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THE Final  作者: 書事丈
17/17

before the final 5

 街は騒然としていた。人々が行き交い、右往左往している。車道ではあっちこっち車が散乱し、人が乗ってないものもある。クラクションが鳴り響き、真ん中の細い隙間を縫うように、車がすり抜けていった。

 みんな、何処へ行ったらいいのか。解っているものはいない。テレビもラジオも、やっていない。情報源はネットのみだ。

 "脱出が乗っ取られた"

 "今行かないと、もう脱出出来ないらしい"

 "緊急避難命令が出ている"

嘘なのか、本当なのか…。わからないので、SNSに聞いてみる。ますます憶測を呼ぶ。

 どこで何があるのか。あるいは起きているのか。人々は、ただ逃げなくては、という思いに駆られていた。

 理良(りら)親子もそうだ。

 夫は、昨日、会社から帰ってこなかった。早朝、地震があり「すぐに家に帰る」と連絡があったが、それっきりだ。

 日が昇るにつれ、噂が飛び交い、状況がどんどん悪くなっている。そんな気がして、落ち着かない。とうとう、スマホも繋がらなくなってしまった。

 家にいても、不安がどんどん広がるばかり。とにかく会社に行ってみよう。と、親子3人で出掛けたのだが…。

 地下鉄は途中で止まり、中途半端なところで降ろされる羽目に。途方に暮れて、辺りを見回す。周りはビルばかり。看板や案内板などで、なんとか見当をつける。

 目の前を歩く人たちは、足早で過ぎ去っていく。目的地があるように見えた。

 夫の会社は諦めて、あの人達についていけば、安全な場所に行けるだろうか。

「おかーしゃーん」

下を見ると、理良がスカートの裾を引っ張っている。じっとこちらを覗き込んでいる。

 子供たちに不安を与えてはいけない。ニッコリと笑う。

「どこいくの? おとーしゃんは?」

「うん。お父さんの所に行こうね」

ここなら、歩いてもそう遠くはない。…1人ならば。

 下の子を抱っこして、この子を連れて、大丈夫だろうか。

 人々の往来は、激しくなるばかりだ。

「お母さんの手を離さないでね。迷子になったら、大変よ」

 しっかりと手をつなぐ。下の子の抱っこヒモを上に上げ、抱き直した。うさぎのぬいぐるみを手にしっかりと掴み、ぎゅっと母にしがみつく。

 スマホのマップは繋がるか、と開いてみたがダメだった。方角はあっているはずだ。会社の近くに行けば、分かるかな。

 不安になりながらも、歩き出す。5分もしないうちに、人がバラバラとこっちに向かって走ってくる。そのうち、波になってきた。

「大変だー!」

「逃げろー‼︎」

口々に叫んでいる。

 見上げると、向こうの空で脱出機が静かに地面に近づいていた。黒い煙も上がっている。音もなく、まるでスローモーションを見ているかのようだ。

「理良! こっちよ!」

慌ててUターンする。まだ距離があるとはいえ、危険であることには変わりない。この辺りも巻き込まれるかも……いや、間違いない。段々と影が迫ってきた。

 再び手を握りなおし、走り出す。

「まって、おかーしゃん」

理良が止まり、足を突っぱねる。こんな時に、一体どうしたというのか。

「うしゃぎしゃん。あくあのうしゃぎしゃん、おちたよ」

人々が行き交う足元に、ピンクのうさぎのぬいぐるみが落ちている。

「あっ!」

考える間もなく、理良は手を振りほどき、ぬいぐるみへと駆けて行った。

 ゴゴゴーゴーーー

音を立てて、建物が軋み始めた。ビルが将棋倒しのように、次々と傾き始める。ガラスやコンクリート片が降って来る。

 理良が振り返る。ビルが人を飲み込もうとしている。

「来ちゃダメ!」

下の子をしっかりと抱え込み、しゃがむ。ゴトゴトという音とともに、背中や足を打ちつける。痛みがあちこちに走った。

 ドーーーン

振動の後に、突風が吹き抜けていった。


 地下鉄は満員。BGMも今日は流れていない。アナウンスもない。車内では誰も話してはいない。エンジン音が、リズムを刻んでいた。

 妻に「すぐ帰る」と送ったものの、早朝に関わらず、駅は人で溢れていた。地下鉄も本数が少なく、来たと思ったら人垣で乗れない。何本かやり過ごし、やっと車内に入ることが出来た。

 昨日、会社を休業することになり、その業務に追われていた。気がつくと終電時間は過ぎ、帰るタイミングを逃してしまった。家が遠いものは早々に引き上げていたし、昨夜のうちに帰っておけばよかった。

 と、人にもまれながら、今後悔している。

 先程も地震があり、乗客たちにも疲れが色濃く出ていた。案内もないので、どこの駅なのか。僅かに見える窓から、およその見当をつける。

 地下鉄が急ブレーキをかけ、ホームに滑り込む。ドアが開き、降りる人、乗ろうとする人でごちゃごちゃだ。

 いつもなら、非情に警笛がなり、有無を言わさず扉が閉まってしまう。だが、いつまでたっても動きがない。

 誰ともなしに、

「もう、この電車は走らないぞ」

「運転手が逃げた!」

「緊急避難命令が出た!」

と口々に言い始める。1人が走り出すと、それに続き一斉に逃げ出そうとする。

「地下にいちゃダメだ‼︎」

人の波に逆らえず、足が動かされる。ついていけないものは躓き、壁に押されー悲鳴、叫び声、そして足音。

 ゴゴゴーゴーーー

追い打ちをかけるように大きな揺れが、襲いかかった。みな床に倒れ、階段にいた者は雪崩のように滑りだす。

 次の瞬間、電気が消え、真っ暗になる。

「なんも、見えねー」

「…いたい…」

「なんでだ。何でこんな目に遭わなきゃなんないんだ!」

呻き声やすすり泣く声。どこかしことなく、起きていた。

 呆然とするもの。ぐったりとして、動かないものも少なくない。

 そのうち、真っ暗な中に長方形の光が、ポツンと浮かび上がる。また、一つ。次々と増えていった。

 そうだ。スマホだ。

 誰の上に乗っているのか。誰に押さえつけられているのか。そこから出ようとするが、どうもうまくいかない。手をポケットに押し込み、なんとか取り出すことが出来た。

 スイッチを入れると、明るくなり、待ち受け画面が目に入る。家族の写真だ。

 4人で近くの公園に遊びに行った時のもの。寒空の下、走り回って、汗だくになったっけ。陽だまりの中、みんな楽しそうに笑っている。

 あれから、1年もたっていないというのに…。家族は無事だろうか。

 写真の妻の顔を、そっと指で撫でる。

「ごめん。こんな時に、一緒にいないなんて…。本当にごめん・・・こと」


 脱出機の離陸場は、空港から高速道路で都心部を抜けた所にある。高速は閉鎖中で、しんとしている。

「構わん。緊急だ」

南之魚の指示で、車を進め、バーを跳ね飛ばす。閉鎖中だというのに、意外にも車で混んでいた。進むに連れ、乗り捨てられたと思われる車が目につく。外に出て、なにやら話している者もいた。言い争いになっている人たちもいる。それを脇目に、スピードを緩めず突き進む。

 都心部のビル群が見え始めた時、空にキラキラ光るものがある。

「あれだ!」

怜が指を指す。脱出機は離陸したばかりだ。飛べているのか?

 よく、目を凝らしてみる。

 太陽の光を受けキラキラしたものは、こちらに近づいて来るようだ。やがて機体の形になり、それがハッキリとしてきた。

「このままでは、墜落してしまう!」

「なに⁈」

車は急ブレーキをかけて停まった。辺りはざわつき、車に慌てて乗る者、走って逃げるものもいた。

 怜たちを乗せた車も、急いでバックをする。

 周りの車も動き始め、ガチャガチャと当たりみな、思うように出来ない。

 その頃には、もう、向こうの高層ビルに落下していた。

 ドーーーン

大きな衝撃音。地面を揺らし、その後、砂埃とともに突風が駆け抜けた。あらゆるものが飛ばされて、車同士もぶつかり合う。怜たちの車も風に煽られ、ひっくり返った。


 振動が止み、突風もビルの崩壊もおさまった。悲鳴や唸り声が、砂埃とともに辺りに漂う。その中を、放心したようにフラフラ歩くもの。それに当たっても、止まらず走っていくものもいる。

 ビルの崩れはひどく、瓦礫の下からもすすり泣きが聞こえる。

「おかーしゃん」

理良はぬいぐるみを手に持ったまま、道路に座り込んでいた。突風に倒され、右の頬と足に擦り傷をつくっていた。

 理良の声を聞いて、顔を上げる。が、身体が起き上がらない。視界が狭い。無理に動かそうとすると、全身に痛みが走った。何かの下敷きになっている。

 ハッとして下を見る。下の子は目を閉じ、じっとしている。息は…しているようだ。

 砂まみれになっていて、見た目ではわからない。頭は打ってないだろうか。どこか怪我は? 抱っこひもが外せればいいのだが、全く自由がきかない。

「おかーしゃん!」

辺りを見回し、探している。涙目になり今にも泣き出しそうだ。

「理良! 理良!」

声を出すと痛みが増してくるが、聞こえるように大声で叫んだ。

「おかーしゃん」

目が合うと、理良は走ってガレキの前まで来た。

「お母さん、大丈夫だからね」

「あくあは?」

「うん、大丈夫だよ。おねんねしてる」

それを聞いて、理良は幾分安心したようだ。

 助けを呼ぶことは出来るだろうか。警察や消防隊は? 耳を澄ましてみたが、救助をしている気配もなく、サイレンも聞こえない。

 理良だけでも、なんとか安全な場所に避難させたい。怪我の手当てもしないと。せめて、夫に会うことが出来たら…。…あの人は無事だろうか。

 みな、立ち止まることなく、走って行く。時には叫んだり泣きながら、自分たちのことで手がいっぱいだ。

 1人の女性が通り過ぎようとして、

「こと! ことじゃない」

そう言いながら、駆け寄ってきた。ガレキの下を覗き込み、

「ちょっ、どーしよー…。わーっ、どーしよー」

オタオタと辺りを見回している。

 彼女は高校の同じ部の同級生だ。卒業してからも、どこかに出かけたり、たまに会っていた。確か、"ともちゃん"というたこ焼き屋をしていたはずだ。

「わたしは大丈夫よ」

「何言ってんのよー。全然、大丈夫じゃないし。ちょっと、どうしよう…」

「それより、この子たちが」

理良、そして、一緒に下敷きになってしまった明亜(あくあ)

「その子、出せる?」

その問いに、首を振る。

「抱っこひもが外せないの」

「わかった」

彼女は大きく頷いた。

「助けを呼んでからね」

立ち上がると、理良の手を握る。

「よし。ともちゃんと一緒に、ママを助けてくれる人を探そう」

「とも…ちゃ…ん?」

どうしていいかわからず、母の方を振り返る。いつものように、にっこりと笑っている。

「そうよ。ともちゃんと行こ。ちょっと行った所に、商店街のみんながいるからね」

と歩き出す。理良もそれについていく。

「ところで、名前なんだっけー」

前に聞いたんだけど…。

「りゅら!」

「あ、リュラちゃん」

ことは遠ざかって行く2人の背を見送る。

 どうか、どうかあの子だけは無事でありますように。薄れる意識の中、ただ、ただ、願うだけだ。


 怜はひっくり返った車の窓を開けた。開けたというより、叩き割った。なんとかよじ登り、外へ出る。

「ゴホン、…ゴホン」

砂ぼこりに喉がむせる。顔を上げ、辺りを見回した。

 車は重なり、道路の上には大小様々なコンクリート片が散らばっていた。高速道路は途中で途切れ、崩れている。その先のビル群は倒壊。黒煙が上がり、今まで青かった空を、灰色の雲が覆っていた。

 ー現実は残酷だ

 上手く行きそうだと浮かれた瞬間、足元を掬われる。また、次を考えなくてはならない。その繰り返しだ。

 とうとう、我々は文明という楽園から追い出されてしまった。せめて、これ以上悪くならないように。最悪がこないように。

 もう、祈るしかないのか。

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