魔王は呼ばれた先で「か」から始まる(畑違いの)専業職に就きました
行く行くはスパダリになるであろう魔王(やや脳筋気味)と生活力皆無のズボラ女子(実は凄い魔法使い)の手違いな出会いの話です。
こういう話好きだなって思っただけの内容です。
床に描かれた魔法陣に魔力が通る。
次の瞬間には魔法陣から黒い風が巻き上がり、部屋の至る所に山積みにされた書物や資料を撒き上げた。
小さな部屋が嵐に見舞われる。
床の部屋の主はそれを気にも留めず、魔法陣を見詰める。
「…」
埃っぽいローブの奥、赤茶色の瞳がじっと見つめる魔法陣の中からそれはゆっくりと姿を現した。
「我は魔王。魔界を統べる者なり――――」
「あ?」
紫紺の髪の隙間から覗く一対の巻き角、背中から生えた蝙蝠のような羽にゆっくりと背後で揺らめく長いしっぽ。
人界にも人間の容姿に獣の耳やしっぽを持つ者はいるが、この禍々しくも美しい角や羽を有するのは魔界人の特徴。
魔界人。
魔界という人界と隣り合う世界にありながらその間には大きな壁がある世界の住人。
「我は北の魔王、しきゅ―――!?ちょ、いきなり何をするんだ!小娘!」
「帰れ」
魔界から姿を現した彼が名乗る途中で、彼を呼んだはずの少女はいなり持っていた魔杖を振り上げて彼へと振り下ろした。
そしてにべもなく告げられる一言。
「な!?我を呼んだのは小娘其方であろう!」
「間違えた。だから帰って?」
「ちょ、魔杖で我を突くでない!!その魔杖地味に痛いぞ!」
「これ、『塞桃の枝』で作ってあるから」
「なるほど、それでか。じゃなくて!呼んでおいて間違えたから帰れはないだろう!我は魔王ぞ!」
破邪の効果のある伝説級の魔道具である魔杖なら物理耐性魔法耐性の高い魔界人にも効くな。と、納得しかけ、彼は慌ててずれた話を元に戻そうと声を張る。
その間もまるで魔法陣の中へ押し返すように魔杖で突っついてくる少女。
「貴様!我を呼び出したのだぞ!それをただの間違えであったというのか!」
「そう。私が呼んだのは家事妖精、シルキー。間違えてごめんね?だから帰って」
反省もなければ、心の籠っていない口先だけの謝罪を言いながら彼女は彼を魔法陣へと押し戻そうとする。
「いやいや!押したって戻れないから!」
召喚用の魔法陣では送還はできない。
無理やり行えば入れられたものは魔法空間で爆発四散して木っ端微塵のバラバラになってしまう。
そうなれば流石の魔王と言えどもただでは済まない。
「じゃあどうしたら帰ってくれる?何時までも無駄なことしてる時間ないんだけど」
大男である彼に物怖気ることなくそう言い切った少女。
十代そこらの見た目に反して随分と神経が図太いようである。
そんな少女を見下ろしながら彼は小さく口の端を釣り上げた。
「召喚者である其方の願いを一つ、我が叶えれば、我は自由になる。そうすればいつでも、勝手に、魔界に帰れるし、其方の前から姿を消すこともできる」
力なき人界人が魔界の者を求めるときには必ず願いがある。
自分の力ではどうしようもできない願いの前に、人界人はそれを可能にする力を持った魔界人を求めるのだ。
この少女もそういった願いがあってこの魔法陣を使ったのだろう。
禁忌と指定される魔法陣であることを知りながらも使ったからにはそれなりの理由があると彼は踏んいる。
だが、人界人は知らない。
魔界の者が必ずしも召喚者の願った形で願いを叶えるとは限らないことを。
願いの捉え方は人それぞれ。
それを叶える者の趣味嗜好考え方でどんなものにでも変わっていくということを。
少女の願いを踏み潰すような形で叶えてやろう。
彼は内心、そう思いながら彼女の願いに耳を傾けた。
「アンタの代わりにシルキー連れて来て」
「それはできん。我の配下にシルキーはいないからな」
「ちっ。使えない」
魔王である彼を前に盛大に舌打ちして吐き捨てる少女。
なかなかどうして相当神経が図太いようである。
「貴様!魔王である我を前にして何たる暴言!シルキーなんぞという弱小妖精への頼み事なんぞ我とて叶えることができるわ!」
家事しかできない弱小妖精にできて魔王である自分にできないことなどない。
魔王である自分の方が知力も武力も有しているのだからどんな願いだって叶えることができる。
彼がそう言えば、少女は突っついていた魔杖を止めた。
「んー、まあ、そういうならいいか」
時間もないし、また描くのめんどくさいし。
少女は少し悩んでそう呟くと、憤っている彼を見上げた。
「じゃあ、シルキーの代わりに私の家政婦になって」
「やってやろうではないか!我はまお―――、かせいふ?」
反射的に答えた彼の頭に彼女の言葉が届いたときにはもう遅かった。
彼女と彼の手の甲に同じ紋様が浮かび上がった。
契約の証。
人界人の願いを魔界人が聞き届けた証拠。
この証が存在する限り魔界人は召喚者に服従しなければならない。
そしてこの証が消えるのは召喚者の命が終わったときである。
「よろしくね。家政夫さん」
無造作に積み上げられ今にも崩れそうな書物や資料の山やらなんやら盛大に散らかった部屋を背に青白い顔に隈をしっかりと貼りつけた少女は口の端を持ち上げて挨拶を口にした。
この日、魔界三強の一角と恐れられる北の魔王は人界で最もずぼらで生活力のない魔法使いの家政婦、改め家政夫となったのであった。
書き上げて思ったことは一つ。
取り敢えず、魔王が思ったよりも煩かった。以上。