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 ダンッ!


 エーリヒは部屋に戻って人払いするなり、苛立たしげに拳を机に打ち付けた。


「クソ……! 何なんだ一体!!」


 自信満々で会議に臨んだエーリヒだったが、いざ始まってみると、自分の意見は全く相手にされなかった。それどころか、副使ばかり賞賛の目を向けられ、何故かエーリヒには白い目ばかり向けられたのだ。

国政にあまり関わってこなかったとはいえ、エーリヒも皇子として謀略渦巻く宮廷で過ごしてきた身だ。自分に向けられた非友好的な視線に気づくのは容易かった。


(それにフィリップ……奴もだ。いつの間にか流れをグラネージュに有利な方向に持っていっていた。『完璧』王子の噂は伊達ではないようだ。……だが)


 ギリリ、とエーリヒは歯を食いしばった。


「勝つのは、私だ……!! すぐに地面に這いつくばらせてやる!」


 押し殺すような声でそう唸ると、エーリヒは懐から小型の通信の魔道具を取り出した。簡単な操作を行うと目当ての相手はすぐに応えた。


『———おや、どうされましたか』


「すぐに計画を実行に移しましょう。私はもう十分待ちました」


『……話が見えないのですが……何か、計画に支障をきたすようなことでもありましたか?』


「ええ、どうやら奴らは私を随分と見縊っているようなのです。ですから、一刻も早く思い知らせてやる必要があるのです」


『……』


 相手が何故か絶句した気配がしたので、エーリヒは不思議に思って問い返した。


「どうされたのです、急に黙り込んで」


『え、ああ……はい。少々予想外なことがありまして。予想はしていましたしだからこそ手を組んだのですがまさかここまでとは思っていなかったもので』


「……? やはり具合でもお悪いのでは?」


『いいえ、滅相もありませんよ。お気遣い感謝いたします。それで、計画を早めたいとの仰せでしたね』


「ええ」


『現時点では、それは止めておいた方が良いかと』


 エーリヒは予想外の返答に一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに食い気味に反論した。


「な、何故です! 今回の件は入念に準備と検討を重ねた秀逸なものです! これほど完成されているのですから、いつ実行しても構わないはずです!!」


 相手は溜息を吐いて言った。


『確かに、準備は入念に行いました。しかし、だからこそここで変更すれば、想定外のことが起こった時に対処が困難になります。そうなれば一瞬で水の泡ですよ。……皇子とはいえ、貴方とて無事では済まない』


「……」


 今度はエーリヒが黙り込む番だった。しかし、それは納得したからではなく、反論できるだけの材料を彼が持ち合わせていないからだった。


『とにかく、予定通りに実行しましょう。『奴ら』を見返すのはその後でも十分に可能でしょう』




 通信が切れた後もエーリヒは暫く拳を握り込んで立ち尽くしていたが、やがて手に持っていた魔道具を床に叩きつけた。


「どいつもこいつも私を馬鹿にして……!! ならば全員まとめて思い知らせてやろうじゃないか!!」


 エーリヒは怒りの表情を抑え込むと、扉の外にいた侍女に『魔術師』を呼ぶように言った。


『魔術師』は数分ほどでやって来た。


「お呼びですか、殿下」


 『生活のための魔法』が主流のグラネージュとは異なり魔法の軍事利用が進んでいるルストゥンブルグでは、魔法使いや学問として体系化された魔法を扱う魔術師を護衛として雇うのが主流だ。当然ながら、第二皇子であるエーリヒにも護衛の魔術師がついていた。


 エーリヒが呼んだのは、その魔術師だった。護衛として自分についているこの魔術師の名前をエーリヒは覚えていなかったので、いつも『魔術師』と呼んでいた。


 エーリヒは不機嫌を隠そうともしない顔で命令した。


「お前、『あれ』を用意しろ」


『魔術師』はピクリと眉を動かした。


「『あれ』は計画に用いないことになったのでは?」


「状況が変わった。学術院視察より前に受け取れるように手配しろ」


「承知いたしました」


『魔術師』は一礼して退出していった。目的のものを手配しに行くのだろう。


 エーリヒは彼の去っていく姿を見送りながら今後得られるであろう賞賛の声と母国の玉座の座り心地に思いを馳せた。






 ———一部始終を部屋の隅からキラリと光るものが見ているとも知らずに。





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