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 会場内は予想通り沢山の招待客で満ち溢れていた。フィリップとシェリアが姿を見せると、彼らの目は一瞬で集まり、略式礼が返ってくる。


 王の挨拶が済むと、二人は会場の真ん中に進み出ていった。

 本来は国王夫妻が最初に踊るべきところだが、王妃が病床にあり本日の夜会も欠席しているため、フィリップ達が踊ることになった———というのが表向きの理由で、実際のところは『次代の国王夫妻』をルストゥンブルグ側に見せつけるためだ。


 宮廷楽団の奏でる音色に合わせ、ふわりふわりと踊る二人のワルツは品よく優雅でありながらも情熱が見え隠れしており、そのギャップに会場の視線は釘付けだった。


「ほう、いつものことながらなんと素晴らしい」


「お二人とも息ぴったりですわね。憧れますわ……」


 会場中からそんな声が聞こえる中、当の二人はといえば——。


『『……』』


 身体は優雅にダンスをしているが、どことなくぎこちない沈黙が流れていた。


 というのもダンスを始める直前、顔をほんのり赤らめたフィリップが突然、


「シェリィ、ドレス、似合ってる。……さっきは綺麗すぎて、その……め、女神が現れたかと思った」


 と言い出したからだ。




 フィリップはここ最近アニエスやラウールから『とっとと本音を晒せ!(意訳)』と言われ続けていたのを実は気にしていた。そこで、シェリアの手を引いて会場に入った頃に思ったのだ。


(ひょっとして、ここで本心をシェリィに言うべきなんじゃないか? ……いやでも使節団や他の貴族たちの目もあるし後で言った方が)


 ちらり、と隣に立つシェリアを見下ろす。シェリアはやはり女神の如く美しい。

周囲を窺うと、フィリップがいるため近寄ってはこないものの、貴族子息達はシェリアに憧憬のまなざしを向け、うち何人かはうっとりと恋するような顔をしている。フィリップは無性にイラッとした。


(よし言おう)


 即決だった。


 しかし丁度ダンスの時間になってしまったので、会場の中央に進み出たタイミングで口に出すことにしたのだ。




 そうやって周回コースをぐるぐる回った末に漸くフィリップが本心を口に出した時、シェリアは精緻な女神の仮面が剥がれるほど目を見開き、ぽかんとした顔をした。次いで、カッと顔を赤く染め上げた。


(え!? わ、まずい!)


 フィリップは慌てて自然に見える動作でシェリアの顔を皆から見えないように隠した。

 大きく見開いた目を潤ませた彼女はぱっと俯いた。その口元は笑みをこらえるようにうにょうにょとしている。どうやら嬉しかったらしい。


(なんだ!? ここで照れるとか可愛すぎるだろう!? 心臓が止まるかと思った!! ……だが危うくシェリィの可愛い顔が他の者に見られてしまうところだったな)


 そこでふとフィリップは疑問に思った。


(ん? 今までも褒めたことが全くないわけじゃないのに何故今回はこんな可愛い反応だったんだ? …………ああ、そうか)


 これまでも『似合っている』という婚約者としては当然の誉め言葉は言っていたが、『綺麗だ』『女神かと思った』というフィリップ自身の感情や思考がもろに出るような褒め方は暫くしていなかったような気がする。思えば数年前、シェリアが急に大人びて『少女』から『女性』へと羽化していった時から。


(丁度その頃から会話が少なくなってしまっていたんだよな……。っと、今はこちらが優先だ)


 フィリップが腕の中のシェリアに意識を戻した時、シェリアはうつむいたまま蚊の鳴くような小さな声で言った。


「あ、ありがとうございます……」


「あ、ああ」


(……やっぱり可愛い)


 自分の顔がだらしなく笑むのを必死にこらえながらフィリップは華麗なリードでシェリアをターンさせてダンスを終えた。






 ダンスを終えた後、二人の元には沢山の貴族や官僚が繋がりを求めて押し寄せた。


 二人して鉄壁の笑みでそれらをいなし、躱し、時に迎撃していると、集団の端の方から戸惑う声がした。


「えっ、あれは……!?」


「まぁ……」


 見れば、先程までフィリップ達が踊っていた広間の中心で注目を集めている二人がいた。


 一人は使節団の長、エーリヒ。もう一人はエーリヒにリードされ、くるりふわりと淡いピンクのドレスを揺らして踊る少女。貴族たちはその少女をよく知っていた。


「あれは、もしやペリン男爵令嬢では!?」


「なんと! 男爵令嬢如きがそのような!?」


 ざわめく会場の中で、どこからともなく憶測が飛び交った。


「フィリップ殿下に気に入られなかったからと、今度は他国の皇子に目をつけたんじゃありませんの? ほら、最近殿下とランバート侯爵令嬢は仲睦まじげですし」


「確かご実家は例の噂を流したことで評判が落ちて商売も上手くいかなくなっていたはず」


「なりふり構っていないな」




 フィリップはすうっと目を細めてその様子を見ていた。


(貴族たちの誘導は上手くいった。これで彼女がこちら側と繋がっていることに気づく者はまずいないだろうな。話には聞いていたが、やはり使()()()()()だな。……あとは、エーリヒ皇子がうまくこちらの思惑通りに動いてくれるかだ)


「殿下」


 不意にシェリアがフィリップに話しかけてきた。囁くような、小さな声だ。



「私は、殿下を信頼しております。だから殿下も、私を信頼してお任せください」



 フィリップはひゅっと息を呑んだ。今までもシェリアの『覚悟』を感じたことはあったが、言葉ではっきりとシェリア自身の意志として伝えられたのは初めてだった。


(ああ、困った)



 愛しくてたまらない。



 胸に溢れるものを一つもこぼし落とさぬようにしながらフィリップはシェリアに応えた。


「ああ。頼りにしている。———任せた」


 シェリアはふふっと満足げに笑った。




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