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THE Final  作者: 書事丈
13/17

before the final 1

 リビングの窓には白いレースのカーテンがかかっている。やわらかな秋の朝日が、部屋全体に広がっていた。

 テレビでは、アナウンサーが一生懸命ニュースを伝えている。が、その前のソファーには誰もいない。

 ガラス戸のついた飾り棚には、装飾のほどこした置物と写真。結婚式の時のもの。赤ちゃん、そして小さな姉妹。家族の写真もある。

 奥には、大きめのダイニングテーブル。淡い黄色のテーブルクラスがかけられている。その真ん中に、紙でできた花―おそらく花だろう。クレヨンでぐちゃぐちゃに塗られている。それを、これまたぐちゃぐちゃクレヨンの紙コップに入れられていた。

 テーブルの端の席には、ネクタイ姿の男性。もう、朝食は終えている。コーヒーカップだけが置かれていた。その横にスマートフォン。ニュース画面が開かれている。男性は時々、指でなぞるだけ。もっぱら新聞を読んでいた。

 対面式のキッチンには、エプロン姿の女性。洗い物をしながら、それを見ていた。

 ニュースなら、スマホやテレビで十分なのに。なぜか夫は今時珍しく、新聞なのだ。置くのもかさばるし、ゴミに出すのも大変。そう思いながらも「仕方がない」とどこかで許していた。

 女性は時計を見て、キッチンを出る。

理良(りら)! 起きなさい。理良」

と言いながら、2階へと上がっていった。

「はい、幼稚園だよ」

「制服だからね」

なにやら話す声がして、階段を下りる音。女性は赤ちゃんを抱っこして、リビングに入ってきた。男性のそばにおろすと、また、2階へと上がっていく。

 赤ちゃんは2、3歩ちょこちょこと歩いて、座っている男性の膝にしがみついた。

「おっ」

今まであんなに真剣に新聞を読んでいたのに、目を細めて笑う。

「おはよ〜」

両手で赤ちゃんの頬をクニクニと回す。

「アー」

赤ちゃんは嬉しそうに両手を上げる。男性は立ち上がると、抱っこして、赤ちゃん用のイスに座らせた。大きいヨダレかけをして、落ちないようにベルトを締める。

 キッチンに行き、小さなプラスチック製の食器を出した。キッチンストッカーから離乳食のビンを手に取り、そこへ流し込む。食器には流行りのキャラクターが描かれていた。

 会社に行く前に、下の子のご飯の用意は日課になっていた。

 2人で「いただきます」をした時、女性がキッチンに戻っていた。

「あなた、ありがとう」

そう言うと、また用事をし始める。

「ああ」

妻は何かすると必ず、「ありがとう」と言う。お互い様なんだし別に言わなくても……だが、どこかで心待ちにしていた。

 赤ちゃんはスプーンを握りしめ、不器用ながらもすくい、口の中に入れる。それを微笑ましく見ながら、男性はスーツの上着を羽織り始めた。

「……しゃん、まって。おかーしゃん、まって」

女の子がリズムをつけながら、階段を下りてきた。幼稚園の制服を着て、手にはピンクのうさぎのぬいぐるみ。下に着くと、勢いよく走り出した。

「おとーしゃーん!」

と飛びつく。男性は脇を持ち、高く上げた。

「また、大きくなったな」

そう言いながら、ゆっくりとおろす。

「へへへ」

笑いながら、今度は赤ちゃんの所へ。

「ハイ、うしゃぎしゃん」

とテーブルの上に置いた。そして、隣のイスによじ登るように座る。

でゅら(、、、)もたべる〜。おかーしゃん! りゅりぁ(、、、、)のごはん!」

「はい、はい」

女性はご飯をのせたお盆を運んできた。

「じゃ、行ってくるよ」

男性はカバンを持ち、玄関へと向かった。靴を履き終えたところで、忙しそうな足音が近づいてきた。

「いってらっしゃい」

軽くハグをして、お互いの頬にキスをする。

「どうしたの?」

男性の問いに、不安そうな表情。

「心配なのか?」

女性は俯いた。

「大丈夫だよ。今すぐどうのってわけじゃないし、長い計画だ。しかも、始まったばかりだ。希望者は全員行けるって言ってし、ちゃんと登録もした。現に、脱出機の打ち上げは何回も成功しているよ」

ともう一度、抱きしめる。

「大丈夫だよ」

男性は繰り返した。

「だから、元気出して」

「うん、そうね。あなたの言う通りね。ありがとう」

明るく笑うと、手を振って見送った。

 リビングに戻ると、テレビの音が耳に入ってきた。世界で起きている異常気象や、一昨日の地震などの事を話していた。

 理良は赤ちゃんの世話を焼きながら、ご飯を食べている。

 テーブルには、置きっ放しの新聞。

 "23回目の宇宙へ

 米での成功は18例目"

大きな見出しが目に入る。

 本当に宇宙に行けるのだろうか。いや、行かなければならないのだろうか。

 表向きは希望のあることしか言わない。だが、ネットでは「脱出機の数が足りない」だの「どのそこの国はもう終わってる」だの。様々な情報が飛び交っている。

 この子たちはどうなるんだろう。

 そう思うと、不安が広がっていくのだ。

「おかーしゃん」

ハッとして、顔を上げる。

「ぜぇーんぶ、たべたよー。こちしょーさま!」

お皿を持ち上げ、自慢げにニコニコしている。

「偉いわね」

と理良の口の周りを拭いた。

 夫の言う通り、今すぐ何かしなければならない訳ではない。生活するのに、さほど不便もない。それよりも、この子の滑舌の悪さも気になる。そうそう、幼稚園へ行く用意もしなければ。

「バスが来ちゃうわよ。歯磨き。歯磨き」

理良は、

「わぁーーーー」

と叫びながら、イスから飛び降りる。足音をたてながら、洗面室へと走り出した。

 こうやって、日常に逃げているのではないか。本当はもっと真剣に考えるべきではないか。しかし、今は、漠然とした不安を見たくはなかった。

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