神様のくしゃみ
日常で見かけた事柄を寄せ集めて、ひとつの物語にして見ました。 特別な事柄ではないのですが、そこから何か感じられればと思っています。
「悪いけど、うちは町内会なんかに入って他人とお付き合いする気はないですから!」
魚津涼子26才は、自宅玄関口で頭を下げる町内会長の正木に対し、不快感を露に声を荒げた!
「しかしねぇ魚津さん・・・区費さえ収めてりゃそれでいいってもんじゃないですからねぇ。」
そう言って禿げ上がった頭をボリボリと右手で掻く正木に、涼子はさらに口調を強め
「町内会費だけじゃないでしょ! ゴミ当番も溝掃除も出られなかったら、その都度千円払いさえすれば良いって、ここに越してくる時にあなたから聞いたのよ! それだってちゃんと払ってるじゃないですか。 それで文句ないはずでしょ!」
「確かに言いましたが・・・・しかしねぇ・・・よわりましたな。」
「とにかく近所付き合いなんかお断りします!」
そう言うと、涼子はまだ何か言いたげな正木を残し “ドン“と大きな音をたて、玄関のドアを閉めたのであった。
「なによあのハゲおやじ! どうせ難癖つけて余分に金でもふんだくろうって魂胆だろうに・・・ふざけんじゃないわよ。」
ぶつぶつと呟きながらソファーを蹴り飛ばした涼子であった。
その様子を子供部屋から見ていた、今年3才になる一人息子の弘樹が、涼子のそばにやって来て言った。
「ママ! ママはどうしてみんなと喧嘩ばかりしてるの?」
「えっ! 喧嘩? あっ・・そうじゃないの、ちがうのよ。 あれは喧嘩じゃなくって・・・う〜ん、何て言ったらいいんだろう? とにかく喧嘩じゃないのよ。」
言葉につまった涼子は、話題を変えた。
「弘樹こそ保育園で喧嘩してたりするんじゃないの?」
「僕はみんなとすごく仲良しだよ。 かずみちゃんに、みっくんに、としくん、それにゆかちゃんも。 かずみちゃんは、なんかお姉ちゃんみたいにやさしくって、僕が困ったらすぐに助けてくれるし、としくんは怪獣にすっごく詳しいんだ。 みっくんはゲームがうまくって、ゆかちゃんは歌がうまいんだっ。」
大きな目をキラキラと輝かせながら、楽しそうに言う弘樹の頭をくしゃくしゃになるほど撫で回した涼子は、先ほどまでの怒りを忘れ満面の笑みを浮かべるのであった。
その時、部屋の窓から見える路地の電柱の陰から、にこやかな表情でこっちを見ている老人の姿があったことに、涼子は気づかなかった!
老人は白いあごひげを揺らし ”クシャン”とひとつ大きなくしゃみをすると、どこへ行くともなくその場を後にした。
うれしそうに見上げる弘樹に涼子が言った。
「そっかぁ、弘樹はたくさんお友達がいるんだね。」
「うん! だからママもお友達と喧嘩しちゃだめだよ! 喧嘩してると、神様が怒って、こらしめるためにイタズラするんだって。」
「へ〜え! 神様がイタズラかぁ・・・それ誰から聞いたの?」
「かずみちゃんとゆかちゃんだよ! かずみもゆかちゃんも、ものしりなんだから!」
そう言ってさも自慢気に胸をそらす弘樹であった。
翌日・・・
涼子は息子の弘樹の通う保育園で役員選出の真っ最中であった。
議長を努めている孝子は、涼子とは中学校からの同級生で、同じバレー部に所属し、社会に出てからも互いの家を行き来しており、幼なじみとまではいかないものの、気心の知れた親友であった。
それに加え、集まっているお母さんたちのほとんどが涼子とは面識があり、母親1年生の涼子も楽な気持ちで参加していたのである。
ところが・・・・!
書記係が、選出された役員の名を一通り白板に書き終えたのを見計らい、議長の孝子が言った。
「では最後に、運動会の駐車場の整理係の事なんですが、今現在、私と小島さんとで2人は決まっています。ですがこれには3人必要だと言う事をつい先ほど園長先生から言われましたので、そこでまだ役についていない人の中からもう1人選びたいと思います。」
そう言って名簿に目を走らせていた孝子が、突然顔を上げ涼子の名を呼んだ!
「涼子! あなたにお願いしたいんだけど・・・」
「えっ!!」
「あなたまだ何も役についてないでしょ。」
孝子の予期せぬ指名に、涼子は椅子から立ち上がり驚きの声を上げた。
「ちょっと孝子! なんであたしなのよ!! 冗談じゃないわよ! うちは共稼ぎで仕方なく子供を保育園に預けてるのよ。そんな事に時間が取れるわけないじゃない!」
怒りをあらわに大声を上げる涼子に、隣の席の丸顔の女性が言った。
「弘樹君のおかあさん! そんなこと言ってたら、みんなだってそうなのよ。 お互い様なんだから少しくらい無理してでも助け合わなきゃ。」
涼子は女性を睨み付け、目の前の机を拳で叩いた。
「あのねぇ! 運動会だ発表会だって、なんでそんな事に親が駆り出されなきゃならないの! こっちは高いお金を払ってるんだから、そんなこと保育園の方で全部やればいいのよ。」
全員が注目する中、涼子の抗議は続いた。
興奮気味に抗議を続ける涼子・・・それを聞いた雅代が立ち上がり、涼子に近づいてきた。
雅代はなんでも積極的に引き受けるタイプで、ほかのおかあさん達からも、陰では ”必殺お世話人“ と呼ばれているほどの世話好きである。
「保育園の職員は子供たちの指導にかかりっきりで手が回らないのよ。 こどもたちだって一生懸命練習してるんだし、臨時駐車場を借りてでも少しでも多くの人に見てもらいたいじゃない!」
「はあ〜っ? 少しでも多くの人にですって、そんなこと知った事じゃないわよ! うちは旦那も私も運動会の日は忙しいの。 だから弘樹にもパパもママもこれないから代わりにおばあちゃんが見にくるからねって話して、ちゃんと了解済みなんだからね!」
涼子はまくし立てるように言うと、壁の時計を見た。
「あら! いけないもうこんな時間だ・・・とにかく私はそんなことに付き合ってる暇はないの。 仕事があるからお先に失礼します!」
涼子はそう言うと、バックを手に部屋をあとにした。
残された母親達は呆気にとられ、しばし無言のまま互いに顔を見つめあっていた。
涼子が部屋を出ると、駐輪場の軒先に立ち、じっとこちらを見ている老人と目が合った・・・・!
”あれ・・見かけないお爺さんだな?”
少し怪訝に思いながらも、涼子がぺこりと頭を下げると、おじいさんはにっこりと微笑み、トボトボと建物の裏へと消えていったのだった!
約員選出も一通り終わり、雅代が孝子に歩み寄り言った。
「孝子さん! 魚津さんて、むかしからあんなだったの?」
「う〜ん・・・ぜんぜん違う。 彼女学生のときはすごく無口で、どちらかって言うとお嬢さんタイプ。 あんなふうに他人に食って掛かることなんて無かったわ・・・それが結婚と同時に人が変わっちゃったみたい! いつもカリカリしちゃって、いったいどうしちゃったんだろう?」
書記の児島が横から会話に入ってきた。
「じゃあ、苗字が魚津になったとたんに、気性が荒くなったってわけ?」
会話を聞きつけ、丸顔の女性もやってきた。
「う〜む・・それにしてもあの態度はあんまりよねぇ!」
うなずきあう3人に、雅代が肩をすくめながら言った。
「まさにウォーズ (魚津)ね。」
「アハハ・・ほんと、ぴったりだわ。」
視聴覚室に、お母さんたちの笑い声が響き渡っていた。
涼子は教室で待っていた弘樹を、自転車の後ろに乗せた。
「弘樹! 帽子の顎ひもをかけなさい。」
弘樹はゴムひもを引っ張ってみせながら
「ぼく顎ひもきらいなんだよ。 このひもきついし、それになんだかチクチクして痒くなるし・・・」 と、口を尖らせる。
「もーう! しょうがないわねぇ! いいわ、それじゃバックを貸して。」
涼子は弘樹から通園バックを受け取り、前かごに放り込むと、自転車を走らせた。
走りながら、先ほどの集会を思いだした涼子は、ムカムカと腹がたちはじめ、思わず口走っていた。
「なによあの人たち、まったく暇人なんだから・・・・何が“おかあさん同士なかよく助け合いましょう!” よ。 ”困った時はお互い様”だって・・・こっちは他人の助けなんかいらないわよ!
だいたい雅代みたいに自分から引き受けるのは目立って他人にいい顔したいからじゃない。 あっちもこっちも付き合い付き合いって・・・フン! バカバカしい。」
とどまることなく沸きあがる怒りに合わせ、自転車のペダルをこぐ足に自然と力の入る涼子・・・ぶつぶつと呟きながら、交通量の多いメイン通りを抜け、人通りの少ない川沿いの細い道へと入って行くと、弘樹が後ろで言った。
「ママ! さっきもかずみちゃんのママたちと喧嘩してたでしょ?」
「え〜っ・・弘樹見てたの? でもね、あれは喧嘩じゃないの! 保育園の御用事を頼まれたんだけど、“ほら” ママ忙しいでしょう、だから断ってただけ。 ママは悪くないのよ。」
「ふ〜ん・・・だったら神様もいたずらしないね!」
「あたりまえじゃな〜い。」
そんな会話とともに、柔らかな春の日差しを身体全体に受けながら、しばらく走っているうち、さっきまで沸々と沸き上がっていた怒りも次第に治まっていき、涼子がまるで深呼吸するかのように大きく息を吸い込んだときだった。
穏やかな小春日和の中、突然の強風が埃の渦を踊らせながら二人を襲ったのである!
涼子があわてて自転車のブレーキをかけたそのときだった。
”あっ!” 涼子の腰に回していた弘樹の手に力が入り、小さな叫びが聞こえてきた。
「どうしたの?」
涼子が振り返ると、弘樹の帽子が歩道をコロコロと転がっているではないか!
涼子は自転車を止めると弘樹に向かって言った。
「もーう! だから顎ひもをかけなさいって言ったのに。」
涼子は、弘樹が座ったままの状態で自転車のスタンドをかけると、一目散に帽子を追いかけた。
「まてっ! コラまてったら・・・・」
帽子はコロコロと転がり、手が届きそうになると再び風に巻き上げられ、涼子がやっとの思いで帽子を拾い上げたのは、川に落ちるまさに間一髪のところであった。
「あー ヤバかった!」
そして、涼子が安堵の思いで弘樹のほうに振り向いたときだった。
「あっ!!」
こんどは涼子が叫び声をあげていた。
あわてていたため、地面を確認せずに自転車のスタンドをかけたのがまずかった!
おそらく下が平らではなかったのだろう・・・自転車は弘樹を乗せたままゆっくりと川の方に傾いて行く。
「あっ! 弘樹・・・・」
涼子はやっとの思いで拾い上げた帽子をその場に放り投げ、一目散に自転車に駆け寄ったが、時すでにおそし。
自転車は弘樹を乗せたまま水しぶきをあげたのである。
涼子はすぐあとを追い川に飛び込んだ。 幸い川は用水と呼ばれる物で、流れも遅く水も大人の膝上ほどしかない。
涼子は水の抵抗を下半身に受け止めながら息子に向かって進んで行くが、弘樹は自転車に引っ掛かって沈んでいるのだろうか? 姿が見えない!
「弘樹・・弘樹・・」
涼子の叫び声が届いたのか、弘樹が水の中から顔をのぞかせ、ふらふらと立ち上がった。
弘樹は、必死の形相で近づいてくる母親の姿を、何が起きたのかわからないといった気が抜けたような表情のまま、ポカンと口を開け見つめている。
「弘樹! よかった・・怪我はない?」
涼子の問いかけにも弘樹は答えようともせず、驚いたように大きく目を見開いたまま泣くことさえ忘れたかのようにただただ立ち尽くしていた。
そして・・・
涼子が弘樹に向かってさらに一歩足を踏み出したときだった!
軸足がツルリと滑り、涼子はバランスを崩し頭から水の中に倒れ込んだのである。
倒れた瞬間、涼子の目に水中の様子が飛び込んできた・・・水底は緑色をした藻のような物が一面を埋め尽くしており、ヌルヌルと滑りやすくなっていたのだ。
「ゲホゲホ・・うえ〜っ!」
たらふく水を飲んだ涼子がなんとか立ち上がったとき、弘樹の笑い声が響いてきた。
「あっはっはっは! ママひどい顔。 あはっはっは!」
「も〜う! 弘樹たら! ひとが心配してるのに・・・・」
二人は全身濡れ鼠のまま抱きしめあった。
弘樹に覆い被さるように抱きしめる涼子に、弘樹が歩道を指さしながら言った。
「ママ! どうやって上がるの?」
弘樹の言葉に、涼子は ”ハッ” と我にかえった!
歩道は水面から1メートル以上、つまり川の中に立つ涼子の身長より高い位置にある。
「あっ! どうしよう。 弘樹! そうだとりあえずママがあなたを持ち上げるから、川の淵につかまって!」
涼子はそう言って弘樹を抱えあげた・・・しかし!
“ツルリン ジャポン・・・”
川底の藻に足をとられまたしても水を飲むはめに・・・・
”もう〜なんでこうなるのよ〜!”
尻餅をついた形で、水面から顔を出し涼子が心の中で叫んだその時だった!
涼子の脇で水しぶきがあがったのである。
”えっ! こんどはなに?”
涼子が振り向くと、そこには必殺お世話人の雅代が、白いスーツを泥だらけにして立っていたのだった!
「魚津さん! なにしてるの! 早く上がらなきゃ。」
そう言うと雅代は、沈んでいた自転車を起こし 「ほら、持って。 ”せーの” で一緒に持ち上げるのよ。」
涼子は言われるままに立ち上がると、足下が滑らないように注意しながら自転車に手をかけた。
雅代が涼子の目を見て大きくうなずいた。
「いい? いくわよ。 せーの!!」
二人は息を合わせ自転車を持ち上げた・・・だかしかし、女二人の力ではあと少しが届かない。
真っ赤な顔で踏ん張る二人の腕がブルブルと震え始めたときだった。
自転車が突然軽くなり、歩道の上にあがったのである!
歩道の上では、孝子の息子のとしくんと、雅代の娘のかずみちゃんがケラケラと笑っている。
「さすが〜! 孝子さん力持ち〜!」
雅代の声にふと隣を見ると、涼子と雅代の間に孝子が立っていた。
おそらく孝子も藻に足をとられ転んだのだろう、頭からずぶ濡れになりながら涼子にピースサインをして見せたのである。
涼子の胸に熱いものが込み上げてきた。
「孝子・・雅代さん・・・」
涼子は言葉につまった。
まるで放心状態のように立ち尽くし、その場を動こうとしない涼子の肩を雅代がポンと叩き言った。
「こらこら! 魚津さんたらまたボンヤリして。 早く弘樹君を上げなきゃ!」
そこに、会議のとき涼子の隣に座っていた丸顔の女性と、書記係を努めていた児島さんが子供の手を引いて通りかかった。
二人とも弘樹と同じクラスの、みっくんとゆかちゃんである。
「あんたたちなにやってんの?」
児島が分厚い眼鏡の奥で目を細めると、その声に雅代がおどけたポーズで振り返り言った。
「魚津さんが弘樹くんと水遊びしてて、あ〜んまりにも気持ち良さそうだったから私たちもつられたの。」
「は〜ぁ・・・? なに馬鹿なこと言ってんのよ!!」
児島が素っ頓狂な声を上げる。
歩道の上から差しのべられた児島と丸顔の女性の手につかまり、3人はやっとの思いで川から上がる事ができた。
涼子は助けてくれた4人に頭を下げながら言った。
「みなさんありがとうございました! 私・・・あんなにひどい態度をとったのに・・・」
雅代が再び涼子の肩を叩いた。
「ほ〜んと! あれはひどいね。 だけど、それはそれ、全くべつの話よ。」
孝子が横から口を開いた。
「態度より、今はあんたの顔の方がよっぽどひどいよ。」
「そうそう。 でも孝子も雅代もさらにひどいと思うけど。」
そう言って丸顔の女性が笑いながらハンカチを差し出すと、ずぶぬれになった顔を見て、互いに笑いあう涼子たち。
「ありがとう。」
雅代がハンカチを受け取ると丸顔の女性が続けて言った。
「雅代! ところでその白いスーツ、シャネルじゃないの?」
「えっ!!」
涼子と孝子が同時に驚きの声を上げ雅代を振り返ると、雅代は “シーッ!!” と言いながら口元に人差し指を当て、こっけいな動きで辺りを見回すようなポーズを取りながら言った。
「これさぁ、元彼のプレゼントなのよ! いつまでも使ってたら旦那に悪いからそろそろ処分しようと思ってたところなの。 これで諦めがついたわ! へへへっ。」
「またまた雅代たら・・・・」
あきれた様子で言う丸顔の女性。
一方、子供たちは・・・・
「あ〜あ、弘樹君びしょぬれ。」
そう言いながら、世話好きのかずみがハンカチで弘樹の顔を優しく拭いているところを、怪獣博士のとし君がおどけながら弘樹をからかう。
「でたなヌルヌル怪獣 “ヘドロン”め!!」
そこにゲーム好きのみっくんも加わる。
「はははっ! そんな弱そうな怪獣だったら、ちびマリオでも倒せるよ。 でも弘樹くんどうして川に落っこちちゃったの?」
みっくんが不思議そうにたずねると、弘樹は思い出したように、道端に投げ出された帽子に視線を移し。
「ママにね、喧嘩してたら神様が怒っていたずらするんだよって、かずみちゃんとゆかちゃんが教えてくれた神様の話をしてたんだぁ。 ・・・・そしたら僕の帽子が風に飛ばされちゃって、ママがあわてて拾ったんだ・・・それでね・・」
弘樹がそこまで言った時だった!
またしても気まぐれな風が、ヒュルヒュルと電線を鳴らしながら吹き付けたのである。
「あーっ!」
子供たちから一斉に叫び声があがった。
その声に涼子達が振り返えると、転がっていた帽子がまるで見えない糸でつり上げられたかのようにフワリと浮き上がり、川の中へと飛んでいったのだった。
水に浮かんだ帽子は回転しながら、ゆっくりとした動きで流れて行く!
なにを思ったのか、ゆかちゃんが川に駆け寄り突然歌い出した!
“は〜るのうら〜ら〜の・・・♪♪”
それを見て、孝子が涼子の顔を見つめ “ぷっ!“ と吹き出した。
「あははははっ! あんたさぁ、あの帽子を拾おうとしてこうなったんでしょう?」
児島が涼子を覗き込む。
「そうだったの? 魚津さん。」
涼子はみんなの顔を交互に見やると、恥ずかしそうにコクリとうなずいた。
みんなから一斉に笑い声があがった!
「あっはっははははっ!! バッカみたい。」
「みんなびしょぬれになって、結局帽子は川の中・・てか!!」
”あっはっははははっ!! ”
かずみちゃんが弘樹に耳打ちするように言った。
「弘樹くんのママやっぱりみんなと喧嘩してたんだよ。 だから神様のいたずらで川に落っこちちゃったんだ!」
「そうかなぁ? 僕は違うと思うんだ。 だってほら!」
弘樹は、仲良く笑いあう母親たちを指差した。
「だってみんなあんなに仲良しで楽しそうだもん。」
その光景を、遠くの木の陰から満面に笑みをたたえ、うれしそうにうなずきながら見つめていた老人の姿があったことに、誰も気付くものはいなかった。
杖を片手に、白くて長いあごひげを撫でながら見つめていた老人が “クシャン” とひとつ大きなくしゃみをすると、一陣の風が埃の渦を躍らせながら、笑いあうみんなの前を通り過ぎていったのであった!
初夏も間近な春の日の出来事でした。 ・・・おわり・・・