beyond the final 1
薄暗い部屋に、小さな窓。その窓から弱い黄色の光がさしている。部屋というには殺風景だ。隅には、箱やなんやが無造作におかれていた。窓の反対にベッドのようなもの。
その前には少女。かばんに詰めたり、身仕度をしていた。手袋もちゃんとして、ズボンの裾はブーツの中へ。手を伸ばし、何やら取ろうとするが、やめる。
少女はくるりと向きを変え、小さな窓に駆け寄る。窓にペターっと顔を近づけ、外の様子を伺う。
黄色のモヤが辺りを漂っている。輪郭がわかるくらいで、よく見えない。空も黄色。太陽がかろうじで、光っている。
「こりゃ、ダメだ」
少女は、先程のものを素早く掴む。顔をすっぽりと覆うガスマスクだ。かばんを肩にかけると、軽やかに部屋を出た。
鉄の扉を開けると、天井が近くに見える。鉄組が外れている所もあるが、屋根自体はしっかりとしている。雨漏りもしていない。両側には大きな窓。黄色い光が広い空間を照らし出している。
レオによると、昔、ここは工場だったらしい。工場では何でも作れた。それを誰でも、いつでも、好きな時に手に入れることが出来た。
「今じゃ、夢のような話だがな」
レオは遠くを見るように、呟いた。
少女は、、ただポカンとするだけ。レオの話を聞いても、ピンと来ない。
必要なものは、自分で取ってくる。取ってこれないものは、持っている人と交換してもらう。でなければ、あきらめるか。
今は、この方法しかないのだ。
工場だった所は、何も残ってない。そこで、みんなで暮らしている。初めは、知らない者同士。
突然、いなくなることもなれば、ふらりとやって来る者。そのまま、住み着いたり、また、いなくなったり。
少女は、2階の一室で1人でいる。下の広い場所には、レオとリュラ。それぞれ好きな所で生活している。
少し前まで、母と娘が隅っこにいた。この工場に来た時から、元気がなかった。身につけているのも、薄い生地。外で過ごしていたのだから当たり前だ。
そのうち、2人とも動かなくなってしまった。時々、食べ物を分けたりもしたが、そのままになっていることが続いた。
とうとう、レオが、
「もうダメだな。燃やすしかない」
感染を防ぐために、死んだ人たちは灰にしてしまう。煙になって、天に昇っていくのだ。
この工場で、一番長く住んでいるのはレオ。リュラは出たり入ったり。活動的な女性だ。髪の毛を伸ばして、いっぱい三つ編を作っている。
いろいろな場所に行って、いろいろな人を見てきた。病気の人も多く、世話をしたり、治したこともあると言う。
今回も、汚染のひどい地域を通ってきた。そのせいか、しばらく辛そうにして、少女も心配していた。
自分で薬草などを使い、今はすっかり元気なリュラだ。
「アクア、出かけるのかい?」
と声をかけてきた。
行動力があって、人を助けることが出来る。少女に"アクア"という名前をつけてくれたのも、彼女だ。リュラは憧れだ。
「うん、ずっと行きたかった大きな建物があるの」
アクアはリュラに近づく。
「あ〜。ショッピングモールだった所だね」
あそこには、いろいろな物が沢山ある。みんなも知っていて、噂になっていた。アクアもそれを聞いて、行きたくなったのだ。
「もう、大した物は残ってないんじゃない?」
リュラは布を広げて、引っ張る。それを上に渡してある紐に干した。次は服のようなものを広げ、また干す。
「うーん…」
そうかもしれないけど…。噂になっているのがどんな所なのか。一度でいいから、確かめたいのだ。
リュラはニッと笑うと、
「は、は、は。どうしても行きたいんだね」
と洗濯物を放り出す。そして、かばんを出してきた。リュラのものが詰まった、大きなかばん。思い立った時、いつでも旅立てるようにだ。
その中をゴソゴソと探ぐる。黄色い半円のものを取り出した。何かを入れるものだろうか。表には、文字が書かれていた。
「ん? あん…ぜん………いち?」
アクアは文字を読むのが、苦手だ。気が向いた時に、周りの人に教えてもらうだけ。
文字が読めない人も少なくないから「読めなくてもいいじゃん」と思っている。
レオは「文字は大事だ」と言うけど、種類が多くて覚えられない。特に漢字は、アクアにとって難しい過ぎる。
リュラは黄色モノを取り上げると、
「安全第一!」
と、アクアの頭に被せた。
「ヘルメットだよ。頑丈だろ。これで頭を守るんだ」
そう言って、指でコンコンと叩く。中で、音が広がっていった。
リュラは、かばんからもう一つ。透明の袋を出してくる。白い四角いものが、いっぱい入っていた。
「角砂糖。甘いんだよ〜。ほら、手ぇ出しな」
アクアが両手を差し出す。袋から、ザラザラと角砂糖を出してくれた。
「ええー、こんなにたくさん。…でも、あたし…」
何も持っていない。
物を貰ったら、何かを返す。昔は"お金"と言うものがあったらしい。今はない。物々交換が、常識になっていた。
「いいんだよ。アクアは妹みたいで、可愛いし」
リュラは目を細めて笑う。ちょっと、寂しそうにも見えた。
妹ーパパとママが一緒ということだ。兄弟はほとんど見かけない。親子も珍しい。
汚染が酷いせいだ。特に、赤ちゃん、小さい子供は油断していると、あっと言う間に亡くなってしまう。さもなくば、病気になって弱っていく。
アクアのように、16、7の年齢で、しかもどこも悪いところはない。滅多にいないが、注意していないと、どうなるか。
アクアのパパとママも5年前に、灰になって、天に昇っていった。前から、具合が悪かったし、仕方がないと思っている。
1人でも、ある程度の事は出来たし、レオが世話を焼いてくれる。
「アクア、今日はやめたほうがいい」
こうして、忠告もしてくれる。
レオは半世紀以上生きてきた、というだけあって何でも知っていた。外にはあまり出ず、機械ばかりいじっている。昔は、そんなことばかりしていたらしい。"仕事"とか言っていた。
髪の毛が邪魔で、頭にタオルを巻いている。目には拡大鏡。色んな種類を持っていた。
レオのお陰で、この工場は夜でも明かりがある。"バッテリー"というものを使うらしい。これに"線"などをつなげて、電気というものを通す。すると、電球が明るく光るのだ。
代わりに、アクアは食料を育てている。この広い工場内で、土を耕す。野菜の種を蒔いて、大きくする。
こうすれば、汚染されている外の草を食べずに済むからだ。
その他の食べ物は、昔あったものーお菓子や、リュラがくれたお砂糖など。どれもこれも美味なものばかりだ。だが、最近は見かけなくなった。
アクアはショッピングモールだった建物に、"それ"を期待している。
「何日も閉じ込められて、退屈なのはわかるがな。もう少し、辛抱しろ」
レオが手を止めずに口を開いた。また、何かを作っているようだ。
「出掛けるのは、どうかと思う」
もう一度、声をかける。が、厳しい口調ではない。機械を見たままだ。こういう時は、本気で止めてはいない。強行突破できる。
「大丈夫」
アクアはガスマスクを着けた。リュラから貰ったヘルメットも忘れない。
「すぐ、帰ってくるね」
と元気に飛び出していった。
外は朝よりも視界が良くなっていた。足元のガレキもよくわかる。転けずにすみそうだ。こんな汚染された中で、転んで怪我でもしたら、大変だ。致命傷にもなりかねない。アクアは慎重に進んでいった。
ほとんどの所は、ガレキだらけだ。少ない所、全くなくヒビ割れのアスファルトが続いている所もたまにある。
昔は高い建物ばかりだというが、今では見かけない。ガレキになってしまったのだ。ただ、頑丈だった物は残っている。
アクアは遠くの方に、シルエットを見つけた。あれが、ショッピングモールだった処。方向は合っている。ここからが、長い。
「フーッ」
ショッピングモールの前に着いた時は、自然とため息が漏れた。
気温が上がってきたせいか、結構汗をかいた。ガスマスクが、うっとーしくて仕方なかった。
建物の外には、店だと思われる看板が並んでいる。外れたり、壊れたりしているものがほとんどだ。
店の入り口のドアは、枠組みだけになっていた。シャッターが歪んでいるところもある。
色々なものが、点々と落ちている。その中きら、役に立ちそうなものを手に取ってみる。そのままかばんに入れたり、捨てたりしながら、進んでいった。
「あ、階段!」
アクアは階段が好きだ。工場のものとは違い、大きい建物のものは広い。そして高い。
階段を上ると、これまた広いスペースとお店。所々、壊れている。建物の壁には、やたらとクルクルと巻いたツタ。お化け草が生えている。
この草はどこにでも這い出て、たちまち増えてしまう。しかも、やたらとでかい。
「汚染された空気を吸っている」
レオが言っていた。それで、何でもないかのように、成長し、大きくなる。やっぱり、おばけ草だ。
アクアは、奥へと進む。ようやく中へ入るドア。これも枠だけが残っている。周りにはガラスが散乱していた。
そこを潜り抜け、入る。手で服をはたき、汚染物を払う。ガスマスクを首までずらした。
中は薄暗く、冷んやりとしていた。外同様、あっちこっちに物が散乱している。棚や大きな鉄の箱が転がっていた。歩く度に、アクアの足音が響いていた。
「何にも、残ってないか…」
持ち運べそうなものや、役に立ちそうなものは、なさそうだ。余り人も来ないようで、薄っすらとホコリが積もっている所もある。
エスカレーターが目に付いた。赤いゴムの手摺が両側についた階段。昔は動いていた、と言うのだから驚きだ。試しに押したり、蹴ったりしてみたが、ピクリともしなかった。階段が動くわけない。
アクアは、一気に駆け上がる。上の階にもお店が並んでいる。中央には広いフロアー。イスやテーブルが転がっていた。そして、大きな窓が、いくつも並んでいる。
窓の外にも床があり、イスや柵のようなものが倒れている。その向こうには、
「わあー、すごい…」
高い所からの景色は、滅多に見ることが出来ない。といっても、何もなくガレキばかり。ぽつん、ぽつんと建物の形が見える。
ずーっと続いている地平線。その向こうも、同じ景色なのだろうか。
黄色のモヤはだいぶ晴れ、雲が流れていた。日は傾き、オレンジ色に変わろうとしている。
「あ、いけない」
日が沈むと、厄介だ。アクアは店の中へと走り出す。あまりに急いだため、目が慣れない。衝立に当たってしまった。
「ギヤー」
運悪く、吹き抜けになっていて、下に落ちそうになる。
「う、う、」
アクアは必死で手を伸ばし、天井から数本、下がっている棒の一つを掴む。そのまま、体を揺らし、下の階へと飛んだ。
「イッター」
ヘルメットの中で、頭が揺れる。肩を打ったが、血は出ていない。下まで落ちていたら、命はなかったかもしれない。
「やばかったー」
アクアは、よろよろと立ち上がった。
目の前には、カラフルな機械がたくさんある。アクアの背より、少し高い。机のように飛び出した所には、ちょうど手の平サイズのボタンやレバー。かわいい絵や強そうな人が闘っている絵が描かれていた。
「なんだろう?」
アクアはボタンを押してみたー何も起こらない。けど、ボタンを押すのは、なんとなく楽しかった。
機械の近くには、胸くらいなら高さの棚が並んである。天井からは、薄っぺらい紙のようなものが吊るされていた。片方が外れたり、途中で破れているものもある。何か、書いてある。ローマ字かな…
「エス、オー、エフ…? こっちは、エー…
文字なんか、どうでもいいや」
先程打った肩も痛かったし、何よりも薄暗い。読む気にはなれなかった。
棚の上には、小さな紙や四角いプラッスチックのようなもの。使えそうなものは、何もない。念のため、棚の下も見てみる。
「ほ〜ら」
アクアは勝ち誇ったように笑った。
こういった棚の下には、大概扉があり、その中に何かを入れられるようになっている。
ガラガラと横にスライドさせると、中には…空箱ばかり。空振りかな、と思った時、
「…うん…?」
この箱、重い。手の平両手分の長方形の平らな箱。中から、同じくらいの大きさのものが出てきた。
金属で出来ているのか、銀色で冷たい感触。丸い形がかけた絵がついていた。裏を向けると、黒に白い枠。丸いボタンがついていた。
アクアは、これに似たものを見たことがあるような気がした。もっと、小さかったような……。
「レオだ!」
ずっと前に持っていた。確か、…野菜の種と交換したんだ。あれが何の役に立つのかわからないけど、交換した人はやたら懐かしがっていた。
もしかしたら、何か手に入るかもしれない。アクアは、かばんの中にしまい込んだ。




