prologue-3
まずは、吟遊詩人面会の達成報酬として王子に要求したことの種明かし。
会談内容のリベオール総合商会への報告の他に、『ルーウィンさんとゆっくり話せる場のセッティング』をアマルリック王子に依頼した。
その意図は、貴族の視点から『貴族』や『近衛兵』について知るため。
このタイミングで王子に報酬としてそれを要求した、ということで、ここに『貴族制廃止』を訴える吟遊詩人目線での貴族観に私が染まらないように自分自身で対策した、という意味での対近衛兵監視員向けのパフォーマンスが1つ含みを持たせている。
当然、私自身は平民出身でありかつ、貴族は貴族でそれぞれの家単位で秘密主義的だということはルシア――ひいてはリベオール総合商会の情報部門から聞いてはいるので、私としてもここで『貴族』について知るメリットは大きい。
それは傍から見れば、オーディリア先輩のような権力志向家的に考えれば、貴族を知りその手筋を掴むことで自身の権勢拡大に利用できること、あるいはもっと泥縄的に考えれば玉の輿であったり結婚を利用して貴族家そのものを籠絡し手中に収めるなど、メリット自体は多岐にわたる。
ただし、アマルリック王子視点で見た場合、私が王族周りの権力闘争に忌避して王子そのものすらも極力避けて線引きしようとしているのは既にバレているので、「多分こいつは『貴族』を知ることで貴族と上手く距離を取る術を考えようとしている」と思っていることだろう。実際、私の中にもそうした考えがあるのは事実だし。
ただ、それ以上に。私個人の理由として最も大きいのは、『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』の悪役令嬢は、あのエルフワイン・アマルリック王子と婚約を結んでいたという点。
今、私が気にしているのは身分制度の問題だ。
幼少期に転生者バレした後にお父さんにゲーム知識を全て話したことがあったが、そのときに王家との婚姻には『貴族院に登院できるほどの家格』が必要と明かされた。
であるのであれば、平民であるゲーム内の私はどうやって王子と婚約をしたのか。そこが全く見えてこない。
養子縁組を利用したのか。はたまた新規貴族家でも打ち立てたのか。あるいは他に手段があるのだろうか。
私自身がルーウィンさんとお話する場を王子にセットしてもらおうとした最大の意図は、そうしたゲームシナリオ上の不明点に関して取っ掛かりが欲しいということなのだ。
であるため貴族について聞くのが第一義で、近衛兵に関しては王子が私に監視役が付いたと言ってきたので、その話の流れから入れたその場の思いつきでしかない。
ただし、それだけでは芸が無いので、折角だから個人的に気になっていたゲーム内の王子の良く訪れていたカフェ情報を引き出すことも副次的に紛れ込ませた。ソーディスさんへの見栄を張りたいという私情すらも内包させて。
これだけのことを詰め込んだのにも関わらず、要求自体は結局『クラスメイトの男子と話す場を代わりに作って欲しい』というだけで。
そして、これ何も知らない人が見れば、私がルーウィンさんのことを気になっていて王子に頼み込んだ恋多き乙女にすら見える、というのが事実とあまりに乖離していて面白さすらある。
勿論そうした軽率な勘違いをして、私の意図を誤認してくれたらいいなというブラフの仕込みでもあるのだが。
近衛兵に監視の手を向けられたこと自体直接に伝えられたのは先の王子への報告のときが初だが、そもそも会談中から危うい橋を渡っていたのは自覚していたため、事前にこの要求を用意したときに仕込んだトラップというわけだ。
そして、この対諜報員向けに仕込んだ恋する少女偽装の罠。
相手が優位に居ると思い込ませて、トラップを読み取らせることで優越感に浸らせた上で誤認させ、真意は探られないようにするという、ソーディスさん、あるいはそれを模倣したオーディリア先輩の手口をそのまま私も拝借した形であったり。
だから、私個人としても自信のある一手なのだ。
鏡を見ずとも自分で口角が上がり得意顔になるのを自分でも自覚しつつ必死にそれを抑える私の滑稽な姿を知ってか知らずか、オーディリア先輩は急に柔和な笑みを浮かべてこう反応する。
「……ふふっ。まさかヴェレナさんが王子殿下に頼み込んでルーウィンさんとの歓談の場を作る程に積極的な行動を取るとは思いませんでしたわ。
それに、このような喫茶店を王子殿下にまるで示しあったかのように見繕っていただいて骨を折っていた頂けたことも感謝せなばなりませんよ。随分と王子殿下に信任されておりますのね。
――ただ大変申し上げにくいのですが。
ルーウィンさんには、幼馴染の許婚の方が居りますのよね……。だからヴェレナさん、残念ながらあなたの想いは……」
まさかのオーディリア先輩によるトラップの二重掛けである。というかこの人なんでそんなに友人風悪女ムーブが上手いんだ。
……ただ、このような言い回しをするということは、オーディリア先輩的には何か含んでいるな。周囲に会話が聞かれていて、それが『近衛兵』や『王子』の元に届くことを前提として、更に表面上はコイバナに誤認させるようにしている弊害として、私もオーディリア先輩の言葉の意図を正確に把握することが出来ずにいる。
うーん、それは想定していなかった。少なくともこの喫茶店を利用するときは、助言を婉曲的に頂いても私がそれを正確に受け取れないケースが多発すると。
そういう意味ではまだまだ私自身もこういう動きをするのには経験不足であるということで。断片的な情報で的確な手を打っていると思われるオーディリア先輩の怪物性が強調される。
……というか。
このタイミングでルーウィンさんに許婚が居ると言う新情報。
いや、意図は分かるのですよ。トラップを張ると同時に、私がルーウィンさんに対して恋しているという嘘を保持したまま恋愛関係のライン切りをするという判断なのは。
私のかけたトラップの仕掛けを認識し、その罠を保持しつつ即座に火消しにかかるということは、私が考えていた以上にこれが面倒ごとに発展したり、私達に不利益が生じる可能性が高いとオーディリア先輩が考えているわけで。
そうした危険性を未然に防いだくれたこと自体はありがたいけれど。
私、失恋したという共通理解でこれから先進めなきゃいけないんですよね!?
どうすんだ、これ……。
*
それから数分待つと、ルーウィンさんが店内に入ってきた。私達の姿を確認するなり、軽く頭を下げこちらへとやってくる。
ゲーム内では、王子スチルで側近として写っていた彼は、やっぱりひとつひとつの所作は中学生とは思えない程に洗練されている。
「学外でお会いするのは初めてになりますね、フリサスフィスさん。
本日の御用件に関してはエルフワイン殿下から簡単には伺っております。……おっと。そちらの御方は入学式で一度お会い致しましたね、クレメンティー先輩、でしたよね?」
「はい。ですが以前お会いした際にはご無礼を致しましたが、平らにご容赦お願いいします。
オーディリア・クレメンティーです。ヴェレナさんが色々とお世話になっているようで。よろしくお願いしますね、コロバート・ルーウィン様」
「当主でもない私に、先輩である貴方がそこまで畏まる必要はありませんよ。
貴族家とは言いましても、その功は当代の当主や、ご先祖の築き上げたものですので私自身は未だ何も為していない非才の身ですから」
ルーウィンさんがオーディリア先輩と会ったのは、入学式で先輩が『本陣強襲』と称した王子への強行挨拶の一幕だけだ。にも関わらず、名前を把握している辺りは決して彼の言葉にあるような『非才の身』という評価は釣り合わない。
「……ああ、そうだ。まずはフリサスフィスさん。
私からもお礼を言わなければなりませんね。エルフワイン殿下の代行として、かの吟遊詩人との面会の密命を果たしてくれたこと――殿下の要望を叶えて頂きありがとうございました」
そこで深々と頭を下げた彼の姿には、貴族と平民という身分の差、あるいはクラスメイトという関係性を一切感じさせない洗練とした立ち振る舞いであった。その誠意ある姿からは、私個人のことを彼がどう思っているかよりも、王子の依頼を達成したという事実のがルーウィンさんには重たく感じていることを示唆していた。
「それでは、早速ですがはじめていきましょうか。
……とは言っても『貴族』と『近衛兵』のことと言われても、漠然としているので、まずはフリサスフィスさんが知っている『貴族』のことについて教えて頂けませんか?」
*
私が知っているこの世界の『貴族』に関する情報は、以前ルシアに頼んで送ってもらったメモの知識と、実家の従士・フリサスフィス家の関係で出てきた話くらいしかない。
すなわち、貴族には偉い順に王家、大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続くこと。貴族院に議席を恒常的に有するのは伯爵以上の身分を有する者。子爵・男爵は貴族院議席を有するプロセスは異なる。
そして、この他にも『爵位』と名の付く称号・職掌はいくつかあるがそれは貴族というわけではない。魔法爵位や錬金爵位とかだね。
また、私の実家ことフリサスフィス家の祖父が有していた『騎士爵』は統一期の例外的措置として、一代限りで叙爵した者は男爵より低いものの法的には貴族となる。が、既に我が国が統一してから50年近く経過しているため、世襲されずに受爵者が死去するとそのまま失効する『騎士爵』を有している人は皆無に近い。
「……まあ細かいところを省くとこんな感じですかね。
聞きたいことはいくつかありますが、まず1つ。貴族家は統一前に領主だった家系の相続制となっていますが、これに例外――例えば前回の魔王侵攻で特別に功のあった平民が受爵した例などは無いのですか?」
私の質問は、つまり新規貴族家を打ち立てるプロセスがこの国に存在するかを問うている。
これに対するルーウィンさんの回答は明瞭であった。
「ありません。
我が国の統一期に王家から男爵家まで全て含めて1039家の貴族家が打ち立てられましたが、それ以降新たに貴族家が誕生したことはございません。
……国外では、国家への貢献度合いで新規爵位をばら撒く国もあるそうですが。我が国には一代限りの伯爵位を有識者へ渡す『行政爵位』制度がありますからね。
騎士爵を除けば一代爵位や一時爵位の類は貴族家として扱いませんが、領主時代からの譜代の臣が居ないにも関わらず貴族となっても後が大変ですからね」
国家に多大な貢献をしたとしても得られるのは『行政爵位』なるもので、やはり貴族になるわけではないようである。
「では、貴族の当主の就任条件はどういったことが定められているのでしょうか?」
矢継早に次の質問を投げかけるのはオーディリア先輩。
とはいえ、これも貴族的には常識のようで、ルーウィンさんも滔々と話す。
「当主の世襲に関しては、各々の貴族家の慣習などもありますので一概に言うことはできませんが。
ですが一応国から明示されている条件は、『現在当主と血縁関係かつ三親等以内の者』としておりますね。
ただし、三親等以内に血縁者が居ないなどの止むを得ない事情がある場合には、その六親等以内の血縁者まで広げて当主適格者を探すこととなります」
親等とは親族の近さを示すパラメータのようなものだ。自分から見て親は一親等、祖父母は二親等、あるいは子が一親等、孫が二親等と自分から遠くなるに連れてその数は大きくなる。また兄弟姉妹の場合は、一旦親に上がってプラス1、そして親の子ということで更にプラス1して二親等となる。
それを組み合わせて兄弟姉妹の子である甥・姪は三親等。自分の親の兄弟である叔父・叔母も三親等。叔父・叔母の子である従兄弟(姉妹)は四親等となる。
「六親等以内に血縁者が一切居ない場合には、どうするのですか?」
思わずルーウィンさんの言葉におうむ返しで聞いてしまったが、六親等以内に血縁関係のある者が誰も居ないって、急に事件性を帯びてくるな。家督相続の間に命のやり取りが無い限り起こりえないでしょ。
「そこまで行けば、流石に貴族家として自立能力が疑われるので、取り潰しも踏まえて処分が検討されますね」
まあ、そりゃあそうか。一応国の存在が貴族相続のセーフティーネットになっていると考えていいのかな。
そんなやり取りの最中、考え込んでいたオーディリア先輩が顔を上げてルーウィンさんに質問する。
「……次代の当主は、現役当主とだけ血縁があれば良いのですよね?」
「……ええ、そうですが。何か疑問点がございましたか、クレメンティー先輩」
これは、オーディリア先輩何か思いついたな。
かなり不穏当なニュアンスを感じてしまう。
「……いや、少々気になったのですが。
貴族家を継げる資格のある血縁者と結婚して子を為すじゃないですか。
それで一度、当主をその子供に経由させれば。
――法的には貴族家に無関係なその女性が、次の次の当主になる資格を有するということですよね?」




