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「……魔石はご存じの通り、お隣の『錬金術』の分野で発達した鉱石ですが、『魔力を充填する』という性質上、瘴気汚染の危険性のある物質でもあります。
現代社会には、魔石装置はありふれたものとして存在していますが、我々魔法使いは、瘴気の森でそれらの装置を使用することは出来ません。また、あるいは都市域に魔物が流入した場合には、魔石は速やかに回収せねばなりません……」
授業中ではあるんだけど、気にかけてしまうのは『卒業研究』のこと。
私にとって魔法青少年学院の卒業は2年程先のことだけれども、一方で先輩方が卒業したら確かに私1人で進めるという事態になりかねない。
一応、多分頼めばアマルリック王子やルーウィンさん辺りは助けてくれるかもしれないのだけれども、やっぱり王子本人とはフラグ的な問題で距離は取りたいし、そうなると側近感のあるルーウィンさんとも同様だ。
吟遊詩人の面会を通して王家のデリケートな部分……憲法解釈について知ってしまったし、その後のカフェでのルーウィンさんとのお話の中で、彼の侯爵家での複雑な立ち位置を聞いてしまった。
あとは、許嫁が存在するって話もだね。婚約者のクラスの同級生の唯一の女子とかどう思われているんだろうな、私。ルーウィンさん以外にも、貴族出身のクラスメイトはちらほら居るわけで、貴族の婚約適齢期がいつなのかは知らないけれど、彼以外にも婚約者持ちの同級生が実は居るのかもしれない。うーん、異次元。
もしそうだったら、魔法青少年学院2年貴族同期組の貴族家の中で私って実像以上に勝手に色々と邪推されてたりするのだろうか。嫌だなあ。
そういう身分差や性差による僻みを避けるという意味でも、やっぱり王子主従コンビとは今後は末永く適度な距離を保っていきたい所存で。
結論としてはやっぱり、先輩らの居る間にある程度『卒業研究』を進めておくのが、適切なのかも。せめて、テーマくらいは決めたいよね。
「――では、フリサスフィスさん。
56ページの『使用済み魔石の回収方法』の2番から読んでください」
うわっ!? やべ、指名された。
そもそも開いているページごと違うじゃん、と思いながら、何とか該当の場所を見つけ、読み上げる。
「えーと……。
2、燃焼炎が黄色に発光するまで温度を上げて数分加熱することで魔石は機能を失いただの石となる。
……あの、3もですか? ……あ、はい。
3、冷ました後は産業廃棄物の『石材』として行政の指導に従って処分する。
あ、米印もですね。
米印。産業廃棄物の石材は細かく分解され、路盤材やセメントの材料に用いられる」
……あぶねー。
授業中に考え事は突然先生に差されたときに、対応力が試されるわ。
*
埒馬場。
それは、学院の門外にある馬上射撃演習のための走路に並行するように的が設置されているコースだ。
特別教育では、銃を用いる教練として執銃教練がある。
ただし、これは銃の打ち方ではなく『持ち方』を今は学んでいる。持ち方といっても銃を使わないけど携帯しているとき、即ち行進したり立ち止まっているときに、どうやって持つか、あるいはスリングで肩にかけるときはどうすればいいのか、といった動作を教えてもらっている。
誰でも持つことくらい出来るだろうと思ってはいたが、こうやって教練の時間を割かないと持ち方を変えるときにもたつくから身体に覚えさせるとのことだ。
統一された所作が無ければ、行動にムラが出る。それは式典等の際の見栄えに影響が出るし、何より有事の場合咄嗟の行動に差が出ることとなってしまうのだ。
普段の銃の持ち方がなっていなかったから、魔物を発見したときに咄嗟に撃てなかったなんてことが万が一にも起こらないように、まずは執銃を徹底させるとのこと。
というわけで、私は魔法銃に触れたことはあるものの、まだ撃ったことはそう多くない。
そんな私が埒馬場に来た理由は、自分で撃つためではない。
……ビルギット先輩が、ここに居ると聞いてやってきたのである。
先輩を探しているとき、最初は教室に行ってみたけれど不在だったので、探していたら上級生の男子生徒から声を掛けられて、ビルギット先輩の居場所を教えてもらった。まあ、女子生徒私を含めて4人しか居ないから、探していれば悪目立ちもするのか。
そんなわけで、その心優しいのか下心があるのか分からない3年生の人らにはお礼だけ言って、ここ埒馬場へと来た。
さて。ビルギット先輩は、どこだろう?
多くは無いが、馬場には乗馬した方が何人か居た。
まあ、女子でここに居るのはビルギット先輩くらいだろうし、見つけようと思えば簡単に見つかるか、と思いながらざっと周りを見回していたら、ふと颯爽と駆けてくるシルエットを視界の隅に捉える。
……多分、あれがビルギット先輩かな。
速度に乗って駆けていることから背格好を完璧にとらえたわけではないのだが、漠然とそう思った。その馬と騎手のコンビは、最終カーブを曲がり、直線状の――埒外に的が設置されているところへ進入してくる。
背に掛けていた魔法銃を取り出したかと思うと一弾指。
次の瞬間には、的の中央部が小さく細く射抜かれていた。
小さく細く。これは中央を射抜いていることと同じかそれ以上の技量であることを示している。それには魔法銃に関して簡単に触れねばならない。
――魔法銃。読んで名の通り、魔法を使う銃のことだ。
だが、魔法や魔力というのは発現方法によって3系統に分かれることをかつて勉強会のときに学んでいる。曰く、自分の体内にある魔力を放出する方法、大気中に存在する魔力を触媒を媒介して捕集し発現する方法、あとは魔石に事前に蓄えられた魔力を出す方法――この3つだ。
魔法使いの使用する魔法はその内の一番最初、体内内包魔力を利用することから、必然魔法銃もまた自己魔力を変換して放出する。
となると、普通に考えれば魔力量が大事になってくる、と考えがちだが、残念ながらこの世界では生まれてくる子の先天的な魔力量の減少していて、普通の人が有する魔力量というのは本当に微々たる量でしかない。
なので、魔法銃――というかほとんどの魔道具に言えることだが、複雑な増幅の魔法陣が施されることにより少ない魔力でも擬似的に魔法が取り扱えることができるようになっている。
ただ、その増幅回路が極めて繊細に設計されていることから、普通に扱う場合は、どれだけ魔力を流しても、暴発しないように自動化されている。
つまり魔法銃は自動化設計されているものであれば、常に一定の弾痕となるわけだが、ビルギット先輩はその規格化された弾痕ではないものを的に遺しているのである。これは銃の自動魔力制御機能をオフにして、自分自身の緻密な魔力制御により魔法銃を運用している、ということになるわけで。
魔力の制御理論は、授業では魔法学で習うものだが、それも基礎的な理論ベースのもので、ビルギット先輩がやったような実践的な取り組みは為されていない。
「……あら? ヴェレナさん。どうしてここに……」
下馬した先輩が厩舎へ戻ろうとしているところで、私が近寄っていくと、先輩が私の姿に気が付いたようで、声をかけてくる。
「先ほどの馬上射撃見ていました! 馬上であそこまで魔力制御出来るものなのですね」
「あら? 見ていましたのね。
馬に慣れていれば、並列作業そのものはそこまで難しくないのですよ。……それに魔法銃は手動制御にした方が自分で軌道を修正できますので、的には当てやすいですね。
――なので自動制御のまま当てる方が、純粋な射撃技量を問われるので難度が高いですから」
ビルギット先輩曰く、軌道制御に魔力を割り振ってしまっているせいで自動制御で魔法銃を運用するときよりも魔力を使ってしまっているとのこと。
乗馬の技術があり、それなりの魔力制御が出来れば魔力消費さえ気にしなければ、実は的の中央に当てることそのものは難しくないということらしい。ほんとかよ。
厩舎に到着すると、ビルギット先輩は慣れた手つきで鞍を外し、厩舎のすぐ外の屋根だけある場所に繋ぐ。
「あれ? 中の馬の部屋みたいな場所に入れないのですか?」
「馬房に連れていく前に、洗い場で蹄の手入れをしておかないといけませんから。
あ、そこの棚の蹄油ブラシ取ってくれます? 今から使いますので」
えと、蹄油ブラシってどれだ。何か人間のヘアブラシをでかくしたみたいなやつとか、掃除用のブラシみたいなのまで色々置いてあるんだけどこの棚。
私が棚の前で右往左往していると、更にビルギット先輩は補足してくれた。
「ああ、そっか。蹄油ブラシじゃ分かりませんよね、すみません。
そのはけとも太い筆とも言えるやつです」
棚の横に紐でぶら下がっていた、太い筆みたいなやつが蹄油ブラシだった。……これブラシって言われても分からないなあ。
それで道具を用意できたら、先ほど馬を繋いだ洗い場まで戻る。出来ることがあまりないので、洗い場で馬の脚をホースを使って洗っているビルギット先輩を眺めている。
「そういえば今日馬上射撃していたのは、『卒業研究』関連ですか?」
ふと、気になったので質問をぶつけてみる。すると、馬の蹄を洗う手は止めずに、けれども作業中なので普段よりも張った声で先輩が答える。
「まあ、それ関連です。
馬上携行装備について特別に誂えられたものは少ないのですよね。
なので、一般装備を手動調節してその効果を試しております。
……あ、もしかして。
ヴェレナさんが私を探していたのって、『卒業研究』のことだったり?」
ビルギット先輩は『騎兵・飛竜兵の運用』をテーマにしていたはずだけれども、装備品に着目している、ということなのだろう。あるいは、全体の研究テーマの中から見たときには、それが内容の一部なのかもしれれないが。
そして、私の研究。
先輩方の力を借りて先行的に行うとしたときに、今気になっていることが何かと考えた。
その結果は――空のこと。
あの、吟遊詩人の面会の後から、ちょくちょく空軍であったり飛行機に関する話を耳にする機会が多かった。
けれどもこの世界には、前世的には全く未知でしかない『飛竜』という存在があり、『飛竜兵』として運用されているのである。
そして戦う相手は、魔物であり。空中戦と言えば、飛行機と飛行機との戦いが主流だった認識と大きく相違がある。
まあ、軍事知識の類はほとんど私には無いんだけど。インドア派の恋愛ゲームプレイヤーを自負する私が、軍事に触れると言えば、軍人物のその手のゲームくらいだし。それも圧倒的に戦国時代やら幕末、あるいはアラビアン世界なんかもあったけど、兎角近代戦を舞台にしたものはあまりお目にかからなかった、とは思う。
だからこそそうした軍事的なお話は、この世界に来てから学んだものが多い。ただ……空軍はこの世界では『最新の概念』に近いわけで。航空戦に関する教科書的な蓄積は少ないのである。
といった話を掻い摘んでビルギット先輩に伝えると、先輩は合点がいったように頷き、それで口を開く。
「ああ、それでしたら。彼を馬房に戻してから飛竜厩舎の方を軽く見てみます?
すぐ隣ですし。軽く見るくらいなら問題ないでしょう」
その言葉に賛意を返す。
というか、『彼』ってことはその馬はオスだったんですね……。
*
「飛竜には脚翼種と脚腕種が居ります。
なので『飛竜』と大きく枠組みされてはいますが、別に単一の種の呼び名では無いのですよね。」
飛竜の下へ向かう途上、ビルギット先輩が飛竜に関する知識を披露する。
でも、種の違い? 初めて聞いた。
「……すみません。2種の違いが分からないのですが」
「要は前脚……腕ですね。それがあるか否かの違いです。
脚翼種には腕がありません。いえ正確に言うのであれば前脚が翼として進化した種ですね。
脚腕種は、その逆で腕と翼が別器官として独立しています」
「これから見に行く飛竜は、どちらでしょうか?」
「学院で飼育しているのは脚翼種の方ですね」
更に2つ3つ質問を重ねると、系統が違うとのことで。
脚翼種飛竜は、主竜類からの進化であるらしい。主竜類にカテゴライズされる生き物は、鳥やワニ……後は恐竜だ。つまり、恐竜を祖に持つタイプの飛竜は脚翼種となる。
一方で脚腕種飛竜は、真正竜類からの進化とのこと。真正竜類……こちらは、そのものズバリ、『ドラゴン』である。
つまり祖が恐竜かドラゴンかで腕の有無が分かれる。
「……先輩、生物学にも詳しいのですね」
「まあ、家の書庫で見て得た知識が多いですが。
……あ、着きました。良かった、空いてますね。
ほら、そこに居りますよ」
ビルギット先輩が何食わぬ顔で指さしている先を見つめる。
まず馬の厩舎よりも飛竜の厩舎は大きい。2階建てか3階建てくらいの高さはある。でも中は吹き抜けで。
そんな中を見ると翼を有する緑がかった茶色の竜がそこに居た。
まずは、その大きさ。
人の身長の倍はあるだろうか、その体高と。
更に体高と同じくらいの大きさを誇る巨大な翼。それが両翼に付いている。
そして二本足の下半身もがっちりとしている。
そんな飛竜の姿形に見惚れ、呆然していると……、不意にビルギット先輩の視線を感じたので先輩の方を向くと目が合う。
「……実は『卒業研究』の関係で、魔法省外局の飛竜補充部の育成施設の見学の約束を取っているのですが。
我が国最北のオーヴルシュテック州にあるから、遠いですけれども。
ですがヴェレナさんも興味がありそうですし。……行きます?」




