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糖分投下! でも甘酸っぱい感じになりました。
塩樹としましてはこれから漸く伏線の回収をしていけそうで「いやっほーーーい(≧∇≦)!」と喜んでいます。
いつも感想ありがとうございます!! 少しずつ返信をしていきたいと思っていますので、暫しお待ちいただければと思います(*・ω・)*_ _)ペコリ
フィリップが会議を終え自室の応接間に向かうと、ちょうどシェリアが女官に案内されてきたところだった。シェリアは何故かこちらを見るとパッと顔を逸らした。……その耳が赤い。
(寒かったのか? 今日出すものをあれにして正解だったな)
フィリップは早足でシェリアの下に向かうと真っ先に遅れたことを詫びた。
「すまない、待たせてしまって」
「い、いいえ、久々にアニエス殿下のところで楽しくお話しさせていただきましたから、どうかお気になさらず」
「……少し妬けるな」
「え?」
「いや、こちらの話だ」
そう言うとシェリアはそれ以上追及してくることはなく、フィリップはシェリアに座るよう言って、二人は応接間のソファに向かい合って腰を下ろした。少しして侍女たちはホットチョコレートとバウムクーヘン、小皿に入ったマシュマロをローテーブルに並べ、応接間の扉を開け放ったまま出ていった。
(本当は前と同じで第三庭園で会いたかったんだが……あの大臣のせいで庭園を散策する時間が無くなってしまったな。今はアーモンドだけではなく他の花も見頃だというのに)
嬉しそうにマシュマロをつまんでオレンジピール入りのホットチョコレートに投入していくシェリアを愛でる一方、会議でくだらないことでゴネた大臣との生産性の低い議論を思い出し、内心苛立っていると、シェリアが会議が長引いた理由について訊ねてきた。
「殿下、結局会議が長引いたのは何故だったのですか。本日の会議はほぼ決定事項の確認のようなものだったと記憶しておりましたが」
王妃が病床にあるため、現在まともに動ける王族の女性は王女であるアニエスと側妃だけだ。しかし側妃は王妃と自分の分(に加え、王妃の体調が悪化する度に政務を放り出して王妃のそばにベッタリになる国王の分の一部)の執務をこなすので忙しく、アニエスは政治に関しては経験も見識も浅い。
そのため、公的な身分は未だ貴族令嬢だが臨時措置として『第一王子の婚約者』であるシェリアにもある程度の権限が与えられており、一介の貴族令嬢では知ることを許されていない情報———例えば会議の記録や某男爵家の不祥事について———も得ることができる。
そういうわけで、シェリアの質問に答えるのに何の問題も無い……無いのだが。
「それが、だな。外務大臣がルストゥンブルグの使者が道中宿泊する場所を変更しろと言い出してな……。なんでも自領を一行に通って欲しいらしくてな。無論ルストゥンブルグ側からの提案じゃないから変更はさせなかったが」
「それはまた……」
「ろくでもないだろう?」
うんざりと言った調子のフィリップの言葉にシェリアは珍しく苦笑で返した。
他国の使者の道程なのだ。自国だけで決められるわけがないし、そもそも両国間で既に話が通っている上、相手国からの提案でもないため、外交を司る外務大臣であっても簡単に変えられるものではない。ましてや、私欲からの提言ならば尚のこと賛同できない。
(そして何より余計な口を挟まれたせいでシェリィを待たせてしまったじゃないか!! 折角の時間を邪魔したあいつ、どうしてくれよう……)
……何やら私的な恨みが混じっているようだった。
しかしここでフィリップには気になる点が一つ。
(あまり知られていないが、ペリン男爵家は外務大臣の家の寄子だ。ペリン男爵をそそのかした者は外務大臣の屋敷に出入りしていたそうだし……このタイミングであんな提言をした理由はなんだ?)
きな臭い。
(さて、どうしたものか)
フィリップはそう考えたところで思索にふけろうとする自分を押しとどめた。あれこれ思案するのが今である必要はない。
今日はシェリアに完成した魔道具を贈ろうと思っているのだ。アニエスには『……それちょっとした贈り物じゃありませんわよね』と呆れられたが、シェリアにとって有益なものだからか、それ以上何も言わなかった。
フィリップは意を決して切り出した。
「———シェリィ、渡したいものがあるんだ」
バウムクーヘンを優雅な所作で頬張っていたシェリアは怪訝そうな顔をして手を止めた。
「はい、何でしょうか」
「手」
「え?」
「手を出してくれないか。左手がいい」
シェリアはフィリップのその言葉におずおずと左手を差し出してきた。
「触れてもいいか?」
「え……え、どうぞ」
フィリップは恭しく捧げ持つように差し出された左手を取った。
(シェリィの手は小さくて柔らかいな。強く握り込んだりしたら壊れてしまいそうだ。……口付けたいなぁ……いやそうじゃなくて!)
フィリップは危ない方向に行きつつあった意識を理性で強制的に方向転換させ、懐に入れていた小箱から片手で器用に指輪を取り出した。
「で、殿下!?」
シェリアが動揺して手を引っ込めた時には、彼女の左手の人差し指に華奢な指輪が嵌まっていた。
「あの、これは、一体」
フィリップは今更ながら流石に気障だったかと思い、頬が熱を持つのを感じながら答えた。
「魔道具だ。護身用に持っていてくれ。持ち主が魔力を流した時や持ち主に危機が迫っている時などに発動する」
「っ!? 受動的発動が可能なのですか!? 一体どうやって……」
「すまない、それは私も知らないんだ。何せ、その指輪は『白魔女』作だからな」
それを聞いてシェリアは納得したように頷いた。『白魔女』のでたらめな能力と、その正体が王妃にしか明かされていないことは有名だ。
「そうでしたか。それならこれほどの効果を持つのも頷けますわね」
興味深げに自分の指に嵌められた指輪を観察するシェリアをフィリップはほんの少し困ったように微笑みながら見つめた。
(……本当は薬指に嵌めたかったんだが。その方がより他の男への牽制にもなるしな)
しかしフィリップとしては自分がまだ自分の想いを言葉ではっきりシェリアに伝えることができていないことを考えると、だまし討ちのように独占欲を示すのはどうにも気が引けたのだ。先日風邪を引いた時には本音が漏れたが、直接的な愛の言葉ではなかった上フィリップの理性は熱で鈍っていたため、あれはノーカンということにしている。
『……もう嫌ですわこの男。さっさとどストレートに愛の告白をしてしまえばいいのに』
『私の前でそれだけ惚気られるのですから、いっそお姉様に思ってること全てぶちまければよいのです!!』
アニエスの言葉がフィリップの脳裏をよぎった。
(頭では分かっているんだ。頭では……)
* * *
宮殿からの帰りの馬車の中。
シェリアは指輪をはめた手を馬車の窓から注がれる夕焼け色に透かして眺めていた。傍らには帰りがけにフィリップからもらったヒヤシンスの小さな花束がある。
(……殿下)
指輪には淡い緑色の魔石が嵌め込まれている。その色にどうしてもフィリップのことを思い出してしまう。
(殿下は今、何を考えていらっしゃるのですか)
今日フィリップに呼ばれて応接間に向かう間、シェリアはフィリップが風邪の時に漏らした言葉たちを思い出してはフィリップにどんな顔をして会えばよいのかとあれこれ悩んでいた。それなのに丁度会議から戻ってきたフィリップはシェリアと会うのはあの風邪の時以来だというのに特に反応もなく、シェリアはこちらばかり悩んでいるのが馬鹿みたいだと思ったのだった。
(なのに、どうして、あんな顔をするの?)
はめられた指輪を興味深く思ってじっくり見ていた時に横目で一瞬だけ見てしまったフィリップは、困ったような、それでいて花を愛でるように優しい目をシェリアに向け、『王子様』とは違う、柔らかな笑みを浮かべていた。
シェリアは左手を胸元にそっと抱き寄せ、青いヒヤシンスに目を落とした。フィリップは何を思ってこの花を選んだのだろうか。
(殿下……いいえ、フィル。今、叶うのなら私は、
———貴方の心の声が聞きたい)
———青いヒヤシンスの花言葉《変わらぬ愛》




