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6-2


「……あ、そうでした。ヴェレナさん。おそらくルシアさんからだと思いますが、大きな荷物が届いていましたよ。守衛さんが扱いに困っていたので、とりあえず冷蔵装置のそばに置いてもらいました」


 食事が終わり一息ついたタイミングで思い出したかのように語るオーディリア先輩。なんだろう? そんな荷物あったかな、と思いつつも、ダイニングチェアを立ち、キッチンへと向かうと、そこには大き目の段ボールの箱が。

 そして、その段ボールには『リベオール総合商会本社』と目立つ文字が書かれている。あれ、ルシアのお父さんの所属は確か新規事業部で、そこで製紙産業をやっているんじゃなかったっけ。本社ってなんだろう。


 あまり心当たりが無かったけれども、魔法青少年学院の検閲は通ってここに届けられているので、早々危ないものは入ってないかと考え、特に警戒もせずに開ける。


「あれ……、瓶がいっぱい?」


 その中には、緑の色ガラスで作られた封のされた瓶。それも20本くらいと結構多い。


「どうやら、液体のようですわね」


 瓶の形状からしても飲み物ではありそうなんだけど。一体何だったかと考えていると、段ボール箱の隅に一枚の紙が差し込まれていたので、それを拾う。


『例の試供品をヴェレナにも送ります。 ルシア・ラグニフラス』


 試供品。そのメッセージで思い出す。魔力通信装置でルシアと定期的に連絡を取っているが、あるときから錬金術とかの新技術動向なども提供される情報に混ざるようになった。

 新技術であるが故に、諸外国の話もよく混ざるようになった。そこで気になったのが、ルシアの提供してくれる錬金術技術の情報が若干だけれども『聖女の国』のものに偏っていたのである。


 それを指摘したら、どうやら「リベオール総合商会の新たな販路として聖女の国を重視している」とのことで。どうせなら何か貰えないかなと、役得を目論んで頼み込んだことがあった。多分、それで送られてきたのがこの大量の瓶なのだろう。


「包装を見ると、ココナッツウォーターって書かれているわね」


 ココナッツウォーターか。ビルギット先輩の言に従い瓶を手に取りラベルを見ると確かにそう書かれていた。

 そういえばこの国でココナッツを植物として見たことは無い。まあ南国って程暖かくもないし、そもそも四季があるから熱帯地域ではないのは間違いないだろう。雪も降るし。


 包装ラベルをさらによく見ると、そこには「原産地:シフィフォラ」と一言。


「シフィフォラ……と言うと?」


 私がどこか聞き覚えのある地名を口に出すと、この手の疑問には強い知恵袋のオーディリア先輩が明快に答える。


「聖女の国のダナス直轄地の中心となる街ですね。位置的には商業都市国家群から南、我が国との位置関係で言えば南西です。

 商業都市国家群からなら航空機を用いれば3時間といったところでしょうか。……まあ間に未知の森がありますので、陸路で行くのは厳しいですが」


 聖女の国は周囲を未知の森で囲まれているものの、その領域そのものはかなり広く平野が広がっている。平地面積が大きいというのは、単純に土地の利用がしやすいという意味で、発展している。

 そして瘴気の森とは面していないことから直接的には魔物の脅威に晒されていない。ある意味では未知の森に守られた大地というわけだ。


 そしてダナス直轄地。

 国家の帰属的には『聖女の国』ではあるのだけれども、先ほど話した広い平野として広がる土地にある場所――本土ではなく、未知の森で囲まれたまた別の大地である。


 ……丁度、未知の森を海として例えたときに聖女の国本土に対して、ダナス直轄地は離れ島という関係になるのだろうか。

 もっとも島と言っても、ダナス直轄地だけで森の民の領土に比肩しうる程の面積はあるんだけど。


 で、思い出した。

 ダナス直轄地のシフィフォラと言えば『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』で私がプレイしたときのヒロインの出生地がそこだ。

 森の民と聖女の国が戦争状態となったときに森の民の軍勢によって破壊された街。


 まあ位置関係を踏まえれば、我が国の更に南にあり、この世界の気候は概ね前世のそれと近似していて、かつ北半球なので、ダナス直轄地に南国植物があるのはおかしな話でもないわけで。


 そういう意味では、このココナッツウォーターはダナス直轄地、あるいはそこを治める聖女の国の特産品という言い方もできるかもしれない。


 でも、普通にこの国マンゴージュースとか売っていたよな。異国の果物という新規性は無さそう。


「まあ、かなり量があるので、とりあえず空けて飲んでみますか」


 そう言って私は、4人分のコップを用意して、冷蔵装置の冷凍スペースから氷を出しコップに入れ、瓶を開けそのまま注ぐ。色は白く濁った感じだ。


「先輩方も味の感想を聞かせてくださいね」


 そう言って供すると、真っ先に飲んだのはラウラ先輩。この人果物好きだもんね。実はこの中で一番興味あったのかもしれない。



「……よく分からない味だな、これ」


 そう言われて逆に関心が出てきた私も飲む。ふと周りを見ればラウラ先輩の言に同じように興味を持ったのか2人も飲み始めていた。


 口に含んだ瞬間独特の香りが通り抜ける。確かに癖のある味だ。

 塩味? あるいは酸味? どちらともつかない。でもその味自体は決して濃くないので味覚として知覚する前に若干の違和感だけを口に残す。


 美味しいか美味しくないかで問われると難しいところだ。でも『ココナッツジュース』ではなく『ココナッツウォーター』だから、薄味の印象はむしろ正解なのかもしれない。


「風味は面白いですが……常用するかと言えば困りますねこれ」


 オーディリア先輩が否定的な見解を示すと、ビルギット先輩が補足する。


「……まあ、確かココナッツは美容効果がありましたよね。ヴェレナさんのお友達的には味は二の次でそちらが本命なのではないでしょうか」


 あー、あったあった。ココナッツオイルとか。

 飲んでも効果あるのかこれ。


「じゃあ、半分くらいは実家に送っておきますか。水とは言っているけれども、生ものであることには変わりがないから腐らせるのもあれだし送っておきますね」


 そういうことなら、お母さんにも渡しておこう。先輩方のこの反応なら真新しいものではあると思うので、それで美容に良いのであれば喜ぶかもしれないし。


「……うーん。この味ならむしろ工夫を加えた方が……あ、そうだ。

 ヴェレナ、ちょっと試してみていいか、この瓶1本分貰うぜ」


「あ、はい。いいですよ」


 難しい顔をしながら飲んでいたラウラ先輩が、何か思い至ったような表情をしながら、瓶を持ってキッチンへと向かう。


 何となく面白そうだと直感的に感じた私も、その後ろから付いていく。


「絶対、地元じゃこんなことやらねー……ってかできないけどな」


 そう言いながら、棚にしまってある魔石装置のブレンダーを取り出し、更に冷蔵装置からは氷、後はラウラ先輩の私物のバナナを出す。


 まあ、先輩の地元であるハウトクヴェレでは確かに南国フルーツ系は売ってなさそうだったし。


 そして用意したものを全部ブレンダーの容器に入れて、砂糖をまぶしてスイッチオン。



 あー……成程。


「はい、できた。ほら? ヴェレナ飲んでみ?」


 ――ココナッツウォーターのバナナスムージー。


 こんなん美味しいに決まってるじゃん! センスずるいわ。




 *


「ウチのバナナ取られた……」


「……明日買ってきますから、大人しくなさいラウラ」


 結局、ココナッツウォーターは私の分も含めて全員分、バナナスムージーに進化した。その結果、ラウラ先輩の常備バナナは全て失われることとなった。



「あっ、そういえば。聖女の国って錬金術が盛んなのですか?」


 ふと気になっていたことを聞く。

 このココナッツウォーターも元を正せば、リベオール総合商会が聖女の国への販路拡大戦略の一環で試しているもの。そしてルシアからの情報提供で聖女の国について今世での情報を蓄積できているので気になった。


 ゲーム中では、確かに聖女の国のキャラクターを操作していたわけだけれども、魔法使いになった関係であまり錬金術に関するエピソードは出てこなかった。


「そりゃあ、盛んも盛んに決まってるだろ、ヴェレナ。

 ――魔法使いは瘴気の森、錬金術師は未知の森。この区分はどこの国でも有効だ。


 周囲を未知の森にしか囲まれていない聖女の国で錬金術が発達するのはむしろ当然のことだろ」


 ああ、そういうことか。納得。

 所管範囲の違いが魔法使いと錬金術師の違いの1つであることは今までも再三聞いてきたことだ。そりゃあ、聖女の国で錬金術が発達するのも当然だ。


「聖女の国、次点で賢者の国辺りが、特に錬金術に秀でています。

 もっとも我が国も、分子錬金学などでは業績を遺しているらしいですが」


「……あの、ビルギット先輩。分子錬金学とはどういった分野でしょうか」


 そして意外と事情通なビルギット先輩。錬金術先進国家を挙げたうえ、森の民にも光る物があることを話す。

 ただ、ここで分子錬金学というワード。字面から何となく化学っぽさは出ているが……。


 この質問にはオーディリア先輩が口添えをする。


「――ほら。あなたの知っているもので言えば人造繊維の『ナイロン』。あれを開発したのは、我が国の財団法人の研究所で生まれたものですよ」


 ナイロンの開発国だったのか、それは知らなかった。

 ……となると、自分の国で開発された化学繊維に、自国の基幹産業である繊維業を脅かせられようとしているということ? いや、まあその危惧を抱いているのはルシアの所くらいらしいけれど。


 それは、まあ……何というか言葉にしにくいけれども、どうせ技術を秘匿しても後発で開発に成功した国に栄誉を取られるだけか。

 なら、先んじて特許などを取っておいた方が益にはなるという判断なのかも。



「――ああ、それって、オーディリアが『卒業研究』で調べてる内容じゃなかったっけか」


「ええ、まあ。前々から調べたいとは思っておりましたので、折角の機会だから、というわけですね」



 ……んん? 『卒業研究』?

 なんだか、知らないワードが出てきたな。


「あの……、卒業研究って何です?」


 そう先輩方に質問すると、ビルギット先輩から答えが返ってくる。


「ああ、ヴェレナさんは知りませんでしたっけ。魔法青少年学院では、卒業後そのまま持ち上がりで魔法爵育成学院に行ける関係上、試験等が無いのですよね。

 だから持ち上がりで上がる生徒には、試験の代わりに魔法使いに関することで1つ題材を決めて、簡単にまとめることが求められているようですよ」


 へえ、知らなかった。


「ちなみにお三方は、どういった研究テーマで?」


 そう聞くと、まずオーディリア先輩が『民間・公的機関の魔錬学技術の魔法転用』とのこと。

 確かに以前に聞いた『官民連携』の彼女の考え方に即している気はするけれども、少々意外と言えば意外だ。もっと組織の管理能力とか、派閥形成的なもので攻めてくると思っただけに、技術的な側面に注力するのは驚いた。


 そしてラウラ先輩が『前回魔王侵攻時の英雄の国の防衛戦略』。以前ラウラ先輩の地元であるハウトクヴェレを訪れた際に、地元を優先する都合上権力闘争には関わらず『純然たる軍人』の本分を果たす、と言っていた。であれば、徹底的なまでの軍事テーマは彼女らしさがある。


 最後にビルギット先輩だが『騎兵・飛竜兵の運用について』。

 そういえば実家で馬を飼っていたし、乗馬も上手だった。それに我が国西部のラルゴフィーラへの旅行の際には魔法博物館で武具・防具の展示にテンションを上げていたのが彼女だし、その辺りの特性や趣味を活かそうとしているのかな。



 と、一通り先輩ら3人の研究テーマを伺ったのちに、ラウラ先輩からこう告げられる。


「というか、ヴェレナも今年中に『卒業研究』終わらせておいた方が良いんじゃないか?」


「……そうですわね。『卒業』と銘打ってはおりますけど、一応何時提出しても問題なかったと思いますわ」


 え……それはどういう。


「だって私達3人が来年進級したら、ヴェレナさん。女子ではあなた1人だけで『卒業研究』をこなすことになるのかもしれないのですよ。あなた同級生も今年の後輩も居ないのだし。


 ……であれば、私達の居る間に大まかな内容くらいは決めてもいいのではないでしょうか?」



 確かに!

 思った以上に危機的な状況であったことに、このタイミングで気付けて良かった……。

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