6-5
「――やっと着いた。飛行機乗っていただけなのにどっと疲れた……って、めっちゃ寒いっ!」
空の旅を終え、湖に着水した私達の乗っている飛行機。
我が国最北のオーヴルシュテック州の州都・ドローディタースの郊外にあるタールクヴェレ湖。どうやら観光地としても有名らしいこの湖の近くには、一応飛行場があるとのことで。でも私たちが乗ってきた飛行機は『水上機』であり、車輪などは付いていないのでおそらく滑走路は使えないと思う。だからこそ、湖に降り立ったのだと考えているけれども。
そして、春先であるにも関わらず、吹き付ける風の冷たさ。そして単純に気温が王都の真冬並みに低い!
何より奥に見える山々が白くお化粧されているのはまだ分かるんだけど、この湖の畔の道路の脇には雪が人の腰くらいまで積み上げられている。雪かきをした形跡があるのだ。
春なのも関わらず、相当雪残ってんな。どんだけ寒いんだここ。
まあ、この湖自体が標高の高い場所にある可能性はあるけれどもね。
今着ている魔法青少年学院制服――赤紫色の軍服ワンピース、そして紺のタイツに黒い長ブーツといった出で立ちは、確かに防寒の面では優れているのだけれども、暖房の聞いていた飛行機から寒空の下に出されたとなれば、寒さを感じてしまうのは致し方のないことである。
でもこの制服は、魔法使いとしての正装も兼ねているため、更なる防寒用装備が実はある。式典とかでもあまり着る機会は多くは無いらしいのだけれども、専用の外套があるのだ。
その『外套』を肩にかけて、更にその上から金糸でできたエポーレットをボタンにかける。すると肩から膝あたりまですっぽりと布で覆われる。……うん。外套ってマントのことなんだ。しかもこのマント。外側は黒色なんだけど、内布は赤色で目立つこと。
吹き付ける冷たい風が当たってマントが打ち靡くのはご愛敬ということで。
そして飛行機の中では外していた黒紫の制帽と、黒革の長手袋を身に着けて完全装備。一応外気からくる寒さは小康状態に落ち着いた。
その完全装備の代償として、コスプレ感は更に増大したが。
*
飛行機から降りて歩くこと幾許か。湖の畔の道路に停まっていた路面列車に飛行機に乗っていた添乗員と他の乗客の人らと共に乗り込み、近くにあるという飛行場へと向かう。
その車内で、ビルギット先輩が私に話しかけてくる。
「大分お疲れのようですね、ヴェレナさん。
寒さと……飛行機どっちでやられました? もしかしてどちらもですかね」
「確かに……この寒さには少々面喰いました。防寒は万全にしてきたつもりでしたけど、春先にここまで冷えるとは思っていなかったので……ですが」
まあ、寒さに関しては再三我が国最北の州という話は出ていたので、予想以上の寒さではあるもののまだ覚悟していた面はある。
この疲れの問題はやっぱり飛行機だ。
まず水上機。外から見ると飛行機の胴体部分が船のように水に浸かっている。離陸ならぬ離水のときには、然程気にならなかったが、着水の時の衝撃が割とダイレクトに座席まで伝播される。割とガチで怖かった。
そして、小型機であるということ。そのせいで、気圧や気象現象の影響をしっかりと受ける。
一度、弱い気流の乱れに突っ込むという添乗員の方の口頭伝達があり、シートベルトのような安全装置を今一度付けるようにと言われた、その直後に大きな揺れを感じたり、割と心休まらないフライトであったのである。
最後に、プロペラ機……というか、飛行機の技術が黎明期でまだ前世世界程に熟達していないからなのかな。乗っている間、プロペラの回る音がずっと騒がしくうるさいのだ。
だから飛行時間中はうるさくて先輩と会話することもままならず、かといって寝ることもできず、ただ手持無沙汰で居た。最終的に暇そうにしていた私の姿に気が付いた先輩のお付きの人から本を貸してもらった。屋敷から出られない少女に対して、吟遊詩人の青年が様々な国のおとぎ話や体験談を話すというお話。
ちなみに、どこかで読んだことのある内容だなと思って借りた本の名前を見てみたら『ノスタルジック・クロック』だった。
あー……、幼少期に見た演劇。確かに書籍化されてるって話はあった気がしないでもないけれども、まさか10年越しにまた出会うこととなるとは。
一応、退屈しのぎはそれで出来たけれども、離水後に緊張感が解けて、騒音からの解放感でどっと疲れが出た。
「……何故、水上機だったのでしょうか」
「あら? 王都のプティドルフ飛行場には滑走路が1つしかないじゃない。
滑走路をおいそれと増やすのには時間もお金もかかりますもの。その点水上機であれば、条件に合う水辺さえあればいいのですから」
あー……成程。確かに王都の飛行場の待合室で滑走路を眺めていたら、ひっきりなしに飛行機が飛んできていた。航空旅客需要の増加に飛行場のキャパシティが対応できていないのか。
というか、確か完全に民間向けに飛行機飛ばしている場所って王都だけだったような。他は軍事目的の航空基地を間借りして飛ばしているとか何とか。
「そういえば、プティドルフは民間飛行場でしたね。
あれ? ドローディタースの飛行場というのは?」
「魔法使いの軍事航空基地ですよ。だから民間航路で繋ぐ王都との連絡線は、航空基地から離れた湖を使う……水上機というわけですね。
……というかプティドルフの方は、正確には国営の民間飛行機用の飛行場ですよ。まあ大した違いはありませんが」
そりゃあ秘匿したい技術とか情報のある軍事基地への民間人の立ち入りはなるべく制限したいよなあ。まあ、手ごろな水辺が周辺にあったからこそ水上機運用なんだろうけれども。
そして、この国の最北の州という立地。これは対瘴気の森の最前線であり、軍の出動はおそらく他の州と比較しても多いことだろう。
その州都の航空基地。そりゃあ、戦略的にも中核的な施設であるから民間飛行機は水上機でという発想は分からなくもない。
「成程。だから湖と航空基地をこうして専用の路面列車で繋いでいるわけですね。
……それで、飛竜の育成施設というのはこれから行く航空基地からそう遠くないのですか?」
そんな私の場繋ぎの質問に対して、ビルギット先輩が答える。
「……何言っているの? 州都のような都市部の周辺にあるわけないじゃない。
飛竜の飼育には本来開けた土地が必要なのですから。
育成施設はオーヴルシュテック州中央部のガリンザールという場所にあります。
今度は軍事基地同士の移動で、私達は魔法青少年学院の生徒ということで、一応魔法使い関係者ですので、魔法使い所有の輸送機での移動になりますね」
あれ? もう1回飛行機乗るんですか……。
*
「ようこそ。ドローディタース航空基地へ。
私は、今回君たち2人を案内することになった、飛竜補充部ガリンザール支部長のフォルチャー・ウルリッヒ……魔法男爵だ。
こちらの2人は、我々が乗る輸送機の操縦士と副操縦士だ。一応挨拶をさせてくれ」
路面列車に乗り航空基地までたどり着くと、私達のことを待っている方が居た。
私達はウルリッヒ魔法男爵の話を伺うと一礼し、歓迎の意への謝辞を見せパイロットの方々の挨拶を待つ。
「――はっ! 四〇式輸送機操縦士のミロ・ベラードです!」
「同じく同機副操縦士のベレンガー・シグダグと申します!」
そうして挨拶した2人の男性は学校に通っていれば大学生くらいと言ったところか、でもパイロットをしているということもあり、巷のそれくらいの年齢の人らよりも筋肉質であることが、厚着の上からでも何となく分かる。
彼らのが年上なのにも関わらず、私達に対してかなり畏まった態度なのは何故なのだろう。
「……あの先輩。今回の飛竜施設の見学って、どうやってアポ取ったのです?」
ウルリッヒ魔法男爵とパイロット2人の後に続いて輸送機へと向かう途中、小声でビルギット先輩にそう尋ねた。
「ああ、飛竜の見学の予約を取ろうと寄宿舎で目星を付けていたときに、偶然オーディリアが通りがかったから、試しにどう予約しようかと話してみたら『ちょっと話通しておきますね』と言われて、それから何日か経ったらオーディリアに好きなとこ言えば、そこの見学予約が取れるようにされていたわ。
実家関係の伝手では馬はともかく飛竜は厳しかったから助かったけれどもね」
そういえばビルギット先輩の実家ことウィグバーグ家は実家で馬飼っていたから馬関連ならコネで何とかなるのか。
それと何してるんだ、オーディリア先輩。片手間にさらりとやってのけているけれど、明らかにとんでもないことしてる。
というか誰に話通したんだ。魔法使いで先輩と関係ある人って……あ。
「あのー……、ウルリッヒ魔法男爵? 1つお伺いしたいことがあるのですが、高々学生の見学に支部長ともあろう方が直々にご案内するというのは……どこからお願いされました?」
「ふむ。確かに王都の魔法青少年学院と共に魔法省の保安調査部と総務局文書課の連名で来ていた故に、大ごとだと思って私が出てきたが、逆に委縮させてしまったようかな、すまないね。
でも、ガリンザール支部と仰々しい名前は付いているけれど、正規の魔法使いの職員は13人だけだから大したことはないさ」
おっと、気を遣わせてしまったようだ。そんなつもりがないと謝り頭を下げながら、考える。
――魔法省保安調査部。そして、オーディリア先輩の面識のある人。
この条件に合致する人って、私の監視役であるオードバガール魔法準男爵だよな。オーディリア先輩もうそのコネクションを私のことを抜きで活用できるほど関係性を築いていたのか。
でも、そうなるとこの待遇もある意味では納得か。中央の省庁から直接命令が下ったとなれば上役が出てくるのも仕方ないのかも。
それとパイロットの方のやけに畏まった態度であるが、これは彼らが魔法爵位を名乗っていなかったことが全てを示している。
つまり彼らは、平時の志願兵制で応募してきた一般兵なのだ。だからこそ中央の魔法系の学院で教育を受けている私達は、将来の上官に見えるわけで。まあ実際高校課程の魔法爵育成学院を卒業する5年後には確かに魔法爵位を得て、兵を指揮する立場になるのは間違いないからなあ。自分が逆の立場なら同じように年下とは言え、畏まって話すと思うし、こればかりは仕方のないことなのかも。
ただ。魔法使いのパイロットという点に着目すると、話は少し変わる。魔法の発動体系が絡む話ではあるが、魔法使いは自分の体内魔力を活用することで魔法を運用する。そして、航空機の動力は魔力なのである。
すなわち、魔法使いの運用する航空機がどれだけ飛ぶのかは、操縦士の魔力量に依存するわけで。この世界では例外的に、先天的に有している魔力量の多寡がダイレクトに直結する職業なのである。
まあ、民間や錬金術師の運用する航空機は魔石動力なのだけれどね。
つまり、魔法使いのパイロットというただ、それだけである意味選ばれた存在であり、特別な存在であるともいえる。
そして完全に個人の魔力に依存する飛行機のため、その危険性を認識して乗ることを認めたことを示す同意書に署名した。自分の魔力で命を預かることになるからパイロット2人が畏まっているのもそれはそれで道理なのかもしれない。
そして、四〇式輸送機とやらに案内してもらうと、機体後部がぱっくりと空いており、そこから乗り込むとのことで。ただ何度も飛行場で見た民間機よりも大きく、前世世界のジャンボジェット機のようなサイズ感はある。まあプロペラ機だけどね。
中はちょっとした倉庫のような空間があり、そこそこ荷物が積み込まれていて、端の方にちょこんと補助席のように如何にも後付けしましたといった趣きの座席が私達と魔法男爵の分取り付けられていた。
「あの……この荷物はなんですか」
「軍機につきお答えできません」
そんな不毛なやり取りをしつつ、私達が乗り込み、シートベルトを締めると、滑走路へと向かうのである。
*
――青い空。
永遠に広がるかのように見える緑の草原。
そして、その草原にところどころ残る、溶けかけた雪と、流れる雪解け水。
春の訪れを感じさせる風景と、まだまだ冷たい風。
そんな雄大な自然の一幕。
確かに、其処に『彼ら』は居た。
草原を高速で疾走するもの。その草原の草を喰らう個体も居れば、森からどこからともなく現れる口に森の恵みを咥えた個体。
その翼を活かして空を飛び回ったかと思えば、森の木々の間を器用に足で蹴りながら木々を飛び移るようにして飛行する個体も居る。
――私にとって、あまりに異質な空間。
それが、飛竜の育成施設であった。




