beyond the final 8
結局、天文観測はグタグタにやり、早めにおわった。みんな、次の楽しみが気になって、それどころではないらしい。片付けもそこそこに、公園と向かう。
公園の周りには、黄色い旗が立っていた。「害虫や危険な生き物がいるので注意」という意味だ。だが、実際に被害に遭った話は、聞いたことがない。
さすがに子供を遊ばせるようなことはしないが、勝手に入っている小学生もいる。昼休憩の会社員や若者は気にすることなく、いつも通りに利用していた。
天文部の部員たちも、
「フラグ、立ってる〜」
「黄色。まだ、黄色」
と言いながらも、止まることなく入って行った。
公園の中ほどまで進むと、黒い影がサッと横切る。女子が2、3人、短い悲鳴を上げた。
「にぃーー」
ひと鳴きして、姿を消す。
「猫だよ。ネコ」
「ビビったー」
「猫なんか、どこにでもいるし」
そう言いながら、花火を取り出し、次々と火を点ける。こうなると、大騒ぎだ。
きゃ、きゃ、言って飛び回ったり、花火を振り回したり。普段の煩わしさを忘れるかのように、大笑いし、はしゃぎ回った。
ミノルも、同じだ。だが、心の中には先程見た星について考えていた。時々、空を見上げるが、高いビルが見えるだけ。
それを見ると、何故か淋しい気持ちになってしまう。
花火はあっという間になくなった。みな、喋ったりふざけたりしている。が、誰とはなしに、片付け始める。
まだ遊び足りない連中は、カラオケやゲーセンに行こうか、などと相談している。
ゴミは車で来た、教授先輩が持って帰ってくれることになった。
「ありがとーございまーす!」
「おまえたちも、早く帰れよ」
「はーい!」
先輩にこう言われたら、仕方がない。相談していた事はなし。みな、大人しく帰ることにした。
途中、地下鉄の入り口でコマさんたちと別れ、自転車を押して歩き出す。
これから、自転車に乗って帰るのか・・。気が重かった。
漕ぎ始めた時、
「あ〜、行っちゃった」
の声。バス停にこと先輩。バスはエンジン音と共に、走り去った後だった。大きな通りとはいえ、周りは薄暗く、人もまばらだ。
「先輩、お疲れ様です」
自転車から降りて、頭を下げる。ことは振り返り、ミノルだとわかると、にっこりと微笑んだ。
「カニ〜。自転車で帰るの? やるねー」
「え、まあ。定期無くしちゃったから」
ミノルは俯いて、笑う。
「ねえ。今日、どうだった?」
ことの質問を少し考える。部活動という感じではなかった。が、
「天体望遠鏡で観測出来たし、みんなも楽しかったみたいで、よかったです」
「みんなが楽しかったのは、花火ね」
ことは意味ありげに、フフッと笑った。
「気を遣わなくてもいいのよ。カニはもうちょっと観測したかったんじゃない? あっ、もうちょっとって言うか、ずーっとかもね」
そして、もう一度笑う。
「あ、はい。…でも、」
ミノルは分かってくれたような気がして、ずっと思っていた事を話し始めた。
「プラネタリウムや望遠鏡で、星を見るのも好きなんだけど……なんか、違うんです。夜空を見上げた時、いっぱい星があると感動するだろうな……って。星が降る空を、この目で確かめてみたいんだ。いつか、山奥とか、外国とか、そういう所に行ってみたい。でも、そう思いながらも、そんな特別な場所でしか見れないのかなって…残念というか…」
夢中になって、一気に話した。ことが「うん、うん」と頷くのを見て、ハッとする。
「いや、その……今日の星も」
ことは喜んでもらおうと、企画してくれたことなのだ。先生に何度も相談していたし、花火も、ことの提案だ。お陰で、部員全員が参加した。
「よかったです。本当に」
ミノルは慌てて付け足した。
「わたしも」
「え?」
「私も、満点の星が見たい。子供の時、見たの。すごかったよー。もう一度、あの時のように感動してみたい」
ことは空を仰いだ。瞳は、キラキラと輝いている。その横顔を見ながら、ミノルは「どんな空を見たのだろう」と気持ちが騒いだ。
「あっ!」
ことが、何かを思いついたようだ。
「ねえ。今度、一緒にパパの実家に行こうよ」
えっ、実家? 何故だと思いながらも、さらに、気持ちがドキドキする。
「もう、しばらく行ってないけど。結構、田舎だから、そこそこ見れるよ。カニが思ってるほどでもないけどね」
「え・・・でも…」
「約束だよ」
確かに、星は見たい。が、そこは先輩の、しかもお父さんの実家なんて。
ポーン ポーン
「まもなく、バスが到着します」
お知らせ音が鳴り、アナウンスが流れる。
「ありがとう。私が1人にならないように、付き合ってくれたんでしょ」
バスが止まり、ことは中に入っていった。扉の前で振り向くと、
「カニのそういうところ、好きだよ」
と手を振る。
バスの扉が閉まり、走り去っていく。
「あ、ちょつと!」
ずるいよ、こと先輩。これじゃ、どういうことなのか、確かめられないじゃないか。
いや、面と向かって言われたら、ちゃんと確かめられたのか……?
自問自答しながら、自転車を漕ぎだす。さっきとは違い、軽やかに走り出した。
上を見上げると、星のない鉄色の空。夜風が心地よかった。




