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 フィリップの執務室の一角。


 シェリアは用意された簡易的な執務机につき、女官たちから報告を聞いていた。


「———そうですか、西翼、東翼共に今のところ異常は見られないようですね。ご苦労でした。下がって構いません」


「はい、御前失礼いたします」


 女官がパタリと戸を閉めて去っていったのを確認してからシェリアは紅唇を開いた。


「……いらっしゃるのでしょう?」


「———はい、ランバート侯爵令嬢」


『影』はすうっと気配を現してシェリアに応じた。


(……。相変わらず、気配はするのにどこにいるのかさっぱりだわ……)


 『影』とはフィリップの婚約者としてそれなりに長い付き合いだが、未だに『気配はあるのに居場所が分からない』というのには慣れない。


 『影』と初対面の時など、どこからともなく突然に声がしたものだから、幽霊か何かかと思って驚いたシェリアは『ひっ!?』と声を上げ、フィリップにはしたなくも飛び付いてしまった。

 ……シェリアは別に幽霊が苦手とかいうわけではないが、ああもいきなりでは幽霊が苦手でなくとも驚くに決まっているし、十歳を超えた淑女は幽霊如きに怯えたりはしないはずなのだ。大事なことだから二回言うが、シェリアは別に幽霊が苦手というわけではない。多分。


 その後、フィリップは『すまない、驚かせたな』とシェリアの頭を撫でて落ち着かせてくれたのだが、『驚きのあまり』涙目になったシェリアを見つめる微笑み顔がやけに甘ったるかったのは恐らく気のせいだったのだろう。


 シェリアは当時の自分を思い出したことによる気恥ずかしさを隠して姿勢を正し、『影』に問いかけた。


「各門の様子はどうですか。侵入者やその痕跡などはありましたか」


「いいえ、まだ普段と特段変わったところは見受けられません」


「……そう、やはり何か起こるとすれば会議終了後の学術院視察後かしら」


 今回の会議期間中、フィリップは会議に必ず出席しなければならず、側近の筆頭と言えるラウールも侍従ではなく書記の一人として参加している。しかし、いくらフィリップ達が優秀でも会議の他にもう一つ懸案事項がある上、その『懸案事項』については内密に事を進めている以上、どうしても手が回らないところが出てくる。フィリップ達とて、身体が二つあるわけではないのだ。


 そこで、今回詳細を知るシェリアがフィリップ不在の間、王宮内のことに関する仕事を請け負うことになったのだった。


 勿論、入念な情報操作を行い、対外的には『王妃が病床でありフィリップも多忙のため、王妃教育の実践も兼ねて臨時で一部の執務を行っている』ことにしてある(嘘は言ってない)。


 そういうわけで、シェリアは表向きの仕事である王宮内の目配りをしつつ、()()がないかチェックしていたのだが、相手も慎重なようで、尻尾を掴ませることなく鳴りを潜めていた。


(やっぱり()()()()()()()()()ということかしら。……()()()()()()()()()()()()要望もあるとはいえ、こうして待ち受けることしかできないなんて)


 シェリアは僅かに眉をひそめ、唇を噛んだ。


(私に、もっと力があれば。私が、もっと優秀だったら。もっと、多くのことができれば)


 すると、『影』がポツリと言った。


「独り言です」


「え?」


「これは私の独り言ですが、誰にだってできないことはあります。かくいう私もそうです。『なんでも一人でできる』なんていうのは幻想です。だからこそ、足りない部分を補い合うのです」


「……えっと」


「優秀と評判の我が主とて、全知全能ではありません。時に力不足でいらっしゃることもあります。だからこそ、殿下一人ではできないところを私共にお任せ頂いているのです。……尤も、抱え込みすぎるきらいはおありですが」


「……ええ、知っているわ」


 よく、知っている。


 昔のフィリップは、未熟さから大人たちに尻拭いしてもらうことはあっても、大抵は一人で解決しようとする傾向があり、実際、それができてしまう頭脳を持ち合わせていた。そのため、負わずとも良かったはずの余計なものまで抱え込みがちだった。

 ———シェリアは、それを間近で見ていた。


 そして、一人でやってしまおうとする、そんなフィリップを支えたいと思った。


 だから努力した。家柄と貴族同士の関係、あとは人よりちょっとできるだけで婚約者に選ばれた自分はフィリップほどの突出した才能も、ラウールのような万能さも持ち合わせていなかったから。


 彼がいずれ王となった時に政治に尽力できるよう、王妃教育だけでなくそれ以上のことまで必死に学んだ。その結果、王宮内についてもアニエスと同じくらい把握できるようになったし、語学に至っては話せる言語はフィリップより多い。


(そう、彼の手が届かないなら、私が…………あ)


「ランバート侯爵令嬢もご婚約者でいらっしゃるだけあって、その『抱え込みすぎる』あたりは殿下によく似ていらっしゃるようです」


 『影』の言葉にシェリアは目を丸くした。次いで、羞恥に頬を染めた。


(忘れていたわ)


 一人では難しいことがある。だからこそ、自分は彼の足りない部分を補おうと努力していたのに。


(いつの間にか、私の方が『何でもできなきゃ』と思い込んでいたのね……)


 気恥ずかしさを隠すようにシェリアは珍しく口をへの字に曲げてそっぽを向いた。


「……一応お礼を言っておくわね」


「おや、私は『独り言』を言っただけですよ?」


 『影』はクスクスと笑った。





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