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ビルギット先輩から飛竜の育成施設の見学に一緒に来ないか、と誘われた。
何だか、去年行った森の民・西部の国際都市であるラルゴフィーラへの旅行を想起する。
だが、今回は旅行ではなくあくまでも学習の一環。
我が国最北の州まで行くが、長期休暇などに行くのではなく普通の週末に1泊2日で往復するという過密日程だ。
……特別教育が土曜日午前にはあるのだけれども、それは『やむを得ぬ事情』ということで、欠席しても問題はない。当然、外泊届やら見学するために必要な書類を全て届出が完了すればの話だが。
そして、ビルギット先輩が立案し、自分で計画を立てた本来1人で行く――勿論先輩の実家であるウィグバーグ家から派遣される傍系のお付きの人は居るだろうが――その予定だったところに私は割り込む形となる。
そして先輩方の研究内容はてんでバラバラなので、今回誘われたオーヴルシュテック州の飛竜施設へはビルギット先輩だけしか行かない。
そんなわけで、一応泊りがけになるのでまずは両親へ魔力通信装置で一報を入れる。
数時間後には返信が来ており、端的に言ってしまえば「行きたければ行ってこい」というメッセージ。暗に前のラルゴフィーラ旅行時にビルギット先輩のお付きの人が潜んでくれていたおかげで、あの公使不審死事件のいざこざに大きく巻き込まれることもなく無事に帰ってきた実績がある。正規の軍人でかつ諜報員であるオードバガール魔法準男爵に対して、その動きに対応していたのだから信頼をしているという側面はあるのだろう。
そうした両親の返事を受け取ってから、改めてビルギット先輩にご迷惑にならないか伺ってみれば、
「ヴェレナさんが迷惑になると、本当に思っていればそもそも誘わないですよ」
とのこと。まあ、ごもっともで。
それと、先輩は出発日前日の金曜日の放課後にある特別教育が終わったら、準備のため一時的に実家に帰省してから当日にお付きの人と一緒に現地へと向かう手筈になっていたとのこと。
私は、今回は別に帰省する予定は無い。……というか突然決まったことなので、外泊届を連続で出すのが面倒でかつ憚れたからだ。
なので、前日は私は寄宿舎、ビルギット先輩は実家に行ってしまっているので、当日に集合場所を決めておきたいと言われた。
一番確実性があるのは、この魔法青少年学院の敷地内なんだろうけども、先輩の家からだと遠回りになるとのこと。
じゃあ、どこなら良いのかと尋ねると、返ってきた答えが次の通りである。
「そうね……。『プティドルフ運動公園』で分かりますか?
ほら、あの遊泳施設のある……」
どこかで聞いたことが……というレベルの場所であったが、レジャー施設であれば最悪お母さんかルシア辺りに魔力通信で聞けば何とかなるだろうと、そのまま承諾した。
なお、後から路面列車路線図を見れば普通に『プティドルフ運動公園前』という停留所があったので聞くまでもないことであった。まあ都会の主要な観光地域の周辺には公共交通機関が通っているわな、普通。
*
私の通うガルフィンガング魔法青少年学院の近くにあるガングベルク駅。そこから路面列車で、一度私の実家の最寄り駅であるヘルバウィリダー駅へと移動する。
その後、鉄道に乗り換えてノヴレフルス駅という王都の南部の中核となる駅までラインカラーが紫色の列車に乗る。ちなみに、等級色は青色――2等車である。
一般庶民の乗る3等車の倍の運賃がかかるものの、未だに燻る治安への不安。そして吟遊詩人、ティートマール・ベルンハルト氏から伺った思想の動向と過激派組織の伸張。そういった側面で、何となく安全性を確保しようと特に理由が無ければ2等車に乗るようになった。まあ、幼い頃もずっと2等車に乗っていたし、ラルゴフィーラ旅行のときも3等車には乗らなかったので、今更と言えば今更な話だ。
更にノヴレフルス駅から、もう1度乗換が重なる。
今度は鉄道から路面列車へと乗り移り、その路面列車でプティドルフ運動公園前停留所を目指す。
ノヴレフルスは王都南部の中央駅であったが、そこから路面列車は更に南に向けて走る。
面白いのは、路面列車の線路のある道路は左手にある大きな河に沿って並行して走っている。そして川幅は流石に対岸は見えるものの、それでもかなり広い。
路面列車に乗り換えてからしばらく時間は経過したけれども、一向にその南北に流れる河に架けられる橋を見ることができない。
結局、1本も橋を見つけることができずに河は見えなくなる。
そして、河が見えなくなって住宅地の中をひたすら南下する路面列車であったが、正面にまた川が見えたかと思うと、いきなり大きく弧のようなカーブを描き左へと曲がった。
路面列車のアナウンスを聞いていると、正面の川は、王都であるガルフィンガングと、その南に位置する州であるゲーノーメフルス州の州境に相当する河川とのこと。
つまり王都の南端まで到達したというわけだ。通りで、乗換回数が多いわけよ。
ただ河川によって隔てられているとはいえ、その向こう岸にも住宅が広がっており、王都とゲーノーメフルス州の違いは、街並みからは窺い知ることはできない。まあ、王都に首都機能を整備したことで都市化され、周辺は人口増加の一途を辿り宅地開発が盛んとなった。なので、この川の向こう側の住宅からも王都へと通勤や通学する人がそれなりに居るのだろう。この東西に走る川にはちょくちょく橋が架かっているし、往来者を制限する関所や検問の類があるようにも見えない。
州境などは、あくまで生活の上では特に意識することのない概念なのかもね。人が多すぎて、いちいち取り締まれないだけなのかもしれないが。
*
そんな川と街の様子を眺めながら、路面列車に揺られること幾ばくか。王都の広さを感じつつ、鉄道と路面列車網の恩恵に預かりながら座席に座っていたら、アナウンスで次の停留所が『プティドルフ運動公園前』と流れたので、慌てて降りる準備をする。1泊2日なので学校指定の鞄に加えて、スエード素材の薄いグレーのリュックサックを持ってきているため、そこそこ嵩張る。
ただ、それに軍服ワンピースっぽい学校の制服を着こんでいるので、ちょっとリュックと制服のミスマッチ感が。基本、軍服にはリュックは不格好にしかならない気がするけれども、一応学習として行くわけなので制服を着ないわけにはいかないし。かといって、既に指定鞄を手に持っている以上、リュックなりショルダーバッグなりにしないと両手が塞がってしまうから、実用的な面からこうせざるを得なかった。
この黒というか赤紫と呼ぶべきかな軍服ワンピースの制服そのものは、ちょっと気に入っては居るんだけど、如何せん他のアイテムと組み合わせるには高度すぎる装いで、ファッションガチ勢ではない私にとってはこの手の応用問題は上手く対処することができないのである。
そして停留所で降りると、停留所前の十字路に案内板がいくつも立っている。
右の道をずっと進むとプティドルフ競馬場、停留所の反対側には簡易なものではあるようだけれども遊園地があるらしい。
そして、正面の道を進めば運動公園の敷地内とのことで、道なりにまっすぐと歩いていく。
青々と茂った街路樹が日差しを適度に弱め、木漏れ日を感じながら、歩みを進めていく。正門から敷地内に入ると、左手には植物園のように花に囲まれたコーヒーショップがあり、家族連れなどで混雑している。道を挟んだ向かいには野球場があり、学生か社会人かは分からないが、試合を行っているのが遠目にも分かる。
花園のコーヒーショップの奥にはテニスコートが広がり、更に歩みを進めていくと三叉路にぶつかり、正面は陸上トラックが整備されている。
思ったよりも複合運動施設然としているプティドルフの地に驚きながらも、三叉路を左に曲がると、景色が更に自然の中に道路を通したようなものへと変化する。
すると、右手に木々に囲まれた池がある。近くの標識を眺めるとその池には『鴨猟場』の文字が。読んで字のごとく鴨を狩猟する場所のことである。そうか、ハンティングもスポーツなのね。
そして、まだまだ運動公園には奥があり、鴨猟場を抜けると今度は一転して見晴らしの良い開けた土地が広がっている。
そして、そこには建屋が徐に立っていて、また水辺が。
しかし、先ほどの鴨猟場にあった池のような自然なものではなく、四角く造成されてきちんと建材で整備されている。
……ああ、これはプールだ。
まあ魔法青少年学院にも小学校時代に通っていたアプランツァイト学園にもプールはあったけれども、どちらも庶民的な学校ではないので、こうして公共施設として泳ぐ場所があるという意義は大きい。
というのも、この世界に海が無いので、泳ぐとなるとこうしたプールや川、あるいは湖などになるわけだが。レジャー施設としてプールが存在することで、娯楽として楽しめるくらいには『泳ぎ方』というものが広まっているわけで。
海という存在そのものがなく、海水浴が概念ごと消えている世界でも、『泳ぎ方』というものが確立されるのは、正直意外と言えば意外なのだ。
そんなプールを超えると、先ほど来るときに路面列車から見えていた大きな河が奥に見える。そして河川の手前には、横に長い建物が立っていて、その建物のエントランスに見知った制服を纏う人影が居た。
「来ましたね、ヴェレナさん。……やっぱり、この制服は目立ちますわね」
苦笑いしながら、お付きの人を従えて私に話しかけてくるビルギット先輩。良かった、時間は間に合ったようだ。
そして集合場所――ガルフィンガング飛行場、別名プティドルフ飛行場――も間違っていないようである。
――そう、飛行場。
我が国最北の地であるオーヴルシュテック州に1泊2日で飛竜施設の見学に行くという強行軍の裏側には、飛行機を使うという解決策があったからだ。
「まだオーヴルシュテック行きの便の搭乗手続きに時間はありますが、やることも多くないので手続きしてしまいますか」
外から見えていたのは、飛行場のターミナルビルと飛行機の格納庫であった。
ターミナルビルとは言っても、前世世界の国際空港のように広大な敷地を有する巨大施設ではなく、2階建ての横に長いリゾートホテルみたいな外観である。
入口で飛行場パンフレットを手に取れば、確かに建物の中にはあまり多くの施設が無い。売店や軽食屋が数店並び、両替所や銀行が入っているのを除けば、あとは待合のテーブルくらいしか無い。
ただし、それは殺風景を意味しているわけではなく、調度品などはむしろ手が込んでいる。待合スペースは、ちょっとした美術館の中みたいな異空間が広がっているくらいだ。
何だこの、ラグジュアリー路線と思ったが、考えてみれば当然で、まだまだこの世界では『空の旅』が大衆化されていないので、飛行機に乗るというだけでも高価だった。
「すごい綺麗な建物ですが……、人もあまり多くないですね」
「あら、そう? ……もしかして鉄道と比べてるのかしら。
王都にこの飛行場が出来てからまだ半年も経たないから、そんなものではなくて?」
そんなビルギット先輩の話を聞きながら、搭乗ゲートへと向かう。
チケットの提示を求められるが、これはお付きの人がさっと私の分も含めて従業員の方に出す。
「オーヴルシュテック州のドローディタース行きの便ですね。確認いたしました。大きな荷物はこちらでお預かりしますね。
手荷物については、この場で中身を確認いたしますので鞄の留め具を開けて貰えますか」
荷物検査でその場で目視チェックなのね。
そして、簡単に手荷物の中身を確かめると、そのままゲートを通り保安区域へ。
……あれ?
空港の検査ってこんなにあっさりしてたっけ?
というか、この世界では特急列車乗る時の方が遥かに厳しい検査をしていたじゃないか。
あ、そっか。お金持ってないと乗れないから、検査が甘いのね。特急列車のように等級によって運賃に差があって、お金のある人も無い人も車両は違えど同じ列車に乗り込むスタイルの方がテロなどの警戒レベルは高いのか。
そして、保安区域にある滑走路が見えるガラス張りの待合室から、離着陸するプロペラの付いた飛行機を眺めながら時間を待つ。
割とひっきりなしに飛行機が行き交っているけれども、滑走路1個しかないんだよね、この空港。乗客は少ないのに忙しそうである。
そして、その理由は何となく察しがついた。
「あの……、1つの飛行機にどのくらいの乗客が乗れるのでしょうか」
ビルギット先輩に向けた質問ではあったが、先輩もその答えは知らなかったようで、お付きの人に先輩が話を振る。
「そうですね、フリサスフィス様。本日私達が乗る飛行機の定員が30名でございます」
あー、やっぱり。
飛行機が小さいんだよね。だから乗客が少なくとも、引っ切り無しに運行させる必要があるわけで。
〈ガルフィンガング航空輸送、オーヴルシュテック州のドローディタース行きのお客様は、只今より4番ゲートからバスにてご搭乗ください〉
あっ、私達の乗る便だね。
呼ばれて立ち上がり4番ゲートへと向かうと、確かにその屋外にはバスが停車していた。あれで、乗る飛行機まで向かう算段か。
バスに乗り込むと私達が最後だったようで、ドアが閉まりすぐに発車する。……にしてもバスはかなりキャパシティがあるのに私達を含めても10人くらいしか乗っていない。定員割れしてるのか。
バスの座席に座りながら、窓の外を見ると、滑走路には今まさに着陸しようとしている飛行機が侵入してくる最中であった。
あれ? それじゃあ、あのプロペラ機がちゃんと降り立つまで、私達の便は発進しないのかな。
――そんなことを考えていると、バスは速度を出してどんどん目の前の滑走路から離れていく。
えっ、どこに連れていかれているのこれ?
そんな不安な表情を露骨に見せているのは私だけで、隣に座るビルギット先輩は特に何も感じていない様子。
何も言い出せずに、ひたすら不安な面持ちのままバスに乗り続けていると、漸くバスは停車した。……したんだけど、先ほどの大きな河の河川敷なんだけど、ここ?
すると、バスの添乗員さんが話し出した。
「それでは、本機――ミッドウィル五式水上機の搭乗を開始いたします。航空券を拝見しますので、ご用意お願いいたします」
バスが止まった先には、河に伸びる桟橋があり。その桟橋には機首にプロペラの付いた水に浮かぶ小型飛行機が鎮座していた。
――えっ。これって河を滑走路に見立てて離陸するってことですか!?




