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《お知らせ》

2020/4/6 11話を大幅に加筆修正しました。



 フィリップの風邪は本人が宣言した通り、翌日には熱も下がりほぼ完治し、フィリップは執務を再開することができた。


 今は、遅れてしまった分を取り戻すべく、せっせと書類の山を片付けている。

 しゅぱぱぱぱっという擬音がつけられそうな速度で捌かれる書類は、順調に山の高さを減らしている。


 一見、フィリップは凄まじい集中力で仕事をこなしているかのようだったが、その実、思考の半分では、昨日のことを考えていた。———もちろん、そんな状態でも得意の並列思考のおかげでミスをすることは無いのだが。


(私は……一体何を口走ってしまったんだーー!?)



『……かわいい』


『やっぱり二人だけの時は昔のように気安い関係でいたい、とも思うんだ』



(うわぁぁあああ!? 恥ずかしすぎるだろう!? いや全部本心なんだが!!)


 幸運にも(?)フィリップは一度見たものは忘れないほどに記憶力が良かったので、昨日の一部始終がはっきりと思い出せる。熱で浮かされた頭のまま口に出した言葉の数々に、羞恥で内心悶え狂っていると、ラウールがどこか怖々とした口調で訊ねてきた。


「フィリップ……お前、ランバート侯爵令嬢と何かあったのか?」


「げほッ!?」


 ど直球なラウールの質問に、フィリップは思わず咳き込んだ。


「な、何を言っているんだ。そんなわけないだろう」


「ものすごい棒読みだな、おい」


「何もないったらないんだよッ!」


「いやそんなあからさまに『何かあった』アピールされてもな」


 世話が焼けるなぁ、とラウールは溜息を吐いて言った。


「察するに熱のせいでランバート侯爵令嬢に好意まみれの本音をぶちまけちまった、ってとこか?」


「な……!?」


 何故分かった!?という言葉を寸でのところで止めたフィリップは、これ以上隠そうとするのは無駄だと悟って脱力した。


「……お前の言う通り、シェリィにずっと思っていたことを口に出してしまった。熱で思考力が落ちていたんだろうな」


「うん、まぁ、そうだろうな。そうなるのは予想してた」


「は?」


 ラウールはクッと笑って言った。


「だってお前、5年くらい前に熱出した時もいつもの何倍か惚気とか本心とか駄々洩れだったし」


「ちょっと待て初耳だぞそれは!?」


「いやー、懐かしいなー。俺が枕元で看病してて、ランバート侯爵令嬢の話になった途端、侯爵令嬢のどこが可愛いとか、侯爵令嬢がどんなことをしてくれてまたそれが可愛いとかひたすら『可愛い』連呼してたよなー」


「嘘だろおい!?」


「残念ながら実話」


 流石に言っちゃマズイことは言わなかったけどな、とケラケラと笑うラウール。フィリップは恨みがましい目でそれを見やり、いつかギャフンと言わせてやろうと心に誓った。


 ラウールは笑いを収めると、懐かしげだが苦しげな面持ちで言った。


「お前かなり高熱になったから、流石に記憶がすっぽり抜け落ちてたみたいだけどな。それに———()()()はそれどころじゃなかっただろ?」


 途端、フィリップの顔からストン、と表情が抜け落ちた。


「ああ……確かにな」






 5年前、この国グラネージュ王国でクーデター未遂が発生した。


 現国王であるフィリップの父の年の離れた異母弟———王弟を神輿に担ぎ上げた勢力が、国王を暗殺し、王弟を玉座につかせようとしたのだ。


 首謀者は王弟の外祖父で、幸いクーデターが起きる前に捕らえることができた。しかし、計画はそこで止まることはなかった。


 フィリップは、知識豊かで有能な叔父に憧れを抱いていた。

 しかし、同時にどこか警戒もしていた。それは、クーデター未遂が起きる前からの、そして叔父の王をも上回るほどの有能さを知ってからのものであり、彼の目に時たま浮かぶ、油断できない何かに気づいていたからだった。



 首謀者を捕らえたすぐ後、ルストゥンブルグの大使も同席しての晩餐会が行われた。

 丁度同盟の内容についての見直しが行われており、同盟についてのすり合わせを行う人員に王弟も入っていたのだが、クーデター未遂はルストゥンブルグ側には一切知られないように秘密裏に処理されていたため、露見しないように王弟の処分を後回しにして晩餐会に出席させることになったのだ。




 王は、首謀者を捕らえた時点でどこか油断していたのだろう。王弟はそれまで王にとって最も信頼する者の一人であり、フィリップの王族教育も彼に任せるほどだったから。

 そして周囲の人間から見てもクーデター未遂までの二人は異母兄弟とはいえ、実に仲睦まじいものだった。

 そのため、皆『王弟は意に添わず担ぎ上げられている』と認識していたのだった。


 だからといって、王弟が何もできないわけではなかったのに。



 ……その晩餐会で、王弟は国王に毒を盛った。



 王弟はルストゥンブルグ側に知られぬように密かに捕らえられ、貴人用の牢に繋がれた。


 フィリップは父である国王を守るために代わりに毒を呷り、高熱などに苦しむこととなった。しかし幸い解毒の魔道具を所持していた上、毒には慣らされていたため、強力な毒だったにも関わらず、それ以上悪化したり後遺症が残ったりすることも無かった。


 ……余談だが、未遂だったこともあり、心配を掛けまいとしたフィリップが手を回し、ランバート侯爵には全力で口止めをしたせいでシェリアはこのことを一切知ることはなかった。




 この毒殺未遂については当然入念な調査が行われた。

 王弟はどうやら恋人を残党に人質に取られていたらしく、そのせいで犯行に及ばざるを得なかったらしい。その残党は捕らえられて相応の処分を受け、恋人は無事救出されたが、王弟が加担したことには変わりないため、厳しいようにも思われたが王弟は国外追放の処分を受けることになった。


 しかし、フィリップはこの件にはなんとなく納得のいかない部分があった。


(果たして、()()王弟が恋人を残党に人質に取られただけでこんなことをするだろうか? 私に王族教育を施した王弟なら、人質の一人や二人、救出してのけたのではないか? ……本当に、()()()()()()()()






 走馬灯のように5年前のことを思い出したフィリップはラウールに再び目を向けた。


「あの時は世話を掛けた」


「全くだ。陛下をお守りするためとはいえ、お前は無茶しすぎだ」


 ラウールは苦笑したが、その目は少し濡れているようにも思われた。

 フィリップは気まずそうに首をすくめた。普段声を荒げたりしないラウールが寝室の扉の外にいた侍女たちが怯えるほどの剣幕でフィリップを叱り飛ばしたのはあの時だけだった。


 少しそっぽを向いて気を取り直すようにラウールは言った。


「それはそうと……例の男爵家への『訪問』、いつにする? ルストゥンブルグから使者も来ることだし、早い方がいいよな?」


「ああ……そうだな。来週の初めとかどうだ? 私の方にも緊急性の高い予定は入っていなかったはずだ」


「了解。じゃあ、それで手配しとくわ」


「任せた」


 そのままラウールが退出するのを見ながら、フィリップは『訪問』の段取りを再度頭の中で組み上げ始めた。





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