王宮に一行が戻り次第、『話を聞く』こととします」
「……。そうしてくれ。私は……少し休む」
フィリップは眉を寄せたが、「承知いたしました」と答えた。
(きっと、母上の元に行くのだろうな)
ふと、執務室の扉の方を見ると、いつの間にか騎士たちに担ぎ上げられた王弟が丁度出ていくところだった。
(叔父上……)
王妃に夢中な国王は、幼い頃からフィリップとアニエスを放置気味で、見かねた王弟と側妃が二人の面倒を見ることが多かった。思惑がどうであれ、実の父以上にフィリップを見ていてくれたのは彼だった。師として宮廷での貴族たちとの渡り合い方を教えてくれたのも彼だった。
フィリップは深く溜息を吐きかけて、やめた。国王があの状態で、王妃も病床にある現在、フィリップが全て取り仕切らねばならないのだ。
(今は感傷に浸っている場合ではないな。ひとまずこちらは片付いたが、まだ王弟の協力者であるエーリヒ皇子を確保することができていない。可能な限り外部に漏らさぬように行う必要があるが、シェリィならその点上手くやってくれているだろうな)
エーリヒは視察の帰りに秘密裏に『保護』して『お話を聞く』ことになっていた。それはこの計画が企てられていると判明した時、ルストゥンブルグ側と話し合って取り決められたことだった。
因みにエーリヒに『お話を聞く』係は嬉々としてアニエスが立候補していた。やけにイイ笑顔だったのが気にかかるが、もしかしてあの特注の鉄扇と靴の出番なのだろうか。
それはさておき。
(……シェリィは、大丈夫だろうか)
シェリアの優秀さや実力についてはフィリップも十分承知している。しているが、それでもやはり心配になってしまうのも確かで。
(そろそろ『影』も時間が空くはずだから、様子を見に行ってもらうことにするか)
……本当は、自分で行きたくて仕方がなかった。行って、シェリアの無事を確かめて、彼女が傷つかぬよう、自分の腕の中で守っていたい。でも、今のフィリップにはそれが許されていない。国と彼女を天秤にかけて(かけたくはないが)、第一王子として国を選ばねばならない、それが今のフィリップだった。
(それに、それをしてしまえば、国王と同じになってしまう。大切に大切に守っているつもりが、結局相手を傷つけてしまう)
いつからか病床についてしまった王妃を思う。国王から呼ばれるといつも、執務や公務を放り出すことになり、幼いフィリップとアニエスのことを後ろ髪を引かれるように振り返りつつ、国王の元に向かっていた。しかし彼女は元々母国では精力的に国に尽くして働くような人だったそうだ。
(だから、今は、駄目だ)
フィリップは部下たちの方を振り返った。
(……まずは、ここを片付けなければ)
次回は所変わって学術院のシェリア視点となっています。




