5-10
この国の過激派組織の思想的中核を担う吟遊詩人、ティートマール・ベルンハルト。
その彼自身の実像は、こうして会って話してみることで、認識に大きな相違があることが分かってきた。
過激派組織の指導者というわけではなく。
革命と言う手段ではなく、どういった世界を実現させたいかを論じる思想家であり。
その理想の世界は、決して物騒なものではなく、むしろ――前世世界に近似していること。
現在の『森の民』という国家に課題は見出してはいるものの、その一方で現状打開勢力としてのガルフィンガング解放戦線に代表されるような過激派組織に迎合すらもしていない。
……例え彼らが、思想的に吟遊詩人自身に共鳴しているとしても。
そんなベルンハルト氏の考えの一端を伺える言葉が出てきた。
誰であっても、『王家を主体とした市民革命』は失敗すると明言した。
それは、彼の著書である『森の民国家維新論』の中で書かれている内容であるにも関わらず。
その真意を求めて、彼の続きの言葉を待つ。
「そもそも『森の民国家維新論』を執筆したのは、19年前だからね。
書いたことそのものは間違っていないと確信してはいるけれども……流石に19年前から全く考えていることが変わらない、というのはありえないよ」
……確かに。
形あるもので意見や思想が残されているおかげで、それがさも今現在の作者の主張を述べているものだと誤認してしまっていた。
普通の人間であれば。19年という年月は、考えを全く異なるものと変えるだろう。
それだけの時間があってなお何一つ変わらない、というのは首尾一貫した軸のある人物、というわけではなくただ成長していないだけなのでは? と勘繰ってしまう。
時代が変わり、周囲の環境が変わり、外的な刺激が変われば、当然それらに触発されたりあるいは反発することだってあるはずで。そうした変化を伴ってなお、自己の考えが全く変わらないというのは、最初から何も修正する必要が無かった全能と呼ぶべき存在か、何も学んでいないかのどちらかとなる。
そこまで分かった上で、1つ。この吟遊詩人に根本的な問題を投げかけてみる。
「つまり、それは『森の民国家維新論』が誤っているということですか?
……それであれば新しく今の自己の考えを発信すべきではないのでしょうか」
「私としては誤っていると考えてはいない。
まず第一に、考えが変節したからといって再版するにも発禁処分になされているからな。刷新することができないというのが1つ。
そして刷新してもそれを手に取らない人もいるだろう。結局のところ初版を出した瞬間から自己の発信した情報には責任を取らねばならないからだ」
自己の発信した情報には責任が伴う。……それが、例え今の考えとは異にしていたとしても。
そして事は思想書で、その考えとは『市民革命の実行』であるだけに、責任は重い。
「責任、ということは……」
「私の思想に共鳴して、決起された者が処罰されるのであれば。
――例え、自らに罪が及ばなくても自らの命でもって償う必要がある」
……そうか。自らの主義主張を発信しそれで社会を変革する、という行為には、これだけの責任が伴うのね。
*
「それで、ベルンハルト、さんは……、考えをどう変えたの……です、か?」
実際に吟遊詩人のベルンハルト氏がどう考えを変節したのかソーディスさんが聞く。
「……『森の民国家維新論』を書いた当時。私は王家という権威を掲げさえすれば、革命は成就すると考えていた。森の民の成立背景からして、最大勢力にしか過ぎなかった王家が統一会議にて権威として確立したからこそ、各部族勢力が恭順したのだからね。
それ故に、既存体制の打破にも王家という正統性の確保は必須であると考えていた」
大義名分として、あるいは旗頭として、王家を利用しようと考えていたということか。そのイデオロギー的な価値観はともかくとして、理屈としては正しいような気もする。革命や既存体制の打破と言えば、聞こえは良いが権力を確立できるまではただの反乱でしかない。
そんな反乱勢力が新たな権力者として君臨するための選択肢は限られてくる。国内の他の勢力が太刀打ちできない程の権勢あるいは軍事力を有するか、逆に敵対者が攻撃を躊躇う程の権威を手中に収めるかのいずれかだ。
『国王によって直接指導された市民による軍事蜂起』。それは国王自身が主体となり、積極的に革命を主導をしていることを示唆している。確かに、そこまでの事態となれば他の勢力がおいそれと手出しすることはできないだろう。
――しかし、この吟遊詩人はそんな19年前の自分自身の考えを一蹴しているのである。
つまり、この手法には構造的欠陥があることに気が付いてしまったことに他ならない。
私は彼の話の続きを促すようにして無言で目線を送る。
彼はそんな視線に気が付いたのか、私に対してひとつ質問をする。
「部族社会からの統一のために最大勢力であった彼らが王位に就く。そして王家というものが我が国に生まれた。それは我が国の憲法にも明記され、王家の正統性は法学的にも担保されている。
フリサスフィスさん。憲法原文を読んだことは?」
「……いえ。ありませんね」
「まあ、今言ったことがほぼそのまま書かれているだけだが。
――『王位は、森の民の最大勢力を有する王統が之を世襲する』。
実に見事だ。違和を抱かせないように優れたレトリックが仕込まれている。
この一文。たった一文に、19年前の私の考えた革命を否定する要素が内包されている」
……王家が王位に就くってことを言ってるだけにしか聞こえないが。
ここに何かが仕組まれていると。一旦整理してみるか。
王位。これはそのまま王権のことを指しているはずだ。我が国の国王の地位を表しており、文章全体で地位保障を行っていることとなる。
森の民の最大勢力。今まで言われてきた通りの部分だねこれも。我が国の統一期に最も強大な領主であったからこそ、王家と相成ったわけで。
王統。王家の血統のことを指す言葉かな。つまり血筋による相続が行われる。
之。代名詞で王位を指しているね。
世襲。これで、王位が王家の血統……親族関係にある者が代々継承していくことを示される。
まとめれば、『我が国の国王の地位は、最も大きな勢力を誇る王家の血統によって代々継承される』ということになる。うーん、今まで言われてきた内容とそう大差無いような。
だって、国王は王家が継ぐって当たり前のことじゃ……?
……ん?
瞬間、私は違和にぶつかる。
僅かに感じた妙な感覚は自覚した途端急速に広がり、それは疑問として形になる。
「「――あのっ……!」」
私の言葉とソーディスさんの言葉が重なる。
見るとソーディスさんが珍しく表情を崩して動揺を露わにしていた。
私とソーディスさんは互いに見合い、それぞれ自身の中に生まれた疑問を口にする。
「王家……いえ、王統について定めた条文や法律はあるのですか!?」
「『森の民の最大勢力』……これが、どの時期の、最大勢力かが、明記されていない、です。……他の箇所で補填、なされている……のです、よね?」
私達2人の質問に、吟遊詩人、ベルンハルト氏はたった一言で同時に答えた。
「そんなものはない」
*
『王位は、森の民の最大勢力を有する王統が之を世襲する』。
私とソーディスさんの疑問、そしてベルンハルト氏の言によって、この一文の解釈が丸ごとひっくり返る。
王統……王家の血統とは何かを定めた条文も法律もない。
となると王統とは、この文の『森の民の最大勢力』という部分で規定される。
そしてソーディスさんの疑問。『森の民の最大勢力』には、どのタイミングでの最大勢力か? という『いつ』を示す情報が欠落しているという点。
普通に読めば『森の民が国家として統一したとき』なのだが、それが明記されていないとなれば、それを『現在』と解釈することができる。
まとめると。
――王位とはすなわち、最大勢力となれば誰でも世襲可能となるわけで。
それをもっと直截的な言葉で、吟遊詩人は断じる。
「つまり、王家を現在王位に就いているアマルリック家と定める法的根拠は何も無いのだよ」
「……なっ! 不敬であるぞ! 我々は仮にも王子の信任を経て貴殿と対談していることを忘れたのか!」
流石にこの物言いには、オードバガール魔法準男爵が耐えきれなかったようで怒りを発露させる。
……まあ、確かに王子の口添えがあったから対談に踏み切れたわけで、その当事者である私達に話す内容としては異常としか言えない。
となると、ベルンハルト氏は私達を個々人として応対しているわけで。つまり、この憲法解釈を私達にぶつける必要があったと。
そして、そんな彼に私とソーディスさんの2人で王権に疑念を抱く質問をしてしまったのは流石にまずかった。
だってこの場には確実に、王家の手の者が潜んで私達の行く末を監視しているはずなのだ。ここで魔法準男爵が怒らなかったら、私達は王子の代理者である建前なのに、その王子を冒涜するかのような吟遊詩人の物言いを受け入れてしまうこととなってしまう。
……つまり、私もソーディスさんもミスをして、魔法準男爵がカバーしてくれた。
となると、ここからの選択肢としては、オードガバール魔法準男爵の怒りに便乗する形で私が不快感を受けたとして、そのまま対談中止にするというのが1つ。あくまで王子の代理人という立場を重要視するのであれば、これが最もリスクの少なく堅実な一手ではある。
ただ、問題は……。ベルンハルト氏の考えが変節した理由がまだ聞けていないのよね。そして王子個人はおそらく、ここで取りやめて王家への忠義を示すことよりも続行して情報を持ち帰る方を重視している、とは思う。
さて、難しい局面での判断を迫られたな、どうする私。
そう考えていた最中、不意に隣から言葉が発せられるのを耳で受け止める。
「……それ、で。何故……王位が王家――アマルリック家ではなくても構わないことで……、革命は、失敗するのです、か?」
――ソーディスさんによる対談の続行の意志表明であった。
これ以上は王家の者から不興を買う可能性があるにも関わらず独断で続行する判断を下したソーディスさんを見るとその目には明らかに意志が籠っていた。
……リスク覚悟で、進むことを選択したのか、ソーディスさん。
そして、ソーディスさんの口から続行を主張したことで、あまりこういう言い方はしたくないが最悪の場合、私は全責任をソーディスさんになすりつけることが可能になった。というか、ソーディスさん自身が分かってやってるよねこれ。
ソーディスさん自身から見れば、王子からの代理人としての責任が強いのは私だ。だからこそ、私の口から続行判断を口にさせるわけにはいかず、自分自身でするしかなかった、と。
そして予想外なのは、そんな続行判断を下したソーディスさんに対してオードバガール魔法準男爵は驚きの表情こそ向けているものの、特に直接何も言わなかったこと。
つまり、先ほど吟遊詩人に怒りを露わにしたのはパフォーマンスで、彼自身もこの会談の続行を望んでいるということに。となると、本当に私達を守るためにあえて怒ったのか、彼。『護衛』の言葉の範疇には過激派からだけではなく、王家の追及からも守るという意図が含まれていたということになる。
となれば。私も腹を括る必要がある。
ここまでの覚悟と意志を見せられたのであれば、私は2人に守られているだけでは駄目だ。
だって、今この瞬間。名目とはいえ代表者として2人を率いるのはこの私なのだから――。
*
「革命……、いえもっと単純に言えば物事を変えること。変革を成し遂げるのには、権力や軍事力、あるいは財力などのチカラだけでは不可能で、『機』と『核』が必要となると私は分析している。『機』そのものは満ちているだろう、社会不安が増大して国民全体が閉塞感に包まれている。問題は『核』になる。
……19年前の私は、その『核』が王家になると信じていたからこそ、国王主体の市民革命という言説を『森の民国家維新論』の中で述べたのだけどね」
変革を成し遂げるには『機』と『核』が必要。
『機』……タイミングが大事というのは理解できる。如何に個人で鬱憤を抱えていても、周りの人間は現状に満足していれば何かを変えるというのはできない。社会構造を変えるなどという大それたことをするには、それこそ多くの人間が今に不満を持っている必要がある。
それを踏まえて今の情勢を鑑みれば、一応現宰相・ウェンデリン・コンラッド氏の下で『森の民金融恐慌』を克服し、長らく金融不安の元凶となされてきた『魔王侵攻手形』関連の処理も終了した。にも関わらず、社会不安は一向に改善されずに過激派組織の伸張を招いている。経済が上向きになったはずなのに、それが国民レベルでは感じられない、という現状は確かに閉塞感がある、と言えるのかもしれない。
だが、『核』とは何だろう。確かに、今までの吟遊詩人の憲法解釈を聞いてしまえば、王家が『核』ではないと判断を下すのは分かるが。
「例えば、商業都市国家群の『核』は『大義』。
有象無象、数百を超える都市国家の連合体でしかない商業都市国家群が、もし統一国家として出発するためには、彼らの民族にとって綺麗事であろうと大義名分は絶対に必要だ。
仮に一勢力がどれだけ軍事力や財力で圧倒しようとも、それだけで統一することはできないだろう。都市国家の数が多すぎて最早互いの利益が相反し過ぎている。
それでもそんな彼らをまとめあげるのには、全ての商業都市国家人が納得・実感できる域――それこそ魔王侵攻や侵略戦争からの防衛などといった――『大義』が必要となる」
例として挙げられたものは、私を驚愕させるに値するものであった。
商業都市国家群の統一には『大義』が必要。
……これ。『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』でのシナリオそのままじゃん。
ゲーム上の森の民の魔法使いの強硬派が、奇襲的に商業都市国家群への侵攻を開始したことで商業都市国家群において挙国一致の合議政権が成立し電撃的に統一国家が誕生することになる。その統一した商業都市国家群はなりふり構わず周辺国に助けを求め、ついに聖女の国の参戦、そして魔王侵攻の間まで劣勢でありながらも森の民相手に持ちこたえ続けるのである。
この場合の『大義』とは、侵略国家の駆逐と勝利。今、吟遊詩人が言った「侵略戦争からの防衛」にそっくりそのまま当てはまるのである。
ならば、聞かねばならない。ベルンハルト氏の考える、この国……森の民の『核』となる要素を。
「それでは、森の民では『核』となるのは……一体……?」
「王家ではない。仮に彼らを奉じて革命を成し遂げたとしても既存の勢力は森の民統一時に2番手であった大公家を新たな王に据え国家を二分して争うことになるだろう。そうなってしまえば革命側に勝利の見込みは薄い。既存体制全てを相手にして勝利するだけの基盤は今のガルフィンガング解放戦線には無い。故に王家以外の既存権力との協力が必須で拮抗状態に持ち込まねばならぬが、彼らが『奸臣誅殺』を掲げている限り、それは難しいだろうね」
確か、ガルフィンガング解放戦線のスローガンは、『革新断行』・『絶対王政』・『奸臣誅殺』だったか。見直してみると確かに吟遊詩人の思想を基にしていても随所に異なる点もある。ベルンハルト氏は絶対王政では王権の世俗化を主張しているし、奸臣誅殺など一言も述べていない。
そして奸臣誅殺を公言し、既に暗殺と言う手段でそれを一部達成している以上、既存権力が彼らと迎合する可能性は極めて低い、と言わざるを得ず、必然的に全面対決となるわけで。結果、勝てないとなる。
「森の民の『核』とは。
――大多数の派閥を利害で掌握し、強権や果断な決断力でもって国家を統治できる人物。加えて自己の信念を捻じ曲げず推し通し、他者を懐柔・排除するのに長けた悪辣と呼ぶべき逸材だ。
森の民はあまりにも各勢力に渡って権力が分散され過ぎている。故に既存体制を打破するには、この派閥に潜りこむしかないのだが……。それで仮に権力を握ったところで各派閥との連合政権にせざるを得ず、結局既存体制の域で収まってしまう。
となると個々人で優れた才覚を有していても烏合の衆と成り果て、的確な政策を打つことができない。
だからこそ果断な決断でもって引締めが行え、恐怖だろうが武力だろうがそういった有形無形の圧力を利用して、自分1人に権力を統合できる人物が現れない限り、この国は変革することができない。
――そう。それは、まるで物語の『悪役』におあつらえ向きの人材だ」
……ここで、そう出てくるか。
この国の体制変革には『悪役』が必須となると述べる吟遊詩人ベルンハルト氏。
理想の社会として前世世界に近似する社会システムを予期し、商業都市国家群の統一に際して限りなくゲームシナリオに近い展望を語った彼は、『森の民国家維新論』を執筆してから19年の歳月を経て、この国の政治中枢に『悪役』が現われることを予期している。
――既に『悪役令嬢』の芽は、森の民という国家に萌芽していた。
*
「いやはや、女性でしかもまだ中学生だろう?
あの胆力……手弱女かと思っていたが、中に獅子を飼っていたとはな。
ワーガヴァントさんで合っていたか? どうしてフリサスフィスさんの周囲の人物はこうも逸材ばかりが揃っているのだ」
「オーディリア、先輩に比べれば……まだまだ。こういう、場は……場数が足りないと、思い、ます。
オードバガール、魔法準男爵も。私達の至らぬ、ところを補っていただいて……、ありがとうござい、ます」
未だに降りしきる雪を傘で防ぎながら、茫然自失としている私をよそに妙に仲良くなっているソーディスさんとオードバガール魔法準男爵。
この直後に、ソーディスさんは吟遊詩人から頂いた本――『見棄てられた都市』について交渉を行い、写本を後で渡すことで発禁本の譲渡を見逃してもらうことに成功していた。……ちゃっかりしてるのな。
「……おそらく後日、王子から直接今回の報告を求められるからその用意はしておくように。……まあ、ただ今日は休むといい。2人はこの後ご予定は?」
「……いえ。このまま、クレ……私の家に、ヴェレナ、さんを連れていくつもり、です」
一瞬クレティの家と言おうとしたソーディスさんであったが、居候ということを説明する手間を嫌ったのか「私の家」と言い直す。
それを聞いた魔法準男爵は、頷いて近場まで送ろうと言い、その直後部下に用意させていたのか公用車をベルンハルト邸の門前に付ける。
その言葉に甘えて、乗り込む私とソーディスさん。
この寒空の中、バス停まで歩くのは距離があったし助かる。
あっ。ビルギット先輩からお借りした分家の方々と、ソーディスさんに付けられたクレティの家の護衛。
私達が車に乗ってしまったらどうするんだろう。……まあいいか。
*
「あっ……すみま、せん。この辺りからなら、歩いて帰れるので……。
ここまでで、大丈夫です。車を止めて、いただけます、か?」
ソーディスさんの言葉に従い、停車する。……話し始めてから車を止める意図が伝わるまで若干のタイムラグがあったから、結構進んじゃったけど。
私とソーディスさんは車から降りる。家の前まで送らなくていいのか、と聞いてくる魔法準男爵に対して、ソーディスさんがちょっと帰りに寄りたい場所があると固辞し、頭を下げて今日のことの感謝を告げる。
私もソーディスさんに追従するように、頭を下げて一言「また学院で」とそう伝えると、苦笑いしながらも頷いた。……監視役ってバレながらも潜み続けるのって結構しんどそうね。知らんけど。
それで、魔法使い組織の公用車と分かるように盾と杖の紋章を付けた車が去る。
そして辺りを見回してみると、確かにクレティの家の門前ではなく知らない場所であった。
ソーディスさんが来た道を戻るので、そのまま付いていくと、1軒のお店があった。
ケーキ屋さん? 洋菓子屋さん? お店は緑色を基調としたファンシーな見た目であった。
ソーディスさんがためらいもなく店内に入ると、入口正面に置かれた魔石冷蔵装置のディスプレイの中にあるケーキをいくつか選んで持ち帰り用に包んでもらっている。
「お土産。……クレティさんの家族に、買っていこうと、思って。
ヴェレナ、さんは……どうする? 家で食べる? それとも……、ここで食べてく?」
頭脳労働と極度の緊張から解放された直後のこの誘い。
それを、無下に断ることは私にはできなかった。
*
ソーディスさんは手早く『週替わりのおまかせパフェ』なるものを2つ注文して、そのまま席へと案内される。店内は暖かく、制服だと暑いくらいだ。
先に出された紅茶に手を付けながら、ソーディスさんに尋ねる。
「でも、ソーディスさんから、こういうお店に誘われるとは思わなかった」
「……クレティ、さんの家に居候するように、なってから、お菓子を食べる機会が増えた、から」
あー……。確かにクレティの姉2人であるアルバさんとエイダさんに避暑地であったときにはアイスケーキを振る舞われたし、意外と甘い物好きな家系だったりするのかも。
「それに……、ヴェレナ、さんは自転車で、よくお店巡りしてる……って言ってたし、ね」
言ったっけ? そんなこと。
あれかな、初めてソーディスさんと映画館行ったときのことかも。ちょっと見栄張っただけだったのに、ソーディスさんの中ではオシャレ趣味の持ち主と思われていたのか。
まあ、そこは流して今日の感想を聞いてみるかな。
「……どうだった、吟遊詩人のベルンハルトさんと会ってみて?」
もちろん、私の思想防壁となるという話が嘘偽りではないし、実際にソーディスさんが居たおかげで随分と助けられたけれども、結局彼女の目的には、会ってその人となりを確かめることが含まれているのには違いないだろう。
「うん、会えてよかった……。私から、見えない視点での、話……聞けて良かった。
それと……ヴェレナ、さんの想像の……裏付けが、取れる人も居る、ってことが、分かったのも……収穫」
私の想像――前世知識について、今まで『結論だけ見通せる力』だとか占いレベルとかそんな評価でしかなかったものが、この世界の一流の思想家クラスまで行けば予測可能な世界であることが分かった、というのがソーディスさんにとっては収穫で。
そして見えない視点。これは、ベルンハルト氏本人の国家観というか、『核』の考え方の精度の高さであろう。
視野の広さや、知識・見識の広さ、そして知識の応用性にも優れるソーディスさんであったが、彼女からしてみると国家間や世界規模での戦略レベルでの思考能力に難があると感じていたようで、そうした自分に不足している考え方の一端をこうして本人に会うことでそのプロセスを肌で感じた、というのは彼女にとって非常に大きな経験になったということ。
……まだまだ、ソーディスさんにも伸びしろがあるというのは恐ろしい。
「ヴェレナ、さんは……どう思った、の?」
「あー……、私?
ソーディスさんが憂慮していた、吟遊詩人と私の考えが似通っているという部分。……多分、思考回路とか前提にしているものは全然違うのだろうけれども、正直ほとんど彼の言っていた理想世界は私の想像通りで驚いた」
と、同時に、私にとっての憂慮事項もいくつかできた。
1つは、この国の過激派は彼の思想に共鳴しているので、私が前世知識に基づいて動くことそのものが、今後はベルンハルト氏に影響されたと思われかねない。もっと言ってしまえば私自身が過激派として取り扱われる危険が出てきたという点。
でも、この段階で知れてむしろそれは良かったとみている。私がどう行動しようとも、この世界では過激派の思想として捉えかねないのなら、早くにそれをこうして理解することができたのは僥倖といえよう。まだ対策ができる段階だ。
そしてもう1つ。
そんな吟遊詩人からこの国の変革の『核』となる要素として『悪役』が挙げられた点。
『悪役令嬢』たるヴェレナ・フリサスフィス――つまりゲーム上の私に直接的にぶつかる要素がついにこの世界の人間によって、言及されてしまった。
私自身が、かの吟遊詩人の予測をかなりの確度と推察していることで、そこまで言い当てられたのは純粋に恐怖すら感じる。私はゲームシナリオで全て知っているから後出しで判断しているだけなのに対して、あの吟遊詩人は現在と過去の情報だけで、その結論に辿り着いている、この差は如何ともし難い。
そんな2つの懸念について思いを馳せていたらふと、店員さんから声がかかる。
「お待たせいたしました。『週替わりのおまかせパフェ』――いちごのショコラパフェとブルーベリーソースのグラノーラパフェでございます。
ごゆっくりどうぞ」
「ソーディスさんは、どちらがいい?」
「私……苺の方、食べたい……。いい、かな?」
正直どちらも美味しそうで自分では決めかねていたので、ソーディスさんが苺が良いと言ったことで、必然的に選ぶことができて助かった。
しかし、この雪の降る冬の時期に苺か。ハウス栽培というか、そうした季節をずらして栽培をするという考え方がこの世界にもあるのね。
そして自分のところに置かれたブルーバリーソースのグラノーラパフェ。しかしパフェでグラノーラとは。コーンフレークを使うことはあっても、そこでグラノーラを選択してくるのは中々に珍しいチョイスではないのかな。
でも、これはもう食べる前から美味しさが確定しているやつだ。濃厚なブルベーリーソースの仄かな苦みがグラノーラと調和する感じ。
「じゃあ、食べようか。ソーディスさん」
「うん……いただき、ます」
こうして初めての、ソーディスさんとのタッグを組んでの会談は幕を閉じたのであった。




