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「まず確認なのですが、ヴェレナさんを過激派に関係する吟遊詩人と引き合わせるのに反対の方は居りますか?」
初手で意思形成を試みるのはオーディリア先輩。まあ言いだしっぺではあるし音頭を取るのは妥当と言えば妥当である。
となると、当事者である私の意見は先に出した方がいいかも。
「自分のことだから安全面が確保できない限りは正直行きたくはないです。……ただ、そこは突き詰めるとキリがないし、現状はこれ以上ない程にリスクが抑えられている状態と先輩、言ってましたよね?
それであれば、テロや暗殺を引き起こす彼らが何を考え、何を為そうとしているのか……それを、知りたいという想いは確かにあります。
安全性と知的欲求を天秤にかけた結果、まだ私の意志はどちらにも傾いておりません」
「……と、ヴェレナさんはこんな感じですので、本件の推進者は私、ということになります」
そう私の言葉を引き継ぐようにして締めくくる先輩。
その後、ルシアはリベオール総合商会の意向に基本的には従うので行けとも言えないし行くなとも言えないという立場を鮮明にする。
ソーディスさんは、安全面の確保が絶対条件とほぼ私の意見通り。その上で中立的な立ち位置。
5人中3人が判断留保か中立という事態。別に多数決にも全会一致にもする必要はないので問題はないのだけれども。そしてクレティが発言する。
「……ひとつだけありますわ。クレメンティー先輩に対して愚問ではあるかと思いますがあえて質問させていただきます。
ヴェレナさん本人が吟遊詩人の方とお会いしたい理由が興味本位の域を出ない以上、彼女自身そこまで大きな意義を感じていないように思われます。それでもオーディリア先輩がこうして彼女に機会を与えようと積極的に動かれているのは何故なのでしょうか?」
随分と踏み込んだ質問だ。……だが既視感がある、何だろう。
――ああ、この質問は『勉強会』の設立時にクレティとルシアの2人が、魔錬学を学ぶことに当初反対していたときの理由だ。
その後、得られる知識の『希少さ』よりも知識を得る人に対しての『価値』に重きが置かれるはずだ、と2人を援護射撃してソーディスさんと私に挑戦状を叩きつけたのは先輩本人である。……だから愚問であり、あえて質問するという表現をクレティは取ったのだろう。
先輩はその質問については、想定していたようで軽快に考えを紡ぐ。
「旧来の魔法使い、『学閥』に次ぐ第三の魔法使い内部の政治勢力の樹立のための小さな一手、と言えば良いでしょうか。
そもそも私やヴェレナさんが魔法青少年学院に通うことができている背景についてですが、『学閥』の影響力を削ぎたい旧来勢力が、女性解放運動と連携して引き起こされたものだと私は考えております。
学閥上層部と旧来の魔法使いは互いに協調しているとはいえ、水面下では争っている状態です。故に2つの勢力が喰い合っている間に私達の影響を広げたい。しかし、『女性魔法使い』の数はあまりにも少ない。
……私は、魔法青少年学院・魔法爵育成学院を卒業後魔法爵を魔法爵位を叙爵した後に魔法使い内の一派閥として確立するために外部政治勢力との連携を考えているのです。
そこに降って湧いて出てきた今回の話。
吟遊詩人と面会すれば、それだけで王子との連携実績ができ、王族への結びつきが生まれます。まずこれが意義の1つですね。
あるいは、過激派は我が国で確実に伸張しており、ルシアさんなどには不本意な話ではありますが彼らを弾圧し潰しきるか、一部意見を汲み取り政治に反映させるのかは現時点ではどちらにも振れる可能性があります。
過激派の組織は我が国の政府要人を憎んでおりますが反王家というわけでもなく。そして反魔法使いなのかは未知数です。故に彼らが連携に耐えうる思想の持ち主なのか、ただ衝動的に破壊行動を続ける暴力者なのかを見極める必要があり、その嚆矢として今回の出来事を利用したい、というのが2つ目ですね」
部族乱立時代に領主に雇用されていた魔法使いが、国家統一によって魔法使いという軍事組織、あるいは行政組織として成立したそのとき尽力したのが旧来の魔法使い。人材補充のために民に開かれた魔法教育の場を国家は提供し、その魔法系列校の卒業者が核となり誕生した『学閥』。
そして第三勢力としての『女性魔法使い』。時流として女性解放運動の流れが来ている以上、その初期メンバーたる私達が注目を浴びるのは確実視されている。
ただし、人数があまりにも少ない。魔法学院には地方校があるとはいえ、王都の中央校たるガルフィンガング魔法青少年学院では、オーディリア先輩の代で3人、今年は私1人だけだ。一方で男子生徒は30人定員。そこから中途退学者が出ているけれども、人数に10倍は差が付いているから女性だけで派閥を建てたとしても有力勢力になることはない。
だからオーディリア先輩は、魔法使いの『外』に連携先を求め『女性』の派閥という要素にエッセンスを加えることで、拡大を狙っている。まだそんな派閥形成の影も形も無い中学時代からその芽を撒き続けているのだから、とんでもない話だ。
……そういえば夏休みに行ったラルゴフィーラへの旅行。あれも教会奉仕と引き換えに教会併設の宿舎に泊まったが、それも女性解放運動の推進者たる教会との将来的な連携の布石と先輩は明言していたな。
更にこうした考えは、先輩の『官民連携』思想に基づいており、今回の行動はアプランツァイト学園初等科時代に最大派閥を築き上げたときと理念は全く共通しているという恐ろしさ。
初等科時代は児童・生徒という『民』の有力者子息と、卒業後進路の1つであった国家公務員ルートという自身の『官』への栄達の道。
そして今回は、アマルリック王子という『官』の頂点と、過激派組織という『民』その両者を手中にするための一手。
――だから、今回ここまで積極的に動いていたのか。先輩の行動にようやく心からの納得がいった。
ただし。王子と結びつき、過激派を自陣営にして既存体制に挑む――この構図。
『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のゲーム中の悪役令嬢たる私の行動そのままだ。
そのときは民間の過激派組織ではなく、魔法使いの強硬派という表現が為されていたが、先輩の言に従えばまず間違いなくゲームシナリオが進行することになる。
――もしかして、オーディリア先輩の言に従い続けると私は悪役令嬢となってしまう……?
そんな私の憂慮を知ってか知らずか、オーディリア先輩はひとこと付け加えた。
「……とは言っても。肝心のヴェレナさんが過激派組織との連携にはあまり乗り気ではないようですので、今の話はあくまで実現可能性の低い構想の1つくらいに考えて頂けるとありがたいです。
もし過激派組織が暴動などを引き起こし、警察力では抑えられない事態となった場合に、暴動鎮圧の命が下るのは私達魔法使いですからね。
最悪のケースを想定した場合、手に入った情報は逆に『敵の』分析知識として役立つのですよ。……むしろ、こちらが本命に近いかもしれませんね」
……こわっ。
先ほど過激派と連携すると言っておきながら、事態の推移次第では鎮圧相手になることも考慮している。そして、どちらの想定においても吟遊詩人と会うことは先輩にとってプラスとなると考えている訳だ。
初等科時代と比較しても、オーディリア先輩の打ち筋が段々と洗練化されてきているよね、これ。まだ成長しているのか……。
*
「それで……、オーディリア、先輩? ……吟遊詩人の方の情報は、どれくらい、調べたの……ですか?」
ソーディスさんの言葉に、オーディリア先輩は、ある程度は、と言いつつ荷物の中から資料を出して私達に見せる。
――吟遊詩人、ティートマール・ベルンハルト。
前回の魔王侵攻時に『商業都市国家』の北部激戦区に特派員記者として従軍。記者として魔王侵攻後に執筆された記事において森の民と商業都市国家の街道の民防衛割り当てに対する裏取引を批判している。
魔王侵攻後、帰国して『森の民国家維新論』を執筆。その中では王権の世俗化、貴族制並びに貴族院の廃止、大手商会の解体、私有財産制の制限を主張。
過激派組織・ガルフィンガング解放戦線の理念に影響を与えた人物として知られ、彼のシンパが8年前の『リベレヒト魔石経済大臣暗殺事件』に関与。7年前の『リベオール総合商会長暗殺事件』への関与は不明。
「ああ、あとこれもありましたね……」
そう言って取り出したのは新聞の切り抜き記事。しかも今年の8月のものだ。
その記事を見るや否やルシアが過敏に反応する。
「リッシュベーク総合不動産威嚇事件。そうだったわね。
あの座り込み事件、今見直しても狂気としか思えないのだけれども」
殺害されたリベレヒト魔石経済大臣が殺されたまさにそのとき着ていた血まみれの外套を着て座り込みをしたという異常な事件。
「まあ、吟遊詩人本人ではなく実行犯は部下と書かれておりますわね」
「クレティ、部下がやったのなら共犯みたいなものじゃない。というかリッシュベーク不動産の労働者側が労働争議の仲介を依頼したのはこの吟遊詩人なのだから、仲介の手段としてこうした示威行動に出たとしか思えないわよ! 脅しよ、こんなの」
「……と、このように我が国で発生している事件に、関係者や思想的な共鳴者が関わっているのですが……。肝心の当の本人は、具体的な行動を取っていないのですのよね。そこが、気になると言いますか。
他人を手駒として動かすのが異常に上手い人物なのか……。あるいは自身の意に反して関係者が暴発しているだけなのか……。あるいは、他に意図があるのか。そこをヴェレナさんに見極めて欲しいのです」
やっぱりルシアは抵抗感のが大きい。商会側からのメッセージが無ければ間違いなく反対と言っていただろう。
そしてオーディリア先輩は、大それたことを求めてくる。いや、無理だから……。
「ああ、そうでしたわ。オーディリア先輩? 実際にこのベルンハルトさん? とヴェレナとの面会は場所の指定はございますか。それと、ヴェレナの護衛はどういたしますか?」
「場所はおそらく、ベルンハルト氏の邸宅になるかと。
護衛は魔法使い上層部が指定する監視役は、まず受け入れないとまずいでしょう。というか監視役は護衛として計上しなくともその場に居合わせることでヴェレナさんの身の潔白の証明にもなりますし。
その他に、魔法青少年学院で知り合った友人に元従士の方がいらっしゃいまして、そちらから人員をお借りする予定ですね。ただしこちらは魔法使いの上層部にも王子にも伝えずに潜ませますが」
ビルギット先輩の分家の方々か。旅行のときにもお世話になったし、信頼度も安心感もある。そしてあの空気読みスキルなら、周囲の風景に溶け込むことも叶うはずだ。
表向きの護衛は魔法使い上層部からの派遣人員となるが、本命はビルギット先輩の分家の方というわけだ。前者の腕を疑っているわけではないが、やっぱりいざというとき、どこまで私のことを守ってくれるのか不安はある。
そして私が安心した様子から、クレティとルシアも信頼に足る護衛だということは理解に至ったようで、先輩の言葉に異論を挟まなかった……2人は。
「……足りません」
ソーディスさんが口を開く。最初から断言した口調に全員が視線を彼女へ向ける。
「護衛が不足、しています。……これだとヴェレナ、さんが……危険に晒される……」
ソーディスさんの断定口調は、ちょっとマジでこっちの不安が募るのだけれども! あれだけオーディリア先輩からお墨付きを頂いたのに彼女の一言で一気に胸騒ぎが身体中に響き渡る。
「多少戦力を増やすことは可能ですけれども。金銭契約で信頼性のある傭兵と、フリサスフィスさんに恩義を感じている元魔法使い。……ソーディスさんはどちらが良いと?」
そしてオーディリア先輩は先輩で、まだ切れるカードを持っていた。
傭兵はもしかしたらラウラ先輩の実家関係か。政治的な行動に巻き込むのをラウラ先輩は是としていなかったから、隠し札だったというわけなのだろう。私のお父さん関係はそのままフリサスフィス家の復権に繋がる警戒から切りにくいカードだからこちらも隠し札だったということで。
しかし、ソーディスさんは、そのオーディリア先輩の言葉に首を振る。
「ううん……戦力、じゃない、です。
――吟遊詩人、さん、の思想から守る、防壁が……ない、です」
「ソーディスさん。あなたまさか……」
「先輩……いえ。オーディリア・クレメンティーさん。
ヴェレナさんの面会へ……私、ソーディス・ワーガヴァントの同行を要求、いたし……ます」
――えっ。ソーディスさん付いてくるつもりなの。
でも、それは厳しいのでは。しかも、オーディリア先輩相手に『要求』とは大きく出た。
ここに来てはじめてオーディリア先輩が困り顔を見せる。
「ソーディスさん、流石にその『要求』は難しいわ。
厳しいことを言うけれども、あなたも私も魔法使いの上層部などから見たら、まだまだ無名の存在。……いくらアプランツァイト学園で覇を唱えていてもね。
それに、ここで無理を通すことが、あなたのためになるとも思えないわ。過激派を共鳴させた思想への防壁……そうね、確かにそれは必要かもしれない。けれど……」
オーディリア先輩の理屈はもっともであった。
面会の人員に傍から見れば、護衛でも何でもない、ただの私のお友達の女子中学生を連れていく。……うん、どうやっても認められるビジョンが見えない。
いくらリスクが軽減されているとはいえ、危険な場所に乗り込むには違いないのだ。魔法使いの上層部が認める訳がない。
しかし、ソーディスさんは、先輩から否定的な言葉を聞いても全く折れず、先輩の言葉を途切るようにして更に重ねる。
「――オーディリア先輩。絶対に、……必要なことだと……私は確信して、います。
それに……無理とは言っていない……です、ね。……手があることは、分かっています、よ」




