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THE Final  作者: 書事丈
15/17

before the final 3

 西に傾き始めた日差しが、容赦なくアスファルトに叩きつける。大通りは人もまばらで、建物にへばりつくように歩いてた。遠くや近くで、クラクションが鳴る。少なからず自動車も走っており、屋根からはユラユラと湯気が立っているようだ。それを見ていると、さらに暑さが増す。

 大通りに面した商店街にはアーケードがあり、日陰になっていた。かなり広い通路が続き、四方に広がっている。中はムッとした空気が漂っていた。時折、風が通り抜けるが熱風だ。

 両側には建物が並んでいる。まだ昼間だというのに、ほとんどの店がシャッターを閉めていた。人もちらほらといるが、みな、足早に歩いていく。ただ、日差しを避けたいだけだった。

 商店街の通りを一本入ると、道幅は急に細くなる。左右には小さな店々。

 どこもドアは閉められ、窓には砂ぼこりをかぶっていた。看板は出しているが、倒れたままのものもある。

 中はシーンとしていて、人はとっくにいないようだ。

 その中の一軒から、テレビの音が漏れていた。この暑さだというのに、エアコンもつけずに窓は全開だ。エアコンは使い過ぎて壊れてしまった。修理屋を探すも、なかなか見つからない。

 店の中は細いカウンター。古ぼけた丸椅子が10脚ほど。反対側の壁には、申し訳程度のテーブルが2台。その奥に、少し派手な格好の若い女性が座っていた。

 スマホを手に、カウンターに肘をついている。人差し指をちょこちょこ動かしながら、画面を見ていた。

 カウンターの中には、厨房。と言うより細い台所。年配の女性が調理している。くたびれたエプロン。頭には布巾をかぶっている。その間から、白髪やグレーの髪がのぞいていた。鍋の火を気にしながら、テレビに目をやる。

 壁の上の方には、扇風機が二台。ブンブンと音を立てフル回転しているが、全く効いていない。2人の額には、汗が流れていた。

「夏はとっくに終わってるのにねー。一昨日は霙が降ったし。なんだろーねー」

年配の女性が、テレビを見ながら言う。

「はとリン、暑いのキライだもんね」

こちちらも、スマホの画面を見たまま。

「あたしだけじゃないよ。みんな嫌になるさ。寒くなったり、暑くなったりしてさ。ここんとこ、しょっちゅう揺れるし。ーーともちゃんだってそうだろ」

ともちゃんと呼ばれた女性は、

「確かにキツイ」

と言って、カウンターにバッタリと伏せる。

「脱出した奴は、こんな苦労はないんだろうね」

はとリンの言い方にはトゲがあるような…。でも、どこか羨ましいような。そんな気持ちが、入り混じっていた。

「日本では、13回成功だって。世界をみても、50機も行ってないし、いつまでかかるんだろーね」

ともちゃんは、カウンターから体を起こし、伸びて欠伸をする。

「あんたはいかないのかい? また、若いんだしさー。頭もいいじゃないか。賢い高校出たのにね。大学だって…」

「いいの。わたしはこれで」

話の途中で遮る。

 本当はバリバリ勉強して、世界に挑戦してみたかった。しかし、大学2年になった頃、母が突然倒れたのだ。

 小学校の時、父が亡くなって、女手一つで育ててくれた。

 会社勤めより、自営業は自分次第でいくらでも稼げる。この商店街の一角を借りて

 "たこ焼き屋"を始めたのだ。

 働き者の母のお陰で、店は大繁盛。週末には、長い列が出来るほどまでになった。ーそんな矢先のことだった。

 母は、そのまま病院で亡くなった。

 貯金もたくさんあり、生命保険にも入っていたので、十分大学を続けること出来た。だが、母が今まで大事にしてきた店をたたむことは出来ず。跡を継ぐことにしたのだ。

 "ともちゃん"とは、店の名前である。

 商店街の皆は、彼女をそう呼んでいた。と言っても、その皆の大半はどこかへ行ってしまった。店をやっているのも、ほんの数件程度だ。

 "ともちゃん"も土日のみ、営業を続けているが、それも難しなってきた。材料が入らなくなってきている。ほとんどが、力のある大型スーパーに買い占められてしまうのだ。

 食料も少しづつではあるが、量が減り値段が上がってきている。そのうち「取り合いになるのでは」と漠然と心配しているのだが、「そこまでもないか」と思ったりもする。

「ハトりんは、脱出しないの?」

「あんな高い登録料、どっからくるんだい」

ふん、と息を吐く。はなっから諦めているようだ。

「じゃ、私が出してあげようか?」

「バカお言でないよ! 若い子が残るのに、なんでババアが行けるんだい」

はとリンは目を丸くして、首を振った。

「それに、あたしがいないと困るやつもいるんだし、残り組で楽しくやるのさ」

と笑った。

「わたしも。はとリンがいないと、こ〜ま〜る〜」

ともちゃんもフフと笑う。

 はとりんは世話好きだ。母が亡くなった時も、なんだかんだと気を回してくれた。お陰で戸惑うことなく、店をやっていけた。

 もともとは商店街で働く人たち相手に、カラオケ喫茶をしていた。"はとリン"も、店名である。

 客も店の人もほとんどいない。はとリンは残った人たちのために、安い金額で夕食を提供している。個々で作るより、食料も確保でき、節約にもなる。

 ともちゃんは、平日、出来るだけ手伝うようにしている。

 突然、テレビの画面が切れた。ザーという音と白黒のスジ。

「なんだい。もう、終わりかい」

テレビの放送時間も、だんだんと短くなっていた。

「しかし、誰が脱出しようなんて考えたのかねー。脱出機が飛ぶたんびに、やりにくくなって、仕方ないよ」

はとリンはテレビを消すと、食器をカウンターに出していった。

 日は沈みかけ、オレンジ色の光が店の中にも差し込んできた。

 ともちゃんは思い付いたように口を開く。

「高校の先輩でね、部活の先輩なんだけど。ちょー頭が良くって、アメリカの大学に行って、この脱出計画に参加してるって。聞いたよ」

「ホー」

はとリンは感嘆したが、

「あんた、部活やってたの?」

と違うところが気になったようだ。

「うん、天文部」

ともちゃんはそう言いながら、イスから立ち上がる。そして、準備を手伝い始めた。

「そうそう」

手をそっと叩きながら、話を続ける。

「その部活の友達。女の子ね。大企業の人と結婚して、子供が2人いるんだけど、旦那が同じ部活の1こ下の後輩なのよ」

「へぇー」

はとリンは興味ありげに返事をする。

「近くに住んでるから、この前一緒にランチしたんだけど。…まぁ、いい服着たわ」

ともちゃんは羨ましそうに溜息をつく。

「ちょっとぉ、部活のリッチ率、凄くない?私も、誰か捕まえておけばよかったぁ」

「そりゃー、惜しいことをしたねー」

はとリンは鍋を掻き回しながら、ニヤニヤ笑っていた。同級生が結婚している話をしたのだ。だいたい、察しがついた。

 これはヤバイと思い、何か言いかけた時、入口に小さな影。店に誰か入って来た。

「ボク! 久しぶり〜」

2人で声をかける。ボクはしゅんとして、俯いていた。

「どーしたの?」

ボクは近所に住んでいる…らしい。小学3年生の男の子だ。夜、ウロウロしているのをともちゃんが見つけ、声をかけた。それから、たまに夕食を食べに来る。

 どれだけ聞いても名前は言わない。いつも「ボクね・・・」というので、みんな"ボク"と呼んでいる。

 何も言わないのは、"ママ"に迷惑がかかるというのだがーーそのママは、家にあまり帰らず、ずっとどっかで遊んでるらしい。

 ボクの話から、ママはこの世の中が嫌になり、自暴自棄になっているようだ。

 そういう人は、少なからずいる。

 街中で、突然服を脱ぎながら、大声で走り回る。車を暴走させ、ビルに突っ込んむ。

 この商店街も"キャンプファイヤー"と称して、若者数人に火をつけられたこともあった。

 そんな気持ちはわからないでもないが、それでいいものか。目の前のボクは、薄汚れ、痩せ細っている。そんな姿を見て、なんとも思わないのだろうか。

「どうしたの?」

ともちゃんはもう一度訊く。ボクは唇を、キュッと結んだ。やがて、

「ママが…」

話し出すと、改めて込み上げてきたのだろうか。目から、ぽろぽろと涙が落ちてきた。

「ママが、ずっと帰って来ないんだ」

そう言うと息を吸って、鼻を啜った。泣き出したいのをグッと堪えているのが、痛いほど伝わってきた。

 どうしようもなくて、ここに来たのだろう。

「そっか・・・」

大きく息を吐く。どう、声をかけていいものか。

「じゃあ、一緒に探してみようか」

本当は、見つかりっこない。お互いそう思っているはずだ。だが、他に言葉が見当たらない。

「その前に〜、お腹すいたでしょ。ご飯、食べてからにしよ」

ともちゃんはなるべく普通に、優しく声をかけた。その方が安心するだろう。

 ボクはこっくりと頷き、ぎゅっと握っていたてを差し出して、広げる。手の平には、10円玉2枚、5円玉5枚、1円玉が3枚。家にあるお金を、掻き集めて来たのだろう。

 それを見て、ともちゃんは大きく息を吸う。その時、

「よっ!」

商店街のメンバーが入ってきた。

「今日は、なに?」

と言いながら、イスに座る。ともちゃんに気付くと、手を上げて挨拶をした。

 彼が入って来なければ、大泣きするとこだった。鼻をすすり、ニッと笑う。

「さ、ボクも座って!」

そうこうしているうちに、何人かが店にやってきた。大体、いつも決まっている。

 みんなと集まって、ご飯を食べながら話をして。…でも、いつまで続くのだろう。本当に大丈夫なのだろうか。

 いや、楽しければ・・・。そう、今はそれでいいじゃないか。

 不安をかき消すように、皆でなお一層、大きな笑い声を上げていた。

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