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prologue-1


「――鉄道です! 如何にソーディスと言えども、そこは譲れないよ!」


「……ううん、ルトガルダ。……そこは航空機、だと思う、よ」



 吟遊詩人、ティートマール・ベルンハルト氏との会談。その後、報告も兼ねてソーディスさんが居候しているクレティの家へと一旦赴いた。


 とりあえず、ということで私は暖炉のある娯楽室のような場所に通されたが、その直後、クレティとその姉らであるアルバさんとエイダさんことロイトハルト3姉妹と、クレティの従姉妹で私達と同世代でソーディスさんと別邸にて暮らしているルトガルダ・ワルデルディスさん、その合計4人がこの娯楽室に示し合わせたかのようにやってきた。

 最初は簡単に今日あったことを報告するという体で、私とソーディスさんが買ってきたお土産の洋菓子を使ってお茶会をしていたが、まあ全員中学生女子なので、結局話は二転三転する無軌道な駄弁り会へと昇華された。


 だが、そこは曲がりなりにも油問屋の老舗の娘たちプラスアルファ。無軌道ではあるが無意味でも無価値な話をすることはない。情報交換やディベートもどきのような趣きが強く、雑談ですら利益の前提があるわけで。

 そんな中の一幕。

 今までこの世界で輸送インフラの主軸を担っている鉄道と、まだまだ発展途上の航空機。そのどちらが今後の旅客輸送のメインを担うかという、何ともまあ謎のやり取りの中で、ソーディスさんとワルデルディスさんが真っ向から対立した。


「――ヴェレナさん! ヴェレナさんはどう考えているのですか!? 鉄道のが安全性が高く、一度に多くの乗客を輸送可能じゃないですか。

 航空機はそもそも運賃が高いし、積んだ魔石が尽きたら一度地上に降り立つ手間がありますし。その点鉄道であれば魔石は駅で簡単に補給できるのに、ソーディスの言うことには納得できない。

 ヴェレナさんも鉄道派ですよね?」



 初手で巻き込まれたぞ、私。何回か話には聞いていて、顔合わせくらいはしたことがあったけれども、まともに話したのは今日がはじめてとなるワルデルディスさんに迫られた。


 でも、前世知識を持っている私にとって、その質問は正直、答えがほぼ決まっているというか……。


「……2つに1つと言われたら、飛行機ですね」


 まあ流石に近距離あるいは国内の移動であれば鉄道に軍配が上がるだろうけれども、国外の移動も踏まえると流石に飛行機が圧倒的シェアを誇っていた。


「どうして!?」


「えっ、時間は飛行機のが圧倒的だし……」


「運賃がまだまだ一般庶民が普段使いできる水準にないですよ?」


「大型飛行機を作って座席数を増やせば、単価は減らせるのでは……」


「……航続距離の問題は?」


「それも、大型にすれば沢山魔石を積み込めますね、燃費との兼ね合いにはなるとは思いますが」


「ソーディス! この人未来に生きているんだけど!!」


 特にあまり考えずに、前世ベースでワルデルディスさんの話に返していたら未来人扱いされた。一瞬ひやりとする。


「まあ、……ヴェレナ、さん……だし?」


「今更と言えば今更なんですよね、その神がかり(・・・・)の予知は」


 そして、ソーディスさんとクレティは私のことをポンコツ扱いしてくる。そしてその2人の物言いに頷くクレティの姉2人。まあ、良いけどさ……どうせアプランツァイト学園関係者はそういう扱いしかしてこないし。


「まあ、冗談はここまでとしてルトガルダ。そりゃヴェレナが航空機派なのは当然でしょう? この国で航空機運用と言えば軍用が主流で、それは魔法使いか錬金術師の管轄なのですから」


「あっ……」


 ワルデルディスさんが失念していたという顔で声を漏らす。

 確かに、『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』の中で、戦争するときに指揮する軍隊の中に飛行機があった。指摘されるまで私も忘れていたけれど。


 そうしたらクレティの長姉のアルバさんから、「何故あなたも図星突かれた顔をしているのかしら……」と言われる。表情から考えていること読み取るスキルは標準装備なんですか、この世界。


「……ねえ。ルトガルダ。……聖女の国、は……どことも国境を面していないはず。……だから、鉄道で繋がってない、よね?」


「確かにそうだし、商業都市国家と聖女の国は航空路線でしか接続されていないけれど、それは限定的というか、国外と鉄道で結び付けない聖女の国の苦肉の策じゃない……? 既に航空機よりも安価な鉄道が敷かれている所に、新しく航空路線を作成しても鉄道から顧客を奪えないはずよ」


「……単一路線では、なく……複数の航空路線を結びつけたときに、飛行機……というか、航空基地は……真価を発揮する、はず……」


 ……とまあ、こんな感じで、雑談と言えば雑談なのだけれども、随分と高度でテクニカルというか。ワルデルディスさんの父親が元聖女の国の駐在大使だったか。


「……いつもあの2人って、あんな感じなのクレティ?」


「そうですわね。国際関係の知識ですと、うち(・・)でもあの2人が卓越していますから、よくやっていますよ」


 あー……、これがソーディスさんがクレティ邸で居候が長続きしている理由の1つなのかな。単純な知識量もそうだし、おそらくソーディスさんにもワルデルディスさんにもお互いに話し合うことで考えが深化していっているのだろう。切磋琢磨という意味では貴重な環境なのかもしれないね。

 結局アプランツァイト学園にも国外に目が向いている人は少なかったし。逆にワルデルディスさんからすれば、ソーディスさんと出会えたことは確実に刺激になっているだろう。……まあ、私もソーディスさんを始めとする友人たちには大なり小なり影響を受けてますし。


「……ちなみに、クレティは鉄道と飛行機についてどう思ってるの?」


「私ですか? ……時期尚早ではないでしょうか。その高速性は認めますけど。

 まだまだ一般に航空機の安全性は浸透しておりませんし、飛行場といったらまだまだ軍民共用の航空基地ばかりではないですか。

 それに、仮に航空機が旅客を全て奪ったと致しましても、貨物需要はありますしそう易々とはなくならないでしょう。まさか魔石を航空機で運ぶ、なんてことはあまり意味がないですもの」


 まあ、そりゃそうか。そもそも飛行機が鉄道の利用客を全て奪い取れるわけもなく。それを成し遂げたとしても鉄道には貨物、そして魔石というライフライン供給源というインフラの肝要としての側面は残ったままだ。


「……となると、鉄道は当面、安泰というわけなんだ」


 私が独白に近い形で呟いた言葉は、クレティに拾われることもなく、そのまま流された。

 その代わりにその言葉はクレティの次姉に拾われる。


「というか、滑走路が必要で周囲に高い建物が無い開けた場所でないと飛行機は使えないので、その問題を解決できない限りは長距離はともかく短距離移動で鉄道や路面列車の優位性は崩れないと思いますわ。

 何より、鉄道は産業と密接に関係があります。容易には切り離せないかと」


 産業と鉄道の結びつき。……ああ、これは以前の製紙業の黒歴史でも私自身が提案していたわ。工場にとって輸送網として鉄道が重要なら、鉄道の立地によって地域産業の盛衰は決定する……のかもしれない。


「産業……ですか」


 しかし、ここの家族は個々人の視点がバラバラで面白いね。

 同じ家に住む親族のはずなのに、考え方がてんでバラバラだ。


「そういう意味では、鉄道も航空機も重要ですけれども……。

 個人的には、ヴェレナさんとソーディスさんがお会いした……吟遊詩人のベルンハルトさんの考えを詳しく聞きたいですね」


「……と言いますと?」


「大手商会の寡占状態になっている産業構造を変えるということ、そして税制の改革。勿論コンラッド宰相がやっていることではありますが。もっと抜本的に手を加えるという大胆な発想は感心致しました。一度ベルンハルトさんにも私もお会いしたいですね」



 いや、それはあまりオススメはいたしませんが……。




 *


「……成程、通りであの吟遊詩人が過激派組織と迎合しないはずだ。憲法解釈の是非にまで勘付いていたとは。

 ……随分深いところまで探って頂きましたね。ありがとうございます」


 私の目の前に相対するはエルフワイン・アマルリック王子。

 事の始まりはこの王子が私に吟遊詩人と面会するように非公式ながら求めてきたことなので、一応面会の内容を王子に直接報告した。

 王家がすなわちアマルリック家のことを示していないという吟遊詩人の憲法解釈論をぶつけるのは悩んだが、でも私から言わなくてもおそらくあの場には王子の手の者が潜んでいたはずなので隠し立てする方がかえって怪しまれるとして全部バラすことにした。


「――いえアマルリック王子。お礼なんてとんでもないです。……それよりも、あの吟遊詩人のこと逮捕しなくて良いのですか?

 流石に不敬罪が適用されるのでは」


 伝えておいてアレだけど、この部分の私の台詞だけを切り取るとただの悪人でしかないな。王子に取り入って他人を排除しようとしているようにしか聞こえない。

 そんな私の不穏当な台詞を軽く流して王子は答える。


「別に構いませんよ。建前論はともかくとして、王家の正統性は最大勢力でしか担保されていないのは事実ですからね。アマルリック家としての権威の確立は、父や私の世代では無理でしょうし。

 そもそも現行憲法であれば、我々が失政したとしても、王を別の王統に挿げ替えることは容易ですから、国家としての森の民は存続させやすいのですよ」


 まさか王子がそうした憲法解釈を認知し、それを是としていた発言をするとは思ってもみなかった。王子教育を受けているという話だから、もっと血統に対するこだわりが強いかもしれないと想定していたが、あたりが外れた。


 ……というか、これ。

 もしかして『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のゲームシナリオに関係してないか。


 この王子は、ヒロイン率いる聖女の国に敗北して、その降伏交渉の際に王家の存続と国王の助命、そしてその代償として自身の処罰を要求している。

 ゲーム中は、自身の父の命や自分の家を守るために自らの命すらも投げ打つ覚悟とその悲劇性に心打たれたが、王子の王統へのこだわりの薄さを鑑みると、全く考え方が違うのではないだろうか。


 つまり、『王家の存続』とは本当に、アマルリック家が王位に就き続けることを指しているのか……? いや、ゲームシナリオ中の王子の言動の真意については確かめる術は無いけれど。


 最初からアマルリック家による王位が権威によって裏付けの薄いものだと理解していたとしたら。

 果たして政略的に婚約で悪役令嬢の傀儡として、国家を戦争へ導いた彼の心境は……?

 その傀儡状態から打破された降伏交渉時に、命投げ打つ覚悟をしたのは当然国家体制の存続を意図した発言だろう。けれども誰よりも王子らしく振る舞う言動を身に着けているのにも関わらず、王としての血にはこだわらない直前まで傀儡だった人物が、敗戦の瞬間『王家を再定義』することを全く考えていなかったなどということはあり得るのだろうか。


 そして、そこまで考えてしまうと。

 悪役令嬢がその結末が見えていない以上に、結局聖女の国の2代目聖女となったヒロインの言わば王配・・として、あるいは多勢力の入り乱れる森の民の国王・・として、その生涯を終えるこの王子は本当に幸せだったと言えるのだろうか。


 そしてそんな将来の姿を、敗戦時に思い描ける程にはこの王子は優秀なわけで。そうした未来を予測してしまった以上、『自身の処罰』を要求したのではないだろうか。


 ――いや、それは流石に偏った見方過ぎるか。幾らなんでもそれでは王子もそうだが『ヒロイン』が救われない。

 悪役令嬢が処罰され、王子も救済されず、ヒロインすら愛されない物語なんて。


 ……まあ、逆に悪役令嬢が処罰されることで、王子もヒロインも大団円になるとしても、私はそんな退場の仕方をするつもりはないけれどもね。

 最低限度で、私と家族と友人の生活の保障くらいは確約される未来を掴む必要がある。


「……ヴェレナさん?」


 不意に王子から声をかけられる。……流石に長考し過ぎた。


「――いえ。吟遊詩人の考える憲法解釈が本義的なものであるとしたら。

 国が乱れたときに、割れてしまうのでは……」


 私の発言は王子の言によって遮られる。


「そうならないために、王座は1つしかないのですよ。最大勢力の『最大』とは1つだけなのです。2つ相並び立つことは……あり得ない」



 ――それは『王統を有する王子』として現王家以外の勢力の台頭を決して許さないということなのか。


 ――あるいは『王位を世襲する王子』として新たな王統が誕生した場合は、既存の政治体制を終焉に向かわせる覚悟なのか。



 とはいえ。私はこの王子の横に立つつもりはない。

 であれば、ここの返答は1つだろう。


「では私は、魔法使いの卵として。瘴気の森の魔物を倒し、王家・・と森の民に千年の繁栄を約束できるような魔法使いになれるように努力していきますね」


 徹底的な建前論。クラスメイトとして、そして魔法使いの同期を共にしただけの王子と庶民として。

 そんな線引きを強調する私の姿に、最早苦笑いを見せる王子。


 この王子に恋愛観念などという個の意識があるとは思えないが、私がそれを徹底的に忌避しているメッセージは伝わっているはず。そして、それ以上に私が王子とのクラスメイト関係を利用して政治的に立ち回るような振る舞いはしたくないということも。


 そんな私の姿を見ながら、咳払いをして王子が場を流し、一言。


「私としては、そうした振る舞いは新鮮ですので面白いのですけれどもね。

 ……ただ、ヴェレナさん。あなたと会談に同席したソーディスさん、でしたっけ。お2人に近衛兵から革新主義者――まあ早い話が過激派ですね。その疑いが出ております。

 私で否定はしておきましたが、一応不用意な言動は注意した方がいいかもしれないですよ」



 ……さらっと、なんてこと言うんだ。この王子は。

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