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prologue-4


 貴族の世襲制度を逆用し、自身の子をも利用した貴族家の乗っ取り手法の提案。

 仮説とはいえ、その法の穴を掻い潜るようなやり口を聞いたルーウィンさんは、流石に一時閉口する。


 そりゃあ、ルーウィンさんが知っているかどうかは分からないが、オーディリア先輩は所詮町医者の娘だ。そんな平民である彼女の口から堂々と告げられた貴族家乗っ取り計画。そりゃあ、引きますって。


「……確かに、法制度的には可能ですが実現は難しいですね。血縁関係が途絶えたとしても、非血縁関係の一族の反発を受けることは必至ですし、貴族同士で婚姻関係が複雑に絡み合っておりますので、当主資格を有する血縁者が全く別の貴族家に居たりもしますので、旗頭は無数にあるのですよ」


 さらに貴族家の世襲には、他家には秘匿にされる継承に関わるローカルルールなどもあり、いくら行政の求める最低要件を満たしていようとも、『家』という氏族共同体を掌握することができなければならないとのこと。

 有力な政治家や商人を養子縁組などで取り込んで、貴族家としての発展を目指す家も1000家以上あるのだから当然存在するのだけれども、そういった家は『節操がない』、『雅ではない』、『無粋である』などという評価を外部から下されるため、そうした相続が行われることは極めて稀であるらしい。


 これは、貴族制度の歴史の浅さと各貴族家の歴史の長さは乖離しているからだ。

 『貴族』という特権階級が用意されたのは、この国の統一期でありまだ50年弱程度しか経過していない、『新しい』制度だ。

 一方でそれぞれの貴族家は元をたどれば部族乱立時代の領主一族である。


 部族同士で抗争を行い、時に下剋上によって成り上がる家もあれば、没落する家もあった。しかし、大勢力を維持し続ける一族には、数百年前から同地域を統治し続けた実績のある由緒ある家系もそれなりに存在する。いや、ともすれば千年という単位で祖先を辿れる……そのような家すらも散見されるのだ。


 これがどういうことを意味するのかと言えば、高々数十年の歴史しかない『国家』という枠組みそのものに対する帰属意識よりも遥かに『氏族』としての共同体意識のが高いのだ。

 それでも、彼らの権威を認めつつ土地から切り離し、州制度を設置した黎明期のこの国の上層部の手腕は決して軽視して良いものではない。だが、「土地を手放しても惜しくない」と多くの貴族に思わせる程の特権を分け与えねばならなかった。


 これを貴族側から見るとどうなるか。つまり今の特権を保障してくれているのは、政府……というかこの国の国家体制そのものであるので、自らの権利が侵害されない限りは基本的には国家に対して反旗を翻すことはない。

 ただし、高々生まれて50年程度の赤子に等しい国家という存在そのものに自らの『家』を全賭けする貴族家というのもまた稀有なわけで。


 ここで、ふと疑問が浮かんだ。

 そうした貴族としての在り方を聞くと、ルーウィンさんのように王子に付き従うのは、むしろ貴族らしくないのではないのだろうか。

 国家の枠組みに規定される王家は上手く付き合うことができれば自家の繁栄を享受することができるが、それ相応のリスクが伴うわけで。国家体制と心中するつもりは更々ない本来の貴族の考え方からすると少々逸脱しているように思える。


 即ち、一般的な貴族像と、ルーウィンさんの考える貴族の在り方は異なる可能性がある。そのあたりをぶつけてみると、苦笑を浮かべてそれに応える。


「痛いところを突いてきますね。

 ……確かに、私は少々王子に近すぎるのかもしれません」



 さて、これはどう受け取ろう。

 私はルーウィンさんの地雷を踏み抜いたのか、あるいは彼の内面に対してアプローチを仕掛けるチャンスを得たと見るべきか。


 私が逡巡していると、オーディリア先輩が口を開いた。


「……それは、ルーウィンさんの許嫁に関係が? それとも、他の事情があるのですか?」


 ここで、許嫁の話を出してくるということは、オーディリア先輩はある程度ルーウィンさんの家の事情に精通しているというわけで。

 ……貴族に関しては詳しくないと言っていた割には、情報網はしっかりと握っているところは、流石オーディリア先輩というか何というか。


「そこまで分かっていらっしゃるのであれば隠す必要はございませんね。

 フリーダ……いえ、許嫁は、スワナヒルダ伯爵家の長女なのですが。彼女は私の幼馴染なのですが……生まれる前から王家の傍流との婚姻が内定しておりました」


 嫡流でないとはいえ、王家から大公・公爵・侯爵を差し置いたうえで、200近く存在する伯爵家から選ばれるということは大変な名誉であることは間違いない。貴族という特権階級だからこそ、貴族内部の上下関係もしっかりと規定されているが故にこれは断れない。

 王家傍流との婚姻が内定していたのに、今ではルーウィンさんの許嫁。


 ――それが示すことは唯1つ。


「婚約破棄……」



「――ええ。結果スワナヒルダ伯爵家は大きく名声が傷つけられました。

 それで幼馴染であった私がお鉢が回ってきたというわけです。……まあ有り体に言えば政略婚にはなりますが、知らぬ仲ではない……というか同世代の女性の中では最も親しい相手でしたので」


 傍流とはいえ、王家による婚約破棄の先例があり、しかも私のクラスメイトの許嫁というかなり近いところで起きていた。


 そして、その婚約破棄された女性をルーウィンさんは助けた形となるのか。そこだけ切り取れば美談ではある。他人事を承知で判断すれば、幼馴染の歳も近くよく知っている男性の方が、理由は知らないが婚約破棄をしてくるような相手よりもまともであるとは思う。

 ……そう確かに思うのだけれども、でも。その2択しか選び取れず、自由恋愛をする余地が無い、と言い換えることも出来るわけで。

 ただ、その選択をしたルーウィンさんの許嫁の方を不憫とも可哀想とも思う資格は誰にも無い。


 ルーウィンさんの行動は、その幼馴染を助けるためには正当な行動であったとは思うし、正しいことをしていることは十分に分かるのだけれども。どこかもやもやし感情が残ってしまう。

 自分の中でも上手くまとまらないのは、前後関係に関してまるで不足しているから主観のバイアスが多くかかっているからだろう。理性的な考えよりも感情的な結論が先行しようとしているから、善悪で判断してしまいそうになる。



「……あら? ルーウィン家は侯爵家で、貴方はその次期当主ですよね?

 ですが、お相手は長女とはいえ、伯爵家の出。

 許嫁の件には深い理由があるかと思いますので別といたしましても……失礼ですが、幼馴染として交友を深めるのには相手の家格が不足では無いのでしょうか」


 思考の海に沈んで沈黙した私の代わりに問いかけをしたのはオーディリア先輩。

 貴族はその格を重視することを鑑みれば確かに侯爵家の跡を継ぐ者が、格下である伯爵家の同世代の女性と交友があるのは、言われてみればおかしいのかもしれない。


「……おや、どうやら勘違いしているようですね。

 私はルーウィン家の血縁ではありますけれども、分家の出です。

 ルーウィン侯爵本家には、実子が私から見たときに義姉にあたる1人しか居りませんので。養嗣子ようししとして迎え入れられた、というわけです。

 ですので許嫁とは、分家に籍があった時代に知り合ったのですよ。侯爵家分家と伯爵家嫡流であれば、ほぼ同格かむしろ相手の方が高いくらいですからね」


 分家出身で本家に縁組され、今では侯爵家当主内定者。

 偶然が重なった面も大きいが、身分主義的な貴族家でありながら、明らかに目の前のコロバート・ルーウィンさんは成り上がってきた。

 それは当人の才覚が優れていることの証左であるが、同時に少なからず反発を受けてきたことが容易に想像できる。

 身分不相応とも言うべき侯爵家の跡継ぎという肩書きと、その肩書きにふさわしくないこれまた身分不相応な許嫁。

 それらの重責を覆すのには、誰よりも貴族として足らんとする精神が必要不可欠であり。――そして、より上位の身分の者と繋がることで、本家の人間を黙らせる必要がある。


 と考えれば、一応ルーウィンさんが王子の側近となる動機は確保されているように思える。



 だが、これはルーウィンさんの心中がより読めなくなってしまった。許嫁を婚約破棄という形で傷つけたのは、傍流とはいえ王家であり。そして、その許嫁と自分自身の地位を守る相手として選んだのは王家というのは……あまりにも残酷で。


 あのアマルリック王子に不足があるわけではないのだけれども。

 『家』と『個人』は別物であることは分かっているけれど、それでも感じてしまうものがある。




 *


「それで……貴族の他には近衛兵についてでしたよね」


 貴族に関して聞いていたつもりがいつの間にかルーウィンさんの身の上話に転化しており、中々ディープなところまで踏み込んでしまっていたのに気が付いたのかルーウィンさん自身が話題転換を図る。


 そこから語られる近衛兵の概要。


「2個歩兵連隊、1個騎兵連隊に砲兵・工兵・補給兵に軍楽隊で編成される軍隊が近衛兵。王族や王宮の護衛・防衛から、王宮内の犯罪捜査、諜報組織、消防業務といった警察が担当する業務も行いますね。

 更にその近衛兵を統括するのが近衛兵務府です。その長である近衛兵務長と兵務長を補佐する8人の近衛参事官は、常時国王に近侍きんじし、軍務を輔弼ほひつすることになっています」


 想像していたよりも、大分大きな組織だ。

 王宮内限定で軍事・警察・消防を担うということはかなり影響力が行使できる。しかもそれが魔法使いや錬金術師といった軍事組織とはまた更に独立して存在するとは。


「近衛兵務長は就任に規定があるのですか?」


「いえ、特にはありません。ですが近衛参事官経験者が慣例的に就いておりますね。

 そして近衛兵務長・近衛参事官は国王への謁見が可能であり、有事の際には近衛兵の指揮も兼ねるので近衛爵位が与えられます。とはいっても、貴族爵位を有する現役貴族もしくは魔法爵・錬金爵を有する退役軍人が就くことが多いですが」


 つまり画一的な組織ではなく、各々の構成員のバックグラウンドもバラバラと。

 そりゃあ、王子が警戒して私に話を振るわけだ。


「……一般の兵卒はどうなのでしょう?」


「魔法使い・錬金術師と同じく平時は志願兵制ですよ」


 平時志願兵制。魔王侵攻時などの有事の際には徴兵制に移行するが、平時には即応体制の軍を養うのは難しいので基本的には志願兵で成り立っている。魔法使いの例で言えばお父さんの肩書きが『第11魔法師団長』だったが、そもそも第11魔法師団そのものが書面上にのみしか存在しない幽霊部隊だ。


 ただ、一方で近衛兵は王家の護衛という任務を有しているため、常に充足状態で配備されている。それにも関わらず志願兵ということで練度が高いことは想像できよう。


「それでは、王宮の護衛は近衛兵で十分と言うわけですね」


 3個連隊を基幹とする士気も練度も高い部隊に、司法警察権や、諜報組織も有する組織。それらが王宮を護衛しているのであればまず間違いなく万全の体制と言えよう。



 そう思い告げた言葉はルーウィンさんの次の言葉によってあっけなく砕かれる。


「いや、そうでもないですよ。

 現在の近衛兵の規模では、王宮の護衛には十分でも王都全域を守ることはできませんので、魔法使いや錬金術師との連携が必要不可欠です。


 それに加えて――空軍組織がありません。

 ですので、近衛兵のみでは上空からの攻撃に脆弱です。現状、地上部隊に対空兵装を用意しておりますが、それでは不十分で近衛兵内部では空軍部門の創設を盛んに議論しているそうですよ」



 ……王都に侵攻された先例が無いにしろ、空を飛ぶ魔物が居る現状で王宮を守る近衛に空軍が無いのは確かに近衛兵的には一大事なのかもしれない。

 だが……空軍か。



 近衛兵の空軍創設。そして民間航空。あるいは、魔法使いの飛行機事情や飛竜。その辺りを詳しく調べてのいいのかもしれない。



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