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 バスに揺られて、我が街の中心駅であるヘルバウィリダー駅に到着する。

 ……おっと、到着してバスを降りるときにポシェットを忘れそうになった、危ない。相変わらずバスは揺れが激しいから、無心で乗っていないと座っていると乗り物酔いしそうになるんだよね。


 バスターミナルに路面列車への乗り換え口、そして貨物列車用の停車場に市場がある私達の街の主要駅であり中心地でもある。もちろん鉄道の駅としての役割もある。


 路面列車と鉄道もどちらも魔石動力で動いていておりレールの上を走ることを考えれば本質的には同じものだが、駅の区間が違うため、目的地にたどり着くまでの速度がまるで異なる。


 基本的には路面列車は街内をぐるっと巡るような形であり、異なる街を繋ぐ路線はあまり多くない。まあこれは路面列車の運賃が降りない限りはどれだけ乗っていても同じ値段というところからも分かるだろう。この街の場合だと、青い路面列車は100ゼニー、といった形だ。こうした定額運賃にできるというのはそれほど長い距離を走っていないからこそ可能なのである。


 それに対して、鉄道は距離を移動することを前提になっていることから定額ではなく、目的地によって運賃が変わるみたい。とはいえ、これは前の世界でもかなり馴染み深いので違和感はない。


 そしてこの世界でも切符……がある。路面列車のときはそのまま運転手の近くにお金を払う箱があって先払いだった。なんだかバスみたい。


 一方で鉄道の方は、先払いこそ共通であれど、運転手に支払うわけではない。乗車のためには用紙に記入してお金を払って、その記入した用紙が証明書と領収書を兼ねる、といった感じだ。


 しかし、まあ正直なところ、私達にはこうした事情はあまり関係ない。


 では、何が関係あるのかと言えば――



「お待ちしておりました。フリサスフィス様ですね。収穫祭でのご利用はお伺いしています。当駅から大聖堂のあるゲードルフピアーノ駅までの臨時列車のご予約は既に承っております。どうぞお通りください。」


 この待遇である。

 国のイベントであったり、有名な行事が開かれるにあたって増発された臨時列車のうち一部の座席は、このように『事前予約』を行うことで混雑に巻き込まれずに目的地まで向かうことが可能なのである。移動区間の短い路面列車ではこういったサービスはあまりないようだ。


 確かに元の世界でも特急とか新幹線は予約、というか指定席をとることはあった。けれどそれとは明らかにもてなされ方が違うのだ。


 ……この感覚は、病院で魔法使い親族として優先診察を受けたときと似ている。


 ただしこちらは魔法使い云々は関係なく、予約すれば誰でもこういう扱いらしい。やはりそれなりには値段は張るみたいだが。


 時期や混雑状況によっては乗車証明書の購入には待ち時間が無視できないほどかかるので、その手間代とも言えるだろう。流石にひとりひとり記入しているから列ができると時間がかかるというのも仕方がない。


 利用者から見ればその混雑を回避する、駅から見れば少しでも混雑を緩和するためにこの予約という手段は有効だ。


 特に今回のように、用事が宗教的な行事であるのであれば尚更だろう。利用者は多いのに遅刻が許されない。本来であれば事前に会場入りするか、朝早く出てくるしかないところに臨時列車の指定予約席が存在するというのは多少お金を払う価値があるのかもしれない。



 ともかく、駅員さんの過剰歓待を受けながらお母さんが予約票を差し出し、何か印のようなものが押され、別紙の乗車証明書とともに返却される。これが切符と同じものになるんだよね、書類だけど。


 駅員さんの詰める改札を通過すると、やはりといった様相でかなり人が多い。迷子になって列車に間に合わなかったりしたら大変なことになるので、お母さんと手を繋ぐことになる。でも一応駅構内は冷房が効いているようで混雑はしているが蒸し暑さはない。


 構内を見渡してみると牛乳やサイダーの瓶などを売る飲み物の売店、ステンレスの樽に蛇口がついておりそこから紅茶を提供する屋台などもある。様々なパンやサンドイッチなどの軽食のワゴンであったり、ふかしたジャガイモを販売するスペースなどもあるね。


 混雑具合と色々なお店は、今日が収穫祭だからなのだろうか。それとも大体いつもこんな感じなのかな。元の世界基準であれば駅構内に売店とかコンビニがあるようなイメージなのだろうけれども。今日限定なのかは分からない。

 今日限定だったらちょっと買ってみたいなあ、なんて。


 けれどお母さんは構内で食べ物は買っては駄目、と言ってきた。うう、厳しい……。


 でも確かに、買い食いするなら大聖堂の周辺でやった方がいいか。こういうのは収穫祭の本拠・・でやった方が規模が大きくて楽しいもんね。


 時間に余裕はあるけど特に構内ですることもないのでホーム階へと移動する。

 意外だったのはエスカレーターもエレベーターもあったことだ。動力は多分、魔石なんだろうね。複数人乗りのエレベーターをまさか人力で動かしている、なんてことはないはずだ。


 ホームは屋根はあるけれど屋外なので当然冷房が効いているわけもなく少々暖かさを感じる。まあまだ6月ではあるので不快と感じるほどではないが。


 都会、というより王都ではあるけれども、中心駅というわけではないのでホームもそんなにたくさんの列車が停まるスペースがあるわけではない。

 混雑はやはり収穫祭によるもの、それに加えて通勤する人もちらほらいるようだ。そうか、男の人は今日は普通に仕事だったね。そりゃあこれだけの混雑になるわけだ。


 そう考えると通勤時間や行事とかを外した時間に使えば、もっと快適なのだろうね。まあ、既に事前予約で座れることが確定してはいるからあまり欲を言ってはいけないけど。


 少し待っていたら私達の居るホームに、クリーム色の車体に赤紫色のラインが入った列車がやってきた。駅員さんが拡声器を使って臨時便だということを伝えているからこの列車なのかな。

 お母さんに連れられて列へと並ぶ。そんなに多くなく10人くらいだ。一方で他のところの乗り口は人でごった返している。え、何か違うの? こっちは予約用の入り口とかそういうことなのかな。


 ふと私達の車両を目に入れると、見た目が他の車両とは少し違い車体こそ同じ色であるが赤紫と青色の2本のラインが描かれていた。やっぱり人がいっぱいいるところとはどうやら差異がありそうだ。予約か指定席かを表すマークだと私は睨んでいる。


 そしてドアが開いてもすぐに乗ることはできず、その手前で駅員さんがお客さんの持つ乗車証明書を1人ずつ確認している。まずは、列車から降りる人からだ。

 とはいっても降りる人は1組しか居なかったのですぐに乗る人の確認に移った。


 また乗り込む場合には、持っているバッグの口を開けて見せる必要があるようだ。駅で荷物検査までするのか。旅行用のカバンのようにその場ですぐに中身が見えるような開け閉めの出来ない大きな荷物は荷物室に預けることとなっているようで列に持ち込んでいる人は居なかったので確認検査もすんなりと進んでいる。

 何だかこうしてみると駅、というより空港みたいな警備体制だね。


 その後それほど時間をかけずに乗り込むことができ、指定された席に座ることができた。よかった。でも、想定はしていたけど、私の持つポシェットまで中を確認するとは思わなかった。中身ほとんどお菓子しか入ってないから、これ。駅員さんも思わず苦笑いしていた。いや、笑っちゃいけないでしょうよそこは。


 私達が乗り込んでから、それほど経たずに列車は発車した。

 あれ、別の乗り口には人がたくさん居たけど、そっちも荷物検査やったのかな。そんなに短時間で終わるような人数ではなかったけど。


 ここから1時間弱の列車の旅路が始まった。





 別に特急列車というわけではないので乗っている間にしばしば駅で停車した。結局のところ荷物検査が終わるまでは停車しっぱなしなので、到着してみれば1時間と少しの時間が経過していた。


 あんまり列車間隔を詰めて運転していないからそのくらいの遅延は割とよくあることらしいし、毎回現場で何とかしているみたい。

 元の世界での都心部みたいな数分刻みでほぼ定刻通りで列車がやって来る方がおかしいのだと思うよ。


 しかし、乗っている列車が地下に潜りだしたときは驚いた。この世界にも地下鉄あるんだね。王都の中心街に近づくにつれて、ほとんどの鉄道路線は地下鉄になっているらしい。魔石動力だから蒸気機関車みたいに煙を気にする必要もないし、土地の利用などを考えた場合ありなのかも。


 目的地のゲードルフピアーノ駅に到着したが、ここも地下のホームであった。それはつまり王都でもかなり栄えているところというわけだ。まあ『女神教』の組織的なトップはこことは別の場所にある。そもそも王都だけでもいくつか大聖堂あるしね。


 それでも国内で有数の観光名所であることは間違いなく、ここで儀式を行える、というだけでも裕福な証拠である。

 裕福とはいっても、貴族やら特権階級だけしか受け入れていないなどというのではなく単純に他の街の教会などと比べた場合に費用が数倍かかるというだけで、信心深い人や子供の成長を盛大に祝いたい人などは少し高額の儀礼金を出してしっかりと行事をとり行う、程度の感覚だ。


 勿論さらに格式を求めればより高貴な儀式を行う場所もあるし、そもそも身分でシャットアウトしているところなどもある。まあそういう需要は上を見たらキリがないってことなのだろうね。


 と、ここまでゲードルフピアーノ大聖堂について色々と思いを巡らせていたが、まだ地下の駅ホームに降り立ててもおらず列車の中に居るままだ。

 それもこれも荷物検査のためである。この臨時列車に乗った人、特に予約までして乗車している人のほとんどが収穫祭目当て、つまりはみんな同じ駅で降りるのだから荷物検査渋滞となってしまうのは当たり前だ。


 儀式そのものは昼過ぎだというのに、朝から家を出たというのはこういうことも考慮してなのか。移動時間は確かに1時間かかっていないかもしれないが、それ以外のところで結構時間が取られるというのは盲点であった。



 またお菓子しか入っていないポーチを駅員さんに見せ、駅のホームに降り立つ頃には、停車してから10分程度かかった。それでも駅のホームには、こちらの世界に来てから初めて見るほどに人がごった返している。とりあえず迷子防止のためお母さんと手を繋ぐ。ここでもしはぐれてしまったら、お母さんを見つけ出せる自信が全く無いし。


 地下から地上に伸びる長いエスカレーターの前に出来たこれまた長い行列に並ぶ。結構深い所にこのホームはあるらしくエスカレーターがどこまで上に続いているのか見えない程だ。

 こんなに深い地下鉄ということは、様々な地下鉄路線が王都には走っているのかも。新しく作る地下鉄路線は基本どんどん深いところに作られていくはずだし。


 その長いエスカレーターに乗り、地上まで向かう。徐々に視界が開けるにつれて、私達の降り立ったこのゲードルフピアーノ駅の全貌が明らかとなる。


 地上階はホーム階の無機質な機能性を追求したかのような様相から大きく様変わりし、非常に解放感あふれる駅舎となっていた。

 天井こそあるものの、複数階分はあろうかという吹き抜け構造、そして正面部分にはあえて壁を一切設置しないことで、駅の目の前にある巨大な大聖堂の姿を駅舎に居ながらにして捉えることのできる大胆な造り。


 そしてその両脇には様々なお店が4,5階だろうか、積み重なるようにして林立している。


 ……これは最早、駅舎というより巨大なショッピングモールと言ってもいいかもしれない。こちらに来てからほとんど住んでいる街周りにしかいかなかったから、こうした大きな建築物を見るのは始めてだ。



 乗車証明書を改札に居る駅員さんが回収して、駅の外に出た。

 外に出ると、大きな広場がありそこには大小様々なテントや、屋台がマーケットのように立ち並んでいた。広場一面に出店されているお店で通路が仕切られており、人も多いため、かなり活気がある。収穫祭のためのイベントかな、どこまで露店が続いているのか全く見えないほどには大規模だ。


 人が多いので大きな声で話さないとすぐにかき消されてしまう。にも関わらず、屋台の人の声はよく通る。あるいは、お肉を焼いているような音であったり、油で何かを揚げているような音もする。また奥の方からは楽器を演奏する音なども微かに聴こえてきている。


 そして何と言っても様々な匂いが辺り一面から突き抜けてくる。食べ物を売っているエリアを超えると、清らかな香りが漂ってきた。生花や花束を売る屋台からだ。そこからさらに先に進むと柑橘系の芳香がしてきたが、こちらは花をあしらったアロマキャンドルが販売されていた。他にも木工の工芸品からは木の柔らかな香りも感じられる。


 歩いていると開けた場所に出た。そこには椅子が並んでいてステージがあり、なにか準備をしているようであった。ふと入口を見てみると、『ノスタルジック・クロック』という演劇がやっているらしい。ちょっと気になるけど、時間が大丈夫かな。一応儀式の準備の集合時間含めてもそれなりにはまだ余裕があるけど。


「お母さん、演劇見たいけど寄っていっても平気?」


「そうね、お昼ご飯を食べる時間が取れなくなると困るわねえ……」


 なんと。それは確かに困る。……いや、演劇が始まるまで30分程度時間がある。これなら食べてきてからでも間に合うだろう。


 そうお母さんに伝えると、苦笑しながら一軒のレストランを指差した。パスタ屋さん……らしい。確かにパスタなら早く食べられそうだね。





 演劇にはギリギリ間に合い、後方の席になんとか座ることもできた。まもなく語り部の方が前口上を始めた。


「今回のお話は王都で今流行りの小説『ノスタルジック・クロック』、これを私たちなりにアレンジを加えたものです。そこは私達の住む世界とはまた違う世界。


 我々の世界の魔王など容易く蹴散らすような強大なドラゴンが街を闊歩し、いにしえの大魔法使いのような天変すらも意のままにする魔法を操り、一度剣を振るえば大地は割け空すらも切り刻まれるような――そんな世界。

 でもそうした力に溢れる世界でも、人は営み、慈しみ、そして愛され生きている。それは私達の世界と何ら変わりはありません。


 そうした世界の貴族として生きる一人の子女に、夢と見知らぬ世界を見せる吟遊詩人の青年の物語です。」


 何だかファンタジー物みたいな感じだ。そういう作風はこちらでもあるんだね、面白そうというか新鮮だ。どんなお話なのだろう。



「辺境の貴族領主の娘として生まれた少女・アンナは――」

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