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 ルストゥンブルグとの間で行われた会議は一週間程で終わり、王宮の執政宮では、ひと段落ついた官僚たちの間でやや弛緩した雰囲気が漂っていた。


 尤も、使節団はまだ王宮に滞在しているため、彼ら以外の部署の者や侍女・侍従たちは依然として慌ただしくしていた。


 そしてそれは現在フィリップのために王宮内のことを預かるシェリアも例外ではなく———


「ランバート侯爵令嬢、使節団の方から今晩の献立についてご要望が———」


「——明日の学術院の視察時の通訳について———」


「……献立については確認しました。後は料理長に任せます。視察での通訳に関する要望は———」


 侍女達を経由して寄せられる、使節団の()()の多さに頭を抱えていた。


(はぁ……料理はともかく、通訳に関してはこんなギリギリじゃなくても、会議の前後にでも外務官僚たちに伝えてくれていれば二度手間にならずに済んだのに。……とか言っても今更よね……)


 シェリアはちらりと報告書の山に目を向けた。三分の二は使節団関係(ほぼ『要望(クレーム)』)だが、このうちのどれほどが本当に必要で出されたものなのだろうか。


 本心から言うと、『(すこぶ)る面倒くさい』。


 しかしそんな本心を、疲れ切った顔をしつつ酷く申し訳なさそうに報告書を持ってきてくれる女官たちに言えるはずもない。それに、使節団の滞在で何か不都合があればルストゥンブルグに付け入られる隙にもなりかねないため、使節団についての報告はシェリアが把握しておく必要があるのだ。


 フィリップはフィリップで会議の結果からあれこれと各方面の調整と通達に勤しみつつ、通常の執務をこなし、『懸案事項』の方にも手を掛けているため、シェリアなんてメではないくらいに忙しい。そのため直接今の状況を報告したり相談したりするのは難しい。一応と言っては何だが、『影』にフィリップ宛に伝言を託してあるので、明日には改善されるはずだが(実際に奔走するのは恐らくラウールだが)。


(あー、甘いものが食べたいなー……。クリームとか蜂蜜とかたっぷりなやつ)


『太りますよ!』という侯爵家のメイド長の声が聞こえた気がするが、無視だ、無視。想像の中くらいでは自由に食べたい。


 偶々室内に人がいないタイミングだったので、シェリアはぐっと伸びをした。

 と、その時、コンコンと叩扉の音がした。シェリアはすっと姿勢を正して『女神』と言わしめる淑女の仮面を取り繕った。


「どうぞ」


「失礼いたします」


(あ、危なかったわ)


 疲れているせいか、どうも淑女を維持するのが難しくなってきているらしい。しかし長年の妃教育のおかげで人前で緩むことはほぼ無い。

 内心の焦りや疲労を窺わせない微笑みを浮かべてシェリアは入室してきたフィリップ付きの女官に問いかけた。


「殿下より、言伝を預かってまいりました。『そちらの状況については分かった。今、ラウールが動いているから少しだけ待っていて欲しい』とのことです」


「そう、やはりブラン伯爵令息が動いているのね」


「はい。それと、こちらも殿下より預かってまいりました」


 女官は手に持っていた箱をシェリアに差し出した。シェリアは受け取って目で女官に問いかけた。


「差し入れとのことです。中身はお菓子だと伺っております。後ほど、冷たい果実水もお持ちいたします」


(お菓子!?)


 シェリアは心が浮き立つのを感じながら「そう、ご苦労様。どうぞ下がって」と返した。




 女官が戸を閉めたのを確認してから、シェリアは逸る気持ちを抑えてリボンを解き、箱を開封していった。


 中から現れたのはトリュフチョコレートの詰めあわせだった。


(ふわぁああ!! 美味しそう!!)


 シェリアは細かい細工の施されたチョコレートを一つつまみ、口に放り込んだ。途端にチョコレート独特の香りと甘さが口いっぱいに広がった。


(おいしい……生き返る……)


 満面の笑みでトリュフチョコを堪能していたシェリアだったが、このトリュフチョコがフィリップからの『差し入れ』であることを思い出して小さく頬を膨らませた。フィリップはシェリアが慣れない仕事で、フィリップに報告した以上に多忙を極めているのをどこからか聞きつけたのかもしれない。


(自分だってお忙しいのに、殿下はやっぱりずるいわ)


 何だかむず痒いような気分になってシェリアはもう一つトリュフチョコを口に放り込んだ。





2020/05/19

ご指摘に従い、『トリュフ』を『トリュフチョコレート/トリュフチョコ』と改めました。

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