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6-1


「24年前の魔王侵攻の際、我が国は比較的優勢に戦闘を進めておりましたが、魔王軍主力と会敵した勇者の国方面では、諸国連合軍が壊滅的な敗北を喫しました。

 その影響により勇者の国は、魔物によって全土を占領される憂き目に遭い、その西部に存在した古豪『冒険者の国』は未だ国家としての体裁すら整っておらず、散発的に出没する魔物の掃討すらも満足に行えない有様です。

 では、魔物の主力軍は一体どのような軍事戦術をとっていたのでしょうか。それを今回は特別教育の『兵棋演習』にて見ていきます」



 入学時には、体力づくりも兼ねて階段や梯子はしご登攀とはん訓練を行ったり、あるいは馬に慣れるために乗馬の訓練などをやっていた特別教育も、今ではかつての軍事戦術や兵の動かし方を学ぶ模擬的な学習も増えてきた。


 軍事指揮官としての側面の魔法使いとしての教育が顕在化しつつあり、この――魔法青少年学院2年(・・)の私も、段々と学院独自のカリキュラムに染まりつつあるなと実感してきている。


 うん、2年生となった。オーディリア先輩ら先輩組もそのまま進級して3年生。


 そんな私たちの女子寄宿舎に新たな新入生メンバーが何と……来なかった。


 そう。今年のアプランツァイト魔法青少年学院の後輩には女子生徒が誰1人として居なかったのである。

 確かに私が入学したときの受験要綱には女子は若干名採用としか書かれておらず、何人入れるのか明記されていなかったので、1人も合格しないという事態は可能性としては低いもののありえない話ではないのだが。


 そして、うちの女子寄宿舎自体の受け入れ体制も相変わらず、自分のことは自分でやる放任的な管理のままで、私が入学した頃からさほど変化していない。

 国内の女性解放運動の流れに押される形で女性入学を認めるようになった。だが、それ故に魔法使い側は後手後手の対応になっている気がしないでもないわけで。


 あるいは、別の視点。

 今、私と同じクラスにはこの国の嫡流のエルフワイン・アマルリック王子が在籍している。

 ……もしかして本音では、あまり王子と女子生徒を近付けたくないのか。女子入学解禁の初年度では先輩ら3人については、解禁初年度故、受け入れざるを得なかった。

 そして、私。学力的には問題なく王都住み。そしてお父さんは左遷されたものの、何だかんだで父の『フリサスフィス』という虚栄は、上層部にとって未だ警戒すべき旗頭であることは、例の監視役のオードバガール魔法準男爵の態度で明らかである。


 つまり。私の入学は魔法使い上層部にとって認めざるを得なかった例外的な事例と。私を政治的な都合で学校に入れなかった場合、お父さんがなりふり構わない手段を取る危険性を恐れた、と。……いや、予想にすぎないけれど。


 でも、そう考えると整合性が取れる点がいくつか。1つは今年はそのような政治的な配慮をする必要のない生徒しか居なかったため、合格者が居なかったということ。

 あるいは、私の代。中央校の私の通うアプランツァイト魔法青少年学院は女子生徒は私だけだが、その他に観光で行ったラルゴフィーラに代表されるような地方校においては女子生徒が通っているという事実。つまり中央校合格者の一部を地方校へ転出させた可能性が考えられる。


 まあ、とはいえ魔法教育の統括組織と、王家は組織系統をまるで異にする。魔法使いは国家の下に帰属していて、国王自身は国家の代理者ではあるが、だからといって王家の意向のままに魔法使いが動くわけではない。

 だから魔法青少年学院が王子に女性生徒を近付けないために行動を取るというのが、必ずしも魔法使い側にも打算なりが無いと動かないようにも感じる。



 ――まあ、それはともかくとして。


「前回の魔王侵攻は、これまでの魔王侵攻とは異なり優勢に進められると考えておりました。……特に諸国連合軍においては、軍事的にも魔法・錬金技術的にも特に優れる勇者の国・英雄の国・賢者の国といった国々が連携していたこともあり、戦前には戦線の安定化のために、瘴気の森外縁部を予防的に占領する侵攻計画まで立案されていたといいます」


 座学とはいえ、軍事に関わる特別教育の時間中なので、意識を授業に戻す。


 話は前回の魔王侵攻の更に戦前の話。魔物に対して優勢であると人類サイドは考えていて、しかも侵攻すらしようと考えていた。

 国の位置関係としては最も東に冒険者の国がかつて存在し、そこから勇者の国、英雄の国が横並びになる形。そして、英雄の国の北部に賢者の国がある。


 そして瘴気の森はそれら諸国を東と北から圧迫しているという構図だ。もちろん、その他に狩人の国やら修道者の国やらが存在するが、諸国連合軍と魔王軍との主戦場からは外れ、今回の授業内容から逸脱するため説明は割愛する。


 結果的に、魔王軍の東部からの侵攻に冒険者の国が壊滅。

 そしてその東部の大兵力と北部の別動隊に圧迫された勇者の国でも抑え切れず、こちらは全土占領。

 辛うじて北部戦線を引き直すことで戦線を縮小した賢者の国と、魔王軍東部軍の主兵力を誘引することになった英雄の国の2国と、国を追われた各国の亡命軍の力によって、守勢に徹することで何とか魔王軍の撤退を引き出し、小康状態となったのが、我々森の民の遥か西で行われた魔王侵攻の顛末である。


 どう好意的に解釈しても引き分け。占領された領土面積も踏まえれば大敗に近いが、戦前ではむしろ人類が優勢だと考えられていたと。なぜ、戦前の人々は魔王軍の戦力を見誤ったのか。


「ひとえに軍制の改革により、大部隊の展開能力を有するようになったことが戦前の彼らの自信に繋がったようです。

 無理もありません。……例をあげましょう。

 冊子の次のページを開いてください」


 先生の指示に言われるがまま手元にある教科書として配布された50ページほどの検閲印の押された薄い小冊子をめくる。

 そこには、各国の参加兵力が書かれていた。

 森の民――参加兵力25万人。これは、幼少期にお父さんの日記で見たな。

 商業都市国家群、推定兵力50 - 80万人程度。表記に揺れがあるのは商業都市国家群はそれぞれの都市、地域で戦力を有しているため数えきれないからだ。

 また、その他に、聖女の国も義勇軍として5万人ほどを商業都市国家群の防衛に派遣したとのこと。直接的に瘴気の森とも商業都市国家群とも国境を接しているわけではなく周囲を全て未知の森で囲まれているのに、よくそれだけの兵力を供出したと言える。



 そして主戦場である諸国連合軍。

 勇者の国……400万。英雄の国と賢者の国がそれぞれ300万ずつ。冒険者の国も250万。この4か国だけでも1000万人を優に超える空前の大軍が、魔王軍と対峙したのである。


 それは我が国が25万人の軍勢を事務方が崩壊寸前になりつつも限界まで無理をして送り出していた、全く同時期のタイミングにその10倍以上の兵力を1国でポンと出せる国々が連合を組んで敗れたというわけで。文字通りスケール感が全然違う。


 そして、おそらく彼ら諸国連合軍が魔王侵攻が始まるまでに、「これだけの戦力を用意できるのだから圧勝間違いなし」と考えていたのも理解できるのだ。勿論戦前のタイミングでは合算1000万人も根こそぎ動員することは考えていなかっただろうが。


「そうした前回の魔王侵攻よりも更に、1つ前……190年前の魔王侵攻においては、各国の兵力はそれぞれ10万に届くか否か……といった程度で、総兵力も100万人を上回るかどうかという水準でした。しかも傭兵が練度の高い決戦戦力として扱われた時代です。

 それでも、そのときは国家の中枢まで侵略してくる事態にはなりませんでした。瘴気の森の付近の村落、あるいはそこから程近い都市では被害や疎開も行われましたが、国家が滅亡するという事態は起きなかったのです」


 ――なので、そのときの数倍の兵力が用意できたのだから、魔物に対して圧勝間違いなしと考えた前回の魔王侵攻前の軍人は決して愚かでもなく正当に戦力評価をしたからこその結論であったのだろう。



 ということで。

 ここから導き出される結論は唯一つ。

 人類の戦力の強化に並行するかのように、魔物らも戦力が増強されたのである。




 *


「前回の魔王侵攻において、諸国連合軍が対峙した魔王軍は多彩な戦術を有しておりました。

 例えば、地上陣地が完成するまでの間は、狼や猪などが瘴気によって魔物化した魔獣らの快速性を生かして夜間に後方に浸透したり、地上陣地が完成したのであれば、今度は飛行型の魔物を運用して後方を荒らすといった、攪乱戦術を多用するようになりました。

 あるいは、諸国連合軍の内部に人狼等の人型の魔物や人間に擬態可能な魔物を潜伏させ内部崩壊を誘引させる、諸国連合軍が大軍であるが故の心理を突く作戦なども見られましたね。

 ……異なる種族の魔物らの有機的な連携。それ自体は以前の魔王侵攻からも度々みられておりましたが、それが部隊と呼ぶべき規模で作戦単位で行われたのは前回の魔王侵攻が始めてでした」



 つまり魔王軍サイドにも明確な軍事的な目標が存在し、その遂行のために人類側の軍の撃滅を行っているのか。

 そしてそうした作戦が行えるということは、指揮系統が然りとした組織があり、指揮官のような魔物が存在することを示唆している。


「……さて、説明はここまでにして一回試してみましょう。今回の『兵棋演習』の授業は……」


 そう先生がつぶやくと、実習室の前方にある少々変わった形の教壇の下へ生徒を集める。

 この部屋の教壇は、普通の教室にあるものとは少々異なっていて、背が低く平べったく面は正方形であり、サイズが大きい。


 その正方形の教壇を先生が杖で軽く突くと、教壇の上の面は、まるでスクリーンかのように1つの大きな地図が投射される。

 ……映写魔法、というわけだ。


 地図の左半分は禍々しい森が映し出されており、右半分にはぽつりぽつりと無数の集落、そして集落同士を結ぶ道路と線路が描かれており、土地の利用、標高などが立体的に可視化されている。

 そんな線路や道路の結節点として教壇の右端に都市が映っている。


「これから皆さんには班ごとに1個大隊を率いてもらいます。6班あるので合計6個大隊ですね。

 班での役割は自由に決めてもらって構いません。

 戦闘は前回の魔王侵攻初期……そうですね。主戦線ではなく副次戦線の勇者の国の北部戦線の一部といたしましょうか。勇者の国の軍制では1大隊は1000人ですので、皆さんの総兵力は6000人となりますね。


 先生が、実際の想定されうる魔物戦力の先駆……獣型・鳥型・蝙蝠こうもり型の魔獣1000体のみを動かしますので、皆さんから見て右側の都市の陥落を狙いますので、皆さんは避難民を都市へ誘導しつつ都市の防衛を行ってください。

 期間は、そうですね……。1週間とします。

 いうまでもなく、魔獣は魔物戦力の中でも弱体な部類に入りますので、皆様の指揮する部隊の携行兵器で倒すことが可能な程度の強さとしましょう」


 生徒全員の知識を結集させて、対魔物戦闘を1週間ロールプレイして、最後方の都市を防衛する。

 ……授業の内容も徐々に専門性を要するものとなってきた。


 でも6個大隊……それだけの規模の自軍があって都市防衛だけなら1週間程度ならいけるのでは? 1000体という魔獣の数は多いものの、歩兵の装備で倒すことができて、こちらとの兵力差は単純に考えれば6倍。


 それでかつ防衛戦なのだから、油断は禁物とはいえ、やれそうな気がするがどうなのだろうか。




 *


「まあ、あれはずるいわな。ウチらのやる気を出させた上で、完膚なきまでに滅多打ちに打ちのめすのだから、性格の悪さが滲み出てるわ」


「そうですわね。正直、あの初回の『兵棋演習』ばかりは、絶対勝てない戦いを仕組まれているとしか思えませんし」


「3日生き残った私達に先生らは『初見でここまで善戦したのはここ10年程では初かもしれない』と言われたけれど、それは殆どラウラの姑息な戦術とオーディリアの遅延行為のおかげだものね」


「……ビルギット。あなたも人のこと言えないですわよ」



 ――『兵棋演習』の結果は散々、というか先生の初手で負けた。


 私達の学年には王子が居たので、6班全員がまず王子の指揮下に入ることで、指揮系統は一瞬で統一化された。そして、王子から各班への命令は「最優先は避難民の保護」として、まあこれには誰も異論を唱えなかったため、初日の行動はマップ上の区画を5つに分けて各班で避難民を回収していくという流れになった。1班は都市での避難受け入れ態勢の確保に動くこととなる。



 その瞬間、軍事的な空白ができた後方都市に、夜間に前線部隊との戦闘を避けて迂回してきた鳥型・蝙蝠型魔物による都市急襲が敢行され、都市防衛部隊は夜間への警戒人員は割いていたものの戦闘判定で壊滅。そのまま都市は占領され敗北した。

 ……もっとこう手心というものはないのですか。


 一瞬で片が付いた『兵棋演習』の後に、王子は先生に「残りの6日間の戦闘指揮を行っても良いですか」と提案するが、先生はこれを「ここから逆転の目は無い」として拒絶。

 まあ、そこで折れないのがアマルリック王子で「私の発した命令は避難民の保護です。ですので後方都市が陥落しようとも、この命の完遂のために私は責を取らねばならぬのです」と主張。


 先生はその一歩も折れぬ王子の様子に「なら貴殿1人で6部隊操作してみなさい。他の生徒は今日の授業はこれで終わりだから解散するなり観戦するなり自由にしろ。だが我らの戦いに手も口も出すな」と教育者としての敬語を捨て、魔法使いの上位者として命を下す。


 ……まあ、そんな空気の中帰る人など1人も居らず、1対1の戦いを見ることとなったのであった。



 そして、帰宅後女子寄宿舎で3年生となった先輩らと一緒に食事を取りつつ、その話をすると帰ってきたのが先の感想である。


「というか、初日敗北で抗戦できるのね」


「王子の見せ場作りという意味合いもあるのだろうな」


 ビルギット先輩が意外な顔をしてつぶやくと、それに身も蓋もないことを重ねるラウラ先輩。



「……というか、先輩方の代では3日間どうやって守り抜いたのですか?」


 私がふと疑問に思ったことを呟くと、三者三様の笑みを浮かべる。そしてオーディリア先輩がこう私に投げかけた。


「あら。聞きたいのかしら、ヴェレナさん?」


 その迫力に一瞬押し負けそうになるが、好奇心の方が上回り頷く。

 するとビルギット先輩が話し出す。


「6班の部隊をそれぞれ分割することと、1部隊を守備隊に充てたところまでは一緒だったわね。

 ただラウラが夜間奇襲を看破して、担当区域にも赴かず避難民全部見捨てて、自班の1部隊に初日昼間に夜襲対策の休息を取らせたのよ。それで夜襲の早期発見に繋がり、初日夜襲は小競り合いで撤退。せめて班員の私達には相談してほしかったわよ」


「漏洩を考えたらそうするしかなかったって説明しただろ、ビルギット。それを言うならその後のオーディリアの方がヤバいじゃねえか。

 2日目朝の時点で、都市での市街戦になることを予期して、都市内の魔石を供出させそれで地雷を作り都市のあらゆる街区に仕掛け泥沼の消耗戦にする構想。

 あれがもし採用されたら1週間は守れたよな。提案した段階ではウチが奇襲を防いだから楽観ムードと魔石を使うのは錬金術だからということで通らなかったけどな」


「あら、ラウラ。それを言うなら2日目の夕方から実際に市街戦になった際の、ビルギットの活躍を忘れてはいけないわね。

 知らぬ間に他の5部隊と交渉してすべての飛竜兵を自分の下に一元化していた彼女の独立飛竜兵隊が無ければ2日目に都市は陥落していたもの。魔物軍側が2日目には夜襲を行わなかったのも、この段階では飛竜兵が健在だったからですし」



 ……やっぱり、この先輩たち怖いんだけど!

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