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私が実家に帰省したその日、お父さんとお母さんは、2人とも偶然家に居た。
1週間前には事前に魔力通信で連絡は入れていたが、父は大学教員という職業上、土日でも不定期で家を空けることがあるのでお互いに予定が噛み合ったのは僥倖と言えるだろう。
「何か話があって帰ってきたのでしょうけれども、とりあえずお茶にしましょうか、あなた。
ほら、ヴェレナは荷物を自分の部屋に置いてきなさい」
そう、私が実家にわざわざ帰ってきた理由。
「あ、お母さん!
……これ。オーヴルシュテック州の飛竜育成施設に見学に行った帰りに、お土産貰ったんだよね。
あまり長くは持たないのと、うちの寄宿舎には先輩が貰った分が置いてあるから、無駄にするのは勿体ないから持って帰ってきた」
「あら、ありがとう……これは、ベリーのコンフィチュールかしら?
それなら中々腐らないはず――って、ヴェレナ? ……あなた蓋を開けたわね」
「あ、バレた? 先輩が貰ったものと味が違うのか確かめたくてちょっとだけ。
まあ一緒だったんだけどね」
実はあの最北の州のガリンザールの地でお土産を貰っていた。
クランベリーの砂糖煮付け。……まあ見た目的にはジャムである。
それを両親にお裾分けするために、来たのである。
「……で、ヴェレナ。何が目的で帰ってきたんだ。
本当にお土産だけならわざわざ、私が居るときを見計らって帰ってくるなんて真似しないだろう」
そんなやや辛辣な言葉を投げかけるお父さん。
そりゃあ、見抜かれるとは思ったけどさ、もう少し手心というものがあってもいいのでは。
「まあ、このお土産とも関連するんだけどね。
魔法青少年学院の卒業研究課題。――ちょっと、気になったことがあって……」
*
「成程、話は分かったが……」
若干歯切れの悪い父。
私達の座るダイニングのテーブルの上には、先ほどのクランベリーのコンフィチュールが置かれている。そして席の前には小さなパンケーキのようなものが。
さらに、その小さな一口大のパンケーキにはサワークリームや小さくカットされたフルーツが乗っている。
お母さんはそれを「ブリニ・トールタ」と称していた。その上から更にコンフィチュールをかけて頂くというわけで。
私がお土産として持ち帰ってきて、瞬時にそれをメニューに組み込むのは本当に凄いと思う。
視覚的にも食べ合わせ的にも確実に美味しいだろうと思わせるそれらを口へと運ぶ。
瞬間、酸味と甘味が複雑に入り混じる。そして、それをパンケーキのような見た目をした生地がしっとりと包み込み、調和を生み出す。
しかし、パンケーキのようなふっくらとした食感ではなくむしろしっとりというか、しっかりというか、パンのように噛み応えがある。
それが噛むごとに、味に深みを持たせて影ながら、でも確実に、このデザートの主役が一体どれなのかを味覚に明確に指し示す。
「えっと……、それで……。何だっけ、お父さん」
「……その食べてるときに意識を全部持っていく癖は、どうにかならんのか」
うう、美味しいもの食べているときはしょうがないじゃんか……。
*
「――ヴェレナ。
『クレインエーベネ』という場所のこと、覚えているか?」
『クレインエーベネ』。全く聞き覚えが無いわけではないけれども、いまいち思い出せない。場所、とお父さんが言っていることだから、地名なのだろうが。
それこそ、今までに色々な場所には行ったからね。地名だけ言われてすぐにパっと出る程に最適化はされていない。
私が自分の記憶と格闘している様を見てか、お父さんが更なる助言をする。
「では、『クレインエーベネ魔法病院』。この名ならどうだ」
ああっ! 魔法病院の名前か!
それなら忘れる訳もない。私が転生してきた次の日に『魔力検査』を含めた様々な健康診断のような検査を受けた場所だ。
あのときは、椅子から転げ落ちたくらいで全身検査とか大げさな、と思っていたが、その後に私がヴェレナではなくなっていることがバレていて、取り替え子のような魔物ではないことを確かめるために魔力を測るのが真の目的であったと明かされていた。
「転生直後、魔力検査を受けた病院……だね?」
確認のつもりで尋ねる。両親には既に幼少期の時点で転生者であることはバレている。
「その通り。そして、そのクレインエーベネの地には魔導航空基地が存在する、魔法使いの一大拠点でもあるのだ。
ヴェレナも調べてはいるはずだろうが、王都の民間飛行場たるプティドルフ飛行場が出来る以前は、王都の航空輸送の中核を担っていたのは魔法使いの保有する『軍用』の航空基地であった。
その内の主要な1つ、というわけだ」
確かに民間空港が出来る以前は軍民共用の航空基地を利用していた、という話はクレティ辺りから聞いていた。というか、そもそも飛竜育成施設に行くために乗り継いだ空港はそれこそ軍事基地だったし。
「……魔法使いの一大拠点?」
「基本的には航空関連だが、航空機の製造から技術開発、それに類する専門教育を受けられる魔法学校なども存在する。後は病院もあるが……」
聞くところによれば、相当大きな敷地に様々な魔法使いの施設があるとのこと。
確か、この家から車を使ってそこそこ時間かかったよな。帰りの路面列車でも乗換数回あったし。王都から見て大分郊外にあった記憶はある。だから、そういった豪快な土地利用ができるのかな。
でも……それなら。
私が飛竜の育成施設に赴いて、新たに出てきた疑問も解消できるのかもしれない。
飛竜の運用に対して、軍用飛行機の違い。
魔物側の航空戦力が充実している一方で、こちらの対抗馬は驚くほどに少ない。
こういうときこそ、初志貫徹。私が飛竜育成施設を見学しに行ったのは、『空のこと』。それが気になったからで、飛竜だけ知って終わりにするわけにはいかない。
ということで、お父さんに相談するために帰省したのであった。
そして、その手掛かりをお父さんは持っていた。
「ひとまず。あのときヴェレナを診察したルーデザインド魔法子爵へ話は通しておこう。そこからはヴェレナ、君の仕事だよ」
*
路面列車を何度か乗り継いで、クレインエーベネ魔法病院前の停留所で下車した。
件の魔法子爵とは、院内のレストランで待ち合わせる手筈となっている。
魔法病院の受付を素通りして、階段を使って2階へ上がり突き当りへと進む。
そこには、実に9年前に訪れたときの記憶とほとんど変わらないログハウスのような木の温かみを感じる異空間が広がっていた。
ログハウスと言えば、ラルゴフィーラの旅行の際に泊まった教会の宿泊施設がそんな感じだった。
店員さんにルーデザインド魔法子爵と待ち合わせをしている旨を伝えると、窓際の席へと案内してくれる。どうやら話は既に通っているようだ。
でも口頭で伝えただけなのに、すんなり信じてくれるものだね。……魔法青少年学院の制服を着ているからなのかな。これ、一応魔法使いの正装でもあるみたいだし。
案内された席に行くと既に先客がいた。あれがルーデザインド魔法子爵? 流石に9年前に一度会ったきりだから、顔も風貌も全く覚えていない。
更に判断に悩む要因として、その席に居る男性は白衣を身に着けていないから医師であるのかすらも見た目からだと分からないのである。
とはいえ、話しかけないことには本人確認が出来ないので、恐る恐る声をかける。
「あの……魔法青少年学院2年の、ヴェレナ・フリサスフィスです。
失礼ですが、イヴォ・ルーデザインド魔法子爵でしょうか?」
「お久しぶりですね。フリサスフィス魔法伯爵の娘さんのヴェレナさんですよね、お話は魔法伯爵殿より伺っております。……とりあえず、そちらに腰かけて下さい」
「あっ、すみません」
そう言われた私は、右手で椅子を引き、席に座る。
「右利き……なのですね」
「……っ、ええ。まあ……両親に矯正されましたので」
――本当に久しぶりに利き手の指摘を受けた。
転生前のヴェレナが左利きであったことは、お母さんから聞き及んでいる。となると、このルーデザインド魔法子爵とは、私が転生する以前にあったことがあるのだろうか。
私が警戒心とともに思考の海に投身しようとすると、それをやんわりと目の前の男性は止める。
「いえ、すみません。これは職業病ですね。警戒させてしまいましたか。
以前総合検査を当院で受けた際に事前に診療記録を他の病院から照会したのですが、そちらには左利きであることを示唆する記録がありましたので。
9年前より、ずっと疑問に思っていたのですよ」
……左利きの情報はカルテに残っていたか。となると、幼少期に両親と口裏合わせした『利き手の矯正』という誤魔化しは、親族以外にも必要な措置であったと。
そして。問題は、この魔法子爵が何故9年も昔の一患者にしか過ぎない私のことについてここまで興味を持っているのか。
うーん、手がかりが無さすぎる。
ちょっと航空機どころじゃなくなってきたぞ。まずは、この御人の追及を上手く躱さないと。
とりあえず、父と連絡を取り合うくらいの仲ではあるんだよね。今回の場をセッティングして貰ったのもその繋がりだし、翻ってみれば幼少期に検診を受けたのもそれ関連だと考えられる。
「あの……、もしかして父から何かしら伺っていたりします?」
「ええ、ですがそこまで多くのことは伺っておりませんよ。この『クレインエーベネ魔法病院』の周辺の航空基地や航空工廠の説明と案内をして欲しい、という程度ですか……あら、求めていた回答はこれでは無かったようですね」
――何か違和感があると思ったら、この人。話が早すぎるんだ。
洞察力が尋常ではないほどに優れている。故に、様々なことに気付く。
「では、こちらですかね。
フリサスフィス魔法伯爵がスタンアミナス大学の特任教授に就任した折に、私は兵部より転部致しまして、現在の衛生部……まあ簡単に言えばお医者さんの資格を取りました――『学閥』の関係者ですよ?」
……ほら。こちらが気にしていた回答をすぐに用意するこの周到さ。
しかも、左遷とはいえ、大学教員という道をご丁寧に用意されたお父さんとは異なり、この人は自分で身を引いて魔法使いでありながら医師という立場を得る程に……狡猾なのだ。
「えっと……衛生部と言いますと……」
「魔法使い直属……と言いますか、魔法使いで構成された医療組織になりますね」
『魔法病院』と言うくらいだから薄々察していたが、概念的には軍医に近いのではなかろうか。平時だから通常の病院として機能しているというだけで。
そして先は聞き流したが、兵部からの転部。
兵部や衛生部と聞きなれない単語が出てきたが、これは例えば私の監視員をやっているオードバガール魔法準男爵が所属している『魔法省整備局保安調査部』のような省庁の組織とはまた別の概念なのではないだろうか。
例えば、お父さんは特任教授であるが、魔法使い内でも幽霊部隊の指揮官――すなわち、第11魔法師団長という肩書きも有していた。
極めて複雑な話だが、つまり魔法使いという国家公務員職は省庁のような官公庁勤務の『職業』的な肩書きと、魔法爵位から任命される部隊指揮官という『役職』的な肩書きの2つがあるのでは。
だから、お父さんの左遷の例でいえば、職業であった魔法幕僚本部第一局は解任されているが、魔法爵位は据え置きで、その爵位の権威を損なわないためにわざわざ幽霊師団が用意されている、という解釈が可能となる。
と、ここまで考えて話を戻す。
つまり兵部やら衛生部の『部』という概念は、魔法爵位の側で任命される『役職』の区分を指し示しているのではなかろうか。まあ、そうするとこの複雑な魔法使いという組織について、一応の一貫性が生まれるってだけなんだけど。
もしそれであれば、元々は兵部であった眼前のルーデザインド魔法子爵は、軍事指揮官としての『役職』を有していたわけになる。
……ん? 『魔法子爵』?
お父さんが魔法伯爵で、肩書きだけで言えば師団……つまり万の軍勢の指揮官格を有していた。その1つ下の爵位で軍医……ってことは。
そこまで来ると否応なく気が付いてしまう。そして、私が何かに気が付いたことすらも魔法子爵は察するのである。
「改めて、自己紹介しましょうか。
私は、イヴォ・ルーデザインド。魔法子爵であり、当『クレインエーベネ魔法病院』の院長を務めております」
ほらっ! 案の定の超大物じゃないか!
そりゃ、私に興味を持つわけだよ……。そんな人に健康診断頼んだようなものでしょこれ。
「……もしかして9年前に診断したときから院長でしたか?」
「いえ、あの時は当院に4名居る副院長でした。
ですが、別に院長・副院長だからと言って一般診察を全くしないことはありませんからね。……まあ、流石に総合検査のご予約は通常であればお断りしていますが」
やっぱり、特別扱いはされていたのか。
そりゃあ多少勘繰られもするわ。
ここまで至れば、ということで個人的に気になっていたことをついでで聞く。
「ちなみに、ルーデザインド魔法子爵の専門分野は?」
「私ですか? 一応、心療内科を専門に診ております」
あー……何だかそれは納得した。
そりゃあ、その洞察力と人間観察能力があれば、医師としてやっていけますよね。




