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王都・ガルフィンガング南部のプティドルフから飛行機に乗ること2回、ついに飛竜育成施設に到着した。
その施設の正式名称は、『飛竜補充部ガリンザール支部』。見渡す限り草原あるいは、木々。あるいは遠くに山々。もしくは溶けかけた雪。
人工物の類がほとんどないのである。
僅かに人の手が入っていると分かるものは3つ。赤いトタン屋根がチャームポイントのログハウス風の建屋群。
そして、無造作にコンクリートで舗装された飛行機離発着用の滑走路。まあ土地はいくらでも空いているからねえ。
そして最後に線路。陸上交通はもしかしてこの線路途切れたら相当まずかったり?
「あのー……ここから最寄りの集落ってどこにあるのですか?」
その質問に、支部長のフォルチャー・ウルリッヒ魔法男爵が答える。
「鉄道で行けば10分ほどだが、歩いたら2時間はかかるはずだよ。
ほら、こちら側の草原をよく見ると踏み固められている草があるだろう?
この道なりに進んでいけば良い」
線路から少し離れたところに並行するように、踏み固められて所々土が露出している獣道のような場所があるが、これがこの場所唯一の『幹線道路』となるわけで。
そんな地の果てまで伸びる線路と『幹線道路』を見つめながらビルギット先輩が問う。
「この先の集落には何があるのかしら?」
「小学校、診療所、郵便局、教会と一応揃ってはいるよ。
個人商店や飲食店の類もあるし、集落外からやってきた人を泊める宿屋などもあるのさ」
最低限の行政サービスは整っており、そこに人が集まって町としての機能はあるってことなのかな。
……と、ここで思い出したのが私の実家があるヘルバウィリダーの郵便局は森の民統一前まで『冒険者ギルド』であったこと。
もし、それがこのガリンザールの地でも適用されるのであれば、その集落自体は少なくとも50年近く昔から存在することになる。
「――この辺りで、主産業になるものってあるのでしょうか?」
「野生動物の類は森の中に居りますから、毛皮などを取って生計を立てている猟師の方が多いらしいですよ。何分私も赴任してから、この地について知ったので伝聞にはなりますが」
そうなれば、冒険者ギルド時代は害獣駆除とかを行っていたのかな。
そんなウルリッヒ支部長の言を受けて、ビルギット先輩が質問を重ねる。
「ちなみに、飛竜施設がこの地に作られたのは何時頃で?」
「ああ、それは20年程昔ですね。だから施設の老朽化も問題になっていて……」
20年前となると、前回の魔王侵攻があった後くらいの出来事か。
そういえばお父さんが今の特任教授の職に左遷されたタイミングもその辺りだったよね。旧来の魔法使いが、魔王侵攻後の軍縮にかこつけて学閥を牽制しつつも、学閥の完全な解体には至れなかったという。
ただ、その際に人事ポストそのものは増えている。……その話の流れで作られた施設なのか、ここ?
一応、魔法使い内部の派閥争いという政治的な部分では説明が付くけれども。こんな辺境の施設の長になったところで、それはそれで左遷人事として捉えられかねないけれど。
となると政治的な意図の他にも、飛竜施設を作る意図があったはず。
「あ……。もしかして前回の魔王侵攻で、飛竜を用いた戦闘が見直された、とかですかね?
それで、当時の飛竜の数では足りなくなって慌てて育成施設の数を増やしたとか?」
「やっぱり、中央の生徒さんは優秀なようですなあ。
空の世界には魔物が仰山居りますが、あの魔王侵攻では別格であったと伺っております。
特に、我が国の遥か西方――勇者の国や賢者の国といった所謂諸国連合軍ですな、そちらに駐在していて魔王侵攻を迎え、観戦武官として西方戦線を目の当たりにした者らの意見が決定打になったらしいですよ」
あ、そうか。魔王侵攻はいきなり訪れると、外国に公務で駐在している人らは状況次第では帰国できなくなるのか。そうすると、我が国の中にも桁違いの1000万という空前の大軍を集めた諸国連合軍のことも、それらに相対し、いくつかの国家を壊滅状態に追い込んだ魔王軍主力を見てしまっている。
それを体感として知ってしまった彼らが、25万の軍隊を徴兵するのにも四苦八苦する森の民が軍縮やら魔法使い内での派閥争いに終始している姿を見ればどう思うのだろうか。
危機感の乖離。いや、まだ魔法使いの内部はそのような生の声が得られるからいいのかもしれない。
この国にとっては、その25万ですらも相当に無理を重ねて吐き出した数なのであり、維持が出来ないのだ。だから軍縮は急務であり必須であった。
そこで兵員は削ったが、人事ポストは戦前から増やすという苦肉の対応策を行い、その一環で拡大したのが飛竜施設というわけか。
そして、支部長の言葉にはもう1つ気になる点がある。
「空を飛ぶ魔物って、ドラゴンとかと言うことですか?」
空の世界には魔物が沢山存在する、ということ。創作上の話ではあるけれども『ノスタルジッククロック』でドラゴン……あっ、飛竜の進化前形態にドラゴンが居るって言ってたな。そして兵棋演習の特別教育にて出てきた鳥やら蝙蝠やらの形をした魔獣。
それくらいしか知らない。
「ドラゴンとは大きく出ましたなあ。
流石にドラゴンに対しては飛竜では対処できませんね。どうしても倒す必要があるとなれば、この土地のような大平原で、固定砲台やら錬金術師らの使う拠点兵器を引っ張り出して何とか勝負になるといったくらいでしょうか。
古の勇者らであれば倒したという話もちらほらございますがねえ。
……とはいえ。ドラゴンが自身の縄張りから出てくることなど聞いたことがないですね」
この反応だと、今でもこの世界のどこかにはドラゴンが生息しているっぽいな。でも、縄張りから出てこないから魔王侵攻のときでも彼らが攻めてくるわけではない、と。
「魔王侵攻で飛竜が相対する魔物と言えば……、魔獣の他に、ハーピーやグリフォン辺りでしょうか」
「そうですね。どちらも古い時代の魔王侵攻時から確認できる種ですが、戦闘体系が変化しております。
前回の魔王侵攻の際の、資料を一部展示しておりますのでそちらも見てみます?
飛竜と魔物の戦闘記録もそちらに多少ありますので」
そして指さされた赤トタン屋根のログハウス群のうち最も左側にある建物。
近づいてみると、そこはどうやらこの支部の事務所のようで、来客応対などもここでしている模様。……こんな僻地に来客なんて早々来ないと支部長は自虐していたが。
まあ、軍施設だから観光客なんかも来ないだろうに。それでも資料室として整備した一室はあるようで。
その資料室に入ると、まず真っ先に目に入るのは大型のパネルに展示されている写真の数々。
ちらりと入口すぐ近くの写真を見ると、そこには一匹の腕のある飛竜の姿があり、そのすぐ隣に書かれている解説文を読めば、この育成施設が出来て最初に入ってきた飛竜のうちの一匹とのこと。
私がその写真を眺めているのに気付いた支部長はこう告げる。
「私が着任したのは、ここ数年なので立ち上げの時期のことは詳しくは知らないが……最初は5頭の飛竜を他の施設から受け入れて育成していたと聞いているよ」
「今では何頭飼育しているのですか?」
「確か――今は314頭だったかな。出入りが激しいから時期によって多少前後するけれども大体300頭は居るよ。
あっ……そうそう。その内の3頭は、立ち上げ時に受け入れた個体だよ」
先輩が飼育頭数について尋ねると、答えが返ってくる。
300頭も居るのかここに。建屋の数的にほぼ放し飼いだなこりゃ。全頭入るだけの建物は無かった。そう考えると、魔法青少年学院にて厩舎で飼われている飛竜は随分と窮屈な思いをしているのかもね。分からんけど。
そして、このガリンザール支部が出来たのは20年程昔って言っていたよな。そうすると、その20年ずっとここで暮らしている飛竜も居るってことか。
と、ここに至り根本的な疑問に至る。
「あの……飛竜の寿命ってどれくらいなのでしょうか?」
「個体差はあるが、概ね30年といったところかな。
ただ、人間よりも大人になるのは大分早く、2年程度で大人の飛竜となる。
人間の寿命を60年と考えれば、人間年齢換算で4歳で大人扱いなんだ。早熟であることが分かるだろう」
成長速度を考えると寿命は長く感じる。というか2年で大人になるのか。ドラゴンからの系統進化である脚腕種は分からないけれども、脚翼種の方は恐竜や鳥を祖先に持つのだったよね。となるとこちらは卵から産まれるだろうによくそれだけの成長スピードを有しているわ。
そして資料の写真を1つ1つ眺めていくと、戦場での写真もちらほらと増えてくる。うわ、これなんか後ろで何かが燃えてるよ。
「それはハーピーの被害に遭った補給基地ですね。
我々の戦力でハーピーの機動力に太刀打ちできるのはそれこそ飛竜兵くらいですので」
詳しく話を聞いてみれば、ハーピーは攻撃能力よりも運動性能に特化した魔物で、飛竜に匹敵する程の速度を誇りつつ、小回りや飛行時の方向転換など、応用性では飛竜では太刀打ちできない存在である。
その圧倒的な機動力は脅威だが、反面魔物にしてみると防御力はやや薄く、対空砲は勿論のこと、携行武器である機関銃タイプの魔法銃で対処ができる……ただし当てることができれば。
前回の魔王侵攻では、ハーピーは後方に浸透し、奇襲や夜襲を駆使して兵站に打撃を与える戦術を取ってきていたらしい。
ちなみにビルギット先輩の言っていたグリフォンは、四足歩行で身体ががっしりとしているため、他の空を飛ぶ魔物と比較しても割合防御力が高い。
そして鉤爪やくちばしといった強力な攻撃の術を持っていて隙が無い。また空を飛ばずに地上を走って突進してくることもある。なので、グリフォンはハーピーのような後方攪乱ではなく、正面戦力として魔王軍で運用されていたようである。
このように種族特性を活かして多彩な任務を与えてくるようになったのが、前回の魔王侵攻なのである。有力な指揮官でも誕生したのか、魔王軍の中で戦闘に関する考え方が変わったのか、あるいは人類サイドの戦術変化に対応してきたのか。
またこうした飛行系の魔物は、空を飛べるだけではなく陸上でも普通に活動できるところが怖い。まあ飛竜もそれは条件は同じではあるんだけれども、飛行機とは比べ物にならない程、汎用性が高い。
――ふと、事務所の中にチャイムが鳴り響く。
「……このチャイムは?」
「ああ、これは飛竜のお昼ご飯の時間ですね。
見に行きましょうか」
その支部長の言葉に従って、資料室裏の勝手口から屋外へと再度出る。
瞬間、外の外気の冷たさを感じ、マントが風にあおられる。
「ご飯って何を与えているのですか? ……というか飛竜って何を食べるのです?」
「基本雑食なので、お肉も草でも何でも食べますよ。
一応うちの支部では朝・昼・夜の3食にはルーサンを与えておりますが、草原の草を摘まんだり、森に入って小動物を狩っている飛竜も居てまちまちです。
病気になったりしない限りは、そこまで厳密に栄養管理しているわけではないので」
その支部長の返答の思いがけない部分に反応するのはビルギット先輩。
「ルーサン……アルファルファですよね。
馬の飼料でも使っておりますが、飛竜もなのですか」
そして、他の職員によってお昼ご飯を与えている現場に行くと、数人の職員に群がる何十頭もの飛竜の姿、圧巻である。私のすぐ隣に居る先輩は、むしろ飼料の方を見ていて「やっぱり、アルファルファだ……」って呟いているし、私から見たらどう見ても草にしか見えないんだけど、ぱっと見ただけで分かるものなのか。
群がる飛竜の中には飛び回りながら、飼料をこぼしながら食べているちょっとお行儀の悪い個体も居て、思わず苦笑い。
飛び回る飛竜を見る私の姿を見て、先輩もその個体に目を移し独り言のように呟く。
「――そういえば、飛竜って空を飛ぶ生き物の割には身体つきががっちりしているというか、重そうなのですよね。
確かに翼は大きいけれど、よくあんな巨体で空を飛べますね」
その疑問に支部長は答える。
「確かに飛竜の体重は家庭用の冷蔵装置くらいありますね。他の空を飛ぶ生き物である鳥類や猛禽類などと比較してもかなり重たいです。
だから空を飛んでいるとき、常時自分の体内魔力を使って飛行制御していますよ。
飛竜の有する魔力は一般的な人の1000倍と一説には言われていますし」
成程、魔力を使って飛んでいるのか。
……ってことは、飛竜には魔力の枯渇が飛行限界となるわけね。
そして身体が重いのを補助するために魔力を使って空を飛ぶということは、飛竜に何かを載せて運ぼうとすればするほど飛行距離は縮み、飛竜の魔力消費は増大することに。
ああ、だからこれに繋がるのか。
自分の体内魔力が必要な一部の技能職。
それに魔力航空機のパイロットと、飛竜に騎乗して戦う『飛竜兵』が含まれることに。




