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我が国の過激派組織、彼らの思想的支柱とされる吟遊詩人、ティートマール・ベルンハルト氏の邸宅は、我々の予想に反して相当に大きかった。
事前のルシアが伝えてくれたリベオール総合商会の調べによれば、「妻と2人暮らしで女中が3人、更に料理人と運転手と庭師が1人ずつ」と伺っていたが、成程これは使用人が必要だと思える堂々たる佇まいである。
そんな邸宅の門前に構えるのは私とソーディスさん、そして護衛のオードバガール魔法準男爵。
……ただし、それは表向きだ。
事前に魔法準男爵から、魔法使いを数名裏で待機させていて彼の指示で危急時には邸宅へ強行突入する準備はしているとのこと。
それとは別口で、彼に黙ってオーディリア先輩が私の護衛としてビルギット先輩の分家の方を周辺に潜ませている。……本職の軍人相手に駆け引きができる練度なのが恐ろしい。
更にクレティらロイトハルト家中の私兵が更に遠巻きに、それでいてかつこちらの状況が理解しやすい地点で監視しているとのこと。これは私に対する守りという意味もあるが、それ以上に今ロイトハルト本家で暮らしているソーディスさんへの護衛と考えるべきだろう。
対して吟遊詩人側は、先に挙げた6名の使用人以外は誰も居ないことは既に確認済みである。……魔法使いの手の者が数日前から人の出入りを把握している。
ベルンハルト氏側が全く我々のことを警戒していないと言えば、そういうわけでもなく、会談当日である今日、彼の妻は不在にしている。偶然予定が入っていたのか、意図的に退避させたのかは不明だ。一応その奥さんに対しても魔法使い側で1人監視を付けていることはオードバガール準男爵より伺った。
……と、まあ。こんな感じで控えめに言っても厳戒態勢なのである。
本当に、よくソーディスさんの同行が認められたな、と思うがこれには実は絡繰り、というかオーディリア先輩の策略がある。
曰く、『全勢力中立の穴を突いて、王家に対して4方向から追い詰めてみましょう』とのことで。
ここで具体的に動くように指示を受けたのは私とルシア。
まず、私がお父さんに「吟遊詩人との面会の場にソーディスさんを連れていくことが最低条件となった」と伝える。
お父さんは『勉強会』のときに私の友人の異質さを把握していることから、それが興味本位の行動などではなく意味のある行動だと気が付く。
「……誰の策だ?」
「発案はソーディスさんで、オーディリア先輩の手が加わってる。
……私に対する、護衛だって。彼女らには転生者であることはバレてはいないけれども、特異性については見破られている。その価値を秘匿するのと、私自身が吟遊詩人に感化されないために思想的防壁として、ソーディスさんを連れていく」
「オーディリア嬢か。確かにヴェレナの異質さには気が付いているのは節々に感じていたが。
確かに私も思想に影響されないか心配はしていた。何せ相手は一流の思想家であり吟遊詩人だ。……で、何をすればいい?」
これで、お父さんは通過。お父さんを通して今回の会談に対する条件を魔法使い上層部に伝えてもらう。これが1つ目。
「それと合わせて私もお父様経由でリベオール総合商会から、ヴェレナの要望に耳を傾けるように魔法使い側に陳情すればいいのですね。
……うん。通信装置もあるし、連携はできるわ。それくらいなら造作もないですよ、オーディリア先輩」
そして2つ目がルシア経由の魔法使い陳情ルート。リベオール総合商会側はソーディスさんのことを把握していないが、ルシアの友人であるため、本件に関するリベオール側の責任者がほぼラグニフラス家で一元化される。要望を通す以外の副次効果を狙うところはやっぱりオーディリア先輩だし、その辺りも暗黙の了解として受け入れるルシアの成長の一端も伺えるやり取りであった。
ここまでやって、3手目。オーディリア先輩が魔法使い上層部までお父さんとリベオール総合商会の陳情が到達するタイミングを伺い、私の護衛についているオードバガール準男爵を呼び出し、ソーディスさんを連れていきたい旨を伝える。
私の小学校時代の同級生だと伝えると、「不可能だ」と断じたが、オーディリア先輩が「必要な措置は打ちましたので、上にお伝えください」と一刀両断。
……その『上』って、魔法省の内部のトップである魔法大臣なんですよね。その辺は一応声に出してはいけない共通理解みたいなものなので、オーディリア先輩も配慮しているがそれでも不遜というか不躾というか。まあ、魔法準男爵もオーディリア先輩の異常性には気が付いているので引き下がる。……というか、情報を提示している間は引き下がらざるを得ないのか。そしてオーディリア先輩もその辺りはしっかりと把握しているので、かなり押し気味で攻めている、と。
最後の4手目。ここまで話が進んだ段階でかつ、魔法使い側から王家に事情説明がされる直前に、王子に話を持っていく。そこでの口上はオーディリア先輩に指定された文言を話すだけだった。
「アマルリック王子。例の件についてまもなく上から、承認依頼が届くかと思いますので、決裁へのご助力お願いします」
「……嵌めましたね。いや、あなたを責めているわけではないですよ。むしろ褒めているくらいです。
あれほど限られた手札で、ここまで意見を通せるとは思いもよりませんでした。
――打ち手はあなたの先輩ですよね?」
……全てぼかした一言を、王子の周囲にあまり人が居ないタイミングで告げたら、それだけで全てを察したらしい。この人も大概化け物だろ。
と、同時に何となくソーディスさんが私に付いていきたいといったときに、最初は難色を示していた理由が分かった気がする。
――この王子にオーディリア先輩の打ち手が把握された。
それは、王子の中で先輩の利用価値が急上昇するという先輩の権力志向的に大きなメリットはあるものの、今後王子はオーディリア先輩は権力闘争の1プレイヤーとして確実に認識する出来事の一端となってしまったわけで。先輩としてはもう少し、フリーハンドで動ける期間が欲しかったのかもなあという事情が透けて見えてくる。
というか、たった一言で全てを看破されたということは、そうしたプレイヤーとして認識されていない段階でも私達の周囲の情報は集められていたということで、改めて王子の情報収集の手広さには驚きしかない。
そして私の考えていることくらいは同時に王子にも伝わっているわけで。
「……分かりました。私から提案した会談ですし、あなた方の要望は可能な限り聴かなくてはいけませんね。私の一存で通すようにしておきます」
私達……というかオーディリア先輩が打ち手を見せたことを、恩として受け取って欲しいこちらの意図を即座に見抜いて、それに対して私達の要望を認めるという形で恩を返すことで双方に貸し借りを作らない王子。
そして、王子がそのような行動に出ることを分かっていたからこそ、今回の一手を打ったんだろうなあ、オーディリア先輩。
色々と規格外過ぎないか、これは。
*
吟遊詩人・ベルンハルト邸の門の呼び鈴を鳴らすと、まず庭師の方が応対して、私達3人を見るや否や、お待ちくださいと一言告げて、少々慌てた様子で本邸の中へ入っていく。そして間を置かずに、女性の使用人が出てきて私達にこう告げる。
「皆様、お待ちしておりました。ティートマールはもうまもなく参りますので、先に客間にご案内致します」
窓から雪の降りしきる庭園の様子が見られる石の廊下を足音を立てながら歩く4人。
私は魔法学院の制服を着ている。一応、正装にあたるのがこれなので。魔法準男爵も公務であるため制服だ。そして2人共にそのまま儀礼に出られるような正装時の装いだ。
すなわち黒に近い赤紫色をベースとした軍服ワンピースを身に纏っているのは勿論のこと、革の黒い手袋に、魔法使いの紋章の入った制帽も被っている。マナー的には帽子を外した方がいいのかもしれないが、頭の防護という面もあるので、万が一に魔法銃などで撃たれても致命傷を負っても問題ないように、常に被っておくように厳命されている。
そんな防御面でも優れた軍服としての機能を持つ制服を身に纏う私達とは対照的なのがソーディスさん。黒をアクセントとしたグレーのガーリーシルエットのジャケットの下には白の長袖フリルブラウス。それにラメ糸を織り込んだブラックのハーフパンツを合わせてフォーマルな様相で整えてきている。雪の降る時期にハーフパンツは流石に寒いので、足元はニーハイソックスと黒の革靴で防護している。
一応ソーディスさんの正装としてアプランツァイト学園中等科の制服という選択肢もあったが、何かあった場合にアプランツァイト学園の名に影響が出る可能性を排除したいことと、少しでも相手側にソーディスさんの個人情報を広めたくないという意図がある。
そして切実な理由として、もし襲撃があった場合に正規の軍人である魔法準男爵や、一応魔法使いの卵で特別教育にて軍事教練を受けている私よりも、最もソーディスさんが逃亡時に身の危険が高いということで、スカートである制服は却下され、パンツルックのフォーマルな服を用意した、とのこと。この辺りの支払いはクレティ擁するロイトハルト家が全額払っていたが、あの家どれだけソーディスさんに入れ込んでいるんだ……。
というわけで、私達全員ブーツか革靴なので、足音が静寂な廊下に響く。
「こちらです」と案内された部屋の重たそうなドアが開けられると、中には、6脚のサロンチェアに囲まれた白色の光沢輝くテーブルが鎮座している。サロンチェアは背もたれは木製だが極めて複雑な装飾が彫られている。そして座面にはクッション性の柔らかな布地が用いられていて、見るからに高級感の感じるアンティーク調の調度品である。
そして部屋の中で目が行くのは稼働している白い暖炉。木屑や灰が舞うにも関わらず白で整えられたロイヤルな暖炉は部屋の中に暖かさを届けてくれる上に、その清掃が行き届いていることを如実に示している。
またその暖炉以外にも魔石装置の暖房器具によって、温度調節がなされているので、部屋の中は極めて快適だ。……というか、廊下も暖房が効いていたな。寒さを感じなかった。
そして暖炉を使っている以上、どうしても空気が乾燥するため、部屋の隅には、この世界ではあまり見られない、蒸気式の加湿器が置いてある。沸騰させるために用いる熱源こそ魔石動力だが、沸騰させ水蒸気とする水は、魔力で作られる魔力感応水ではなく本物の水だ。
そして極め付けはその加湿器とは反対の部屋の隅に置かれた、冷蔵庫程のサイズの魔石装置。
魔力通信装置だ。私の実家にあるものと同型だから気が付いた。
世間では一般的ではなく、郵便局などに置かれる大型の業務用の装置を除けばほとんど普及していないはずで。
魔王侵攻を軍人として経験して情報の速度に価値を置いた魔法使いであるお父さんや、かつて私兵を増強しても尚商会長の暗殺を防げなかったリベオール総合商会、そこから情報収集の重要性を認識したラグニフラス家ことルシアの家。それくらいしか、この世界で『個人』で通信装置を保有している家は無かったのに、まさかの客間に設置している吟遊詩人邸。
そして、私の視線を感じ取った魔法準男爵も魔力通信装置に目を向けて固まる。そりゃあ、現役軍人からしたら、この装置がこの部屋、この家にある意味は否応なしに考えてしまうだろう。
その直後、彼にとって敵地同然であることを思い至りすぐに我に返ったようで、小声で私に話しかけてくる。
「フリサスフィス嬢。おそらく時間が無いから手短に。
……脱出経路の把握は出来ているか?」
「来た廊下を引き返す……のは直線でむしろ危ないですね。
窓を割って脱出し庭に出て叫べば、塀を越えてくる援軍と合流できますかね?
……ソーディスさんはどうしますか?」
「……庭は遮蔽が少ないが廊下よりかはマシで、最速で援軍と合流できるか。よし、それで行こう。
万が一の場合、彼女は私が連れていく。
正直、今の君に誰かを庇いながら逃げるのは不可能だ。まずは自己の生命を優先して欲しい」
私はソーディスさんに目配せする。すると彼女は無言で頷いた。
これは、今の会話の同意であるとともに、有事の際にはクレティの家から付けられた護衛の存在をこの魔法準男爵にバラすことを再確認も兼ねている。
そしてソーディスさんの意志確認も済ませて、私も頷く。これで、最悪のケースのときの動きは決まった。引き続きオードガバール魔法準男爵が口を開く。
「後は……、そうだな。今回の吟遊詩人との対談で私はほとんど口を挟めない。あくまで君の護衛だから、話し合いは君の主導で進めるしかない。それは分かっているな」
「はい、王子からも説明を受けています」
……言われてみれば、異世界に来て初めてだ。
身内や、味方、あるいは友人などの好意的な立ち位置ではない人間と面と向かって話すのは。
「私は、発言権が与えられていますから……、そちらの、護衛は……お任せください、ね」
でも、今この場にはソーディスさんが居る。
それは、むしろボーナスステージみたいなもの――
――瞬間、部屋にノックの音が響き渡る。
ひと呼吸開けて、緊張で声が震えるのを抑えながら、「どうぞ」と短く、でもそれでいてドアの向こうの相手に聞こえる声量で伝える。
私の声を認識したのか「失礼するよ」と一言かけて、ドアが開かれる。
「エルフワイン・アマルリック王子の代理人として本日面会させて頂きます、ヴェレナ・フリサスフィスと申します。
本日はご対談を御受けいただき誠にありがとうございます」
「……少々勘違いされているようだが、私に会いたいという相手をその立場で断ることはないよ。
ティートマール・ベルンハルトだ。一応吟遊詩人を名乗らせて頂いている。
今日を楽しみにしていた、待っていたぞ3人共」
少々無骨な一回りも二回りも大きな手を差し出され、握手をする。同時に魔法準男爵とソーディスさんは頭を下げる。
……見た目は、私のお父さんよりも年上と言った壮年の男性だ。
ただ、詩人ということで線の細い不健康な人物を何となく想像していたが、むしろ健康的で引き締まった身体をしている。そして、体幹が良いのかその立ち姿から威圧感……とまではいかないがオーラのようなものは感じる。
そして、口調こそ年下に話しかける優し気なものだが、この方の目は年下だったり女だからといった油断を欠片も感じない。
まあ普通の女子中学生は王家からの依頼で過激派組織に影響力を与えている思想家に会う、なんてことはしないわけで。全く私の姿かたちに囚われず、私の本質を見極めようと一挙一投足まで見逃してなるものか、という人物鑑定の目を向けられているのだ。
「このまま立ち話もなんだ。折角席を用意したのだ、是非座ってくれ。
給仕の者に茶を用意させたので、しばし待てば来るだろう……どうぞ楽にしてくれ」
「よろしくおねがいします、……失礼いたします」
一言告げてから、アンティーク調の格式高いサロンチェアに座る。
その一連の動作が、今日という日の始まりを象徴しているようであった。




