prologue-2
近衛兵から私とソーディスさんが革新主義者として目を付けられた、と王子が告げられる。
革新。新たに革める。今あるものを更に良いものに変更すること。
議会制度を革め、貴族院を廃し新たに参議院に相当する機関を作る。
大商会への課税制度を革め、商会同士の寡占体制を打破し新たな企業の参入を促す。
あるいは、革命による政権の打倒。一般に彼の吟遊詩人の思想として知られているものは、今あるモノを新しくすることばかりだ。
そして、過激派組織のガルフィンガング解放戦線のスローガンの1つには『革新断行』があり。彼らの主義主張について私は完全に把握しているわけではないが、スローガンに『革新』という2文字を用いているからこそ、彼らも革新主義者として一括りにされるのは容易に想像できる。
まあ、革命やら暗殺は論外としても、既得権益層からすればそうした『革新』的な主張は実行されれば、自らの権益を侵されることとなり、自分の持つ権限が縮小したり、最悪失職などに繋がりかねない。
ということを鑑みれば、そうした革新主義者を危険思想扱いして取り締まるという理屈は、理解できる。
であれば、そのような危険思想を有している人物を監視する組織が、王家に仕える近衛兵の内部に存在すること自体は、まあ自然な成り行きなのだろうなとは思う。
ただ、問題はそれらの目と手が私達に向けられたという点だ。
……まあ、吟遊詩人との面会の際に、王家の権威を疑問視するベルンハルト氏の発言を受容しかけたことが最大の要因ではあるのだろう。
というか近衛兵視点から見れば、それだけなのでは。……あっ、王子の情報収集の手足として、ほぼノーマークであった私やオーディリア先輩というただの一生徒にしか過ぎなかった私達のプロフィールを調べ上げていたな。
――ということは、近衛兵は私の前世世界と吟遊詩人の理想世界が近似していることを一部なりとも見抜いて、私の思想が吟遊詩人に寄っていることを把握している?
いや。それは流石に無いか。そこを重要視しているのであれば、そんな私と長らく行動を共にして私が信を置いているオーディリア先輩を監視に含めない理由が分からない。
ただそうするとこれまで王子の命で私やオーディリア先輩の身辺調査をしていた事実と整合性が取れない。何故だ。
……もしかして近衛兵って、そのまますなわち王子の側近というわけではないのかな? 王子の手の者は近衛兵以外にも居たり、あるいは近衛兵の中にも王子派と王子とは距離を置く派とかに割れている可能性も考えられる。近衛兵という組織の規模感が分からないから何とも言えないが、完全に一枚岩というケースのが少ないだろう。
仮に、王子を補佐するという役割だとしても、権威ある人物が責任を被らないように政治に極力関わらせないという方向性もあれば、逆に積極的に政治に関与して、王家の実権を強めるように動くのもまた側近の役割と言える。
となると、近衛兵とは言え必ずしも王子の命に絶対服従かどうかは分からない。……というかこの王子ならそうした思想まで見越したうえで、上手く手綱を握っているような気もするが。
となると、聞きたいことは、近衛兵イコール王子にとっての自由戦力か否か。
ただし、不用意な言動を注意された直後に聞く質問としては些か危険球すぎる。まさか「近衛兵は王家に心服しているのですか?」などと聞くことはできない。
というか、そもそも王子に聞かなくてもオーディリア先輩やお父さん辺りに聞けば答えが返ってくるはずだし、綱渡りをする必要はないね。
であれば。王子の直轄戦力について聞くか。
「……あれ? えっと……ソーディスさんはともかくとして、私やオーディリア先輩のことを王子は詳しく知っていましたよね?」
何段階か会話を飛ばしているが、王子には伝わるだろう。その意志を込めた脈絡のない問いかけ。
「そうですね。……ですが、クラスメイトや先輩の素性を調べるというのは身分的には当然のことですので。お気に触ったのであれば申し訳ありません」
「あっ、すみません! アマルリック王子のお立場を鑑みれば当然のことかと……」
王子はしっかりと茶番に乗ってくれる。とりあえずこれで王子は自由に使える手駒が居るのは確定。しかし、それが近衛兵かどうかは分からない。分からないが、少なくとも、王子が私達のことを革新主義者であることを否定したのにも関わらず、私に直接言ってくるということは、近衛兵には王子の制御下に無い人物が居るのは確定か。
そしてこの件に関して言えば、王子は中立の立場を取ろうとしている。明らかに近しい関係にあるのは近衛兵であるはずなのに、私に情報の一部なりを流すということはバランス……というか暗に王権を利用して双方に介入するつもりが無いだけか。
「……それは別に構いませんが。話を戻しましょう。
吟遊詩人との面会の件ですが。私的なお願い事とは言え依頼は依頼です。
成功には正当な恩賞を報いねばなりません。何か希望はありますか?」
正直、その質問は予測していた。
政治的バランスに長けたこの王子が、まさか今回の件をただ働きとすることを是とするわけがない。吟遊詩人の思想に触れてそれを報告してきた私達に借りを作るなどという危険な綱渡りはしないだろうと確信していた。
なので、これについては私も事前に答えを用意している。
「2つございます。
とはいえ、1つは事前条件の追認ですね。今回の吟遊詩人との対談の内容、リベオール総合商会側に漏らします。それは事前の約定通りですので構いませんよね?」
「ええ、勿論いいですよ。……というか、それは別に恩賞でも報酬でも何でもないですね。ヴェレナさんの当然の権利です」
とりあえず、これでルシア側への手土産は完璧。
まあこれが断られるとは思っていなかったけれども。だって、事前交渉で私に対して吟遊詩人との面会をするメリットとして王子が挙げたのが、私とリベオール総合商会との薄い関係だったからだ。私も織り込み済みではあるとは思ったけれども一応確認しておいた。
「では、2つ目ですね……。
今回の吟遊詩人のベルンハルトさんとの面会にあたり、私が要求するものは――」
*
「……仔細は分かりました、ヴェレナさん。
それで、王子殿下からの報酬として、コレを頂いたわけですね。
まあ、あなたへの依頼ですからとやかく言うつもりはありませんが、一言だけ。
……些か、ささやかすぎるのではないですか?」
ヴィンテージ物の丸いカフェテーブルの対面に座っているのはオーディリア先輩。
面と向かって先輩の目を見ながら、私はこう告げる。
「いいじゃないですか。このカフェでは商業都市国家から厳選された茶葉を仕入れている貴重なお茶が飲めるのですから」
閑散とした……落ち着いた雰囲気が流れる喫茶店。
つまり、このカフェの存在そのもの。それが私が王子に要求した報酬であったというわけで。
「そういうことを言っているのではなく。
……今回の吟遊詩人との対談は、危険性は低かったとはいえ過激派の暴発という命すら狙われかねないものでした。
それに、私も手の内を多少なりともあの王子殿下に知られてしまった。
……そうした裏事情は当然向こうも把握していたはずなので。もっと吹っかけても良かったのではないでしょうか。近衛兵への点数稼ぎにしては少々露骨過ぎませんか?」
ちゃっかり、オーディリア先輩に近衛兵に対して私の警戒を解いてもらう意図がばれてるわ。ささやかな要求をすることで、王家を重く見ているのだから警戒度を下げて欲しいという意図は確かにある。
でも、それだけでカフェの情報だけを要求しない。
今回は正直、私的には自信すらもある一手なのだから。
「……オーディリア先輩? こんな良いお茶が、こんな静かに飲める――そんなこと、他のカフェでは中々ありませんよ」
かなり含みを持たせた一言。その言葉に普段と比べると若干荒々しい手つきで、香り高い烟茶を飲む手を止める。
そう茶葉自体は最高峰なのだこのお店。今、オーディリア先輩が飲んでいる烟茶だって、紅茶の茶葉に松の葉っぱで燻し、更に香りづけをするという複雑な工程を経て作られているもので、巷に全く出回らない……という程のものではないが、それでも中々高価であるのは間違いない。
そんなお茶が、私達中学生でも手が届く値段で売られているのにも関わらず、このお店は全く繁盛していない。
そこまでなら隠れた名店ということで説明が付くかもしれない。事実お店の立地自体は確かに分かりにくい場所にあった。
けれども、これが王子の紹介のお店……となると途端に意味は大きく変わる。
「……成程、そういうことですか。
確かに、このように入り組んだ奥の隠れ家のような喫茶店であれば、魔法使いの大人たちはやって来れないですね。魔法青少年学院に通う私達にとっては、良い安息地となり得るというわけですか」
オーディリア先輩もまた、相当言葉を選んではいるが、どうやら意図は伝わったようだ。
つまり、ここは不自然にならないように喫茶店の体裁が整えられた王家とのコネクションのあるプライベート用のお店だ。
このプライベート用という言葉にはオフの日の利用に加えて、密談用……という意味も付け加わる。
ということで、従業員は王家の息がかかったもの……というか後々王家に報告が行くと思った方が良いだろう。
そんなお店をわざわざ入手する最大の恩恵は、あまりにもガチガチにガードされているため、オーディリア先輩が言った通り、『魔法使いの大人たち』が入れないのだ。
……私に付いているオードバガール魔法準男爵のような監視役の魔法使いが。
まあ一方で、今回から新たに付いたとみられる近衛兵側の監視は逃れられないけれども。その辺りを的確に把握した先輩は、即座に私の監視役の魔法使いを『学院の教師』と誤認させにかかった。それも嘘を言わずに真実だけを告げて。
そして、そのような仄めかしをしたことでオーディリア先輩も私のことを『革新主義者』と称した近衛兵のことを私達のことについてまだ探りを詳しくは入れていない者たちだということを暗に述べている。
「……まあ、それはさておいて。
いえ、ヴェレナさんらしからぬ優れた一手だなとは思いますが。
どうせ別に理由があるのでしょう? 今の内に吐きなさいな」
「…………。
ソーディスさんに昔、よくお店巡りしてるって見栄を張ったのですけれども、彼女、今でもそれを信じていましたので……」
「ああ、そういう……。
あなたのそうした趣味は、ほぼお母様の影響ですものね。ジャスミンティー然り。
その点、部族社会時代はこの王都の領主であった王家の人間であれば、隠れた名店の知識くらいはあるだろうと。……むしろ、こっちのが本命じゃないですかね、ヴェレナさん」
いや、オシャレだと思われている見栄は張りつづけたいじゃん!?
合わせて言えば、王子がこの店を紹介してくる確信はあったわけで。
実は、この喫茶店『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』で主人公と王子のデートイベントのときにイベントスチルとして登場している。……というかゲーム内の王子は喫茶店行くたびに同じこのお店を何故か選んでいたしね。
その理由は王家御用達なので、護衛の心配がないというごく単純なものであったわけだけれども。
そして店の内観は知っていたし、この王都のどこかに店自体があることは分かっていたけれども、それだけでは手がかりが少なすぎて自分では見つけることができなかったので、ゲーム内知識による好奇心という意味でも気になっていた。
世界を跨いだ聖地巡礼。そういた意味でも私にとっては価値のある情報だったのだ。まあ、これは流石に言えないが。
「……それで、その報酬を私にもおすそ分けしてくれるのは嬉しいですが、ただ喫茶店で美味しいお茶を飲むだけならラウラやビルギットに黙ってわざわざ2人で来る必要はないですよね?」
――やっぱり、オーディリア先輩にはこちらの意図は大方見抜かれているか。
「あー……、はい。
一応吟遊詩人との報告の件があったからという意味もありますけれども。それも幾らでも学院内で時間は作れますしオーディリア先輩が疑問に思うのも無理ありませんね。
……吟遊詩人の話の中に『貴族制の廃止』がありましたが、私は『貴族』についてほとんど何も知りませんでした。であるからその是非について吟遊詩人のような判断が出来ません。
また、アマルリック王子と勉学を共にするクラスメイトであるのにも関わらず、私は王家の守護者たる近衛兵に対してあまり無知でした。
『貴族』と『近衛兵』……。私はその2者についてあまりにもほとんど何も知らないから……」
そう言葉を紡いでいると、私の言葉を中断させるかのようにオーディリア先輩が割り込むようにして話し出す。
「……ちょっと待ってくれるかしら、ヴェレナさん。
私だって教えて欲しいくらいですよ。そのような状態であなたにお伝えするわけにはいかないですね」
……まあ、ここでの否定はパフォーマンスとしても存外重要だ。
周囲には王家の関係者だらけなのだから、ここで自信満々に貴族について語り出す平民、という構図はあまりにもオーディリア先輩に対する心証が悪くなりすぎる。
そして、オーディリア先輩は私の主目的を理解しただろう。
すなわち、王家に近しい者のホームグラウンドでわざわざ『貴族』と『近衛兵』について尋ねた、ということは、王族あるいは貴族側の立場から見た意見を欲しているということを。
そして、今回ばかりはオーディリア先輩に対して1枚上手を取れたことを確信する。内心の高揚感が若干言葉の節々に漏れながら、次の言葉を告げるのであった。
「……ええ。
ですので、今回はオーディリア先輩も聞き手役になりますね。
……実は今日、同級生で侯爵家子息のコロバート・ルーウィンさんに来て頂けるように王子に頼んだのですよ」
イベントスチルでは従者のように王子に寄り添っていた侯爵家の次期当主内定者。そして入学してから、ちょくちょく私に貴族の責務として話しかけてきていた人。
そして吟遊詩人の面会の件にも、最初の王子の依頼の際に同席していて全くの無関係ではない。
私が王子に報酬として要求したのは『王子の知る喫茶店の情報』ではなく。
――『ルーウィンさんとゆっくり話せる場のセッティング』。
これに喫茶店の話を捻じ込んだのである。




