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ほぼ1年振りに再集結した初等科時代の『勉強会』メンバー。オーディリア先輩によって招集された理由は、私ととある吟遊詩人との面会の是非。
吟遊詩人はただの一般人、というわけではなく過激派組織の思想的な支柱であり、面会依頼はこの国の王子からの個人的な頼み事である。
更に、過激派組織にかつて商会長を暗殺されたルシアのお父さんの仕事先であるリベオール総合商会、そして魔法使いの派閥関係などが交差し、膠着状態に陥ったその間隙を突くように、急速に話を進めるオーディリア先輩。
そんな先輩の迅速でかつ周到な手際の数々に私は流されそうになっていたが、ソーディスさんが、待ったをかける。曰く、吟遊詩人の思想に私が共鳴しないように、思想面での防壁となり得る人が必要、としてソーディスさん自身が面会の同席を先輩に要求するというまさかの事態になってしまう。
それに対して先輩が正論でもってソーディスさんを諭そうとすれば、ソーディスさんは先輩の言葉尻を掴んで、先輩がソーディスさんを面会の場に出すことを不可能とは言っていないことに言及する。
ちらりと、周囲の様子を見てみれば、一番象徴的なのはやけに目を輝かせているルシアとクレティの姿。
あー……、オーディリア先輩とソーディスさんが真っ向から意見をぶつけ合ったことって今まで無かったね。
初等科時代ずっと、学園の制度を使いこなし、初等科の頂点どころか、上級生すらも意のままに操り極めて広範な人間関係――派閥を形成していたオーディリア先輩と、『沈黙の魔術師』の異名を持ち寡黙なその口調に反して卓越した交渉スキルを有するソーディスさん。異名自体は私が付けたものだけど。
……そりゃあ、ルシアとクレティが少々興奮気味なのも頷ける。私の知る中でもとびっきり化け物染みた2人が相対する。そりゃあ、ちょっとわくわく感あるのも分かる。ただ私は当事者だから、それ以上にこちらに飛び火しないか戦々恐々としてますが。
「……流石に、ソーディスさんお相手では一筋縄ではいきませんね。
確かに全く手がないわけではないですが、正直あんまり冴えた手法ではないのですよ。だから、気が進まないのですよね」
先輩はソーディスさんを面会の場に同行させる手段を有していたようだ。ソーディスさんの推理が外れているとは思わなかったが、けれども言外のニュアンスだけで自分に必要な情報を的確に手に入れる手腕はやはり只者ではない。
だが、オーディリア先輩も先輩でその非凡さを存分に発揮している。先ほど自身らのことを『無名の存在』と称したのにも関わらず王家と国家公務員・魔法使いが絡む状況下で強引にソーディスさんを捻じ込む案があると言っているわけで。ありえない高レベルのバトルが繰り広げられている。
……ともかく、先輩が手段はあることを明言したことで、ここからはソーディスさんが如何にオーディリア先輩を降ろして、自身の『要求』を突き通すか、という『条件闘争』のフェイズへと突入する。
*
「そういえば……、あの……テニスの演劇を、やったときにオーディリア先輩と……ヴェレナ、さんが言っていた……『沈黙の魔術師』。
最近……よく、学園の人から言われる……だよ、ね?」
――まさかの初手、恫喝である。
つまり、そうしたあだ名に不満を持っているから、その詫びとして今回義理を通せ、とそう告げている。
そんなソーディスさんの口撃を尻目にクレティが、
「確かに、もう3年も前のことですのに、ソーディスさんのことを影でそう呼ぶ人は多いですわね。中等科になり、ヴェレナに代わってソーディスさんが私達の学年の特異点にはなったけれども、演劇のイメージが根強く残っていたのか、それともヴェレナの評が的を射ていたのか……」
とのことで、思ったよりもアプランツァイト学園で浸透しているみたい。
ただし、そんな情勢を一刀両断にするオーディリア先輩。
「……正直、あのときはヴェレナさんの悪乗りにちょっとだけ乗っかっただけですわね。別にそれが今、あなたがあだ名で呼ばれているのと直接的な関係はないかと思いますし、仮にあったとしても私が譲歩する理由になりませんわよ」
「……うん、ごもっとも……です。
だけど、ね?
――ヴェレナ、さんは……オーディリア先輩と、同じように思っています……か?」
……うわあ、矛先がこっちに向いた。
これはつまり、最初から狙いは私か。つまり、そのあだ名のことを不問とする代わりに今この場でソーディスさんを吟遊詩人との面会に連れていくのを賛成しろ、と。
……この恫喝を拒絶したらどうなるんだろう? ソーディスさんだから全く読めないな……。
逆に受け入れたら? 然したるデメリットはオーディリア先輩の心証悪化かな。むしろ、8月の旅行時に列車内で渡された手紙の時点からそこそこ恐怖を感じていたので、その恐怖心すら見抜かれてかつしっかりと利用されて乾いた笑いしか出ない。
「……すみません、先輩。私もソーディスさんが一緒に付いてきてくれたら、心強いですね……」
その裏でルシアが「押しに弱すぎるわね」とか、クレティが「外堀から埋めてきましたわね、ソーディスさん……」とか呟いていたが、それは全て無視。
一応あっさり恫喝を受け入れたのは先に述べた理由以上に、オーディリア先輩の主目的である「私と吟遊詩人の面会を推し進める」という部分に、ソーディスさんの要求が反していないからだ。つまり、先輩の初期目標は既に達成されているのでソーディスさんの意見を尊重する行動がとりやすい。
「……一応言っておきますが、ソーディスさんを連れていく場合、一番骨を折るのはヴェレナさん、あなたですからね? 別に止めはいたしませんけれども」
あれ? 墓穴掘ったか、私……。
*
「それで結局、ソーディスさんは、何故そこまで頑なにヴェレナと一緒に行きたがるの? いやまあ、ポンコツだから思想家の言葉を聞いたら丸め込まれて洗脳されそうなのは分かるけれども」
「ええ、確かにそれは私も気になっていましたわ。肝心なところで抜けていたりするヴェレナが心配なのは分かりますけれども。何も思想から守るための護衛……というのは些か突拍子が過ぎるのではないでしょうか」
ルシアとクレティが婉曲的に私をけなしながら、ソーディスさんの行動の所在を確かめようとする。確かに、過剰ではあるんだよね。でもソーディスさんの視点から見えているものについてはこの場に居る誰しもが一考する価値があると考えているから先輩とガチバトルになるわけで。
「ヴェレナ、さんの……歪さ……。それが、作用する……かもしれない」
えっと、私の歪さ? 色々と至らぬ部分があるのは正直自覚しているけれども、心当たりがありすぎて何を指しているのかがさっぱりだ。
私が理解していないのを知ってか知らずか、ソーディスさんは更に言葉を続けた。
「えっと……、ヴェレナさんって……予知能力かのように、先を見通せるときと……当たり前のことを、不自然に認識してるとき、が両立してる……よね?
まるで……自分の中で、作り上げた想像と……答え合わせ、している……ように、感じることが、ある」
――背筋が凍り、冷や汗が出る。
今まで『結論だけの将来を見通せる力』だったり『謎の発想力』と称されることはあっても、あたかも『想像と答え合わせ』しているとまで言及されることはなかった。
「えっと……それをどのタイミングで……?」
「初めて遊びに行ったときの、映画館。……ヴェレナさん、は映画館について知っていた……のに、映画の見方が、自分が考えていたものとは違うと、驚いていた……よね?
映画館、自体は……たくさんあるけど、見方に違いなんて……ない、はず」
――そこか。一瞬カマをかけられたか警戒していたが、確信を持って告げられていたことだった。確かに映画館を知らないならまだしも、映画館は知っているのに映画の観覧方法が違うから驚いた、というのは、言われて考えてみれば相当不自然だ。
それがこの世界で映画館の観覧システムが1つしか無いのであれば尚更。
「確かに、人造繊維が既存の繊維産業の脅威になることを見抜いていた……というより、人造繊維の普及が想像と違うって感じだったわね」
「初等科時代からずっと魔法使いになると、魔法系列校が女性入試を認める前からおっしゃっておりましたけど、それもどこか自分は魔法使いになれる……という態度でしたわね」
「――『社会情勢への関与』。これについての答えは未だヴェレナさんから頂けておりませんが……。もしソーディスさんの仮説が正しければ、あなたの想像の世界では、そのような大それたことを自ら行う必要があるほど、危機的な状況に陥っている、ということですね」
うわあ、今まで聞いてきたものばかりだけれども、改めてソーディスさんの話と絡めるとぐっと確度が上がった。……これ、両親以外にも転生者バレをいつかはしてしまうのではないか、という程、卓越した推理能力だ。
――とりあえず。闇雲に否定するのではなく、話を逸らすか、あまりにも危険球すぎる、この話題。
「えっと、その……私が自身の想像の答え合わせをしてるって話は、吟遊詩人との面会に何か悪影響を及ぼすものなの? その例があったら教えてほしいな」
我ながら意地悪い質問だ。具体例を求めることでぐっと回答難度が上がっている。
しかし、ソーディスさんはこの質問を予期していたのか、即答であった。
「ある、はず。
『勉強会』のときに、『法律』と『勅令』の話をしたの……覚えて、る? あのとき、ヴェレナ、さんは『法律』だけ知っていて……『勅令』を知らなかった。
どちらも知らないなら……分かる。2つを混ぜて、覚えていたのであれば……納得できる。
けど、ヴェレナ、さんは『法律』だけ知ってて、『勅令』があることに驚いた様子だった。
これは、ヴェレナさんの想像では、『勅令』そのものが頭に、なかった……ってこと……。
――つまり。ヴェレナさんの想像の世界には王家は無い……もしくは政治的な力を……持っていないこと、になる……」
――たった、それだけ。
『法律』を知っていて、『勅令』を知らなかっただけで。そこまで読まれるものなのか。
そして、ソーディスさんはオーディリア先輩の持ってきた吟遊詩人に関する資料のとある文字を指差す。
その文字列は――『王権の世俗化』。
「ヴェレナが想像だか、深層的な思想だか分からないけれども。
過激派の思想と一致しているの……?」
「王家の取り扱い……その思想にヴェレナと吟遊詩人に近似があったなんて……。
あくまで可能性の段階の話ですが、ソーディスさんはこれを恐れていましたのね」
つまり、私の前世知識を判断の選択肢にしているという行動指針が不完全ではあるもののある程度ソーディスさんに看破されており。
しかも、その前世で当たり前だった事象が、今回は過激な思想との共鳴に繋がる恐れがあるから、私が前世知識と親和性が高いだけで過激派の考えに引っ張られないようにソーディスさんが付いてくる必要がある……と。
末恐ろしいな……ソーディスさん……。
*
王都・ガルフィンガングは四季があれど、冬場に雪が積もることは早々ない。
それでも毎年、数えるくらいだが雪が降ることがあり、そんな日は空気が凍りつくように底冷えする寒さとなる。
とはいえ、屋内には魔石装置や魔道具の暖房装置がある。本当にこの辺りは魔石と魔法様様だ。
葉が枯れ、殺風景になった街路樹の枝に積もった雪が、お菓子作りで小麦粉をふるうように、きめ細やかな粒子となってさらさらと散る。
そんな様子を横目で見ながら、私達3人はとある邸宅の門前で立ち尽くしていた。
「このような豪邸に住めるとは、吟遊詩人という職業も捨てたものではないな」
そう語るのは、オードバガール魔法準男爵。普段から私の監視役として影に付いているらしいが、今回は正式に護衛として魔法省より辞令を拝領して私の隣に立っている。
護衛なので、余程の状況とならない限り会談中は話さないらしい。今の内に話しておこうと饒舌になっている……のかもしれない。
「……いえ。吟遊詩人のベルンハルト……さんは、活動家で……思想家だから……、彼の行動に賛成する、人からは、活動資金を貰って……、反対する人の一部は……動かないように、賄賂を贈って……いるらしい……です」
そう告げるソーディスさん。あそこまで付いてくると強硬に主張して、オーディリア先輩素案の同行メンバー捻じ込み策が発動したのだから、そりゃあ一緒に居るのは当然と言えば当然なのだが、何だか現実感がない。
「どっちもお金……。そりゃあ豪邸にも住めるってことね……」
そして、私。
王子に、リベオール総合商会に、魔法使い組織に、オーディリア先輩に、ソーディスさんに、ととにかく様々なものに今回は振り回され、紆余曲折があったが、こうして私自身の意志で、吟遊詩人、ティートマール・ベルンハルトと相対することとなったのであった。




