表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/35

25




 グラネージュ王国の魔術研究の中枢であるグラネージュ学術院は、王都の中央に鎮座する王宮のほど近くに建てられている。学術院の創立は建国にまで遡り、グラネージュの歴史と共に存在し続けている。

創立者である『白魔女』の意向により、『生活に根ざした魔法を』をモットーに、当初はインフラや生活の質を上げる道具を生み出す魔術研究がなされていたが、現在では天文学や歴史学といった魔術以外の学問の研究も盛んに行われるようになった。


 ……というような学術院の大まかな紹介を行ったシェリアは、ルストゥンブルグの使節たちへと向き直った。


『今の説明で、何か分からないところはございましたでしょうか』


 シェリアの問いに、使節たちは呆然として首を横に振った。


 そう、シェリアの説明は文句なしに完璧だったのだ。———説明の内容だけではなく、特に発音やイントネーションが。


 シェリアは初め、彼らも十分に理解できるのでそのままグラネージュ語で話そうと思っていた。しかし使節たちに『次期王太子妃』ではなく『若いご令嬢』と見られているのを感じて猛烈にイラッとしたので、牽制も兼ねてルストゥンブルグの公用語で説明を行うことに決めた。そう、決してここ数日使節団に散々イライラさせられたことへのお返しなどではないし、丁度いいので使節たちにサンドバッグになってもらおうなどという淑女にあるまじき不純な動機からではない。


(うふふふふ。あの唖然とした顔!!)


 ない、はずだ。


 シェリアが麗しく微笑みつつも背後に黒いものを漂わせている(※但し目が笑っていない)のを見て、随行の女官は『お疲れなのですね……なんとおいたわしい』とホロリと涙をこぼした。


「ご質問は無いようなので、院内の案内に移らせていただきますね」


 予定通りグラネージュ語に戻してそう告げたシェリアは使節団一行を先導して学術院の廊下を歩き始めた。


 踵を返す直前、シェリアは使節団一行の最前列にいるエーリヒをちらりと見やった。彼は正使として今回の学術院視察に来ているが、今日の彼はやけに口数が少なかった。それに、どこかピリピリとした空気を纏っているせいか同じ使節団の者達も彼をなんとなく避けているようだった。


 歩き出しながらシェリアは僅かに眉を寄せた。


(……おかしいわ。何かあるとは予想しているけど、こんなに静かだなんて……。嵐の前の静けさとは言うけれど、どうも嫌な予感がしてならないわね)


 今回の視察では、適性と必要性を鑑みて語学に長けたシェリアが同行し、指示を下しやすいよう、フィリップが王宮に残って待ち構えておくという手筈になっている(フィリップはひどく渋った)。


 事前の予測では、エーリヒは大して動くことはないとのことだったが、予測が外れることは十分にあり得るし、どちらに居ても絶対に安全という保証はないのだ。


 シェリアの左手の手袋には人差し指の付け根あたりに小さく不自然なふくらみがある。

 そこに嵌まっているものとそれをくれた人の顔を思い出しながらシェリアはゆっくりと深呼吸をした。


(大丈夫……大丈夫。私は一人じゃない)


 真っ直ぐ前を向いて一行を先導するシェリアの背はスッと伸びていた。




*     *     *




「おい」


「……」


「おいって!」


「…………何だ」


 珍しく天板の見える執務机に突っ伏したフィリップにラウールは「駄目だこりゃ」と天井を仰いだ。


「何だじゃねーよ。ランバート侯爵令嬢が心配なのは分かるが、ちょっとだらけすぎだろ」


「あー……」


「とりあえず起きろ。顔に跡がつくぞ」


 ラウールはフィリップの肩を掴み、力を入れて起こそうとしたが起こすことができなかった。フィリップが全力で抵抗しているのだ。


「はぁ~……」


 ラウールは溜息を吐いてフィリップの腕と腕の隙間から彼の顔を覗き込んだ。


「…………」


 僅かに目を見開いたラウールはスッと表情を消すと、フィリップの肩に置いたままだった手を下ろした。


「あー、っと、だな。何なら俺は外に出てるぞ?」


 ラウールの不器用な気遣いにフィリップはやっと身体を起こし、今度は背もたれに身体を預けた。


「……いい。泣いてないから必要ない」


 その言葉通り、フィリップの目は潤んですらなかった。しかし、感情をどこかに置いてきたようなその表情は泣いていると錯覚してしまうほどに痛ましいものだった。


 暫くの沈黙ののち、フィリップが口を開いた。


「昨日まで、あの人が直前で計画を中止してくれないかと、そう思っていた」


「ああ」


「そうだったら、どれほど良かったことか」


「……そうだな」


 ラウールは絨毯に目を落とした。そして、ふっと窓の外に視線を投げた。


(ランバート侯爵令嬢、どうかこいつをよろしくお願いします)




*     *     *




 王都某所。


 鈍色のマントに身を包んだ集団が暗い通路を小さく足音を立てながら進んでいた。


 そのうちの一人は呼吸を抑えながら体中に心臓の音が鳴り響くのを感じていた。


(ああ、ついにここまで来た。やっとだ……やっと、これで(かたき)がとれる)


 マントのフードの下で、金緑の瞳がチカリと瞬いた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ