beyond the final 7
「う〜ん…」
リュラは男の子の目を指で広げたり、遠くから見たり。
「充血してる感じじゃないね。ゴミが入ったとかでもないようだし。光に当たったこと、ないんだって?」
リュラの質問に、こっくりと頷く。
「髪の毛の色もないし、生まれつきかも」
アクアは男の子を放っておくことが出来ず、この工場に連れてきた。
男の子は"した"に帰りたがっていた。でも、誰もいないんじゃ、どうすることもできない。説得しながら、無理矢理、引っ張ってきたのだ。やっと連れて来た時は、日が暮れかかっていた。
工場に入るのも戸惑っていたが、みんなに迎えられて、安心したようだ。
ただし、アクアはレオにこっぴどく叱られた。黙って地下に行ったのだ。当たり前だ。これからは、「必ず行き先を告げる」と約束した。
レオは怒りはしたものの、心配もしてくれている。
男の子の身体を拭くために、お湯を沸かしてくれたり、服や靴を奥から出してくれたり。光に慣れない男の子に、サングラスも渡してくれた。
今までこの工場にいた人が、置いていったもの。物々交換のために、取ってあるのだ。
「ん? どうした?」
ニコニコ見つめているアクアに気付き、レオが尋ねる。
「レオって、いい人だね」
その言葉に、ふっと表情を緩める。が、ほんの一瞬だった。
「アクアにはそう見えるか」
ぼそりと呟くと、いつものように機械をいじり始めた。
「目は見えてるみたいだね。取り敢えず、キレイな水で洗っておこうか」
リュラは細長い入れ物から水を出し、男の子の目にかける。
外に水があるが、かなり汚れている。そこで砂や焼いた石で濾す。これを何回か繰り返すと、段々と透明になってくるのだ。その水をぐつぐつ沸かして、やっとキレイになる。初めの半分の量になってしまうが、仕方がない。普段は、この水を使っている。
「痛くない?」
男の子は、再び無言で頷く。アクアはホッとした。
「手や足の黒いのは、どうしたかな…」
と裏や表を丁寧に見る。赤くなっている腕や首。顔も手で押さえ、右や左にする。
「ネズミ、食べてたんだって?」
「うん」
リュラの問いに、男の子が返事をする。
「どうやって、食べてたの?」
「焼いて。真っ黒になるまで焼くんだ。ザリザリしているけど、ちゃんと焼かないと。お腹が痛くなって、死んじゃうんだって」
「生で食べるよりか、マシだけどね」
と苦笑いする。
「ネズミは感心しないね」
横で聞いていて、アクアはぞっとした。
焼いて食べても一緒だ。現に、もう病気になっている。唇がポツポツ膨れ、中にも発疹が出来ている。
「口も問題だねー」
リュラはいろんな所に行き、たくさんの人に遭っている。その中には、病気の人も・・・残念な人もいれば、手当てをして元気になった人もいる。
だから、この病気は何なのか。どうすれば治るか。そういう事をよく知っている。
レオやリュラはそれぞれの知識を生かして、この世界で生きている。では、アクアはどうなのか。何が出来るのだろう。
「結構、荒れてるね…」
リュラは考えながら見ていたが、ハッとしたように顔を上げた。
「なんだっけ。なんか食べるといいんだよ。食べ物の中に入っている……えー」
「ビタミンだ」
レオがぼそりと言う。
「そう、それ!」
リュラが顔を輝かせる。
「ビタミン不足で、ブツブツが出来るんだ」
「何、それ?」
"ビタミン"は食べ物の中に入っている、目に見えないもの。野菜にも入っているが、果物の方が多く含まれるらしい。
「確か、黄色い果物にたくさんあるよ」
「それを食べたら、良くなるの?」
「えーっと…良くなると思うんだけど…」
困っているリュラに代わって、レオが口を開く。
「昔の人は、食べ物で身体の調子を整えていた。治るかどうかわからんが、ビタミンを含む抗酸化物質は大切な成分だ」
アクアは半分も理解出来ない。すでに黄色い果物はどこにあるか、いつ取りに行こうか、と考えていた。
「ところで、名前は?」
リュラが男の子に訊く。
「"オイ"とか呼ばれてたから…名前は…」
と思い出そうとしている。
名前がないのは、よくあることだ。
「この先、生きていけるかどうか」という時に名前は必要ない。と思う人もいる。
何かのきっかけで名前を捨てたり、途中で名前を変えることも珍しくない。レオもそうだし、アクアも前の名前は忘れてしまった。
「ねえ、カバンの中に何か手掛かりがあるかもよ」
アクアは男の子のカバンを開けてみた。
カバンはやはり重たいが、中はほとんど入っていない。ライターと蝋燭が何本か。柔らかい透明の紙みたいなプラスチック。そして、壺のような形をした、ふわふわとした感触のもの。
「これ、かわいい!」
アクアは電球にかざして、見ていた。今は薄汚れているが、青と水色のようだ。下の端には黄色の星がついていた。
「あ! フェルトだ。小ちゃい時、ママと作ったなあー。お守りみたいに、幼稚園のカバンにつけたりして。あと、大きいのもあったよ。えー…と……ぬいぐるみ?」
リュラは懐かしそうに、目を細めた。
「カバンは拾ったんだ。紙も何枚かあったけど、もう燃やしちゃった。それは、初めから入ってた」
男の子が言う。
「じゃあ、これも?」
アクアはカバンから、青い丸い物を取り出した。厚い紙でできていて、下は四角になっている。丸い紙は円盤のようにくるくる回る。白いや黄色の点が描かれていて、線で繋がっているものもあった。
「星座だ」
レオがそばに来て、手に取る。
「夜になると、星が見えるだろう。昔の人は、それをいろんな形にしたんだ」
しげしげと見ながら、感心したように頷く。
「それにしても、よくこんなものが残っていたな」
レオは円盤の真ん中を指差した。
「これは北極星。この星を中心に他の星たちが回っているんだ」
そう言って、円盤を回し始めた。
「子供の頃は、夜空を見上げて星を数えたもんだ」
「レオも子供だったんだ!」
アクアは、新しい発見をしたように叫ぶ。
「ねぇ、ねぇ。どんなだった?」
レオは答えず、苦い顔をする。そして、咳払いをし、円盤を回し始めた。
「季節によって、見える星座が違う。今は…夏だな」
と見せる。アクアの関心は目の前の星へと移る。
「これが見えるの?」
夜、出掛けることは滅多にない。黄色の靄がかかっていることもある。窓から見えるくらいで、そんなに気にしてはいなかった。
「外に見に行ってもいい?」
レオは工場の扉を開け、外の様子を伺う。
「今は空気がマシだから、よく見えるだろう」
「やったー! 行こ!」
言い終わらないうちに、アクアは飛び上がり、男の子の手を引っ張る。
工場の外には、空いっぱいに広がる星。ぐるりと囲むように輝いている。今にも、降ってきそうだ。
「わぁーー」
2人は声を上げる。男の子は空に向かって、手を伸ばした。もう、届きそうだ。
「…初めて見た……」
「星を繋げると、星座になるんだよね」
アクアが振り返って、レオに訊く。
「ああ」
頷き、星座盤を差し出した。楽しそうに夜空を見上げながら、一生懸命探している。
1つ1つは小さな光。それが、無数に集まって、キラキラと輝いている。辺りをてらしだしている。
レオは少し微笑みながら、2人を見ていた。が、その瞳には影を落としている。
我々人類は、これから何が出来るというのだろう。生きていくだけで、精一杯なのだ。この子たちに未来はあるのだろうか。自ずとため息が出る。
「どうして、こんな事になったんだろうな」




