6-8
――クレインエーベネ魔法病院。
ルーデザインド魔法子爵……この病院の院長でもある彼は心療内科医であったことが分かったが、それ以外に、精神科と、脳神経の内科に外科。
私が、転生して魔力検査を受けた病院は精神・神経医療に長けた病院であることが分かった。
一方でクレインエーベネの地には、魔導航空基地を基幹とした魔法使いの航空一大拠点が築かれている。
一見すると何の関係性も見出すことの出来ない、2つの施設。しかし、どちらも魔法使いが所有し運営・維持する組織である。
となると、もしかすると郊外に広い用地が確保出来たから、という理由以外にこれらの施設がまとめられた意図があるかもしれない、ということで。
「――精神・神経医療と飛行機。その2つに関連性はあるのでしょうか」
と、この質問を魔法子爵にぶつける。
それ自体の回答は用意していたもののようで、
「そうですね。一般の患者さんにはぼかして答える質問ですが、ヴェレナさんは魔法使いの卵なので、ね。
理由は2つあります。1つは航空兵とは直接関連するものではないのですが……。
その……一般には精神疾患と、区別のつかないことがあるのですよね。
――寄生型魔物の一部には初期の精神被害が、精神病に近似ないしは区別が全くつかない程に似通っているのです。
例えば、ヴェレナさんは『脳霧』という魔物を知っていますか?」
……色々と思うところはあるが、とりあえずルーデザインド魔法子爵の話は終わっていないので頷く。
『脳霧』自体は、去年ラルゴフィーラへ旅行に行った際に、商業都市国家街にあったお土産屋さんで売られていたクラゲの髪飾りの一件で覚えている。
曰く、人の集中力や判断力を下げる魔物。寄生終末期になると宿主は自身の状態について問われると一様にクラゲの絵を描きだすというか何とか。
何故、クラゲなのかと問われれば……うん。その触手が……いや、想像したくない。ともかく、『脳霧』とはそんな忌むべき魔物である。
「それならば話が早い。この『脳霧』寄生の初期段階に現れる変化は、特定の作業をするときにだけ視力が一時的に低下したり、頭部や首筋に熱っぽさを感じて集中できなくなる等ですけれども――ストレスに起因する不安障害の一種にはそうした症状が確認されるものもあります。
ですので精神医療を掲げる当病院では、周辺に兵力が必要なのですよ」
精神病と魔物による寄生の医学的な判断が付きにくい。ということは、魔物が人間界に潜伏するのも比較的容易となるわけで。
少々聞きにくいが、尋ねるしかないか。
「……それは……精神病患者の中に、魔物が紛れ込むからでしょうか?」
病院の周囲に兵を常駐するのは、精神病患者に擬態した魔物が病院に対して内部から何らかの敵対行動をするからなのだろうか。
私の疑問に対して、相対する院長の魔法子爵はこう答える。
「逆――ですよ、ヴェレナさん。
院内に魔物が潜伏するのではなく、院外に魔物は潜伏します。
例えば魔物が似たような症状を示す特定疾病の患者連絡協議会や権利団体に紛れ込み、同疾病患者の権利向上を謳いながら、その魔物に有利に働くように動いたりですね。
あるいは、医療行為そのものに反発を抱く一部の組織や反政府組織等に与する魔物もおります。
なにせ、如何に症状は似ていようとも、魔力測定さえ出来ればほとんどの魔物は発見できますから。魔物側は手を尽くして医療の否定や機能不全を狙って動きます」
魔物に煽動された活動家による病院襲撃。
それが患者を病院から解放するという名目であろうと、あるいは逆に『患者』そのものを国から物理的に『解放』するという直接的行動であろうと、どちらの主張であっても実際に事が起これば大変なことになる。だから、院内の患者を外部から守るのに兵力が必要なのか、これ。
でも、これって対策としては正しいのかもしれないけれども、心情としては正直複雑だ。端から見れば兵を用いて患者を隔離しているように見えて、ただでさえ魔物であると心なき疑いを掛けられかねない彼らがが、不当な扱いを受ける一端となっているのではないだろうか。
というかこういう裏背景を知ると、私が魔物の『取り替え子』と一時的でも疑われていた事実がより一層重たく感じられるし、両親にどれだけの精神的な負担を一瞬で掛けさせたか罪悪感が強くなる。
人間に擬態するタイプの魔物は、魔力検査を受けると正体が看過されるので、病院に行きたがらない。その事実は知っていたが、実態は認識よりも遥かに重い。
「ああ、因みに2つ目の理由ですが、実際に襲撃を受けた際に魔力通信以外に、詳報を他の地域に素早く伝達するためです。言ってしまえば、航空兵を伝令に利用するわけですね」
そして付け加えられるようにして語られた駐屯部隊が航空兵である理由。
つまり飛行機を利用したエア・メール。それを有事の際の情報伝達手段として利用するために併設されたということ。
うーん、今日はそういう話を聞きに来たはずなのに、いまいち魔物の話のインパクトが強すぎて、何だか本命のこちらの方が副産物感がある。
そして、私のそんな若干の気落ちすらも察する魔法子爵は、こう告げる。
「おや、あくまでもこれは『魔法病院』側から見たときの航空基地の価値ですからね。このクレインエーベネの地に航空基地を立てた理由は、他にもありますよ」
*
「……これは、すごい眺めですね」
眼下に広がるは、並行に伸びる2本の長大な滑走路。更にその奥には明らかに人工的に造成されたと分かる滑走路と同じくらいの長さの細長い長方形型の不自然なため池。ため池はおそらく水上機運用のためだろうか。
更に、それらの滑走路群の奥には無数の格納庫と思しき平屋の大きな建物が軒を連ねている。
そうした滑走路を含めた飛行場の周囲には、様々な大きな建物が並んでいる。煉瓦造りの数階建ての建物もあれば、この国では最先端の建築技術であるはずのコンクリートでできているであろういくつかの棟。後は屋根が丸い建物などもいくつもある。
「煉瓦の建物には、魔法省の航空管理部が入っていますね。そこで新たな飛行機の開発をしております。
その周囲には魔法航空技術学校や、実際に飛行機を製造したり修理する魔導航空工廠もこの地域にはまとまっているのです」
……うん。確かにここまでの一大基地はどこにでもあるものではない、ということは分かるし、魔法使いの航空部門の研究と教育の学術都市と言っても良い程なのも理解できる。
でもね。
「……この場所は、どうにかならなかったのですか」
今私と魔法子爵が居る場所は、侵入者や不審者などを監視する木製の見張り塔。
そりゃあ使用用途的に見晴らしが良いのは当然である。2階建てだったはずのクレインエーベネ魔法病院を見下ろさないと見えないので、結構な高さだ。
でも、所詮見張り塔なわけで。
観光地の展望台みたいに大勢の人が入ることを想定している場所ではない。
私達2人と、今まさに周囲を警戒している監視員2人を合わせて、合計4人。
うん。ちょっとスペース的にキャパシティオーバーである。狭いって、これ。
というわけで、見張り台を降りる。
勿論見張り台には階段などという高尚なものは付いていないので、梯子で昇り降りする羽目に。
まさか、こんなところで学院の特別授業でやった梯子登攀が役に立つことになるとは。
「すみません。確かに狭いですけれども、この辺りを一望できる場所は、見張り台くらいですので。
……まあ、それはともかくとして、先ほど見ました航空基地の格納庫の見学の予約を取り付けております。早速ですがそちらに行きましょうか。
とはいえ。この広さの敷地を歩いて移動するのは些か骨が折れるので、このようなものを用意いたしました」
その言葉とともに見張り台の周辺に停まっていた車を指差す。
ああ、公用車だね。目の前のルーデザインド魔法子爵も『魔法爵位』を有していることから、この世界では特殊技能とされる運転免許を持っているのだ。
その言葉に従って、助手席に乗り込みシートベルトを締める。
「ああそうだ。座席の横にある帯革状の安全装置を付けて……いるね。
――随分と車に乗り慣れていますね」
この魔法子爵は油断も隙も無い。私の些細な行動から本当に様々なことに気が付く。
「……お父さんも運転できますからね」
私の言葉に対して、魔法子爵は微笑で返した。
その不安になるリアクションは何なんですか、もう。
「そうでした。まだ魔導航空基地の説明をしていませんでしたね。
といっても、私も受け売りにはなりますが……。
クレインエーベネ魔導航空基地は王都防空構想に基づき建造された航空基地となります」
――王都防空構想?
私が頭に疑問符を浮かんでいる姿を運転しながらどうやって幻視したのか分からないが、即座に補足を付け加えてくれる。
前回の魔王侵攻の後に、組織的な魔物の行動に危機を覚えた魔法使いや錬金術師らを中心に発起した考えのことだ。特に、魔王侵攻時に西国の1000万という空前の規模の大軍を用意していながらも魔王軍に翻弄された『諸国連合軍』を目の当たりにした国外経験組の意見を基として、王都の防衛そのものに見直しがなされたとのこと。
その中で、特に空を飛ぶ魔物に対抗する術が少ないことから、万が一魔物らが王都をダイレクトに急襲した場合に、それを察知する警戒網すら不十分であることが分かった。……とはいえ、それは致し方無い話でもある。
前回の魔王侵攻ですら、魔物は前線突破の補助と戦果拡大の追撃に飛行型魔物を運用していた。『王都急襲』という未知の戦術はそれまで想定すらされていなかったのも当然の話。だが、前回は人間側の軍人の予想を大いに超えた動きを魔王軍が見せたことで、否応なしに対応を求められることになる。
――という流れがあって生まれたのが、『王都防空構想』。
王都の北部・西部・東部に航空基地を設けて、王都へ侵入される前に早期警戒をして空から魔物を発見し、速やかに意思伝達する組織――すなわち『航空兵』の存在が求められたのである。ちなみに南部に無いのは、瘴気の森が我が国の北部にあるからで、南部に広がるのは未知の森で、そちらに備える必要はないためである。
そして、その内王都西部の防空の基幹として建設されたのが、クレインエーベネ魔導航空基地と繋がる。
「現在、クレインエーベネ魔導航空基地には、第2航空隊が所属しております。1個航空隊は4個航空中隊と地上勤務の2個整備中隊、1個警備中隊の7個中隊で編成されております。地上人員が大体600名程度、そして第2航空隊に属する航空機は40機程であると伺っております。
勿論、この航空基地には第2航空隊以外にも魔法航空技術学校の教育用の飛行隊や、航空管理部の開発中の飛行機も居りますので、この基地全体の航空機の総数でいえば……そうですね、100機はいくのかもしれませんね」
更に、その他に航空工廠では他の航空基地で運用する航空機も製造を行っているので、そうした未完成品すら含めれば更に増えるとのこと。
いやあ、100機を超える飛行機が行き来するとなれば、さぞかし壮観であろう。……楽しみになってきた。
「今日は第2航空隊の整備中の機体を見せてくれるそうです。
……いや、本日は飛行演習等は行う予定は無いとのことですので、飛行機は飛ばないですよ」
――出鼻をくじかれた。
察しが良すぎるというのも考え物だ。
*
「まあ、門外漢の医師でしかない私から話を聞いても、あまり意味はないでしょう。ここからは、整備員の方にお話は引き継ぎますね」
第2航空隊の格納庫に到着するや否や、車の中での饒舌さからは打って変わって、現地の人に案内を全てお任せするとスタンスを表明する魔法子爵。何と言うか、本当に卒がない。角が立たないように立ち回るのが上手いというか。
そして、引き継がれた案内役になっている整備員の方が、口を開く。
「……とは言いましても、先に機体を見せてしまった方が色々と手っ取り早いのかもしれませんね。
では、格納庫に早速行きましょう」
そして、あっさりと格納庫に向かい、中へ入る。
その広々としたスペースには両手では数えきれないほどの飛行機が並んでいる。
ただし、飛行機と言っても前世の空港で飛び交っていたようなジャンボジェットのような大きさは無く、小型機ばかりだ。
一番手近にあった飛行機を指差し、その用途を尋ねる。
「ああ、こちらは近距離偵察機ですね。速力と運動性能に特化した機体です」
偵察機だったか。確かに上空からの目は大事そう。
「じゃあ、こちらの大きな翼のものは?」
「それは戦略偵察機となります。航続距離を活かして遠方まで偵察可能ですよ」
確かに、偵察機と一口に言っても様々な用途・使い道があるか。そりゃあ、単一機体ですべての任務の補完はできないわな。
「じゃあ、こちらは?」
「それは戦術偵察機ですね。基本となる偵察機でこの種に区分される偵察機が一番多いですね」
……んんっ?
「……じゃあ、あれ」
「あちらは、魔石動力にも換装可能な動力可変型の偵察機ですね。性能は落ちますが、民間航空機としての需要もあります」
「……あっち」
「あれは先ほどの戦術偵察機と同種の機体ですが、民間に委託して生産したものになります。一部部品に互換性が無い困ったやつです」
「……あれ」
「……おや? あれはうちの機体ではないですね。明日飛行試験をする偵察機ですか。おそらく試験に通れば国外に輸出される商品ですな、識別の紋章が入れられてない」
……偵察機ばっかりじゃん、この航空基地!




