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クレインエーベネ魔導航空基地。
王都の防空計画を基に建てられ、王都西部の空の守りの要である。
その防衛の一翼を担うのは第2航空隊と呼称される40機ほどの飛行機と後備支援部隊で編制される軍組織。
その航空基地の格納庫の中を見学していたら、出てくる飛行機はことごとく偵察機なのであった。
前世における軍隊に対してあまり知識の無い私でも、流石にそれが前世とは異なる形態の空軍であろうことに考えは至る。普通、軍隊の飛行機と言われてパっと出てくるのは戦闘機のはずだ。少なくとも偵察機が一番有名ということは無いだろう。
……まあ戦闘機と偵察機って、その名の通り任務が『戦闘』と『偵察』で違うのかな、と何となく想像は付くけれども、具体的な飛行機の構造上、どのような部分に差異があるのかは知らない。ましてや見た目で区別など不可能だ。
――気になることは2点。
1つは何故偵察機ばかりこんなにも多いのか。2つ目はその偵察機の種類が多いこと。
ただし、この2つの疑問は易々と口には出せない。
何故ならば『多い』という判断には、比較対象が必要なのである。偵察機が多いという疑問が生じる事実そのものが、偵察機以外の飛行機が存在することを知っている……ということになる。
勿論、そうした疑問の枕詞に付くのは――前世知識と比較して――その一言だ。
もしかしたら、偵察機ばかりなのはこの第2飛行隊のみの特例なのかもしれない。あるいは、魔法使いの航空隊だけの特殊編制なのかもしれない。はたまた、森の民では偵察任務を重視しているだけなのかもしれない。
しかし、私はそれらを知らないのだ。分かっているのは前世と比較したときの差異のみ。
だからこそ『この世界の航空機は旅客機と偵察機が殆どで、誰もそのことに疑問を抱くことは無い』というケースを恐れている。何せ、今までこの量的判断によるミスで墓穴を掘ったことが何度かあるからだ。
両親に転生者であることが看破されたときには、『ゼニー』という通貨の価値を、前世基準で換算しようとして考え込んでいたことが、『年端もいかない子供が突然お金の価値に気付く』という傍証を提示していた。
ナイロンなどの化学繊維の価格が前世よりも高額という考えを発端とした、ルシアを巻き込んだ製紙事業の一件では、そうした私の前世知識を『神がかりの予測能力』と揶揄され、露呈する結果を生んだ。
映画館の観覧方法が違いこの世界に存在する映画の見方以外のものを知っている――つまり映画の見方を複数知っている――という情報の露呈により、ソーディスさんには私の価値基準に『想像の世界と答え合わせ』が含まれることがバレていた。
森の民金融恐慌の一幕では、ルシアとそのお父さんに銀行の数が多いと漏らした部分を拾われ、それを『予知能力』の顕現と判断され銀行の統廃合について具体的な数にまで踏み込んで話をする必要が生まれるというリスクを生んだ。
私が高々偵察機について聞くだけで何を恐れているのかと言えば、この量的判断のミスに起因する事柄は私が転生者であることを発覚させかねない危険があるということで。
そしてしかも今回その発覚のリスクが高いのは、後ろから付いてきているイヴォ・ルーデザインド魔法子爵。これまでのやり取りで卓越した洞察力と異常な人間観察能力を有する彼が、両親やソーディスさん、ルシアのお父さんに出来た芸当を真似できないと考えるのは些か楽観が過ぎるというものである。
……何より、ルーデザインド魔法子爵がどういう人物なのか全く読めないのよね。転生者であることを見破られている両親は、私のことを受け入れてくれているし、勉強会の面々やその親族というのも、付き合いでいえばもう7,8年といったところだし。
けれども、このルーデザインド魔法子爵は、転生翌日に会ってそれっきりだ。どういう人なのか分からない。そんな相手に不要な手がかりを晒すのは出来る限り避けたい。
ということで、何か突破口が必要だ。直接的に偵察機について聞くのではなく、何か取っ掛かりとなる問いかけが。
……ということで、私がルーデザインド魔法子爵を警戒しつつも、整備員の方に投げかけた一手がこれである。
「オーヴルシュテック州のドローディタース航空基地では、輸送機に乗ったのですけれども、こちらには居ないのですか?」
そう。私はつい最近に、魔法使いに属する飛行機に乗っていた。なので、少なくとも偵察機以外に輸送機を保有していることは把握しているのだ。
「あー……ドローディタースで輸送機というと第5航空隊所属のものですかね。
常設部隊に輸送機が組み込まれている航空隊が存在するのはあそこだけです」
……よし、整備員の方からの回答は概ね私の想定通りの答えが返ってきた。これなら……
「航空隊によって、所属する飛行機に特徴があるのでしょうか?」
これが不自然なく聞ける。そして整備員の方も特に何も疑問に思わずに質問に答えてくれた。
「そうですね。4個飛行中隊で組織されるという点は一緒ですが、各航空隊によって機種は異なりますね。
第2航空隊では、戦術偵察機2個中隊、戦略偵察機1個中隊、近距離偵察機1個中隊という内訳になっております。
一方で、先に話に出ました北方の第5航空隊では、同じくドローディタース所属の第4航空隊が、ウチと同じような偵察機中心で編制されていますので、輸送機や戦略爆撃機などの少々変わった航空機を織り交ぜて運用していると伺っています」
「……戦略爆撃機?」
一応聞きたいことの一部を引き出すことはできた。
偵察機ばかりだし、その種類が多岐にわたるのも謎だけど、まずは新しく出てきた『戦略爆撃機』なるものの存在を知るのが先決だ。
「前回の魔王侵攻時に輸送機を改装して、上空から瘴気の森ごと焼くという作戦が実はあり一定の効果がある潜在性が見込まれましたので、一部の部隊では編制されております」
「当時の効果は如何ほどで?」
「瘴気の森そのものを焼くことは出来たのですが、肝心の魔物掃討にはあまり役に立たなかったそうです。
それに焼け野原となった大地は逆に侵攻する際の障害にもなるらしく正直運用が難しいとしか。
更に、瘴気の森の一部を焼き尽くしたところで、原理は不明ですが瘴気の森は瘴気濃度を濃くしながら自己修復しますので……」
焼かれた森が自発的に再生するって、それ最早何かのクリーチャーとかなのではないだろうか。おおよそ私の知る植物の固定観念を根本からぶち破ってくる存在である。
……というか、魔物もそうだし瘴気の森や魔王に関連するものは色々と規格外のものが多すぎると思う。
「……よく、その効果で爆撃機隊を作っていますね」
この私の呟きは、後ろからルーデザインド魔法子爵が拾う。
「遮蔽物の無い場所での戦闘であれば、遠隔攻撃手段は魔法使いや錬金術師の武器のが魔物の持っている身体能力よりも高いからです。
……なので瘴気の森を戦場の広範で焼き尽くせば、理屈の上では兵力と火力と敵の射程外からの攻撃で勝てる……そういう理屈で戦略爆撃機は拡充されているのですよ」
今まで魔王侵攻の戦いについては、魔物の異常な身体能力にばかり着目していたが、人間側にも勝るものがあったのか。
まあ確かに言われてみれば、いくら規格外とはいえ生身の身体が持ちえる外骨格では耐えられない攻撃もあるか。
銃や砲は、技術革新で性能が向上することはあっても、外骨格を発達させそれに対抗するのは一朝一夕に成し遂げられるものでもないだろう。
つまり技術の進捗ペースに対して魔物の変異は追い付かないわけで。
……それでも、前回の魔王侵攻では相当に苦戦していたんだよね。それは魔物側にも技術革新への対応能力があるということ。
そうした魔物とのイタチごっこの末に生まれた概念が、戦略爆撃機か。
確かに一方的に攻撃できるのであれば、遮蔽物の多い瘴気の森なぞ焼いてしまった方が楽に戦えるという理屈は分かる。
「でも、そんなに上手くいくものなのでしょうか?」
「分からないですよ。誰もそんな大規模に瘴気の森を燃やしたことはないからね。
そして、瘴気の森の修復の際には一時的にだが瘴気濃度が濃くなるという危険もある。
確実に言えることは前回の時点で得られた教訓である、瘴気の森は燃やすことが出来ることと、燃やしたところで魔物の掃討はまた別の話であるということです。
だからこそ、何が正しく何が誤っているのかは分からない。
でも、戦う力は備えなければならない」
そんなルーデザインド魔法子爵の言葉に大きく頷く整備員。
つまり戦略爆撃機による瘴気の森の爆撃が正しい戦い方なのかは分からないが、それを正しいと考え、一定の費用対効果を挙げられると判断した人らが主流派となり編制されたと考えるべきであろう。
そして、そんな私の様子を見た魔法子爵は続けて述べる。
「もしかして、ヴェレナさんは航空部隊の最新の戦闘教義に興味がおありで?
……それであれば魔法省航空管理部の技術部の技術航空隊も見ていきましょうか」
その言葉は私としても願ったりなものなので、頷き返しこの場を後にすることとなった。
*
歩いて別の格納庫へと移動することとなる。その際第2航空隊の整備員の方には時間を取らせたと謝罪と感謝の言葉を告げて別れる。
「というか、ルーデザインド魔法子爵。航空機に関して詳しいですね?」
「まあ、病院の赴任地がこういう場所ですしね。
一応、魔導航空部隊附属の病院もあるのですが、魔法病院の方でも患者を受け入れることは稀にですがありますので、怪我人の受け入れをする都合上、航空機の最低限の知見は身に付けているつもりです」
精神・神経治療が主であれど、魔法病院ではあるので、航空部隊の専属の医療機関が飽和すれば、一時的な患者の受け入れ先としてのキャパシティはあるとのこと。
そうした場合に、航空機について何も知らないよりもある程度知見があった方が、状況が掴みやすく、適切な応急措置を行えるというわけで。
まあ、この魔法子爵の場合、元々のキャリア自体は衛生部ではなく兵部だったって言っていたし、根っからの医師でもないので逆にこういった面では柔軟なのだろう。いや、医師としでの技量を疑っているわけではないのだけれどもね。
「ですが、ヴェレナさんの考えていることも分からないわけではないのですよ」
唐突にそんなことを魔法子爵は言い出す。
何事か、と言い淀んでいると次の句を紡ぐ。
「あ、いえ。
何となく偵察機ばかりと聞いて落胆していた様子でしたので。
……ヴェレナさんは、飛行機でドラゴンなどと直接戦ったりする姿を想像していたのですよね?」
「えっ……、ああ、はい」
……確かに魔物が居る世界の空軍というのだから、そういうものを想像していたのは正直に言えばある。
「色々と理由がありますが、現行部隊でそのような飛行機が無いのは、武装の問題が大きいですね。飛行機に搭載可能な武器で軽装過ぎて、魔物に有効打を与えられるものは少ないのです」
あー……、飛行機VS飛行機で戦うのであればともかくとして、魔物相手には厳しいのか。
最北の州まで行って見てきた飛竜ですらも、戦える魔物には限りのある感じだったし。
「だから偵察機ばかりで、あのように種類が多いのですね」
「ええ、航空機を利用する場合のその主任務は偵察任務と情報を快速性を活かして伝達する2点となります。
それが森の民の航空部隊の既存の戦闘教義であり、常識なのですが……」
そこで一息区切る。そして、立ち止まりとある建物を指差す。
その指の先には見張り台から見たときにも目立っていた煉瓦の建物が随分と近くにあった。
「――魔法省航空管理部」
「……その、技術部と補給部のある建物ですね。総務部と検査部は他の地域にありますので」
その煉瓦の航空管理部には入らずに、横にある無骨な格納庫の中に魔法子爵は押し入っていく。周囲に整備員や職員の方々が居るのにも関わらず、部外者である私達のことを全く止めに入らず傍観している姿からアポは取っていたようである。
「……空を飛ぶ魔物と戦えるだけの武装が積めない理由は、魔法兵装も魔力航空機もどちらも魔力を消費するのが原因です。
重武装の武器を積めば積むほど、飛行の際の魔力消費も武器使用時の魔力消費も大きくなる。そして戦闘時は常時、魔力の多重使用となることから操縦士に求められる魔力制御の技量も高くなり、負荷も大きいのです」
その魔法子爵の解説を聞いて、ふと思い出したのは学院での埒馬場でのビルギット先輩の馬上射撃の一幕。
あのとき馬上から的を見事に魔法銃で射抜いていた。
ビルギット先輩はそのコツを、乗馬技術とそれなりの魔力制御が出来ていれば、魔力消費を気にせず手動制御で当てるのはそれほど難しくないと言っていた。
これが本当に難しくないとは私はあまり思っていないが、これを今の航空機の話に当てはめて考えてみる。
航空機の操縦技術はおろか、操縦には常時魔力が垂れ流しで、魔力銃などよりも遥かに重武装な武器を動かすには魔力制御の技量も桁違いに要求されるはずだ。
そして武器を使うのにも航空機を動かすのにも魔力を使っているとなれば、魔力消費を気にせず垂れ流すというわけにもいかない。
これでは、航空機での戦闘が困難であるというのは、当然な話である。
「――しかし、その対策は爆撃機や輸送機にありました。
今、この施設では、飛行型の魔物と戦う――『戦闘機』という新しい機種が生まれようとしているのですよ」
何と。ここにきて今までの前提条件を全てひっくり返す言葉が魔法子爵から出る。
そして『戦闘機』。その名を初めてこの世界の人から聞くこととなる。
「輸送機には操縦士と副操縦士が居るのは、実際に乗ったヴェレナさんは知っていますよね? 要は操縦士と魔力武器の使用者を分ければ良いのですよ。
――『四九式複座戦闘機』。それが新しい飛行機の名前です」
複座戦闘機。
複数の座席がある2人乗りの戦闘機。
確かに1人で操縦から武器の操作まで全てをこなす必要はなかったのだ。




