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prologue-1


「お初にお目にかかります、『勉強会』の皆々様。私はヴェレナ先輩の2学年下で入学したガーヒルド・アロディアと申します」



 ――私立アプランツァイト学園3号館。レトロでクラシカルなその建物は、どこか格式高さを垣間見せる。

 一応、学外利用者ということで、私とアロディアさんは事務手続きを行った上での利用となる。3年前まで自身が通っていた学校に部外者として入るのは何だか不思議な感覚だ。


 そこまでしてアプランツァイト学園に潜り込んだ理由の1つは、私の友人すなわち、ルシア、クレティ、そしてソーディスさんとアロディアさんを顔合わせさせるためである。

 ここにオーディリア先輩が居れば、アロディアさんの言う通りの『勉強会』の面々が揃ったことになるが、残念ながら先輩は既に高校生――魔法爵育成学院へと他2人の先輩とともに進学しているため、予定を調整することは叶わなかった。

 また、アプランツァイト中等科3人組は、おそらく初対面となる彼女――ガーヒルド・アロディアさんは、今年魔法青少年学院に入学した新1年生の女子生徒である。去年は誰も入学せず、今年は彼女1人だけ。何とか最終学年で女子寄宿舎ぼっち生活を避けることはできたが、やっぱり女子生徒の入学の割合は良くないままだね。


「初めまして、アロディアさん?」

「ヴェレナが後輩を私達に紹介する、ということは……そういうことでしょうか」


 そして、ルシア・クレティコンビが、アロディアさんの挨拶にこう返す。

 そうだよね、わざわざ魔法使いに全く関係の無いアプランツァイト組に私の後輩を紹介するという行動の意味は必然的に限られてくるわけで、それくらいお見通しなのも、今更になって驚く話でもない。

 そんな呼びかけに対して、私が補足を行おうと口を開く前に、アロディアさんが答える。


「あや、ご承知でしたか。

 おそらくご推察の通り、私はこの学園の初等科の出になります」


 そう、新しい魔法青少年学院女子入学者は私と同じくアプランツァイト学園初等科出身なのであった。私は知らなかったけれど。

 ただ知らなかったのはルシアもクレティも同様のようで2人がそのことについて謝るとアロディアさんは気にしないで良い旨を慌てて伝える。


 その微妙な空気を突然打破したのはソーディスさんであった。


「……そうだ、思い出した。

 アロディア、さん……? 初等科2年の頃、テニスクラブに通っていた……よね?」


「えっ、ああ、はい。

 アプランツァイト学園でテニス部に所属こそしておりませんが、6年間同じテニスクラブに通っていました。ですがそれが何か……」


 あれ、ソーディスさんとはもしかして面識がある感じなのかな。

 でも、今度はアロディアさん側があまり身に覚えが無いといった様子だ。ちょっと気になるし助け舟を出す。


「ソーディスさんは、アロディアさんとどこかで会ったことが?」


「うん……。話したことは……、ないけれど。

 『再興の先』――演劇をやるときに、テニスの動きを学ぶために、クレティ、さんに連れられて通った……テニスクラブ。……確か、そこで見た覚えがある」


 えっと、あの演劇を文化祭でやったのって初等科4年の頃だから――5年前か。そのときに、一言も話したことが無い人のことを覚えているのは何というかソーディスさんだよなあ、としか言いようがない。

 あっ、でもフォームを参考にしたとかなら割と印象的だったりしたのかな。

 ……と、考えているとアロディアさんから予想外の言葉が。


「あや? ……それは不可思議ですね。

 先輩方の演劇は私も拝見致しましたが、ワーガヴァント先輩のフォームもプレースタイルも別の選手を参考にしていますよね? 私はどちらかと言えばカウンターパンチャーですが、先輩が劇中見せていたプレースタイルはオールラウンダーでした」


「そう……だね。

 確かに私があの時、真似したのは、別の選手。……けれど、あのテニスクラブに、貴方が居たことは……覚えてる、よ」


 それはつまり。

 ソーディスさんは、別に参考にしたわけでも何でもないただテニスクラブに居た人のことを5年間忘れないで覚えていた、ということになるわけで。


 ……って、何なんだその記憶力。



 そして、しばらくの沈黙ののちに、ルシアが口を開く。


「……と、いうか。アロディアさんは何故、魔法使いを志したの」


「ああ、はい。それはですね。

 王都のガルフィンガング魔法青少年学院や魔法爵育成学院には、オーディリア・クレメンティー先輩や、ヴェレナ先輩がいらっしゃるからです。

 まだまだ女性登用を始めたばかりの魔法使いという組織において、『アプランツァイト学園生』という縦の関係性を構築することができますから」


 アロディアさんが語った内容は『人脈形成』の観点で、これは彼女がアプランツァイト学園初等科卒業生であることを如実に表している。

 今の魔法使い組織は、魔法爵育成学院や大学課程の魔法学院を卒業した『学閥』が中心派閥となり、この森の民という国が統一前から領主に仕えていた『旧来の魔法使い』と連携あるいは対立する構造となっている。そこに新たな女性登用の時流が生じて今後女性魔法使いの数が増えていくにつれ、それが弱小でもあっても一勢力化するだろうということはオーディリア先輩も考えている。

 アロディアさんの考えはある意味では、そのオーディリア先輩の路線を前提としたものだ。

 すなわち、オーディリア先輩や私がそうした女性魔法使いの中核になり得ることを読み切った上で、いわば『女性魔法使い派閥』のようなものが形成されたときに、その派閥内部・・・・の主導権を握る手法として、『アプランツァイト学園生』という繋がりを利用しようという考えなのだ。



 ……これで、アロディアさんはこの学園に居たときは、ほぼ無名であったというのだから末恐ろしさすらある。




 *


「――それで、アロディアさんとやらは本当に信用できるの、ヴェレナ?」


 あの後いくつかやり取りをしたのちに、折角アプランツァイト学園にまで来たのだからアロディアさんも自身の同級生に会ってお話することもあるだろうと、一回彼女を退席させ、残った私達4人は引き続き同じ部屋で話を続ける。

 開口一番ルシアの放った言葉は節々に棘があるものの、初対面の人間を警戒するという意味では間違ってはいない。


「うーん、正直私としては判断材料が不足してる。

 だから3人に引き合わせてみてどう感じたかを聞きたいから連れてきた、って意図も1つあるのだけれど。

 私もここの学園生時代には接点無かったしね」


「オーディリア先輩、とは……面識は、ある……の?」


「アロディアさん本人は、知ってはいるけど直接会ったことも話したことも無いとは言っていた。オーディリア先輩側への裏取りはまだ出来てない」


 オーディリア先輩が高校課程の『魔法爵育成学院』へ進学した関係上、同じ寄宿舎で寝起きしているわけではなくなったため、先輩とのやり取りをする手段が限られることとなった。

 まあ同じ王都内ではある。私の通うガルフィンガング魔法青少年学院がガングベルクという場所にあるのに対して、先輩の通うガルフィンガング魔法青少年学院は、かなり王城寄りのマルタールピアーノと言う場所にある。


 ……もっとも、離れてるとは言っても路面列車で20分かそこらという距離なんだけど。

 そういう関係もあって今までほどにオーディリア先輩と簡単に連絡が取り合えないこともあり、先輩への裏取りは出来ていない。


「流石にそこで嘘を吐くと不利益の方が大きいから、本当のことでしょうけれども。

 また第一印象だけで言えば人当たりも良く、ウチ(・・)の元生徒らしさもある。……それが直接信用に繋がるかは別問題ですけれどね」


「そうね、クレティ。

 そして彼女は私達の2学年下――ということは彼女の入学時点では魔法教育が女性に門戸開放される素振りは無かったってこと。

 つまり、入学したときから魔法使いになりたいと思っていたとは思えないわ。オーディリア先輩やヴェレナといったある種目立つ人物が魔法使いを志したから、その後釜を狙うくらいの意図はあると見た方がいいかもしれないわよ」


 確かにルシアの言う通り、アロディアさんが、初等科に入学した時点では女性が魔法使いになれるなんて情報は無かったはず。ということは進路を変えたか、元々なりたい職業が漠然としていたかのどちらかになるわけだけれども。

 加えて、ルシアとクレティが2人とも彼女を知らないと言ったことで、大手商会の関係者であったり王都の老舗店舗の跡取り娘という可能性は低くなった。もし、そうであれば社交で付き合いとかがあるはずだからね。


 となると、可能性だけであればアプランツァイト学園で実家の影響力が弱い人物には一般的となる官僚や役人などの国家公務員ルートをアロディアさん、ないしは彼女の家族が目論んでいたということは充分に考えられる。

 まあ魔法使いも国家公務員ではあるのだからその例には漏れていないと言えば、そうなんだけれど。


 ……と、ここまで考えが至ったところで、ソーディスさんに声を掛けられる。


「ヴェレナ、さん……? そろそろ本題に、入ろう?」



 あっ、はい。すいません。




 *


 今回わざわざ時間を割いてアプランツァイト学園の同期の面々に会った理由は、アロディアさんの件だけではない。というか、むしろ彼女の件は副次的なものだ。


 では一体何かと言うと。


「じゃあ、まずは私からでしょうか。私の家であるロイトハルト家としては、元々市井に民間伝承で僅かに伝わる程度の情報は伺っておりました。照明油とか松脂の代替などという話ですね。ただ商品として取り扱ったことは過去の帳簿を確認しても見つかりませんでしたね。

 後はどうやら錬金省魔石本部の外局にあたる錬金技術研究所において探索で採取した分の備蓄と基礎研究が行われているらしいですよ。ただそれも規模は大きなものではありませんが」


 本題は石油のことである。

 まずは、クレティ。実家が油問屋である彼女はそもそも石油の存在を知っていたようだ。ただし、それでも民間伝承レベル。結構古くから石油という資源が未知の森の中にあるということは知られているが、魔石のように実用化には至っていない。


 そして、錬金術分野となると、『森の民金融恐慌』の際に錬金術分野にも長けたドラッセル商会のドラッセル金融のシンクタンク部門を吸収しているリベオール総合商会の情報網にアクセスできるルシアの領域となる。


「錬金術師が石油の研究を行っているとは言っても、他の未知の森から出土する数々の物品の中の1つ、という枠組みに過ぎないわ。

 そもそも最重要資源である魔石研究に注力しているし、錬金術的操作を施す加工で主流なのは人間の勢力圏内で採掘可能な資源である石炭だもの。有名どころで言えば、人造繊維のナイロンや合成ゴム辺りね、これらは石炭を錬金術的に変化させて生まれた製品よ。

 そんな未知の油に力を注ぐくらいなら魔石や石炭に研究力を割く、という結果は自然なものではないかしら」


 ルシアは錬金術師側での研究領域を調べていたようだ。

 そこには石油に関する研究報告は乏しい。そもそも未知の森の探索で少量しか研究用のストックが無いことと、石油以外に明らかに有用とされる資源である魔石、そして既に広く利用されており、採掘も比較的容易な石炭の2つに資源部門の研究リソースの大部分を割いているためだ。


 まだ、未知の資源であり有用か否かも判断できていない石油を調べることよりも、他に優先順位の高い研究対象が存在するとなれば後回しにされているのも納得できる。


 そして最後にソーディスさん。


「それなりに昔から……石油、は見つかっているのに、利用されていない、のは……未知の森に松が、自生しているから……だね。

 探索者が、多く、持ち帰らないのも……奥地にあるとか、あまり採れないとか……そういう理由、だと思う」


 ソーディスさんは文献などを中心に見て、『逆に石油が何故利用されていない』のかをあたりを付ける作業を行っていた。

 この世界での利用法はクレティが語ったように、照明油や松明代わり。それも、未知の森に入り込んだ探索者が現地調達可能な資源として利用する程度の水準でしかない。

 しかし、その利用法すらも限定的だとしたのがソーディスさんの話で、基本的に未知の森内部には松が自生しているため、松脂の現地調達が昔の冒険者や探索家でも可能であった。そして、当たり前だが松は未知の森以外――人間の勢力圏にも生えている。


 つまり、未知の森探索中でも普段は松脂で事足りる。石油が日の目を浴びるのは通常自生しているはずの松を発見できずに、逆に偶然石油の湧出地を発見した場合に限られるということ。これは非常に限定的だ。


 そして今なお、人間の勢力圏に大量の石油を持ち帰った事実もない。未知の森を切り開いて油田のような採油施設を建設した事例もない。この事実からソーディスさんは産油地域が未知の森の奥地にあるか、そもそも埋蔵量が乏しいかの2つの仮説を立てている。


 と、ソーディスさんの仮説の前者を聞き、私は思い出したことが1つある。

 それは、前世の油田の種別には海上油田があったこと。つまり海中に石油が埋蔵されているケースもある、ということだ。

 一方で、この世界には海が無い。神話ベースで考えるのであれば、海は『未知の森』の伸張によって全て奪われた。となると、未知の森側で石油が採掘されるのも一定の合理性はある。

 また前世世界で地上で採掘できた地域も、何らかの特性があったのかもしれない。その地理的条件とこちらの世界での人類勢力圏が合致していない可能性も考えられる。



 まあ、どちらにせよ。


「まともに商業利用できる程の量が確保出来る見込みが無さそうとなれば、石油の利用は難しいかな……」


「というか私達は、ヴェレナが何故このような難儀で知名度の低い資源に目を付けたのか疑問でしかないのだけど」



 ……うるさいわ、ルシア!

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