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6-10


 航空機という存在そのものが、対瘴気の森として生まれたが、それは飛行型魔物と対峙するにはあまりにも脆弱なものであった。

 故に航空機に与えられた主な任務は、偵察と情報伝達。


 即ち魔物の航空戦力に正面切ってぶつかることの出来る戦力は、航空機よりも飛竜ということになる。あるいは、そもそも飛行戦力自体は地上戦力の補助的な運用に留めているのかもしれない。

 その一端は戦略爆撃機による瘴気の森外縁部の焦土化。人類サイドが卓越する遠隔投射手段の多彩さと単純な兵数の圧倒でもって魔物を打倒できるように、戦場の地形そのものを単純化し、こちらのアドバンテージを最大限に生かすという理念で実用化されている。


 と、ここまでが魔法使いの現在の基本的な航空機運用であった。偵察機と爆撃機で構成された空軍組織。それは軍知識の無い私でも、前世とは全く異なった理念で発展してきたことは理解できる。


 ただ、ここに来て『複座戦闘機』という新たな機種が、魔法省航空管理部の技術航空隊から出てきた。

 ――『戦闘機』。その名前自体は私にとっては爆撃機やら偵察機などよりも余程馴染みのあるものだ。やっぱりエースパイロットという配役は華があるからね……恋愛ゲーム的に。


 そして複座、ということで2人乗りの戦闘機がこの地では開発されていた。なぜか。


 そも魔法使いの航空機は『魔力航空機』であり、自分の体内に包括される魔力で動く。動力源が人間の魔力なので、あらかじめ燃料として積載することが出来ない。

 それに加えて、魔法使いの武装は『魔法銃』に代表されるように、こちらもまた魔力を用いる。故に、航空機を武装すると魔力というリソースが重複するのだ。

 だから飛行機を長く飛ばそうとすれば武装は貧弱ないしは皆無となるし、逆に武装を充実させようとすると、魔力制御が難しくなり飛行機を飛ばすことすら覚束ない。


 この痛し痒しの現状を打破すべく2人乗りという発想が生まれた。……とは言っても思いついてしまえばそこまで複雑な話でもない。武器と操縦でリソースを食い合うのであれば、それぞれ別の人間に任せれば良い。ただ、それだけ。


 だが単純であるが故に、その理屈は誰にでも受け入れられるという側面もあり、それはこの『戦闘機』の運用を容易にするだろうとは思う。



「これで……この航空機でドラゴン相手にも戦えるようになるのですね」


 私のこの一言に、格納庫内に居た技術飛行隊所属の技官らしき方が答えを返してくれた。


「いいや、ドラゴン相手には即離脱だな。そこまでの武装は複座になろうと積み込めん」


 この技官の発言には航空機の限界と航空畑の人間の自負が同時に込められていた。


 『限界』は自明である。如何に戦闘機・・・というお題目でもドラゴン相手に戦闘はするものではないという限界だ。

 一方で『自負』とは?


「当然と言えば当然の話ですけれども。最初に航空機を戦場に持ち出すことを考えた人物はドラゴンを含めたあらゆる魔物と空で対峙する危険性を考慮しております。


 しかし、航空機の運動性能では生身である飛行型の魔物に動きに付いていくことも不可能だ。その不利を補うような武装を施すことも出来ない。

 となれば、残されたのは――速度。

 大前提として、航空機はありとあらゆる魔物の飛行速度を超えるように設計されているのですよ」


 私の理解を補うようにルーデザインド魔法子爵が語ったその事実。無い無い尽くしで発展途上のこの世界の飛行機で、唯一その他の空を飛ぶ存在よりも長ける能力――速度があるということ。


 速く飛べば飛ぼうとするほどに、空気抵抗は増大する。

 例えば、高いところから物を落としたときに、重力の力で永遠に加速し続けるわけではない。速度が速くなればなるほど空気抵抗も増えるので、いずれ空気抵抗の効力と重力は釣り合い等速度で落下する。

 つまり空気抵抗は高速になれば重力とも引けを取らない存在なのである。


 なので如何に流線形のフォルムをしていても、どんなに効率の良い翼を有していたとしても、高速で動く場合には空気抵抗から逃れることが出来ない。

 それでも速く飛ぶのであれば、自ら空を飛ぶのにエネルギーを消費しなければならない。なので、相手は生き物であり、持続的に飛び続けることを鑑みる以上、速度の上限というのはある程度透けて見えてくる。そこに魔力行使による瞬発的な加速を加えれば、概ねこの魔物はどれくらいの速度で動いてくる、というのは予測可能なのだ。


 他方、航空機はどうか。空気抵抗という制約は同じものの、航空機という機体には『持続的に飛び続ける』という要素を考慮する必要がない。

 防備や乗員の乗り心地などを検討する必要はあるけれども、生き物のように、栄養を補給する消化器官、呼吸を行うための呼吸器、そうした『空を飛ぶ』という機能には必ずしも必要ではない装備・・を施す必要がなく、より飛ぶことに特化できるのだ。


 またここに航空機そのものは技術で生まれた生産物であることから、技術革新の恩恵を受けて、その性能は向上し続ける。今は魔物が卓越していようとも、航空機はその差を着実に縮めることが可能だ。


 更に、先ほど述べた空気抵抗であるが。

 空気の薄い上空を飛行すれば、空気抵抗を軽減できる。

 生き物であれば、空気が薄いと呼吸から効率的に酸素を吸収出来ずに運動能力がむしろ低下する。だが航空機は呼吸しない。


 ……また呼吸で酸素を取り込む必要があるのかどうか分かりかねる『魔物』だが、こちらも大気密度の低下によるデバフを受ける。


 それは『瘴気』。瘴気も所詮気体なので、上空に行けば密度は必然薄まる。

 魔物にとって瘴気がどのような構成要素なのかは判断できないものの、少なくとも瘴気による活性化や能力促進の恩恵は上空というだけで相応に薄まる。

 そうは言っても、元の身体能力がおかしいから極端に弱体化するわけでもないようだけれど。


 こうした要素が積み重なり、航空機は魔物に対して速度、ただその一点で優位に立てる。だからドラゴン相手に発見後即離脱などという行動もとれる。更に、偵察機ばかりが今の空軍組織で主流となっているのも、この速度卓越にあるのだろう。


 逃げられる自負があるからこそ、偵察が可能なのだ。


 これは魔物にも――そして飛竜にも無い航空機のアドバンテージである。



 だからこそ、私がこういった考えに至るのも自然だと言えるだろう。


「魔物が追い付けない速度で攻撃が可能となれば。

 ……この『戦闘機』の価値は計り知れないのでは?」


 存外私達の会話は格納庫内に響いているようで、先ほど私の質問に答えてくれた技官の方も含めて、苦笑いを返してきた。


「嬉しいことを言ってくれるが、お嬢ちゃん。

 そう上手くは行かないってもんなのよ……」



 ……まあ、こういう流れになるのは薄々察していました。うん。




 *


「複座戦闘機の最大の問題点は、複座・・であることだ」


 いきなり元も子もないことを言い出す技術飛行隊技官。現物目の前にあるのに問題点を挙げるのか。

 1人乗りでは戦闘が不可能なのだから、2人で戦闘と操縦を分離する。そういう話であったはずだ。


 と、このように私が疑問符を浮かべていると、そうした状態を察知したルーデザインド魔法子爵により次の質問が即座に投げかけられる。


「この戦闘機に付いている武装。

 地上陣地の対空砲を転用したものだけれども。ヴェレナさんはこれを1人(・・)で取り扱うことができますか?」


 何で武装の出所を知ってんだ、この魔法病院院長。技術開発には関わってないだろうに。

 改めてその兵装を見ると、人の背丈程はあるかと見える砲身。端から見ても重そうな重厚さ。そして何より。


「……いや、無理ですよ。こんな武器取り扱ったこと無いので使い方も分かりませんし。学院で触れる機会があるのは、携行できる魔法銃くらいのものですから。


 それにここまで大きいと魔力制御も大変そうですし、何より私の魔力量では動かせないで……あ、ああっ……そういうことか……。


 ――この対空砲を1人で扱えるのは、高魔力保有者なのですね?」


 高魔力保有者。

 この存在が希少であることは、字面から明瞭ではあるだろう。

 しかし、それだけではない。かつて初等科時代に『勉強会』にて習った、200年前から発生した魔力持ち(・・・・)の子の持つ魔力量の減少という事実。すなわち、神話だったり勇者だったりそういった過去の時代に居た魔法使いの有していた魔力量から比べると、高い魔力を有している人の割合は激減しているということ。

 そしてもう1つ。『先天魔力理論』の証明。こちらは逆に一般庶民であってもほぼ全ての人間が生まれながらにして微弱な魔力を有しているということ。


 先進国が中世時代いた頃の封建領主制に依拠した魔法使いのような高い魔力持ちは居なくなり、逆に庶民側が魔力を持っている、ということで『魔法使い』の価値が庶民に手が届くほどまで下がり、この世界は近代に突入せざるを得なかったことは学んでいる。


 ただ、それでも一般庶民と比較すると魔力を多く有している人間が生まれてくることも稀にある。そうした彼らが高魔力保有者だ。ただし、魔力を多く有しているというのはアドバンテージになりにくく、むしろ警察などからマークされるのが今の世の中である。


 他方、魔法使い組織そのものも一般大衆にも門戸を開放し、優秀な人材を魔力の多寡に捉われず広く募るようになった。……私が魔法青少年学院に入れるようになった遠因もここにある。

 しかし、それは必ずしも魔法使いの中で高魔力保有者が不要となったことと等価ではない。



「その通りです。というか対空砲自体は本来複数人で運用するのが基本ですもの。

 そして、高魔力保有者が本来魔法使い職の中で優遇される職業は何でしょう?」



 ――それは、飛竜に騎乗して戦う飛竜兵・・・と、魔力航空機のパイロット(・・・・・)


 高魔力保有者など限りがあるのにも関わらず複座戦闘機には、そのような稀有な人材を2人も搭乗させなければならない。


 この複座戦闘機の最大の問題は、普及すると確実に人材不足になるというジレンマに陥っているという点であった。




 *


「……輸送機や爆撃機も操縦士を複数人乗せているが。彼らは魔物に追われても逃げられる。そういった機体を用意しているし、別に逃げたところで任務の性質上已むを得まい。

 だが、『戦闘機』とは飛行型魔物と戦闘をする飛行機だ。戦えるのだから、今までの偵察機のような即座の撤退判断は出来ないだろう。

 ……確実に戦闘機という機種は未帰還率は増える。1機の消耗で2人も高魔力持ちを失うこととなる。それが果たして戦果と釣り合うのか、それがこの『複座戦闘機』の最大の懸念点だ」



 技官の方が語る未来像に私は思わず黙り込む。消耗の観点は完全に頭から抜け落ちていた。確かに複数人パイロットが乗る航空機は存在する。私が飛竜育成施設に行く際に乗った輸送機も2人のパイロットが挨拶してくれていた。


 しかし、それが戦闘機となると空を飛ぶ魔物と空で戦うのだ。戦闘機の数が必要となるのは確実。しかしパイロットも銃手も高魔力持ちで固めたら、その戦闘機部隊が消耗した場合に立ち直すことが出来ない。

 先天的に決まる魔力持ちを増やすとなるとそれこそ、人口増加策くらいしかない。


 何より高魔力保有者が全部が全部魔法使いとなり、飛竜兵やパイロットになっているわけでもない。別にその先天的に持ち得た魔力を活かさずとも生きていくことはできるのだから。


 そうした他の職業を選択した彼らを、強引に航空兵として育成することは封建時代への逆行として反発を生みかねない。……まあ、前回の魔王侵攻で魔法使い上層部が使った州兵制度を利用した徴兵という手段はあるのだけれど。



 私が州兵制度を利用した高魔力持ちの選抜徴兵を考えていると、その様子を知ってか知らずか、技官の方が優しく声を掛けてくれる。


「……お嬢ちゃん、そんな難しい顔をしなさんな。

 人の命について説いた手前、こんなことを言うのも俗で申し訳ねえが、要は俺らは『ゼニー』が足りてないだけさ。

 ……なあ、皆の衆!」


 そう技官の方が発破をかけると、周りの作業をしながら私達の会話を盗み聞きしていたここ職員の方々が声を合わせて威勢の良い返事を返してくれた。


 その様子を呆気に取られながら見る私。そんな私を放置して技官の方に話すルーデザインド魔法子爵。


「……この複座戦闘機も、開発は航空管理部で生産は民間ということに?」


「まあ、いつものことだろうな。……チェンゼル航空機製造にカーボフルス重工、そしてミッドヴィル政商傘下のミッドヴィル飛行機。この辺りにはまた出向で技術指導しなければならないさ。

 全く行かないとあいつら規格バラバラに作りやがるから仕方ねえが、国家公務員が民間企業の工場勤務とは泣ける話だねえ」



 ……もしかして魔王侵攻後の軍縮による予算縮小の影響ってこんな所にも出ているのかな。あー、だから私のお父さんの左遷に合わせて自ら兵部から衛生部に手を引いたルーデザインド魔法子爵が、この航空基地でここまで顔が利いているのかも。

 左遷組と予算不足組の水面下の連携。……あくまで可能性の話でしかないが、学閥の代表者的立ち位置であったお父さんの『フリサスフィス』の名の復権――すなわち悪役令嬢ヴェレナ・フリサスフィスの台頭には、この辺りもまさか絡んでくるのだろうか。……謎は尽きない。




 *


「よし……出来た」


 何故、私が飛竜育成施設のある飛竜補充部ガリンザール支部にビルギット先輩と一緒に行ったり、あるいは先日、お父さんの伝手を頼ってクレインエーベネ魔導航空基地に行っていたのかと言えば、それは全て『卒業研究』のためである。

 もっともそれは大まかなテーマを先輩方3人が高校課程である魔法爵育成学院に進学するまでに決めておきたいというところから発起したものであった。


 けれど、一度動き出してみれば、色々と資料を探すことはあったが先輩らの助けもあって、あれよあれよという間にテーマはおろか内容を書き出して、そして『卒業研究』用の論文を書き終えることができた。

 いや論文とは言っても、作文にいくつか図表を付け加えたようなクオリティだけどね。


 そんな私の『卒業研究』のテーマは『二段階制空論』。

 『制空』という言葉は、ビルギット先輩に戦闘機運用のことを話したときに、


「そういえば、航空優勢の解説本に魔物と直接格闘する飛竜の運用が書いてあったな」


 と言われたので、頼み込んでその本を頂いた。まあ、私としては返すつもりだったけど、ビルギット先輩にそのままプレゼントされたので流されるまま貰ってしまった。そういや、この人は物を貯めない性質だったわ。

 それで本には、空で主導権を握るには、活動したい場所に飛行型魔物が入ってこれないようにする方法と、飛行型魔物を倒す方法があるみたいな内容で、基本的には今の航空機の主流は前者であると書かれていた。

 言われてみれば、戦略爆撃機による瘴気の森外縁部焦土化構想も遮蔽物を減らすという意味では活動領域に魔物が入りにくくするという意味では制空に通じるものがある。またそれ以外に、空に気球を浮かべてその気球から魔力でコーティングした強化ワイヤーを地上まで垂れ落として、さながら地上の有刺鉄線のように、空にもを作るなんて戦術も書かれていた。


 では魔物を倒す手法となると、その本には飛竜兵のことが書かれていた。

 ただし飛竜には欠点があり、瘴気の森内部で運用することが出来ないので、追撃が出来ないことや、あるいは航空機が進出できる空気の薄い上空では飛竜は飛べないことが書かれていた。この辺りの欠点は、見聞きした内容にも一部含まれている。



 そして、私が着目したのはまさにこの部分だ。すなわち、航空機が空の低いところから空気の薄い上空でも運用出来るのに対して、飛竜は比較的地上に近いところに限られる、ということ。まあ生き物だしね。

 そうした飛竜の特性は魔物も近似しており、魔物が飛べない高度で航空機を作戦行動が出来るということ。


 しかし一方で、別の文献を見たときには興味深い記述があった。それは魔物図鑑。

 ただし、図鑑とは言ってもこの図鑑があったのは学院内の戦史史料室である。飛竜について調べているビルギット先輩が、魔物に対しても知見を広げていたので便乗した。

 そこに出てきたのが、偵察機を撃墜する魔物の存在。偶発的に正面から飛んできたため飛行機の快速性を活かせずに堕とされたとのこと。

 ただし、その高度は飛行型魔物の中でも比較的高高度まで飛行可能なハーピーやガーゴイル、あるいは鳥系魔獣が飛ぶことも無い空域であったということ。

 つまり、前回の魔王侵攻の段階で、既に空気の薄い上空でも活動可能な魔物は確認できている。



 それを踏まえると、空には2種類あると言えよう。

 魔物が多く居て、飛竜で以て排除が行える低空域。そして航空機の実力で以て一部の魔物を排除をする必要がある高空域。この2つどちらとも掌握しなければ、空を支配することは適わない。


 その2種類の『空』において航空優勢を獲得することが私の『二段階制空論』の肝要である。

 では、どうやって獲得するのか?


 低空域においては、飛竜兵を拡大すること。それが最も単純であり効果的な対策だと考えたのでそのように書いている。まあ実現するのは困難だとは思うけど。

 そして高空域の航空優勢確保には、もう『戦闘機』の開発しか無いだろう。ここに、クレインエーベネ魔導航空基地で見た開発中の『複座戦闘機』の話が関わる。


 つまり魔物と戦える新たな航空機が生まれつつある今、逃げるしか出来なかった航空機に選択肢が生まれる。そして航空機自体は飛行に支障が出るレベルの障害物のある低高度でなければ、運用することが可能だ。


 つまり、ゆくゆくは建物や木々のあるごくごく地上に近い空域だけを飛竜がカバーし、それ以外の空を戦闘機で支配する。こういった分業体制にすれば、容易に数の増やしにくい飛竜と飛竜兵の負担を軽減することが出来る。これが私は理想形だと考えている。


 だが、しかし。今開発されている『複座戦闘機』では高魔力保有者を複数人乗せる必要があることから、この複座戦闘機は乗組員の育成的な意味で量産に不向きな機体であり、私の考えている分業体制には不向きな機体である。


 ――だから。

 そのために、体内魔力でもない、魔石でもない『第3の航空機』――ガソリン燃料による新たな動力の航空機開発を行い、2つの空を掌握しよう。


 ……と、ここまでが、私の書いた『二段階制空論』での主張である。

 魔力航空機に拘泥するから高魔力保有者の確保問題となるのだ。そもそも、私は飛行機を動かすのに魔法の力が要らないことを知っている(・・・・・)


 この世界において魔力は、電力や蒸気力と比較しても相当高効率なエネルギーであるということは理解しているが、この瘴気の森で運用できる航空機という限られた領域で量産を見据えた場合、万能な魔力に対して一矢報いることができるのではないだろうか。


 そんな卒業研究の中身の確認も終え、特に問題がなさそうなので提出へと向かう……って、あれ。



「これどこに提出するんだ……」




 *


「いや、本当にすみませんオーディリア先輩……。あの時は、助かりました……」


 結局卒業研究の件については、偶然出会ったオーディリア先輩が教えてくれた。曰く学内用に1部と魔法使いの上層部に送付用に1部と合計2部必要だったらしい。更に先輩が私用にて学院内に1台しか無い輪転印刷機の利用申請を出していたことから、そこに便乗する形で複製も済ませることが出来た。

 ……こっそり提出用以外にも刷っておいたのは内緒。


 その場で感謝の言葉を告げていたが、それから1週間弱。

 後日改めて女子寄宿舎でオーディリア先輩と2人になる機会があったので重ね掛けでお礼を告げる。すると、先輩はこう返してきた。


「いえ、良いのですよ。

 それよりも、私もヴェレナさんの『卒業研究』を見せて頂いていいですか? ビルギットも付いていたので心配はしておりませんが、しっかりと内容は見ていなかったので少々気になってましたので」


「オーディリア先輩に添削を受けるのであれば、出す前に見て頂けば良かったですね。……こちらになりますが、結構文量ありますよ?」


「……そうですわね。確か冷蔵装置に作っておいたチーズケーキがあったと思いますので、食べながらにしましょうか。

 良いフレッシュチーズを知り合いから結構な量頂きましたので、気分転換に作っておいたのですよ」


 ここでの寄宿舎生活も2年目になるけれども、思えば最初からオーディリア先輩は料理が上手であった。そして割とお菓子の類も自作するのよね。


 最早使い慣れたキッチンへと赴き、徐に冷蔵装置の扉を開けると、その中の共同スペースには丸いカップに入った白いカップケーキが。……これか、チーズケーキ。


 見た目はレアチーズケーキに近いだろうか? 先輩はフレッシュチーズと言っていたな。しかし、そのケーキの白い表面の一番上に、色とりどりの乾燥フルーツとシリアル――フルーツグラノーラがトッピングされていた。


 カップに入っているので2つ取り出して、配膳用のお盆に乗せる。

 あと個人的に冷蔵庫で冷やしていたジャスミンティーがあるので、これをコップに注いで持っていけばいいかな。


「あれ? 先輩、グラノーラなんてうちの寄宿舎にありましたっけ、私物ですか?」


「ああ、ラウラが買い置きしていますね。果物好きだから前にドライフルーツを薦めてみたことがあったのですけれども存外気に入ったようでして。

 たまに、ドライフルーツ目当てで買い置きしていますよ。それとは別でドライフルーツも買いだめしているようですが」


 ……確かラウラ先輩の実家であるハウトクヴェレでは、果物ってあまり出回っていないんだっけ。この学院周りは周辺の住宅街向けに少々ラグジュアリーな食べ物も置いてあるから、それに影響を受けたはずであった。


「まあラウラの話はさておいて、どうぞ食べてみてください。……生地の型もグラノーラで作っていますので、酸味のあるフレッシュチーズとの相性は良いはずですわよ」


 私の書いて卒業研究の印刷物から一切視線を外さずに、それでいて会話はしっかりと成立させながら先輩オリジナルのグラノーラのフレッシュチーズケーキを薦めてくる。物を読むのに意識を傾ける感じは何となくソーディスさんを想起させる。


 先輩はおそらく読み終わるまでは手を止めるつもりが無いのであろう。


「……では、すみません先輩。先に頂きますね」


 グラノーラのフレッシュチーズケーキの見た目にあがなえず先に頂くこととする。

 瞬間口に広がるのはフレッシュチーズの酸味。しかし、これがフルーツグラノーラに絶妙にマッチする。ドライフルーツの甘味に酸味が重なり、それをグラノーラが受け止める。その完璧に計算され尽くされた味の中には、更にちょっぴりビターな苦味が混ざっており、それがまた深みを醸し出していた。


「甘味と酸味とビターな苦味が複雑に絡み合って、美味しいです! 先輩は料理も出来て羨ましいです……」


 私が味の感想を言った瞬間に視線がちらりとこちらを向くが、気のせいだったと言わんばかりにすぐ手元の紙へと戻す。


「……あら? ヴェレナさんも料理は出来るじゃない。……少なくとも、入学当時のラウラとビルギットはそれはそれはとんでもなかったわ。

 それに比べればヴェレナさんは初めから出来ているし、今も腕を挙げつづけて……」


 その瞬間。

 先輩の話を遮るかのように、ダイニングの入り口から声がかけられる。

 ……この声は寄宿舎の守衛さんの声だ。


「……あのフリサスフィスさん。学院の職員の方から言伝で、今から至急来賓室へ来て欲しいとのことです」


 ――来賓室? でも先輩まだ私の卒業論文読んでる……。


 すると、私が疑問に思うのも束の間、オーディリア先輩から声がかかる。


「ヴェレナさん。

 ……まだしばらく読み終わるのに時間がかかるから、私のことは気にせず行ってきなさいな。先方は至急、なのでしょう?」


「えっ……ああ、はい。すみません。では、先輩一旦失礼させていただきます」


 私は急遽、守衛の方に連れられて校舎の職員室横にある来賓室へと向かうこととなるのである。




   ◇  ◇  ◇  ◇


 ――ヴェレナ・フリサスフィスが退出してどれくらいの時間が経過しただろうか。


 陽の日差しが心地よく入り込む昼下がり。

 誰も居ない女子寄宿舎のダイニングルームは、オーディリア・クレメンティーが時折手に持っている紙の束を捲る音によって統御されていた。


 しかし、その制御下の静寂は、この空間の支配者たるオーディリアによって打破される。


「……『二段階制空論』。成程、この発想は素晴らしい。1つに繋がる空を2つに分けて考えるというのは実に面白いですね。これがあるからあの子は……。

 そして、手法も戦闘教義についても良く調べてあります。――そう、綺麗にまとまっている。


 でも。だからこそですかね。

 ……この1つの大きな穴。いえ、あの子のことですから本当なのでしょう。

 ルシアさんとの一件(製紙事業計画)。そしてソーディスさんの憂慮。

 彼女はそれらを経てもまだ……」



 そう呟き、オーディリアは机上に無造作に置かれたチーズケーキを口に運ぶ。


「確かに、苦いですわ。

 ……生地を焦がしましたか。

 これは、やらかしましたね」




   ◇  ◇  ◇  ◇


 何も掴めないまま、私は来賓室の前まで足を運ぶことになった。


 心当たりが全く無い。しかも職員室などではなく来賓室? ということは学院の外から私に用があってやって来た人が居るってことだろうか。……にしては、私に話が全くなかったのも不思議だ。急に訪れてきたのかな。


 守衛さんは結局、来賓室の目の前まで私を案内してきてくれた。

 でも、そこまでのようだ。この扉は私が開ける必要があるみたい。


「……失礼いたします」


 ――中に人が多い。全員で何人だ。――6人、魔法使いの正装?

 っと中央左に居るのはオートバガール魔法準男爵、状況が掴めないが。


 そして、中央に居る人物。正装のネクタイの色が青色だ。

 ……ってことは、魔法公爵!?


 魔法爵位で言えば、魔法大公に次ぐ2番目の爵位、それが魔法公爵。

 そんな高い身分でオートバガール魔法準男爵の関係者となると私が知っている人は、1人だけなのですが。


 その答えに至った私は、確信を持てないまま最敬礼を行う。

 そして、中央の方が声を挙げる。


「貴殿の父には稀に会うが、直接話すのは初めてですね。

 魔法大臣、フロドプルト・クロドルフです。


 今日私がここへ参ったのは他でもありません。あなたが先日書いた『卒業研究』についてです」


 やっぱり……現職の魔法大臣だ……。

 何故内閣の閣僚メンバーでかつ、魔法使いの閣内省庁である魔法省の長であるこの人が此処へ……と思ったら、その原因は私の卒業研究にあったようだ。


 そんなことを言われても突然すぎて気が動転し、極度の緊張空間に突然放り込まれたおかげで生返事しか出来ない。

 何故、私の『卒業研究』で魔法大臣ともあろう方が直々に来た? 問題があったか? いや、問題があったから来たに決まっている――



「……落ち着きなさい。といってもこの状況では無理、か。

 単刀直入に問おう。

 貴殿が、この論文中で書いている新型燃料の『ガソリン』とは一体どういったものだ?」


「……え? ……えっと、石油製品・・・・のガソリンのことですが……え、どういう……」



 理解が及ばない状態で、考えていたことをそのまま私は口に出す。


 すると、魔法大臣とオートバガール魔法準男爵を含めたこの場の全員が私の発言に硬直をした。

 ……あっ。まさか、これは。


 私が内心の動揺を隠せないで居ると、一番端に居た赤色のネクタイの壮年の男性が声を挙げる。赤色だと魔法侯爵か魔法伯爵だ。この人も相当高官だ。


「……もしかして、その石油・・とは、錬金術師らが未知の森で発見した『松明に転用可能な灯りに適した現地調達可能な油』のことでしょうか」



 その赤ネクタイの高官の方の話を聞き、この場に居る私を除いた6人は俄かに色めき立つ。その後いくつか彼らの内でやり取りをして、魔法大臣が私に感謝の意を告げて退出していった。



 ――危なかった、石油という存在そのものはあったみたいだ……助かった……。


 だが、この反応で分かってしまった。

 この世界には。石油化学製品がまるで発達していない。



 これだけ技術が発達しているのだから石油くらい見つけているだろうと考えていた私の完全なミス。目先の航空機の問題に近視眼的になっていた。


 今まであれだけ前世知識と異世界のカルチャーギャップに出会ってきて、そのたびに、先入観を放棄し、絶念し、そのリスクを憂慮したにも関わらずこの体たらく。

まだまだ私は前世の価値観を完全に打破できておらず、私の考え方の根幹を縛り続けている。その視野偏狭さ。


 今回は、それが『石油』という形で露呈してしまったのである。

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