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 あのときの夢を見た。2年前にこの世界にやってきた、そのときの夢だ。

 それは私が信じて疑わなかった、けれどももう2度と叶わない現実ユメの続きのお話。





 スマートフォンのアラームを設定し忘れて、そのまま朝に寝てしまった私は、結局夕方に起きてしまう。そこはいつも通りの私のマンションで、私の部屋で、私の布団。

 何もおかしいことはない。……ただ、寝過ごしただけ。


 一日を無駄に過ごしてしまったことに無気力に悪態を尽きながらも、フルーツグラノーラの抜け殻(・・・)を片付ける。うわあ、水にも漬けなかったからカピカピだ、これは洗うの面倒だぞ。


 そして昨日の夜からずっと朝までゲームして、そのまま寝ちゃったからお風呂にも入っていない。若き乙女がお風呂サボるなんて女性としてどうなのよ、と若干へこみつつ、ささっとシャワーだけを浴びる。まだ日が出ている時間に浴びるシャワーはいつもの2割増しで気持ちいい。けれどマンションなのでお風呂場には窓が無いのよね。

 年末には温泉に行くのもありかもね。それで日の光を浴びながらお風呂に入るなんてのは最高に気持ちいいはず、うん行ける友達探してみるかな。


 白黒ボーダーの長袖の上にはデニムジャケット、そしてカーキのワイドパンツ。まさに何処にでもいる量産型女子。冷蔵庫の中が心許ないのでとりあえず買い物へ行かねば。


 でも今日は朝ごはんしか食べていないので、結構お腹空いている。

 スーパーで惣菜でも買うか。マンションからスーパーが近いのは地味に自慢だ。もっともその副作用として最寄駅まで徒歩20分という一応都会のはずなのにすさまじい僻地になってしまったが。

 スーパーに入ると一直線に惣菜コーナーへ直行する。

 ああ、とんかつに割引シールが貼られているね。これにしよう。


 流石に惣菜とんかつだけでは侘しいので、キャベツでも切るか、ということでキャベツのハーフ&ハーフカットもカゴに入れる。

 そして飲み物も買っておこう。ペットボトルでいいや、と適当に目についた2リットルのジャスミンティーを入れた。流石にカゴが重い、もういいや、レジへ行こう。


 完全に明日のことなど微塵も考えないその場しのぎのラインナップのままレジを通す。


 帰宅したら、まず冷凍ごはんを解凍し、惣菜とんかつも電子レンジであたため。その間にキャベツを千切りにして、お湯を沸かしインスタントの味噌汁も作って完成。惣菜コーナーで無料の使い切りの辛子もかっぱらってきた、そういうところは抜け目ないのだ。


 常備してあるとんかつソースをカツとキャベツにかけてそのまま食べる。

 あっ、そうだ。あのゲーム掲示板に重いシナリオを薦めてきたやつへの文句書かなきゃ、危ない危ない忘れるところだった。大事なことだね。


 さあて、ご飯を食べながら、明日どうするかを考える。今日無駄にしちゃったからね。

 このまま今日の夜からまたあのゲームの別シナリオをやってみる、これが最有力だ。問題はと言えば休日がゲームだけで終わるという点だ。


 どっか行って何か食べたりするのもアリかな。ホルモン鍋とかたまには食べたいけど1人で行くのは寂しいから誰か誘って来る人いるかなあ、うーん連絡取るのめんどくさいなあ。絶対もっと早く言えっていわれるしなあ。


 何となくテレビを付けてみたら新作の映画についての話をしてた。おっ明日から公開じゃん。これ行くのもアリかもね。原作ドラマ面白かったんだよね、映画だとどうなってるんだろ。

 そうそう、原作ドラマ良かったから勢いで主題歌のCDも買っちゃった。まあ推しのアイドルの曲だし後悔はない。買ったはいいけどまだフルで聴いてないんだよね。


 そういやその推しがSNSで何か最近読んだ漫画とか小説とかすげープッシュしてたな。これはファンとして目を通しておくべきなのかねえ。うーん、そこまでするのは時間がね。


 しょうもないことは色々思い浮かぶけど、何か面倒なんだよね。もっと派手でドーンとしたことをしたいって気持ちもあるけどインドア派だからお家からあんまり出たくないのです。

 いっそのことたまには実家に帰ろうかなとも考えたけど、日帰りで行ってもなあ……。決して行けない距離ではないけど何しに帰ったってなるしね。


 でも実家か。しばらく帰ってない。最後いつだろうか、うーん、記憶を探ってみても思い出せない。今年のお正月には帰ったのは間違いないから、そこから帰ってないとなるともう半年以上になるのか。ああ、お盆くらいは帰っておけば良かったかもなあ。


 実家ねえ、2階建てなのは良いんだけど、今時珍しい曇りガラスの仕切り窓で、住宅街にあって、でも車は持ってなくて、冷蔵庫のようにでっかい魔石通信機が……


 ――あれ?


 父は魔法使いで、でも学校の先生で……


 母は、グルメ家でいろんな料理を知っていて……、あれ、おかしい。


 これは誰の記憶?本当に私の記憶なの?


 ――それとも、ヴェレナの記憶?



 ――





 ひどい目覚めだった。


 起きたばかりで記憶が混濁している。何やら昔の夢を見たような気がするが詳細はあまり思い出せない。でも夢ってそういうものだよね。目が冴えると大体忘れちゃう。



 忘れてしまった夢の内容はともかくとして、早く起きなくては。

 親子3人で寝てもゆとりのあるキングサイズのベッドから下りるようにして移動する。身長結構伸びたと思うのだけれども、まだまだベッドは大きいです。


 そうそう3人でひとつのベッドを使ってはいるけど、他の家庭では2つとか3つのベッドを連結させるのが基本っぽいね。ウチの夫婦は私が将来的に1人部屋を持った後は広々スペースというわけだ。


 お父さんとお母さんは既に先に起きているが直接食卓テーブルには向かわず、洗面所に立ち寄り顔を洗う。『魔力反応水』で顔を洗い、常温の小型ウォーターサーバーのようなものから飲料水をコップに出してそれでうがいをする。

 これ慣れなかったなあ、今でも水道水の要領で水発生装置から直接『魔力反応水』を注いでうがいしそうになる。まあ別に『魔力反応水』でやっても、うがい程度なら体調も崩さないらしいけどね。誤飲すると腹痛とか起こすらしいので試す気にはなれない。



 すっきりしたところで、食卓へと向かう。「おはようございます!」と軽く声をかけ挨拶をして席に座る。お父さんは新聞を読んでいて、お母さんは料理を作っているようで手伝おうとそばに寄るものの、もう出来るそうで、皿を出すように言われた。手伝うには寝坊したか。


 そうそう、お父さんが度々読んでいる新聞も気にはなっている。前の世界の識字能力をもってすれば読めないことはないんだけど、まだ子供だし、あんまり手はつけないようにしている。隙を見てちらっと見るくらいはしているがまだ世の中の出来事の把握とかはできていない。

 子供向け新聞とかを頼んでみるというのもありなのかもね。


 そうこうしていると、朝ごはんができたようだ。冷めないうちにテーブルへと運ぶ。おっと、スープもあるようだ。これも忘れずに運んでお手伝い。


 スープはキャベツとベーコンが入っていて塩で味付けした非常にシンプルなものだ。うちでは比較的出る方なので覚えてしまった。逆に凝ったスープをつくることもあるけど朝からヘビーなスープをお母さんが作るときは大体スープ一品料理のときだ。他のメインがあるときは大体こういった簡単なスープを作る。バランスも兼ねているんだろうね。


 さて、椅子に座り朝ごはんを食べることにする。

 溶いた卵を丸く大きく焼いたものが2つ折りになっていて中には具材が入っているようだ。形は違えどオムレツに近い料理と言えるだろう。

 ナイフで玉子を切ると中からは様々な具材が出てきた。スライスされたジャガイモにタマネギ、それにベーコンが入っている。


 フォークでナイフで切ったそれを刺して口へと持っていく。タマネギの歯ごたえとジャガイモのボリューム、それが玉子と調和している。ベーコンもそこにエッセンスとして加わり、塩と胡椒でピリっと味も整えられて食欲が進む。朝から良いもの食べてんな、私。

 そしてシンプルなスープはキャベツの甘さが染み渡るような優しさを届けてくれる。少々濃い目に塩胡椒で味付けされたメインに対しては、やっぱりシンプルなスープが安心するね。



「今日は6月の収穫祭だったな。……ヴェレナ、準備はできているか」


 お父さんの問いかけに頷いて返す。

 収穫祭は文字通り、作物が採れたことを祝う行事だ。ただし、この世界が『女神教』という『豊穣』を司る女神様を信仰しているため、収穫祭自体は実は6月、10月、11月と1年に3回もあるのだ。やり過ぎだね。


 ちなみに何食わぬ顔で6月とか元の世界の暦が出てきているが、この世界でも暦、というか1年が365日だったり、12ヶ月だったり、4年に1度の閏年だったりは一緒だった。

 実際『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のゲーム内でも魔力『通信』でイケメン達とデートの約束取り付けるときとかにカレンダーが登場していたしね。その辺りの名残なのだろう。


 その中で6月の収穫祭とは、冬小麦の収穫を主に祝うお祭りだ。かつては小麦は税収に関わるため盛大に祝われたが、作物の多様化で実は10月や11月の秋の収穫祭の方が盛り上がる。そっちは元の世界のハロウィンとか感謝祭にあたるのかも。


 一方で、6月の収穫祭で特徴的なのは数え年で6歳、つまり小学校入学前の子供の成長を祝う儀式があるということだ。多分、6月と6歳をかけてるねこれ。


 来年には小学校への入学を控えている私もまた、その対象というわけなのだ。そしてこの6歳を祝う儀式は大きな教会でやることが多く、折角なので私とお母さんは大聖堂へと赴くこととなった。


 そのため、ご飯を食べ終わった後は、洗面台へと再び向かい歯磨きをした後に、お母さんが用意した服に着替える。

 白のノースリーブに水色と白色のボーダースカートのワンピースでスカート部分はシフォンが重ねてあり、ふわっとした印象が特徴的だ。私のセンスではこうはならない。それに薄いピンク色の肩掛けの出来るレザーのポシェットを持っていく。


 ……え? お父さん?

 お父さんは残念ながら仕事なんだな。というのもこれは魔法使いが祝日出勤強要するブラック企業というわけではなく6月の収穫祭の成立背景にある。


 子供の成長を祝うため子供は祝福される側、女性はこのお祭りを運営し女神様に感謝する場ではあるのだけれども、一応『収穫祭』なので、男性はこの間小麦を収穫しているのが望ましいことと昔はされていたようだ。勿論収穫祭の前後でもそういった仕事はするので、男性は頑張って収穫しているよ、という女神様へのアピールという側面が強い。


 この風習が今でも変化して残り、6月の収穫祭は子供と女性のための行事という側面が強くなり、男性はその間仕事へ赴くのが信心深い振る舞いとされた、というわけである。だからお父さんは休みではなく仕事なのだ。


 風習レベルでブラックじゃないか……。


 そういうわけでお父さんはお仕事。お母さんと2人で初めての大聖堂へ行くこととなる。


 ただし、大聖堂は私達の住む街であるヘルバウィリダーには当たり前だけど無く、王都・ガルフィンガングの中心部であるゲードルフピアーノまで出る必要があるようだ。

 中心部、といっても王都の位置的に中央に近い位置にあるというだけで、政治的にあるいは経済的な中心と言うわけではないが。


 王都たるガルフィンガングは勿論国王が住むこの国の中心的都市ではあるのだが、城壁で囲まれたりはしておらず、一部の城門が観光地として残っているだけだ。

 というのも人口増加により王都が拡張されていった結果、城壁外にもかなり広い範囲に人が住むようになってしまい、魔石鉄道網や路面列車などが発達したこともあり城壁都市としての有効性が完全に失われてしまったからである。


 何なら今住んでいるヘルバウィリダーも行政区分上では『王都・ガルフィンガング』にあたる。そのくらい『王都』だと指し示す範囲が広い。

 なので王都に関してはひとつの街として考えるのではなく、市町村とかと同じように考えるべきだ。王都が森の民のいずれの州にも属さないことも踏まえると、ある意味では元の世界のアメリカのワシントンD.C.のようにも思える。


 なので自宅からゲードルフピアーノ大聖堂までの移動は、王都内での移動と言えばそうなのだが、一度鉄道駅までバスで行ってから、鉄道路線に乗る必要がある。比較的近距離移動用の交通機関たる路面列車では乗換が多すぎてむしろ運賃が高くついてしまう。


 とはいえ、鉄道に乗ってしまえば1時間かからない程度でゲードルフピアーノには着いてしまうのだが。大聖堂は本当に駅前にあるため徒歩数分もかからずに辿り着いてしまう。

 その一方で敷地内はかなり広いので1日で歩き回れないと言われるほどに大きいけれども。


 特に今日は収穫祭なので、大聖堂の庭園部分ではバザーやら屋台やらで非常に混雑が予想されている。となると鉄道自体も混雑が予想され既に臨時便なども編成されているようだ。

 当然、王都・ガルフィンガングにはゲードルフピアーノ以外にもいくつかの大聖堂が存在し、ある程度は分散するもののそれでも子供・女性の祝日とあれば活況は免れまい。



 ゆえに儀式そのものは午後からだが、午前の早い時間から出発することになったのであった。

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